ルピナス
鬱と言ったな、どう言う訳か鬱にならなかったぜ!
何でだ!?
と言う訳で、本日二話目の投稿。
嫉妬と幻想の少女開演。
病院を晴れて退院しいつもの宿に戻った。するとルピナスが「お帰り」と短く言った。
それに対してこれまた簡潔に「ただいま」と言う。
バックを片手に持ち颯爽と宿を出る。
ルピナスは俺に追従するように付いてくる。
行き先は決まっている。
フラワーショップ・橘。
そう、俺はデイブレイク・シーカーズに入団するのだ。
お節介だとは思う。けれど、平塚との会話で決心した。やはり俺にはルピナスが必要だと。デイブレイク・シーカーズはこの国の最高機関だ。裕福な生活も出来るだろう。
それに、俺はルピナスに余りに多くのものを貰いすぎた。理由とか意義とか。そんな自分で考えるべきだと一蹴されるようなものは凡そルピナスから貰った。見返りも無しに。
だから、せめて恩返しがしたい。
美味しいご飯を一緒に食べれたら良い。綺麗な服が欲しいなら、与えたい。
ただ享受するだけでは駄目だと思った。
それだけだ。
「なぁ、ルピナス」
「何?」
「………」
そうは思えど既に綻びている。
そう、綻びているのだ。
自分が吐いた戯言も、食事をしないルピナスもその全てに該当する答えを俺は知っている。
ルピナスの花言葉だって、ああ。
知っていたとも。
それでも俺はルピナスだけを愛する。
愛していたい。
「俺はデイブレイク・シーカーズに入団する」
「うん」
前は平凡な言葉の裏に猜疑を隠していた。
でも、今は違う。
俺はある種確信を持っている。
「だから、用事が終わったらまた最初の平原に行かないか?」
「行く」
予想どおりの二つ返事だ。
◆◆◆
俺は手短にフラワーショップ・橘のカエル店長にデイブレイク・シーカーズ入団の旨を伝えて平原に到着した。
ここの頬を撫でる空気は全く変わらない。
「俺はルピナスに聞きたいことがある」
「何?」
「戀愛幻想呪って、知ってるか?」
ここでルピナスが答えるのは「はい」若しくは「うん」。
「うん」
「じゃあ、状況発現熱呪って、知ってるよな」
ここでもルピナスが答えるのは「はい」か「うん」。
「うん」
決まりだ。
「ちょっと薀蓄を聞いて欲しいんだけれど、いいかな?」
「勿論」
俺は語り始めた。
取り留めもない空想を。
「戀愛幻想呪、これは都合の良い異性の幻影を見せる呪いだ。大抵の人間はこんなに都合の良い人間はいないと勝手に気付いて見ないふりをするか解呪して貰うだけでどうにかなる呪いだ。ある、一人を除いて」
続ける。
「次に状況発現熱呪、これはイヤガラセに近いな。特別な状況に陥ると特定の箇所から熱を発する。これもれっきとした呪いだけどイヤガラセにしかならない。ただ一人を除いて」
饒舌に語る。
「例えば、人と触れ合ったことが全くないウブな少年が神レベルのこれらの呪いを同時に発現したら、どうなるか分かるか?」
「…………」
「正解は、現実の人間だと思い込む、だ」
思い出す。
白い喉に伸ばした手が空を切る感触。
居て欲しい時に居てくれて、言って欲しい言葉を言ってくれた。その余りにも献身的かつ的確な行動。
触れた感触は無いのに体温だけがある存在の奇妙さ。
「ルピナス。ルピナスは俺が作った幻想なんだよな」
彼女の黒いワンピースが風にはためき、めい一杯の笑顔で、なのに涙を瞳に貯めながら言った。
「そうだよ。エンヴィー」
その返答は予想していた。
違うな、予想していたからこそルピナスはこう言ったのだ。
だから俺は無意識に欲していたものー母性を花言葉にするルピナスを名前にしたのだろう。
でも、俺はもう。絶望しない。
こうして平原まで来たのには理由がある。
ルピナスを殺害した日。
俺は絶望した。
そして魔獣になっていた。
足元から黒い靄が立ち上る。
「過去…つっても数日前の自分と相対する訳か。いや、思い出した。知恵の盃か」
「おうよォ。忘れるって願いは受諾したぜェ?ペイバックはもうもらったからよォ。にしても魔獣って不思議だよなァ。忘れていれば肉体の変質が起きずにすむしィ、その間に立ち直れば魔獣は出る癖に肉体に心臓は残るゥ」
「さぁ、戦うか」
俺対俺のドリームデスマッチだ。
楽しまねば。
「行くぞ、ルピナス」




