のぅぷらん
そしてー祭りが始まる。
闘技祭は闘いの技のぶつかり合いを楽しく鑑賞しよう、と言う極めて高尚な曲穿の提案を周りが渋々と言った風で承諾して始まったイベントだ。やっぱり異世界なら戦闘でしょ、と言う偏見的な思い付きが罷り通る辺りが曲穿の権力が伺える。
そもそもこの街、ヒュエルツ・イェン・ヒェンは曲穿の異能により完全に掌握されているらしい。
簡単な殺害不許可空間を作ることなど朝飯前と言う訳だ。
さて、本日がその闘技祭なのだがー。
「エンヴィー、周りに人が多いから」
ルピナスと仲良しこよし、お手手を繋いで歩いていた。ほんのり暖かい体温がこそばゆい。
いや、茶化すのは無しだ。
これは巷で噂のデートというやつではないか。行き先が映画館ではなく血と暴虐渦巻く特設会場でさえなければ良かったのに。
…周りから見たら姉妹に見られるだろうか。それはちょつとばかり悲しくはあるが。
何時もは多くの子連れで賑わう広場は今では戦いに興じる人間たちが集い、混沌としていた。
そしてその中心部には目的の建物。コロッセオ。曲穿がどんな意図で建てたのか不明だが、街並みに似つかわしく無い異物が堂々と鎮座している。
まぁ、街並みといっても中世風のペイラノイハ古来のものであろう建築物と日本人がチートで作ったものと推測される日本家屋の混ざったこれまた混沌としたものだが。
観戦席は既に大半が埋まり残りは僅か。そこでルピナスと分かれ俺は一人でコロッセオの受け付けに向かう。
案外すんなりと受け付けを後にし、選手控え室に移動。
闘技祭は先ずバトルロイヤル形式で参加者を振るいにかけ、上位八名を選出、後日トーナメント形式に変更し戦闘ーと言ったありがちなお祭りだ。
「ん?」
選手控え室に見覚えのある鬼面がいた。…そう言えばあの鬼面も霊衣なのだろうか。少し気になる。案外その先ーモザイクじみた靄も霊衣なのかもしれない。どんな精神構造なのだろうか。
ふと、ここに来て俺は自分の不利を悟った。即ち自爆、あるいは惨殺のパレードを晒す羽目になるのでは、と。
俺の使える手を考えよう。
まず、錆びた大鎌。
長期戦を考慮した場合精神に異常を来して惨殺を開始する。終いには天地蠱毒を行使しかねないので使えない。
同様に咆哮も有声慟哭も使えない。
戦化粧に血を求め(ブラッディー)、これは対人にするには威力が高すぎるし最悪自爆する。使えない。
手が無い。
もう一度言おう、手が無い。
何か手は…考慮していない手…。
「俺がいるだろォ?いるんだよォ」
論外。
「テメェ少し時間が経っただけで辛辣になりやがってェ。偉いのかァ?偉いのかよォ」
無視を決め込む。
「前回サービスしたとは言え、ペイバックが少ないだろォ?少ないよなァ。俺は慈善業でやってんじゃねえェ。今度はたんまり貰うからなァ。貰うんだよォ」
…煩い。
ヘンケンから絞り取れた分は僅かに一日分の宿泊料程度でしか無くーそれから知恵の盃に回したのだから少ないのは当然の事だ。
『選手の方々はステージへ…』
しまった!!
知恵の盃に時間を取られ過ぎた!
それに良く考えれば猶予があったのに考えなしとか怠慢じゃなかろうか。
俺は結局沈痛な面持ちでステージに向かう羽目になった。
だって、無策なのだから。




