鈴の音の約束(前編)
赤く大きな鳥居。そこから本堂まで伸びる石畳。途中には手や口を清めるための手水舎。日常生活を送るうえであまり見る事のないこれらの景色が私にとっての日常だった。
神社でのお勤めは習慣。白衣に緋袴が当たり前の服装である巫女が私、吉田祥子の全てだった。産まれた瞬間から私は吉田神社の跡取り娘であり巫女だったのだ。
そんな私の日課は日々のお勤め以外にもう一つ、神社にやって来る人を庭から眺めるものだった。うちの神社を訪れる人は通常の参拝客の他に、お祓いにやって来る人がいた。お父さんがお祓いを得意としていたからだ。藁にも縋る想いでやって来る人がほとんどで、その中に『彼』がいたのだ。
その子は一目見ただけで他の人とは何かが違っていた。
両親と思しき二人の大人に連れられてきたその子にはおびただしいモノ達が憑いていた。私には産まれた時からこの世ならざるモノ達が見えていたけど、こんなに憑いているのを見たのは初めてだった。傍にいたお母さんですら驚いたくらいだ。
しかし流石はお父さん。その子に憑いていたモノ達は瞬く間に祓われた。しかしお祓いを終えたお父さんの表情は冴えなかった。お父さんから何かを言われたお母さんの表情も険しいものになり、すぐさま本堂の中へと消えていった。
それからしばらくしてお母さんがさっきの男の子を連れてきた。お祓いにより活発な印象を受ける男の子だ。きっとこれが本来の彼の姿なのだろう。
「祥子。私達、これから大事な話があるから、それまでこの子と一緒に遊んでいなさい。この子の名前はリョウ君。仲よくしてるのよ」
そう言ってお母さんは私達二人を置いて本堂へと戻ってしまった。その中ではすでにお父さんと彼の両親が何かを話しているようだった。
「私、祥子。よろしくね、リョウちゃん!」
以前にもお祓いに来た子供を相手にしていたのでこういった状況には慣れっこだ。相手は同い年の異性。ここはフランクにいくべきだと思ったので、こちらから声をかけてみた しかし相手はムスッとした表情をしただけで一言も話す様子がない。
「どうしたの、リョウちゃん――」
「・・・違う」
えっと返す私に目の前の男の子はため息交じりに口をひらいた。
「俺の名前。俺はリョウじゃない・・・」
「えっ、でも・・・」
困惑する私に彼は再びため息を吐いた。
「よく間違えられるんだよ。俺の名前はツカサ。阿澄良だ」
どうやらお母さんが間違えたらしい。目の前の男の子は黙ったまま私の事をジッと見つめている。察するに正しい名前を呼んで欲しいようだった。
「ツ・・・ツカ・・・・・・リョウちゃん!」
「何でそうなるんだよ!」
なぜかは分からないが正しい名前を呼ぶのに抵抗を感じた。お母さんに教えてもらった呼び名の方がしっくりくる。それから男の子は何度も私に正しい名前を呼ばせようとしたが、私はどうしてもそれが出来なかった。
しばらくそんなやり取りをしていたが、男の子は心底疲れたようなため息を吐いて「もういい」と投げやりな言葉を呟いた。
「分かったよ。好きに呼べよ。よろしくな、祥子」
祥子・・・私の名前を呼ばれてなぜか胸の中が暖かくなった。どういう訳か顔も熱い。自分でも何故かはよく分からないが、目の前の男の子に名前を呼ばれて嬉しいと思った。だから、
「うん!よろしくね、リョウちゃん!」
私はとびっきりの笑顔でそれに応えた。
これが私と阿澄良――リョウちゃんとの出会いだった。