ちーとをはじめたよ
これは虚構に堕ちる物語。
これは僕達が足掻いて、踠いて、掴み取った答えの物語。
これはエンヴィー・メランコリアが救済される唯一の物語。
或いは最高に醜い一握りの熱と友情の英雄譚。
さぁ、騙ろうか。
ありえない世界を。
◆◆◆
杉原清人と名付けられる予定だった「それ」は残念ながら生まれなかった。
可哀想に「それ」は子宮の町から放り出され死んでしまったのだ。
双子の兄は今ものうのうと子宮の町で惰眠を貪っている。
余りに小さな生物の死体は思考能力が無いのは当然だった。
けれど何の因果か死ぬ前に「それ」が感じた物、それだけは何故だかすんなりと理解出来た。
人はそれを嫉妬と言う。
◆◆◆
「生きたくないか」
死後の世界で蕩かすような声音で神は囁く。
しかし返答は否。拒否。惨憺たる結果だ。
徐々に死んだ筈の「それ」はいつの間にか知能を持っていた。
「それ」の内包する異物がそれを可能にしていのだ。
肉体こそ灰と朽ちたがその魂は幾億の時を経て歪に進化していたのだ。
生きとし生けるもの全てに嫉妬し、生まれなかった自らを呪い、自分が普通の人間になる為に必要な要素を他人から奪い尽くす。そんな悪性の何かに「それ」は成り果てた。
それを見かねた正義の神が愛と正義と道徳を。正しい力の使い方を教えた。
「それ」が生まれなかった子供である事から善悪を教えこめば矯正出来るとふんだのだ。それと少しずつ洗脳すれば楽に生き返りを望むのでは無いかと言う正義もへったくれもない不純な理由もあった。
しかし、それは全くの逆効果で正義の神が愛を説けば「それ」は声高に呪いを歌い、正義の神が正義を叫べば「それ」は悪を讃えた。
「それ」は最早悪魔と形容するには丁度いいものになった。
しかし、求めるところは普通の人間である事から人間の要素を進んで取り入れている、なのに生き返りは望まない。
最悪のケースを体現していた。
それでも神は生きる事を望んだ。
「それ」には願いを叶える力の欠片、『知恵の盃』が内包されており『知恵の盃』は一度宿主が死ななければ摘出出来ない為、生き返らせてから刺客を送り即座に殺して『知恵の盃』を摘出する、と言う算段を立てていたからだ。
あと一歩で回収出来ると言う所で『知恵の盃』は死者と生者の間にある「それ」と融合した為に明確な死の判定が出来ず回収に失敗したのだ。
今迄の労力を費やしてきた身としては体裁も気にせず無理矢理転生させて早く殺してしまいたかった。
そもそも『知恵の盃』は対価に見合う願いを叶える半神格聖遺物だ。
主神が戯れに作ったものではあるがアダムとイヴによって解放された知恵の盃はあらゆる災厄を撒き散らした。
それを一度破壊したが破片が宇宙の因果の果てまで飛び散ってしまい回収しなければ最悪宇宙の因果律が拗れに拗れ、観測すら許されない特異点となり全ての平行世界、宇宙、概念を無にしてしまうのだ。つまり完全なるリセットの具現化が発動する。
当然神ですら特異点には抗えずに消失してしまう。だからこそ危惧していた。
その一つが「それ」。
宇宙を救うのに一人を犠牲にするのは正義なのだ。マジョリティーは正義でマイノリティーは悪であった。
そして神々は最悪手を講じた。
それは半ば崩壊した悪人が生き残れない異世界アルヴァロン、もといペイラノイハに託して自身は楽をしようとしたのだ。
勿論、戯れに知恵の盃を作った主神は糾弾されたが原因はアダムとイヴでありつまり神々の総意で生み出された人類であるとして責任を転嫁した。
「汚ないな」
「それ」はその光景を侮蔑の眼差しで眺めていた。




