セイムベルの悲劇1
しばらくエンヴィーの話は出ませんが…もう一人の主人公にスポットを当てようかと。
勿論、根本はこんなに愉快な異世界でッ!!なので、ね。
『亡国の王子』ユーリィ・セイムベル
ーー 十年前。
「どういう事ですか」
「…言ったままの意味で捉えろ。と、言わねば分からんか馬鹿者」
僕はーレレイ・ガンド国王子、ユーリィ・セイムベルは父上を睨みつけていた。
父上は嫌いだ。税を搾り取り肥え太った腹は正に豚そのものだし、喋りはいやに高圧的だ。沸点が低いのかしょっちゅう母上に暴力を振るう。女にだらしないし重度の「あるくほりっく」らしい。よく分からないが、兎に角だらしなく賢王には見えないのが今の父上だ。
しかし、いづれも今の状況とは無関係。
僕が父上を睨んでいる理由ー。
それはまた別にある。
「死んだのですよね?見殺しにしたのですよね?」
咎めるように語調を強めながらたずねる。
「だから、それの何が悪いのだ」
父上は悪びれもせず吐き捨てた。
父上はこの世界の惟神が文明を進歩させる為に異世界から同意の上に連れてきた「にほん人」が国を作ったと聞くが早いか、父上は自衛の為にとその内の一人に目を付け、こちらに引き入れた。
勿論、その際には大量の金を握らせた為に財政は一時傾くが重要なことはそこではない。
問題はその「にほん人」が空間転移の異能を持っていた事だ。
異能とは神が「にほん人」をある程度保存する為に「にほん人」に付ける加護の事だ。一時期は神託とも呼ばれた。
勿論、文明が発達し「にほん人」の血が薄まる毎に異能は弱体化、ないし発現しなくなる等、「ちーと」とやらを跋扈させない仕組みもあるようだった。
さて、純血の日本人は異能の面で見れば最強。
故に空間転移というデタラメは実現した。これを「くらす転移」と言うらしい。
よく分からない。
結界、三十三名の日本人の男女の転移に成功した。
そしてー用済みになった転移の日本人が父上の暗殺者により暗殺された。
だが、その時点では怪しむ程度で確証はなかったから直接非難はできなかった。
そして今日。
三十三名の内、一名が死亡した。
名前はオミ・ケイイチロウ。
僕の掛け替えなのない親友だ。
彼は元から虐められていたのか常に暴力を振るわれており異能が生産系だということもあり軍事演習時の見せしめとして悪戯に殺されたのだ。教官曰く『「命の軽さ」を叩き込むのに適任だった』だそうだ。
オミ・ケイイチロウは体が強くなく、戦闘が出来ずに成績が振るわなかったのだ。
結果、殺された。
僕は彼に自身を投影していた。
振るわれる暴力に耐える姿はどうしても重なってしまうのだ。
だから例え傷の舐め合いでも、同情でも、意味を持たなくても。
僕はオミと共に夢を語った。互いの恋の話をしたし家族に恵まれなかったエピソードを夜通し語り合ったりもした。
故に親友だった。
唯一だった。
大切だった。
だからー。
「巫山戯るな…!」
「……」
僕は激怒した。
教官は父上の方針に従ったと言う。
事の元凶は父上だ。
ならば僕は父上にケジメをつけて貰わなければ気が済まない。
もう僕は王子ではない。ただの復讐者だ。
ポケットの中の冷たい感触にこれからする蛮行の重みを感じる。
刺せ!!殺せ!!殺せ!!
「自分が原因だと分からんか馬鹿め」
嘲りの声が義憤を掻き消した。
父上はふん、と鼻を鳴らすと明らかに侮蔑を込めた口調で言ったのだ。
「確かにあの日本人は邪魔だった。愚息の健やかな成長を害するのだからな」
詭弁だ!!と叫びたかった。
けど、ああ。
同時に理解した。こんな父上でもまだ僕は父上と呼んでいる。僕はそれでも父上を憎みきれていなかった。
その甘さたるやー!!!
「僕は…僕は…」
「要件は、それだけだな。お前には期待していたのだが。耄碌したか」
「……父上」
「父上、父上!!」
僕は期待を持たれなくなると人間はモノに成り果てると知った。父上の視線は僕と決して重ならない。父上はもう僕を見ない。
僕は父上を殺せずに、父上からの期待もなくなり。
ただのモノに成り果てた。
これがー最悪の始まりだった。




