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『魔王』杉原清人
「終わったね」
「ああ、そうだな」
横にひょっこりと出てきたルピナスに相槌をうちつつティアに目配せする。
即ち、やれと。
「さてェ、創世を始めるかァ」
これから始まるのは誇張では無く本当に創世。
世界を壊し、ゼロから作り直す。
「ティアマト、生命の神として命じるゥ。世界よ生まれ変われェ」
ティアのやっている事。
それは主神がティアに与えたものであり封印する事となった原因。
俺とルピナスはティアへ手を差し出し、ティアはそれを握り返す。
かつてアダムとイヴがそうであったように。
ティアの権能、それは敵性物体が完全に存在しない場所限定で男女の番いを対象に発動、擬似的にその番いにアダムとイヴの概念を付与する権能だ。
『姐御?つまりそりゃあどう言うことだ?三行で纏めちゃくれねえか?』
『だからよォ。
アダムとイヴができますゥ。
俺が居ますゥ。
世界は作り変えられますゥ。
そんだけだァ』
『…まるで意味が分からないな』
『取り敢えず使えば創世って考えれば簡単だろォ?』
「…っと、僕の体が透けてるね。どうやら一足先に退場のようだね。何だか損な役回りだったよ」
ユーリィの体が透けて黄金色の粒子になって天に伸びていた。
魔王城も緋色の粒子になって解けている。
「どうやらそうらしいな。気分はどうだ?」
「穏やかな気分だ。こんなに穏やかなのは初めてかな」
「そうかよ」
本当に穏やかな顔をしている。
幸福そうで、眠そうに目を細めながら微笑んでいる。
「じゃあ、さよならだね」
「これで最後じゃねえぞォ?テメェは新世界に転生して圭一郎とまたダチを始めるんだよォ」
「そうかい。…何だよ。
僕は幸せ者じゃないか」
ユーリィは遂にはらはらと霧散した。
最後まで幸せそうな顔のままだった。
最後まで、幸せそうに泣いていた。
「さてェ、此処で出来るプロセスは一通り済んだしあとは二人でイチャついていやがれこのリア獣共ォ」
そう言い残すとティアは文字通り消えた。
『後は任せた』とでも言う風で。
ティアも気を使うものかとひとしきり感心した後ルピナスと相対した。
ルピナスの心象解放は解けいつもの黒いシンプルなワンピース姿だ。
先の戦闘で乱れた髪も上気した頬も、何もかもが芸術的でもあり、美しかった。
この時間が永遠に続けば良いと思う。
けれど、この時間は間違い無く終わってしまう。
掴んでいたい。
繋ぎ止めていたい。
独占したい…独り占めしたいのだ。
だから、俺はそれが汚くても答えを出さずにはいられなかった。
それはルピナスも同じだったようで。
何処か緊張した面持ちで言うのだ。
「清人…約束、覚えてる?」
「ああ、勿論だ」
ルピナスとした約束。
切ない気持ちに答えをあげるとルピナスは言った。
忘れる筈がない。
忘れられる訳がない。
が、俺は天邪鬼だから。
だから、簡単に答えなんて貰ってはやらない。
魔王城の外壁が灯篭のように剥がれて黄昏に染まりながら流れて行く。
「けど、答え合わせにはまだ早くないか?」
まだ、俺が答えをルピナスに告げていないから。
だから、答え合わせにはならないのだ。
「俺の答え、聞いてくれないか?」
「清人…」
真っ直ぐにルピナスの瞳を見つめる。
金色で猫みたいで、愛らしい瞳だ。
俺はルピナスを抱き締めようとして…失敗する。
今の俺は隻腕なのを忘れていた。
でも答えに揺らぎは、ない。
「!!」
ルピナスの目が驚愕に見開かれ…次いで目を閉じて一粒の涙を流した。
世界は黄昏の黄金に輝き、灯篭になって解けて行く。
俺はルピナスの唇を奪った。
「ルピナス、愛してる。ずっと側にいて欲しい。いなきゃヤダ」
「…清人…。無意識に、私のセリフ…取らないでよ…」
「で、どうだ?俺の答えはルピナスのお眼鏡に叶ったか?」
「うん…、大正解だよ。清人」
するとー体から粒子が漏れ出た。
「俺たちも消えるらしいな」
「そうだね」
魔王城が崩壊したようで、俺とルピナスは地平へ真っ逆さまに落ちて行く。
それは二本の空を打ち抜く弓矢のように、静謐な空気を引き裂きながら下へ下へと落ちて行くのだ。
俺はしなった弓を幻視した。
そしてー俺たちは眠りに就く。
◆◆◆
ティアは二人の告白を見終わり、懐に手を伸ばしていた。
手に握られたのは一枚の写真。
それは大宴会の時にこっそり撮った一枚だ。
ユーリィと圭一郎は裸ネクタイでパンイチ…ティアの野球拳をヒートアップさせており清人は酔ったルピナスの脱ぐ発言に興奮して鼻血を流している。
そして、一番前には犬歯を覗かせて笑顔を見せているティアがいた。
「良い写真じゃねえかァ」
名残惜しそうに写真を撫でると呟いた。
「ったくゥ、あのリア獣共め、幸せに暮らせよォ?あいつらの餓鬼が出来たらチートでも付けてやるかァ」
「ったくゥ、…本当に未来が楽しみだよ、クソ野郎ゥ」
ティアは一人、悪態をつきながら微笑んで…彼等と同様に涙を流すのだった。
チートの力を考え無しに振るえるヤツが俺は死ぬほど羨ましい
ー完結ー




