たくさんたおしたよ
「それ」はペイラノイハに行く事を決意した。
そしてその旨を主神に伝えると大いに喜ばれた。
そこから先は世界中の神々を巻き込んだ大宴会となり、アムリタが忽ち降り出し黄泉のご馳走が並び豪華絢爛にして最高の贅沢が並んだ。
それを見て「それ」はほくそ笑む。
そして、最悪は起きた。
神々に対し「それ」は殺戮を開始したのだ。酒に酔いつぶれへべれけになった神々は酒は酔いを楽しむもの、と酒精を抜くのを無粋としたのが原因となり神の半数は死亡した。やはり酒の席でもマジョリティーが正義だったのである。
もしもに備えていた神や宗教上の理由で飲まなかった神は無事であったがその顔に余裕は一切ない。
「喜捨ってあるよな。喜んで捨てるで喜捨。ボランティア精神溢れる良い言葉だ。だから人間の要素の蒐集に協力してくれないか?」
「それ」は神から人間と言う要素を収奪していたのだから。
その姿はまるで悪鬼羅刹、あるいは修羅のようであった。
「それ」は神々から人間と言う要素を収奪する事を目論んでいたのだ。
主神達は最早打倒出来るものではないと諦めひたすらに「それ」を呪った。
そして膨大な呪いに足を止めたその瞬間「それ」を異世界ペイラノイハに転生させる事に成功する。
◆◆◆
転生する直前、俺は一人思案する。
俺はずっと孤りだった。
隣にいて欲しい誰かなんていなくて…いてもその存在が妬ましくて堪らなくて。
嫉妬と憂鬱に塗れて。自分と言う存在のあり方の歪さがたまらなく嫌いだった。
故に俺は求めずにはいられない。
あるべき姿を。人間としての俺を。
けれど収奪はもう止められない。あれはコントロール出来るような甘っちょろい仕組みをしていない。その点、神に呪われて弱体化したのは重畳だった。
「……俺って何があるんだ」
魂はある。神々から収奪した人間という要素により人間の肉体がある。あとは欲しくもなかった人間には不釣り合いな知識と半神格聖遺物、知恵の盃。そして泥酔した神々位なら楽に殺せる力。
それ以外は無い。当然、名前も無い。
ななしのごんべい君だ。
「本質的には何も無いな」
さて、何をしようか。
何が出来るだろうか。
誰かが居れば俺は変われるのか?
側にいても俺が嫉妬しないような、妬まずにいられる人間がいたら?
いないに決まってる。
じゃあ目の前に見えているこの少女は?
目の覚めるような美しい銀髪は腰まで伸び、人間味の薄れて芸術品的な色彩を放つ黄金色双眸はどこか虚無的で排他的な雰囲気と静謐さが共存していた。
凹凸はないが女性的なしなやかさはありありと感じられ、身に纏う黒く装飾の無いワンピースとよく調和している。
綺麗だ、と思った。
こんな感覚は初めてだった。心を奪われるとはまた少し違い、戸惑いに近い物を感じていた。
まるでそれが理想像の投影であるかのような。あり得ないものと対面しているような。
そして少女は唐突に口を開く。
「私、ルピナスあなたの姓は?」
呼応しようとするが俺には名前が無い。
この際適当に名前を付ければ良いか、と自分に相応しい単語を羅列する。
憂鬱、嫉妬、屈折、高慢…。碌なものが並ばない。仕方がないのでそれらを英語にして一番語感の良かったメランコリアに決めた。
「…メランコリア」
「そう、名は?」
「……エンヴィー、にしようか。俺はエンヴィー・メランコリアだ。よろしく」
笑える。
今日俺は生まれて初めて自虐ジョークを吐いた。シット・ユウウツって酷い名前だと思う。けれど彼女、ルピナスはクスクスと楽しそうに微笑んでいた。
たったそれだけの事でこの名前で良かったと思ってしまう俺は余程人間関係に飢えていたのだろう。なんとも情けないザマだ。
そして俺とルピナスはペイラノイハの神の元に飛ばされた。