まよいこんだよ
光は収束し俺達はペイラノイハの地表に立っていた。立っていたのだ。しかし今は無様に尻餅をつく格好でへたり込んでいる。
一瞬前まで平原にいたはずなのに何処からか黒い煙が俺達を搦め捕りここに引きずり込んだのだ。
が。
「ん?」
体に違和感があった。なんと言うか。
「低い…?」
視線が前より縮んでいたのだ。うなじからは髪の毛のサラサラとした質感が伝わってくるどうやら長髪であるらしい。
ふと気になって前髪を伸ばすと黒曜石の如く黒い髪の毛が見えた。そして服装だがー。
「…何だこれ」
そこはかとなく感じる大正ロマン的な空気。足元は何かしらの皮で出来た茶色いブーツで地面を踏み鳴らせば子気味良いコツンと言う音が帰ってくる。そして問題の服装だが、地味な紺色の袴だ。だが問題はそこではない。両肩に濃紺のリボンがあしらわれているのだ。そして袖先には一枚の黒い桜花弁が刺繍されており、落ち着いてはいるが可愛らしいハイカラさんだった。
「エンヴィー可愛い」
「嬉しいけど、喜べねえ…」
とー軽口を叩くがそろそろ現実を受け入れようと周囲を見渡す。
そこには顔のついたやけに大きな月が浮かび、気分が悪くなる位多数の口(それも舌が刃物で出来ている異様な口だ)がカパカパと妙な音を奏でていた。足元は黒と緑の奇妙なマーブル模様で刺激色でこそ無いが気持ち良いものでは決して無い。先ほどブーツでふみ鳴らした音からして見た目通りの質感ではなくどちからといえば硬質な気がする。
「……」
余りの光景に放心する。
しかし、時間は待ってはくれない。
『E』
『R』
『R』
『Y』
ウェスタンの看板じみた錆びの酷いプレートが宙に舞い血液のようなすえた匂いが鼻を突く。
「エリー?」
「名前みたい」
正直、元の平原に戻りたいのだが、ここはどこか懐かしくすらあるのだ。
共鳴、と言うべきか。俺の本質的な部分が揺らぐのだ。この光景があたかも甘美の極みであるかのように離れがたい魅力があった。
『開演』
カパカパと音楽を奏でていた口は犬歯を剥き出しにして刃物の舌を月に晒す。
どうやら俺達を襲う心算らしい。
「戦うの?」
「………」
どうしようか。と、言うまでも無い。
戦う。この謎空間の出口が不明で、かつ敵性の物体がいるならそれは淘汰すべきだ。それに興味がある。…興味は猫をも殺すと言うがな。
「行けるか?」
「行く。あなたが行くなら何処にでも付いて行く。邪魔には絶対にならない」
…不覚にもキュンときてしまった。
が、そううかうかとはしていられない。
何せここは敵性の物体のデパートみたいなものだ。選べる死因は数知れず、と言ったところか。
さて、使わせて貰おうか、知恵の盃。
異世界転生のせいで使用不可になる、なんてことはないだろうが、万が一対価が支払えないとなればそれは悲惨だ。
「呼んだかァ?呼んだよなァ、呼んだんだよォ」
頭の中から嫌らしいダミ声が響く。
半神格聖遺物には意志がある。あるのだが…。
「今の俺は対価を支払えるか?」
「あァ、支払えるぜェ?支払うのかァ?支払うんだよォ」
ご覧の通り面倒だ。いつの間にか自己完結する非常に面倒臭い性格をしている。
「対価は何だ?」
「そうだなァ。お前が神から奪った人間の要素一つでどうだァ?悪くないだろゥ?悪くないよなァ」
「足元見やがって」
「でも、払うんだなァ、エンヴィー」
意を決してその言葉を告げる。
「ペイバックはちゃんと寄越せよォ」
「分かってる」
「我、対価を支払う(スタート)」