断章 曲穿
『曲穿』時任静香
「?」
時任は違和感を覚えた。
時刻は昼が過ぎ、徐々に空が藍色に染まるかという時間。
優雅に自分で淹れた紅茶を大して美味しくないなと考えていると自分の絶対支配が揺らぐのを感じたのだ。
魔獣の出現だ。
けれど別段騒ぎはしない。
ヒュエルツはデイブレイク国が誇る冒険者ギルドや『曲穿』の私兵ー近衛騎士団がいる。
戦力的には最高レベル。
魔獣などは瑣末な問題でしかないと考える程度には凄まじいものがある。
ただ、この日は違った。
普通の魔獣とは違う余りに巨大な心象結界が『曲穿』の絶対支配に抵抗していたのだ。
この土地はペイラノイハの女神、惟神から惟神の眷属たる時任に支配権を委託された土地の為、『曲穿』はこの地に於いて戦闘面では凡そ全能だ。
しかし、その支配が及ぶ空間を僅かにでも侵食しつつある、というのは異様な出来事だった。
しかしー思い当たる節が無い。
対魔連盟とギルドの犬猿の仲は承知だが、住み分け自体は出来ている為に非常に上手いこと動いてくれる。
対魔連盟からのカウンセリングの書類は一通り目を通したが別段不審な点はない。
「『鬼面』の引き抜きは出来たし、早速清人を運用してみる?」
今朝方引き抜きに成功した顔のない少年ーユーリィについて考える。
「…ヤケに炎の扱いに慣れてるよね」
能力は『模倣』。
その能力自体は珍しくない。
けれど炎の扱いがラーニングしたにしてはあまりに上手過ぎる。
「何だかおかしな感じ。ね?『伏』」
「いや、嬢ちゃんが基本的におかしいと俺は思うぜ?」
返答したのは第十三位階『伏』。
町の警備から戻ったのだろう。
もっとも、警備、というより店舗の経営が近いが。
「で、そろそろマスク外しても大丈夫だろ?」
それに短く首肯で返すと早速『伏』はややカエルのような愛嬌のある人相のマスクを外すと中からは白髪混じりの緑色の髪を持つ三十路位の男が現れた。
彼はペイラノイハの現地人のアッシュ・グレイツ。故レレイ・ガンド王国の近衛騎士団副団長だった人物だ。
今は日本人の女性と結婚し子供もいるのだそう。
彼の出自は特殊極まりなく闇も深いが、どうにかやり込めデイブレイク・シーカーズに所属させた人物でもある。
「ねえ、『鬼面』についてどう思う?」
「あれは驚いたよな。何せレレイ・ガンド…いや今はオミ王国か。の王子様だもんな」
「え?」
まさかの出自に思わず声を漏らした。
「まさか、知らなかったのか!?」
オミ王国とデイブレイク国は隣接しており、互いの事情はある程度は把握していたつもりが全然把握できていなかった事実に驚愕する『曲穿』。
「寧ろどうして知ってると思ったのか…まあいいか」
コホンと咳払い一つして気分を変える。
「じゃあ、『嫉妬』は?」
「キヨ坊か。あいつは生意気な餓鬼だよ。もっとも、餓鬼は餓鬼らしく遊んでればいいものをなんか気負っちまってるんだよな」
その真意を聞こうとした瞬間。
「!!」
ドロリと。
固有結界が溶融して霧散するのを理解した。
「何だかまた面倒事の気がするわ」
時任は溜息を吐きながら紅茶を飲み干した。




