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憑かれる俺のラブコメ事情  作者: 夜冲知一
待ち人来る
3/11

幼馴染、突撃す

「本当に得意なのね。5分もかからなかった」

 制服のボタンを指でいじりながら天野が感嘆の声を上げる。「まあな」と言って俺は得意げに胸を張った。家を出た俺達は少しの間だけ並んで歩くことにした。天野にいくつか訊いておきたいことがあったからだ。

「ところで昨日言っていた事なんだけど、警察の捜査状況なんてどうやって調べるんだよ?知り合いでもいるのか?」

 俺の問いに天野は首を振った。

「いない訳じゃないけど、その人から聞くなんてことは出来ないわ。でも、方法ならちゃんと考えてあるわよ」

 そう言って天野はポケットから一枚の呪符を取り出し、それに向かって小声で何かを呟いた。聞き取りにくかったが昨日聞いた呪文のようだ。呪文を唱え終えた天野はその呪符を空に向けて放つと、それは空中で停止し一瞬で鳥の姿に変化した。

「な、なんだ!?鳥になったぞ!」

「式神・・・陰陽師が使役する使い魔よ」

 驚く俺の目の前で天野の式神は翼を羽ばたかせてどこかへと飛び去ってしまった。

「すげぇ・・・手品みたいだ」

「手品って・・・もっと気の利いた事言いなさいよ」

 俺の感想に呆れ顔の天野。俺の横を浮遊する明海さんが「そっか!」と両手を合わせた。

「天野さんは、あの式神に捜査状況を調べてもらうつもりなんですね?」

「そういうこと!見た目は普通の鳥だし、一般人には見分けがつかないからバレる心配なんて無いからね。捜査状況なんてダダ漏れ同然よ!」

 得意げに胸を張る天野だが、何やら物騒な言い方だったような気がするのは俺だけか?まあ、深くは考えないでおこう。警察の皆さん、頑張ってください!

 しばらく歩いていると「リョウちゃ~ん」の声と共にチリンと鈴の音が聞こえてきた。言わずもがな、祥子のものだ。明海さんが慌てて俺の身体の中へと潜り込んで気配を消した。

「昨日はあれから大丈夫だったか?」

 俺は祥子に身体の具合を尋ねた。昨日、混乱した明海さんによって祥子は大変な目に遭っていたので、そのことが心配だったからだ。

「大丈夫だから、そんな顔しないで。私は全然平気だから・・・・」

 そう言ってほほ笑む祥子の視線が天野に向いた途端、その動きが止まった。祥子は天野と俺の顔を交互に見比べた後、いきなり腕を引っ張り耳元で囁いた。

「何で天野さんがここにいるのよ!」

 その声はまるで俺を咎めているかのようだった。

「何でって・・・・・」

 言葉を濁す俺。昨日から天野が家に泊まっていることは固く口止めされているため、なんて返答したらいいか迷っていた。俺の背後にいる天野からの視線が鋭く突き刺さっているためプレッシャーが半端ないことこの上ない。

「昨日の今日だからね。ちょっと様子が気になって寄り道させてもらったのよ。そうよね?」

 そう言って天野に視線を向けられた俺は何度も頷いた。もしかしたら表情がぎこちなかったかもしれないが、祥子は特に気にした様子もなく「そうなんだ」と納得してくれた。

そんななか、祥子の制服のボタンが取れかかっているのが目に留まった。

「祥子。ボタン取れかかっているぞ」

「えっ?・・・あっ、本当だ」

 取れかかっているボタンを確認した祥子が「リョウちゃん」と俺の顔を見た。何が言いたいのか表情だけで分かるのは、幼馴染としての付き合いによるものだろう。

「分かってるって。ちょっと待ってろ」

 俺は鞄から携帯用の裁縫道具を取り出し、針に糸を通した。その間に祥子はブレザーを脱いでスタンバイの体勢に入っている。

「どうしたの、二人とも?」

 天野が怪訝な顔で尋ねてくる。

「ちょっと待っててね、天野さん。すぐ終わるから」

 祥子が話している間、俺はボタンを再び縫い直していた。

「終わったぞ」

「ありがとう、リョウちゃん」

 糸くずを払いブレザーを返すと、腕を通しながら祥子は天野たちに向き直った。

「リョウちゃん、ボタン付けがすごく上手なんだよ」

「へっ、へぇ・・・そうなんだ・・・・・」

 まるで自分の事のように話す祥子に天野は曖昧な返事をした。その顔は「そんなこと、すでに分かっている」と言いたげだった。

「そう言えば、天野さんの制服のボタンも取れかかっていたよね?リョウちゃんに直してもらえば・・・って、あれ?天野さんのボタン、直ってる。ひょっとして天野さん、自分でボタン付けしたの?」

 祥子の疑問に俺達はギクリとした。直っているも何も、今朝ボタン付けをしたのはこの俺だ。しかしそのことを話せば祥子に俺達のことを疑われてしまう。これはどうしたものか。

「え、ええそうよ・・・私、自分で直したの・・・・・」

 天野がぎこちない返事をする。あの流れではそう言うしかないだろう。

「へぇ、そうなんだ。ちょっと見せて・・・・」

 祥子が制服をジロジロと眺めている間、天野が助けを求めるような目で俺を見てきた。天野のこんな表情を見れるなんて、ある意味貴重なのかもしれない。助けるもなにも、この状況では俺には何も打つ手はないので黙って成り行きを見守るしかない。

 そんな俺達を他所に祥子は天野の制服を見つめながらしきりに首を捻っていた。

「ねぇ、天野さんって確か左利きだったよね?左手でスマホをいじっていたから・・・」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

 制服を見ていた祥子からの質問に天野が怪訝な顔をした。俺もそれがどうかしたのかと首を捻る。しかし次の瞬間、祥子の口から出た言葉に俺達はまたしてもギクリとした。

「このボタン、最後の仕上げが右巻きになっているんだけど。天野さんは裁縫の時だけ右利きになるの?」

 祥子の鋭い指摘に俺は思わず天を仰いだ。

 ボタン付けの時、最後の仕上げとして根本部分に3~4回くらい糸を固く巻くのだが、右利きの人の場合は右巻き、左利きの人の場合は左巻きになるのが普通だ。だから天野が付けたのならば、当然その仕上げは左巻きになっていなければならない。しかし実際にボタン付けをしたのは右利きのこの俺だ。これでは辻褄が合わない。

しかしここで俺が口出しするのも変な話だ。ここは天野に切り抜けてもらうしかないだろう。まあ天野の事だし、上手くあしらうだろうから大丈夫――

「なっ、なななっ、何を言っているのかしら、吉田さん。右とか左とかって言われても、わっ、私は左で、みっ、右を・・・」

 ――ではなかった。おい、どうした天野!?言ってる事がメチャクチャだぞ!

支離滅裂なことを口にし視線を泳がせる天野に俺は面食らった。もしかして、こいつは不測の事態に弱いタイプなのか?だとすれば、このままにしておくと天野の口からボロが出る可能性が非常に高い。あれだけ口止めしておきながら自分で暴露するなんてあまりにも間抜け過ぎる。いささか不自然ではあるが、ここは俺が間に入るしか無いようだ。

「左利きでも右巻きってことはあるんじゃないか?そうだよな、天野?」

 少し強引だが一番無難な回答を天野に提示する。天野もこちらの意図を汲んだらしく、一瞬で落ち着きを取り戻しすぐさまこちらの提示に乗っかった。

「そうそう!昔からの癖で最後の仕上げは右巻きになるのよ、私!」

 二人そろって引き攣った愛想笑いを浮かべると、祥子は首を傾げながらも「そうなんだ」と納得してくれた。俺としてはホッと一安心だ。

「私、先に行くわね。それじゃ吉田にツカサ、学校でまた会いましょう」

 これ以上の面倒は御免だと言わんばかりに天野が駆け足で先に行ってしまった。その背中を呆然と見送る俺の肩を祥子がトントンと叩いた。

「ねえ、リョウちゃん。天野さんが言っていた『ツカサ』って、もしかしてリョウちゃんの事を言っているの?」

「当たり前だろ。て言うか、俺の名前は『ツカサ』だからな」

「ふ~ん・・・・・天野さんと随分親しくなったんだね?」

 何故か不機嫌な口調で祥子がソッポを向いた。

「そうか?まあ、昨日の今日だからな」

「でも一日で呼び捨てって、なんか馴れ馴れしい気がする・・・・」

 そういうものなのだろうか。まあ、天野との距離感については俺もいまいち掴みづらいとは思っていたが。まあ、このことは敢えて口を挟もうとは思わないが。

「それに、なんか天野さんの機嫌が良かったような気がするし」

「ああ、それなら心当たりがある。昨日、天野の誕生日だったんだよ。それで今朝、プレゼントを渡したんだ」

えっ?と祥子がこちらを見つめてきた。確かに家を出てから天野の機嫌が良かったような気がする。なんだかんだ言って喜んでくれたようで俺としては嬉しい限りだ。

「どういうこと?」

「だから今朝、天野にプレゼントを渡したんだって。クマのぬいぐるみ。去年、お前にもウサギのぬいぐるみを作って渡したことがあっただろ?あの時の材料が余ってたから、一晩かけて作ったんだ。おかげで寝不足だよ」

 七月生まれの蟹座である祥子の誕生日に俺はウサギのぬいぐるみをプレゼントした。ぬいぐるみなんて子供っぽいかなと思ったが、俺からのプレゼントを祥子がすごく喜んでくれたことは今でも覚えている。

 欠伸を漏らす俺の隣を祥子はトボトボと歩いていた。俯いているため顔は見えないが、何故か元気が無いように見える。具合が悪いのだろうか?

「ヤッバ!ちょっとのんびりし過ぎた!おい祥子、急ぐぞ!」

 時計を見ながら俺は叫んだ。急がないと遅刻する時刻だったからだ。

「何やってんだよ、祥子!?早く!」

 祥子を急かしながら走り出す。祥子も俺の後に続くように走りはじめた。

 その最中、祥子の口から呟き声が聞こえたような気がしたが、遅刻間近の俺の耳にその声は届かなかった。

「ライバル出現・・・占い通りだ」



 天野と明海さんとの共同生活が始まって一週間以上が経とうとしていた。犯人探しの方は目撃者はおろか防犯カメラも無いことから上手くいっておらず、未だに有力な情報が入っていないのが現状だった。天野の式神によって分かったことと言えば、司法解剖の結果と現場の状況くらいなものだった。

 明海さんの死亡推定時刻は夕方から夜にかけての時間で、死因は背後から首を絞められたことによる窒息死だということ。これはニュースで報道された内容と対して変わらない。首に残った跡から凶器は幅広な布ような物らしいのだが、凶器自体が特定されておらず懸命の捜査も空しくまだ発見されていないとのことだった。

ひとつ気になったことと言えば現場の状況だ。明海さんの鞄に荒らされた形跡は無く、犯人の動機がイマイチ掴めない。動機として考えられるのは二つあり、一つは通り魔による犯行だが、これだと犯人を特定するのは難しい。そしてもう一つが個人的な怨恨による犯行になる。しかし明海さんが誰かに恨まれているとは考えにくい。それは警察も同じらしく、捜査は難航しているそうだ。

こうなると頼りになるのが明海さんの記憶なのだが、彼女はまだ何も思い出せていないとのことで俺達は途方に暮れていた。

「ごめんなさい・・・ボクが思い出せないばかりに」

 申し訳なさそうに俯く明海さんに俺は首を振った。

「仕方ないよ。こればっかりはどうしようもないし、そもそも後ろから首を絞められたんだから犯人の顔を見ていないことだって考えられるから」

「推理小説みたいに上手くはいかないわね。でも、こうなってくると、私も別の方法を使うしかないわね」

「別の方法って、なんだよ?」

「秘密♪後のお楽しみよ」

 なんだよ、それ。怪訝な俺達に対して、天野はクルリと背を向けた。

「そろそろ戻った方が良いわね。最近、私達の事を勘ぐっている輩がいるみたいだし」

 突然の天野の呟きに俺は首を捻った。

「どういうことだよ、それ?」

「どうもこうも、そのままの意味よ。そろそろ動き始める頃合いだから、ツカサも気をつけなさいよ」

 あー、お腹減ったと言って天野はさっさと階段を下りていった。俺としては訳が分からない限りだ。

「なんだよ、あいつ?」

「ツカサ君、そろそろお昼にしないと」

 明海さんの言葉を聞いた瞬間、お腹が鳴った。天野の言葉は気になるが腹が減ってはなんとやらだ。俺は急いで教室へと戻った。


 教室へ戻った俺はその場の空気の変化に驚いた。俺の中に潜り込んでいる明海さんも気づいたようだ。

視線が痛い。弁当を広げて食べている俺の事をクラスメートがしきりに盗み見ており、はっきり言って居心地が悪い。なんなんだ、一体?

「よう、良。どうしたんだ?」

 そんな俺に空人が声をかけてきた。こいつに至ってはいつも通りで内心ホッとした。

「どうしたもなにも・・・」

 俺は教室に視線をさ迷わせると、空人は何かの事情を知っているらしく「あぁ、あの事か」と呟いた。

「お前、何か知ってるのか?教えてくれよ。このままじゃ昼飯が食いづらい」

 懇願すると空人は俺の弁当からおかずのミートボールを摘み上げ自分の口へと放り込んだ。

「何すんだよ!」

「相変わらずお前の料理は美味いね。今食べたミートボール一個分の情報を教えてやるよ」

 どうやらタダで教えるつもりは無いらしい。ったく、相変わらずだなコイツは。空人はこちらに顔を寄せ声を潜めるように俺の疑問に答えてくれた。

「お前、最近になって天野さんと仲が良いだろう?二人が付き合っているんじゃないかって噂になっているぞ」

 俺はギクリとした。ここ最近、天野からメールで呼び出されるようになり休み時間に話をすることが多くなったのは事実だ。しかし話すことと言えば明海さん絡みのことがほとんどで、会う時も人目を避けて極力目立たないようにしていたため噂になっているとは思わなかった。

「何で・・・?」

「男子のネットワークを甘く見ていたな。あいつらの情報網はなかなか侮れないぞ?」

 空人が今度は出し巻き玉子を摘まんでから詳しい経緯を教えてくれた。

 つまりはこういうことらしい。授業を終えてメールで俺を呼び出した天野が屋上へ向かう姿を見た男子がいた。その男子が数分後、天野に呼び出された俺が人目を気にしながら屋上へ向かう姿を見てしまった。別の日、別の時間、別の男子が同じような状況の天野と俺を目撃した。それらの目撃情報が積み重なり、彼らがお互いの情報を交換し共有することで俺と天野の仲が噂として広まってしまったとのことらしい。

「マジかよ・・・」

 溜息をつく俺の肩を空人が笑みを浮かべながら叩いてきた。

「気をつけろよ。お前、アマテラスの会に完全にマークされているから。おっ、噂をすれば・・・」

 空人に合わせて視線を入り口に向けると、アマテラスの会会長である宇梶が俺の前までやって来た。

「阿澄。今から弁当か?」

 宇梶の眼光は鋭く、その声は相変わらずの迫力だった。

「まあな」

「奇遇だな。さっき天野さんも戻ってくるなり同じように弁当を食べていたよ」

 開口一番、宇梶は早くも俺に探りを入れてきやがった。その目は「天野と一緒にいたのではないか?」と訴えているようだった。天野が言っていた「気をつけなさい」とはこのことだったのか。

「へえ、そうなのか?て言うか、天野さんも弁当なんだ」

 天野のことをさん付けにし、宇梶を刺激しないよう言葉を選ぶ。落ち着け、俺。平静に、平静に・・・・

 宇梶は眉を僅かに動かしながら、こちらの返事に「ああ」と答えた。

「最近は弁当を持ってくるようになってな。毎日美味そうに食べているよ。天野さんは料理も得意らしく、実に美味そうな弁当だった」

 まるで自分の事のように誇らしく語る宇梶だが、その弁当は俺が作っている物だと言いたいのを必死にこらえながらこちらも食事を再開する。その様子を見ていた宇梶が俺の弁当を二度見したかと思うと、いきなり顔を近づけしきりに凝視し始めた。

「なんだよいきなり?メシが食いづらいじゃないか」

 俺は抗議の声を上げるが宇梶はそれには耳を傾けず、しきりに眺めてから今度は俺の顔を睨みつけてきた。

「お前の弁当だが、天野さんの弁当とメニューが似ているような気がするのだが?」

 宇梶に睨まれ俺は危うくご飯を喉に詰まらせそうになった。

「そんなこと・・・偶然じゃないか?」

「いや、偶然じゃない。海苔が乗ったご飯に出し巻き玉子。金平ごぼうにミートボール、プチトマトとブロッコリーに至るまで似ているどころか全く同じものとしか思えない!」

そりゃそうだ。作っている人間が一緒なのだから天野と俺の弁当は中身が同じに決まっている。ていうか、お前は天野の弁当の中身をいちいちチェックしているのかよ!

疑いの眼で俺を見る宇梶の口がゆっくりと開いた。

「阿澄、まさかお前・・・天野さんに弁当を作ってもらっているのではないだろうな!」

 人差し指を俺に突きつける宇梶を前に俺はガクッと脱力した。逆だ、逆!俺が作ってんだよ!

「どうなんだ?阿澄!」

 宇梶に詰め寄られる俺に思わぬ助けが入った。

「それは無いね。この弁当は間違いなく良の手作りだから。そもそも良は料理が得意だからね。毎日自分で作っているから、今更誰かに作ってもらう必要が無いのさ」

 ミートボールを口に放り込みながら空人が間に入ってくれた。人の弁当を勝手に食うなと言いたいところだが、その助言は素直にありがたかった。空人の援護のおかげで宇梶の疑いの目が幾分か和らいだようだった。

「阿澄。お前はいつも自分の弁当を作っているのか?」

「まあな。一人暮らししているから」

 そうかと言って宇梶は考える素振りを見せた。それから宇梶はしばらくしてから顔を上げた。

「天野さんがお前から弁当を作ってもらうとは考えにくいし、俺の早とちりだったようだ。すまなかった」

 ドキッとする発言を呟いて宇梶は頭を下げると、そそくさと教室を出て行ってしまった。なんとも騒々しい奴だ。ようやく弁当にありつけると思った矢先、今度は祥子が俺の所までやって来た。

「また宇梶君?今度はどんな言いがかりだったの?」

 祥子が呆れた様子で先程のやり取りのことを尋ねてきたので、大まかな経緯だけを話してやった。俺の話を聞いた祥子は何かを考えるように俯いてしまった。

「・・・祥子?」

 しばらくしてから声をかけると、突然、祥子が自分のスマホを取り出しものすごい速さで画面をタップし始めた。目を見張る俺達を他所に、祥子はひとしきり指を動かし終えるとそのまま脇目も振わずに教室を飛び出していった。

「何だ、アイツ?」

 ひとり取り残された俺の隙をついて空人が弁当箱からミートボールをかすめ取った。

「ミートボールも~らい!」

「あっ、テメェ!勝手に食うなっての!」

 祥子の事は気がかりだが、今は弁当を守ることが先だ。昼休み、俺は空人との弁当の攻防に費やす羽目になってしまった。


 放課後になると天野との噂が男子達の間で広がったらしく、俺への注目がさらに増した。それにより一度は引いた宇梶達のマークも激しくなり、俺は何故か肩身の狭い思いをする羽目になってしまった。

「よっ、ご苦労さん!あれから天野さんとは会っていないようだな」

 ホームルームを終え帰り仕度をする俺に空人が笑顔で話しかけてきた。噂が広まっている関係か天野からの呼び出しは無く、そのおかげか宇梶達の監視の目が緩んでいた。

「笑い事じゃねぇっつうの!他人事みたいに言いやがって・・・」

 恨みがましく睨みつける俺に対して空人は涼しい顔で「まぁまぁ」と言葉を続ける。

「そりゃあ、実際に他人事だからね。身近なゴシップには野次馬心が湧くものさ。まあ、僕は学校の女子には興味が無いから、どうでも良いんだけど」

 そう言って微笑む空人の言葉は本当だ。こいつは天野をはじめとする学校の女子には一切興味が無く、とあるアイドルの追っかけをしているのだ。そのアイドルのコンサートがあれば学校を休んででも飛んでいくほどで、自身を筋金入りのアイドルオタクを自称している。そんな奴が何で女子の情報を集めているのか不思議に思って尋ねたら「趣味だ」と一言で片づけられてしまった事がある。

「お前も吉田さんのことを気にかけてやれよ。あの様子じゃ、相当気にしているぞ?」

 空人が視線で祥子に注意を向けさせる。見ると祥子は俯いたまま微動だにしない。ここからでは表情は窺えないが相当に落ち込んでいるのが分かった。

 昼休みに教室を飛び出した祥子は、その数分後に肩を落として帰ってきた。話を聞くと、なんと祥子は天野を呼び出し噂の真相を尋ねたとのことだった。とはいえ天野が素直に真実を話すとは考えられず、事実、言葉巧みにのらりくらりと追及をかわされた挙げ句言い負かされたのだそうだ。おかげで祥子は落ち込んだ状態のまま今に至っている。

「どうやら口では天野さんの方が上みたいだな」

 空人が感心した様子で祥子を眺めながら俺の肩に手を乗せた。

「ほら、行ってやれよ」

 そう言って空人は俺の背中を押すと右手をひらひらさせて教室を出て行った。その背中を見送ってから俺は溜息をついている祥子のもとへと歩いていった。

「祥子」

 声をかけると祥子は顔を上げた。表情からも落ち込んでいるのが伝わって来た。こんな時なんて声をかければいいか分からないがとりあえず、

「一緒に帰るか?」

 一言だけ尋ねると「うん」という呟きと共に祥子の顔に笑みが浮かんだ。それに応えるよう俺も笑みを返した。


 祥子と明海さんと一緒に校舎を出た時だった。

「あっ・・・」

 祥子が小さく声を上げ足を止めた。その視線の先には天野の姿があり、学校の西門を出てすぐ左に曲がってしまい見えなくなった。

「天野さん、放課後はいつも何をしているんだろう?部活もしていないみたいだし」

 俺達が通う多神ヶ原高校は部活動が盛んで、スポーツ系は勿論、文科系の部活でも全国大会に出場するなど輝かしい活躍を見せている。

 二年生に進級した時、天野が多くの部活動から熱心に勧誘されていた場面を見たことがあった。転校して早々にアクシデントはあったが、容姿端麗、頭脳明晰、加えて運動神経抜群な天野の注目度は高く、運動系は勿論、文科系からの勧誘は熾烈を極めた。しかしそんな勧誘を天野は全て断り、俺達と同じ帰宅部として現在に至っている。

「また本でも買いに行くつもりなんじゃないか?アイツいっつも小説とか読んでるから」

 一緒に暮らすようになって気付いたことだが、天野は無類の読書家だ。学校の休み時間は勿論、夕飯を済ませるとすぐさま本を手に取り読書に耽っている。それだけなら問題は無いのだが、天野はその本を放課後に大量に買い込んで俺の家に持ち込んでくるようになったのだ。実際に見たわけではないが、おそらく天野に貸している部屋はその本でいっぱいになっているだろう。俺としては床が抜けないかが現在の心配事になっている。

 今度はどれだけ買うつもりなんだろう。心配で溜息を吐く俺の事を祥子が怪訝な顔で睨んできた。

「どうしたんだ、祥子?」

「ねえ、リョウちゃん。『また』ってどういう事?その言い方だと、放課後の天野さんの行動を知っているみたいに聞こえるんだけど?」

 しまった!どうやら余計なことを言いすぎたようだ。祥子に疑惑の目で見つめられ俺は慌てて弁解した。

「ほら、一年の時にアイツ本ばっか読んでただろ?それに普段は図書室にいるって言ってたし」

 どうにか言い訳をするが祥子からの疑いが晴れることはなかった。

「そんな話いつしたの?多分、最近だよね?つまり噂通り、リョウちゃんと天野さんは陰でこっそり会っていたってことになるよね?」

「いや、それは・・・」

 祥子に睨まれて俺は言葉を詰まらせてしまった。これでは人目を忍んで天野と会っていたと認めたようなものだ。その態度に祥子の眉間のしわが一気に寄った。

「やっぱり!もしかしてリョウちゃんと天野さんは本当に付き合って・・・」

「違う違う!天野にはこの前の一件で気になったことを相談していただけだって!それ以外にやましいことなんてないから!」

 何とか誤解を解こうと必死な俺に祥子が詰め寄って来た。

「本当に?」

 疑いの目で見つめられる俺。やましいことが無いわけではないため僅かに視線を逸らしてしまった。

「あ、あぁ・・・」

 絞り出すように頷くと、祥子は溜息をついてようやく俺から離れてくれた。助かったと胸を撫で下ろす俺に祥子は背を向けた。

「私、先に帰るね・・・」

 ホッとしたのも束の間、祥子は俺を置いて早足で歩き出した。

「オイッ、待てって」

「ついて来ないで!」

 追いかけようとする俺を一括し、チリンと鈴の音を残して祥子は去っていった。俺は呆然としたままその場に立ち尽くした。

 そんな俺のポケットから携帯の着信音が流れてきた。



「遅い!どこで道草食ってたのよ!」

「悪い。遅くなった」

 不機嫌な天野に詫びを入れながら辺りを見回す。夕方に差し掛かり、辺りにはほとんど人の姿が見られない。

「そんな事より、なんだよ急に?こんな所に呼び出して・・・」

「・・・・・」

 隣にいる明海さんの表情は暗く、俯いたまま黙ってしまっている。

無理もない。俺達が今いる場所は、俺が明海さんと出会った場所――つまり彼女の遺体が発見された公園の中なのだ。彼女にとってあまり気分の良い場所ではないはずだ。

 携帯にかかってきた着信は天野からのメールで、『今すぐ明海さんが殺された公園に来て』と短い文章で呼び出されたのだ。事件から数日が経っているためか、以前見たブルーシートやテープは取り払われ、すっかり元の風景になっている。

 俺達を前に天野は胸を張った。

「決まってるでしょ。調査よ、調査。現場百篇って言うじゃない。考えてみれば私達、直接現場に行ってなかった訳だし、何か分かるかもしれないでしょ?」

 昼休みに言っていた『別の方法』ってこれの事だったのか。しかし、ハッキリ言って状況は変わらないような気がする。その理由を天野に言ってみた。

「そうか?警察が調べても分からなかったんだぞ。俺達がやっても同じだと思うけどな。そもそも、俺達は捜査の素人な訳だし」

 気乗りしない俺に天野が「そんな事ないわよ」と言って不敵な笑みを浮かべた。

「私たちには霊が見えるのよ?警察じゃ出来ないことが出来る。そこら辺にいる浮遊霊や地縛霊に聞いて回ることが出来るわ。現にほら・・・」

 そう言って天野が指を指した方角にある木陰には制服を着た女子高生と思しき幽霊が佇んでいた。髪は長く背中まで伸びており表情は暗い。第一印象はそんな感じだが、以前どこかで見たことがあるような気がした。誰だろうと考える俺の隣で明海さんは幽霊の方をじっと見つめている。

「実はこの町に引っ越してきた時から気になっていたのよね。彼女ならもしかしたら事件が起きた日のことを覚えているかもしれないでしょ?」

「上手くいくのか?俺は体質のせいでこれ以上は近づけないし」

 現在、明海さんに憑かれているし過去に複数の幽霊に憑かれたこともあるので正直これ以上近づきたくはない。そんな俺に対して天野は「大丈夫よ」と言って背を向けた。

「これ以上アンタのことで面倒は御免だからね。私一人で訊いてくるわ」

そう言って天野は幽霊少女に近づいていった。遠くで俺達が見守る中、天野は幽霊少女に話しかけているようだが、

「・・・・・」

 幽霊少女は天野に目もくれず何やらブツブツ呟きながら佇んでいた。それでも諦めずに話しかけていた天野だったが相手が無反応なので首を左右に振ってこちらに戻ってきた。

「ダメみたい。何か他の事に気が向いているせいでこっちの話なんて聞く耳なし。あの様子じゃ事件そのものも見ていないかもね」

 そうかと言って天野と向かい合っていると突然、明海さんが俺の中へと潜り込んできた。それと同時に「やあ」と聞き覚えのない声が背後からかかってきた。

「こんなところで何をしているの、照美ちゃん?」

 目の前に現れたのはスーツ姿の男性だった。年齢は40代前半と言ったところか。真面目な見た目に物腰は柔らかそうな印象だったが全く隙が無い。そんな感じの人だった。天野のことを名前で呼んでいる様子から知り合いのようだが。

「彼は国持(くにもち)信行(のぶゆき)さん。私がお世話になっている人で刑事よ」

 隣で天野が簡単に目の前の人を紹介してくれた。俺は相手の事をマジマジと見つめた。

彼はおそらく刑事としてかなり優秀なのだろう。纏う空気が他の人より明らかに違う印象を受けたが、現役の刑事だと聞いて納得した。以前に天野が言っていた警察の知り合いはこの人の事だと理解した。そんな国持さんが「初めまして」と挨拶をしてから俺と天野を交互に見比べ笑みを浮かべた。

「もしかしてデートの最中だったかな?だとしたら邪魔しちゃったね」

 満面の笑みでそんなことを言われた俺は表情こそ出さなかったがかなり動揺した。俺と天野ってそんな風に見えるのか?しかしそんな俺とは対照的に天野は即座に「違います」と完全否定した。そこまでキッパリ言い切らなくてもいいだろう。結構傷ついたぞ。

「なに馬鹿な事を言ってんですか。信行さんこそこんな所で何をしているんです?もしかしてこの前の殺人事件の調査とか?」

 探りを入れるように天野が話しかけた。どうやら天野はこの人から捜査の進捗状況を聞き出そうとしているようだ。しかし俺の予想通り国持さんはすんなりと教えてくれる様子はないようだった。

「まあ、そんなところだって言っておこうかな。珍しいね。照美ちゃんが僕の仕事に興味を持つなんて。何か企んでいたりして」

 そう言って笑みを浮かべる国持さんに天野は「いえ、別に」と返答する。さりげなく天野を牽制した辺り、やはり一筋縄ではいかないようだ。そんな俺たちの事情など知るはずもない国持さんが、ぼんやりとした様子で幽霊少女のいる辺りを見つめながら呟いた。

「それにしても・・・状況は違うけど、ここでまた女子高生が亡くなるとはね」

「前にもここで誰かが亡くなっているんですか?」

 驚く天野に国持さんが「まあね」と返事した。

「そうか、照美ちゃんが引っ越してくる前の出来事だからね。実はちょうどあの辺りで女子高生が首を吊って亡くなっていたんだ。自宅の机に遺書が残されていたから、警察は自殺として処理したんだけど」

 幽霊少女が佇む辺りに視線を向けながら国持さんが説明する。その言葉で俺は一か月前に起きた事件のことを思い出した。国持さんの言っている通り女子高生が自殺した事件だ。ニュースで顔写真が映し出されており、その少女はまさに今、その木陰で佇んでいる幽霊少女であった。そんな俺の驚きを横目に天野は国持さんに質問をし始めた。

「ちなみに自殺の原因って何だったんですか?いじめとか?」

 俺にも視線を送りながら天野が訊ねる。どうやら俺にも訊いているようだが、正直なところ俺も詳しいことは知らないので首を左右に振った。ニュースでも明らかにされていないからだ。

俺と天野が視線で訴えると、国持さんは「いや、その・・・」とさっきまでとは違って急に歯切れが悪くなった。視線はやたらと天野に向き、何か言いにくそうにしている。

「変な気遣いは結構ですから、さっさと話してください」

 天野に睨まれた国持さんがヤレヤレと肩をすくめた。そして少しのあいだ逡巡してから「分かった」と折れてくれた。

「いいかい、照美ちゃん。くれぐれもこのことは内緒だからね。そこのボーイフレンド君も」

「冗談でも怒りますよ」

 再度、天野に睨まれた国持さんが肩を窄めながら口を開いた。

「彼女の遺書にはこう書かれていたんだ。命を絶つ数日前、学校からの帰宅途中にこの公園で何者かに、その・・・乱暴されたと」

 その言葉に俺は息を飲み、天野も肩を強張らせ眉を潜めた。国持さんが言い難そうにしていたのも頷ける。こんな話、年頃の女の子に簡単に話せる訳がない。

「ご両親は知らなかったそうだ。彼女は襲われたショックで部屋に引きこもっていたんだが、数日後に自ら・・・」

 そう言って国持さんは目を伏せた。男の俺では想像しにくいが、相当なショックだったのだろう。友人や、ましてや親には気軽に相談できる内容ではないし、かと言って自分一人で抱え込めることでもない。俺はもう一度幽霊少女に目を向けた。表情は見えないが彼女は俯き加減で何かを呟き続けている。

「因みに彼女を襲った犯人は捕まったんですか?」

 天野が質問をぶつけたが、国持さんは目を伏せたまま首を左右に振った。

「実はここ最近、同様の被害届が何件か挙がっているんだが目撃証言が少なくて犯人がいまだに捕まっていないんだ。もっとも、挙がっているのは氷山の一角で実際はもっと多くの女性が被害に遭っているのだろうけど」

 そう言って拳を強く握る国持さん。その表情からは怒りの感情がうかがえる。俺も国持さんと同様に強い怒りを感じた。被害を訴えるのはごく一握り。多くの女性は訴えることなく泣き寝入りなのだろう。なんとも胸糞の悪い卑劣な犯行だ。

「というわけだから、照美ちゃんも暗くなる前にお家に帰るようにね。なんなら、そこの彼に送ってもらうといい」

 じゃあねと言って国持さんは俺達に背を向けた。国持さんが去った後、俺は改めて幽霊少女に視線を向けた。彼女はいまだに何かを呟いている。

「なんともやるせないわね。どうにかしてやりたいけど・・・」

 そう呟く天野に頷きたいところだが、俺達は今、明海さんのことを優先しなければいけない立場にあるのが現状だ。ふと見ると、いつの間にか俺から出てきた明海さんがじっと幽霊少女のことを凝視しているのに気が付いた。

「どうしたの明海さん?」

 声をかけるとハッとした様子で明海さんが振り返った。

「その・・・ボク、あの子の事どこかで見たことがあるような気がして・・・」

 その言葉に俺達は顔を見合わせた。もしかしたら!

「何か思い出せそう?」

 すぐさま天野が訊ねたが、明海さんはしばらく考え込んだ後に首を左右に振った。肩を落とす俺達に「ごめんなさい」と言って謝る明海さん。しかし次の瞬間、再び明海さんが俺の中に潜りこんできた。何事かと思った、その直後、

「二人とも、こんな所で何をしているのかなぁ?」

 突然投げかけられた声に振り向くと、そこにはさっき別れたばかりの祥子がジト目でこちらを睨みながら佇んでいた。俺達は慌てて距離をとった。

 突然の事に俺はもちろん、天野も驚きのあまり咄嗟に声が出せずにいた。

「どうしてリョウちゃんと天野さんが一緒にいるのかなぁ?」

 そんな俺達に祥子はさらに追い打ちをかけてきた。

「しょ、祥子こそ何でここに?俺より先に帰ったはずじゃ・・・」

 動揺を押さえ俺も問いを投げると「買い物中だったの」と短く返ってきた。

「そんな事より、私より先に帰った天野さんと、私より後に学校を出たリョウちゃんがこんな所で一緒にいる理由を聞きたいんだけどなぁ?」

 こちらへの追及を緩めるつもりのない祥子。

 ここでようやく落ち着きを取り戻したのか、天野が割って入ってきた。

「ちょっと気になることがあったのよ。そうよね、ツカサ?」

「あっ、ああ、そうなんだよ!たまたま天野を見かけて、どうしたんだって声をかけたんだ!」

 表情はやや硬かったかもしれないが、どうにかその場を取り繕うことが出来たと思う。目の前の祥子も「ふ~ん」と頷いている。

 そんな祥子が天野に視線を向けた。

「そう言えば天野さんって最近、お弁当を持ってくるようになったんだってね?宇梶君が話していたのを聞いたんだけど」

 思わぬ質問に俺は内心ビクッとした。隣の天野が「あの野郎」と小声で呟いた後、とってつけたかのような笑みを浮かべた。

「ええ。一人暮らしにも慣れたからね。自炊を始めることにしたのよ、私。毎日の献立を考えるのも大変だわ」

 嘘つけ!お前が料理している所なんか見たことが無いぞ!同棲していて、天野が料理をしないと言うか出来ない人間であることは既に気づいている。

 そんな大嘘ついて大丈夫なのだろうか。嫌な予感がする・・・

「そうなんだぁ。その時に宇梶君が言っていたんだけど、天野さんとリョウちゃんのお弁当の献立が全く同じだったんだって。これってすっごい偶然だよねぇ?」

 予感的中。そう言って満面の笑みを浮かべる祥子と、

「へ、へぇ・・・そうなんだ・・・」

 そう言って、引き攣った愛想笑いを浮かべたまま黙り込む天野。どう言い訳するつもりだ、天野?俺は無言のまま天野を見た。

 なんとも言えない緊張を孕んだ空気が辺りに充満した時だった。

「そうだ!私も買い物しなくちゃいけなかったんだわ!」

 突然天野が声を上げ、クルリと俺達に背を向けた。

「じゃあ、私はこれで!」

 そう言って天野は一目散にその場を後にした。その素早い行動に俺らは声をかけることも出来ず呆然と見送ることとなってしまった。

 アイツ逃げやがった!なんて奴だ。旗色が悪くなった途端、全責任を俺に押しつけて逃げやがった!

「ホント、すっごい偶然だよね。リョウちゃんはどう思う?」

 しかし今は目の前の祥子になんて言って誤魔化そうか考えなければならない。「そうだなぁ・・・」と言いながらどうにか言い訳を思いついた。

「た、多分だけど、今朝の電話でお弁当のメニューを言ったんじゃないかな?天野から電話があったんだよ。その時に弁当の内容を話したような気がするような・・・」

 内心、ビクビクしながら愛想笑いを浮かべる俺。口が引き攣ってなければいいが。

「きっとそうだよ。俺の真似をしたんじゃないか、アイツ・・・」

 どうにかごまかすと、祥子は「なるほどねぇ・・・」と含みのある言い方で頷いていた。

 そんな祥子が俺の脇をすり抜けていく。

「私、まだ用事があるから。またね、リョウちゃん」

 そう言って立ち去る祥子の背中を俺は呆然と見送ることしか出来なかった。助かったけど、なんだったんだ、いったい・・・?俺は首を捻った。



「どうするのよ!完全に私達のこと疑っているじゃない、吉田の奴!」

 家に帰ってくるなり天野の罵声が鼓膜に響いた。自分は真っ先に逃げたくせにどの口が言うんだと言いたいところだが、そんな事を言っても無駄なので黙っておく。

 公園を後にし帰宅した10分後ぐらいに天野は帰ってきた。その両手には本屋で買ったと思しき袋が下げられている。数にして、相当な量だ。天野に貸した部屋はどんな状態になっているのか、考えただけで恐ろしい。天井落ちてこないよな?

「やっぱり祥子には共同生活のことを話した方が良かったんじゃないか?」

 俺の意見に「それはダメ!」と一蹴する天野。

「今更そんなことしても手遅れよ。明海さんが成仏するまでだったらなんとかなると思っていたけど、あの小心者が出張ってくるなんて予想外だったわ・・・」

 難しい顔のまま唸る天野。有名人だから気を付けていても目立っちまうんだろうな。

「空人の指摘通り、男子のネットワークを甘く見ていたと言うしかないな」

「アイツら・・・こっちが愛想よくしているからって、余計なことしやがって」

 天野の本性を知らない男子達はなんて幸せなんだろう。出来れば俺も知らないままが良かった・・・というのは嘘だ。こうやって見ると天野も俺達と同じ一人の人間なんだと思う。俺はどこかで天野の事を遠い存在として見ていた節があった。しかし今、目の前にいる天野はとても近い存在のように思えてくる。そんな天野を前に苦笑が漏れた。

「何がおかしいのよ。元はと言えばツカサのせいでしょ!」

 天野がギロリとこちらを睨んできた。怒りの矛先がこちらに向きそうなので俺は慌ててかぶりを振った。

「悪い悪い・・・なんていうか、そうしているお前って、本当に自然だよなって」

「何よそれ?て言うか、今日の夕飯は何?お腹空いたんだけど」

 天野の機嫌は悪いままだが、話題が夕飯に逸れてホッと一安心する。とりあえず天野には空腹を満たして落ち着いてもらうことにしよう。夕飯の献立ならもう決まっていた。

「今日はカレーにしようと思っている。辛さはどれくらいがいい?」

「辛さ?じゃあ・・・」

 とりあえずリクエストを尋ねると、天野は視線を逸らし小さな声で呟いた。

「甘口にして・・・辛いの苦手だから・・・」

 消え入りそうな声だった。そう言えば弁当の玉子焼きを甘めに作ると天野の機嫌が良かったことを思い出した。どうやら見た目に反して天野の舌はお子様らしい。恥ずかしそうに俯く天野に俺は思わず吹き出した。

「なっ、何よ!私だって苦手なものくらいあるわよ。悪かったわね、味覚がお子様で!」

 顔を赤くし絡んでくる天野を慌てて制した。どうやら少し誤解しているようだ。

「別にそんなこと思ってないって。ただ天野にもそんな一面があったんだなって思っただけだよ。意外と可愛いところもあるんだな、お前」

「なっ!」

 誤解を解いたつもりだったのだが、何故か天野は俯いたままその場で固まってしまった。よく見ると耳が赤く染まっており恥ずかしがっているようにも見える。

 不測の事態が起きると取り乱すことが多い天野だが、普段から自分の容姿のことを美人と評しているので「可愛い」の一言で恥ずかしがるとは考えにくい。どうしたのだろうか?

「うっ、うっさいバカ!」

 暴言を吐いて天野は足早に二階へと駆け上がってしまった。

「なんだよ、アイツ・・・俺、なんか悪いことしたか?」

 首を捻る俺に明海さんが冷ややかな視線を送ってきた。

「ツカサ君は女の子に対して自覚なさ過ぎるよ!」

 俺は目の前の幽霊に何故か叱られてしまった。明海さんはソッポを向いてこちらに視線を合わせようともせず、どういう訳か機嫌が悪くなっていた。俺はますます訳が分からなくなった。


 玉ねぎ、にんじん、ジャガイモ、豚肉を入れた鍋がコトコトと音をたてて煮込まれていく。もう少し煮込めばあとはカレールーを入れて完成するはずだ。天野は料理の最中にお風呂場へと向かったので、あがってくるころには完成するだろう。

「ツカサ君って本当に料理上手だね」

「伊達に一人暮らしはしていないからな」

 明海さんと他愛ない話をしていた時、家の呼び鈴が鳴った。

「何だろう・・・新聞か?」

 時刻は夕方をとっくに過ぎている。こんな時間に一体誰だろうか。俺はコンロの火を弱火にした。

「明海さん、悪い。鍋見ててくれないかな?」

 うんと頷く明海さんに鍋を任せて俺は玄関へと向かった。

 玄関の明かりを点けると引き戸の向こうに誰かが立っており、その影が透けて見える。シルエットからして女性のようだ。怪訝に思いながらも引き戸を開けるとそこには見知った人物が姿を現した。

「祥子!?どうしたんだよ、こんな時間に?」

 聞き覚えのある鈴の音と共に祥子がそこに立っていた。驚く俺に祥子は「こんな遅くにゴメンね」と言って小さく首を傾げた。

「私、リョウちゃんにどうしても訊いておきたいことがあったんだぁ」

 笑顔の祥子を前に俺の掌はじっとりと汗ばみ心臓の鼓動が速くなってきた。俺達の事を詮索していたが、まさかこんな時間に乗りこんで来るなんて完全に予想外だった。

 正直なところ状況はかなりマズイ。もし二人が鉢合わせしたら共同生活のことがバレて大変なことになる。なんとしてもそれだけは避けねばならない。幸いなことに天野はお風呂に入っているので、その間に祥子には帰ってもらうしかないだろう。

 そうと決まれば話は早い。適当に話を聞いたら祥子には早々に帰ってもらうと恐る恐る祥子に尋ねた。

「な、なんだよ、訊きたい事って?」

「天野さんはどこ?この家にいる事は分かっているんだよ?」

 終了―――俺の思惑は一瞬で無に帰した。あまりの出来事に言葉を失う。

どうして天野の事がバレたんだ?俺は笑顔の祥子を前にどうにか「なんで?」と呟いていた。すると祥子の口からとんでもない答えが返ってきた。

「学校で別れた後、天野さんの後を尾行したんだ、私。天野さんがリョウちゃんと公園で何か話している現場を見たんだけど、二人に聞いたら見たことと違う事を言い出すし」

 淡々と語る祥子の笑顔がすごく怖い。何だ、この圧迫感は。

「公園で別れた後も尾行したんだよ?天野さんがリョウちゃん家に入っていって、それから約10分。天野さんが出てくる様子は無い・・・これは一体、どういうことかなぁ?」

 そう言って笑みを浮かべる祥子。しかしその目はちっとも笑ってなどいなかった。

いきなりのピンチ!俺は頭をフル回転させ言い訳を考える。考えろ!考えるんだ、俺!

 この間、僅か五秒。俺は思いついた言い訳を口にした。

「えっと、その・・・あっ、あれだよ、あれ!天野に助けてもらったお礼に夕飯をご馳走するって俺が誘ったんだ!本当にそれだけ!」

 必死に言い繕う俺。何だこの状況は?何を言っているんだ、俺?これじゃ、浮気がバレそうになっている夫の言い訳じゃないか。

 俺の言い訳に「ふ~ん」と考え込むように頷く祥子。しばらくして祥子がこちらに視線を向けた。

「じゃあ、天野さんは今どこにいるのかなぁ?居間にいるの?」

 祥子に尋ねられて俺は言葉を詰まらせた。こんな状況で風呂に入っているなんて言える訳が無い。声がさらに上擦る。

「あっ、天野か?天野なら今――」

 ザバァ・・・・・

 風呂場から聞こえてきた水の音に俺は思わず振り返った。おそらく天野が浴槽から立ち上がったのだろう。続けて浴室の扉が開く音も聞こえてきたので間違いない。顔から一気に血の気が引いた。

「今のってお風呂場からだよねぇ?そっかぁ・・・天野さん、お風呂に入ってたんだねぇ――リョウちゃん家のお風呂に」

 祥子の声に恐る恐る振り返る。祥子は相変わらずの笑顔だが、こめかみ辺りに青筋が浮かんでいる。その姿を前に背中からも汗が噴き出してきた。

「夕飯をご馳走になる『だけ』の天野さんが、何でリョウちゃん家のお風呂に入っちゃっているのかなぁ?もしかして、この後にいかがわしい事でも始めちゃったりするのかなぁ?」

 何かとんでもない誤解をしているようだが、問いかける声音がシャレでは済まない程に低くなっている。

「そっ、そんな事あるわけないだろ」

「じゃあ、なんでかなぁ?」

「何でって、それは・・・」

 祥子がゆっくりと戸を閉め鍵をかけてから玄関を上がる。今の祥子を止める事など俺には出来るわけがない。祥子を見つめたままゆっくりと後退する俺。

 一定速度で廊下を進む俺達はやがて脱衣所の扉の前で止まった。俺は両手を広げてこれ以上の進行を阻むように立ちふさがる。

「リョウちゃん、そこを退いてくれないかなぁ?これじゃ中の確認が出来ないから」

 目が笑っていない笑顔で祥子が指図する。

「いや・・・それは・・・・・」

 冷や汗を流しながら拒む俺の背後からはドライヤーの音と共に天野の鼻歌まで聞こえてくる。

 ご機嫌だな天野。これじゃお前がいることは誰の目にも明らかじゃないか。膠着状態が続くなか、不意に祥子の口から溜息が漏れた。そして次の瞬間、その顔から笑みが消えた。

「リョウちゃん、いい加減諦めなよ。もうネタは上がってるんだよ?」

 浮気がバレた夫の気分だった。未だかつて、幼馴染の事をこれほど恐ろしいと思ったことは無い。恐怖で震える俺の肩へ祥子の右手が伸ばされていく。

 もうダメだ!万事休すだと思った時だった。

「キャ――――――――――――――――――ッ!!!」

 突然のけたたましい悲鳴に俺は反射的に後ろを振り返った。それと同時に脱衣所の扉が開け放たれ、飛び出してきた天野が俺に抱きついてきた。

「あっ、天野!?」

「天野さん・・・裸・・・・・ハダカ!?」

 驚く俺と祥子。俺に抱きつく天野はバスタオルを巻いただけの文字通り裸に近い格好をしていた。赤みがかった白い素肌とスラリと長い手足から体温が伝わってくる。天野は抱きついた状態のまま後ろの脱衣所を指さした。

「ごっ、ゴキブリ!ゴキブリが!」

 脱衣所を見ると天野の言う通り黒くて独特のフォルムをした害虫の王様であるGがいた。どうやらこいつを見て驚いたらしい。Gは騒ぎに驚いたのか素早い動きで去っていったが、その動きに天野はビクッと肩を揺らしてさらに強く抱きついてきた。そのはずみで弾力を持った柔らかな感触が胸の辺りに伝わってくる。

 やっ、柔らかい!これは、もしかしなくても天野の・・・。こんな状況ではあるが、年頃の男としてささやかな幸せ気分を噛みしめる俺だったが、

「リョウちゃ~ん・・・これは、どういう事かなぁ?」

 背後からの問いかけに俺の幸せは呆気なく砕け散った。祥子が今どんな顔をしているのか直視できず、視線は前を向いたまま全身から再び汗が噴き出してきた。

「天野さんも、いつまでそうしてるつもりなのかなぁ?」

「えっ・・・?・・・・・あっ」

 祥子の声に顔を上げた天野と目が合った。しばらく見つめていると、天野の視線が俺から背後にいる祥子、そして自分の今の状態を確認するように足元へ行き、最後に再び俺の顔へと戻った。それから見つめ合うこと数秒。天野の顔が見る見るうちに赤く染まり、口元がワナワナと小刻みに震えだした。

「あっ、天野・・・?」

 俺が声をかけた次の瞬間、

「キャ――――ッ!!!ちょっとツカサ!アンタ何して!?て言うか吉田!?どうして吉田がここにいるの!?」

 余程に予想外だったのだろう。完全にパニックに陥った天野が俺の腕を振りほどこうと暴れ出す。そのはずみでバスタオルが揺れ、胸元や太もも辺りがチラチラと見えて、こんな状況だが目のやり場に困ってしまう。

「おっ、落ち着けって天野!」

「イヤ――ッ!離れて!離れなさいよ!」

 落ち着かせようとなだめるが天野は聞く耳を持たず、腕をほどくなり突き飛ばして距離を空けた。

次の瞬間、バスタオルが「バサリ」と廊下に落ちる音が響いた。

「「あっ・・・・・」」

 目の前の光景に俺と祥子は揃って絶句した。

「・・・・・へっ?」

 対して呆然と立ち尽くす天野の足元にはさっきまで身体に巻かれていたバスタオルが落ちていた。どうやら自分の状況に気付いていないようだ。何を隠そう天野は今、何も身に纏っていない全裸の状態で突っ立っている訳で・・・

「おっ、おっきい・・・・イッ、イヤアアアァァアアァァァァァッッ!!!」

 発狂したかのような祥子の悲鳴を聞きながら、俺は目の前の天野に釘付けになった。

 確かにデカイ。くっきりと浮かんだ鎖骨の下に豊かな膨らみが二つ。対照的に適度にくびれたウエスト。その下の丸みを帯びた膨らみにすらりと伸びた脚。それらのパーツが合わさってメリハリのある魅惑的な曲線を描いていた。何度も湯上り姿を見ていて気付いてはいたが、こうして改めて見ると天野のスタイルは抜群で、俺はその見事な肢体から目が離せなくなってしまった。すいません、俺も男です。

「どうしたのツカサ君!?なんか信じられないものでも視たかのような悲鳴が――って、天野さん凄い」

 明海さんが壁をすり抜けて来るなり固まった。その視線は俺達よりも天野の胸元に釘付けになっている。騒ぎを聞いて駆けつけたらしいが、目の前の状況に言葉を失ったようだ。

 しばらく天野を凝視していた明海さんだったが、同じように天野を見つめる俺の視線に気づくや間髪入れずにこちらに向かって飛びかかってきた。

「ツカサ君は見ちゃダメ!天野さんも早く隠して!」

「えっ?・・・あっ・・・」

 明海さんの声に放心状態だった天野が我に返るなり金切り声を上げた。

「イヤ――――――――――――ッ!!!見ないで――――――――――――!!!」

 天野は両手で胸を隠しながらうずくまる。

「天野、落ち着け!早くタオルで!」

「だからツカサ君は見ちゃダメ!」

「いや、そうは言っても!」

 明海さんが通せんぼするように立ちふさがる。本人は隠しているつもりなのだろうが、自身が半透明なため俺の目には天野の姿がばっちりと映っていることに気付いていない。今この場は混乱の真っ只中にいた。そんな中、

「リョウちゃ~ん」

 聞こえてきたとても穏やかな声に俺は戦慄した。恐る恐る振り向くと目の前には鬼の形相をした祥子が立っていた。

「何か申し開きはあるかなぁ?」

 祥子が笑みを浮かべながらゆっくりと迫ってくる。

「・・・あっ・・・ありません・・・・・」

 首を左右に振り声を震わせながら俺は潔く覚悟を決めた。ここまで状況が悪くなってしまったのだ。これ以上、状況が悪くなることなんてあるわけが――

「ツ~カ~サ~くぅぅぅん?」

 ――無いと思っていたが、そうではなかったようだ。地を這うような声に振り返るとタオルを身体に巻きつけた天野が仁王立ちしてこちらを睨みつけていた。

「アンタ見たわよねぇ?胸も・・・アソコも・・・全部!」

 肩を震わせ目に涙を溜めてこちらを睨みつける天野がゆっくりと近づいてくる。

「おっ、落ち着け天野!これは事故だ、ワザとじゃない!」

 天野の説得を試みようとするなか、祥子があいだに割って入ってきた。

「リョウちゃ~ん。話はまだ終わってないよぉ~?」

 ゆったりと、それでいてドスの効いた声が背後から迫る。

 前方には天野、後方には祥子。二人の板挟みに遭う俺。逃げ場などどこにもない。

「二人とも、とりあえず落ち着いて・・・・・」

 この事態に明海さんも間に入ってくれたが、二人にキッと睨まれるや「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて退散してしまった。確かに怖いよね。逃げたくなる気持ちも分かる。だけど俺を置いて行かないで!守る者がいなくなった俺はゆっくりと壁際まで追い詰められてしまった。

「ふっ、二人とも、とりあえず落ち着いて話を――」

 説得を試みてはみたが二人の利き手がゆっくりと持ち上がり――、

「ツ・カ・サ・の変っ態!!!」

「リョウちゃんのバカ―!!!」

 バッシ―――――――――――――ン!

 二人の平手が同時に俺の両頬を捕え、その音が家中に響き渡った。



「何でリョウちゃんと天野さんが一緒に暮らしているのよ!」

 祥子がバンと座卓を叩いた。その上には夕飯のカレーが乗っているが手つかずの状態だった。

「だからさっきも言っただろ?明海さんが男性恐怖症だって」

 俺は両頬を腫らした状態で祥子の説得を続けていた。天野と共同生活をしていると話してからずっとこの調子だ。

「そもそも、なんでリョウちゃんに憑いていた幽霊がここにいるのよ!大口叩いてたのに全然祓えてないじゃない!『私、失敗しないから』とか言ってたくせに!」

「そんなこと言ってないわよ!どこの外科医よ!」

「ごめんなさい。ボクのせいで・・・」

 天野と祥子が口論している様子を俺から一人分のスペースを開けた所にいた明海さんが申し訳なさそうに肩を縮めながら見つめていた。

 俺が何度も事情を説明するが祥子は不機嫌なまま納得する様子がない。

「そもそも何で天野さんと同棲することになるのよ!私に相談してくれれば良かったのに!」

「いくらなんでも、祥子に俺ん家に泊まってもらうのも悪いと思ったし・・・」

 祥子が再びバンと座卓を叩き、俺と明海さんはビクッと肩を震わせた。

「リョウちゃん家に泊まるんだったら喜んで行くよ!そしたら毎晩、それはもう凄い事を色々と・・・じゃなかった。とにかく!天野さんに襲われたらどうするつもりよ!」

 若干、気になる発言もあったが、どうやら祥子にとっては天野が俺と暮らすことに一番の問題を感じているらしい。俺に口止めした天野の判断は正しかったのだろうか。

「ちょっと待ちなさいよ!何で私がツカサを誘惑することになるのよ!アンタと一緒の方が問題が起きる可能性大じゃないのよ!」

 祥子の言葉に天野が身を乗りだした。薄手のスエット姿の天野を前に、さっき見た裸体の光景が重なり俺は慌てて視線を逸らした。

「さっき裸でリョウちゃんに抱きついていた事の方がよっぽど問題じゃない!何よ、私よりちょっと胸が大きいからって!」

 祥子の怒りの矛先が天野に向かう。対する天野も迎え撃つ気が満々のようで、座卓を叩いてさらに身を乗りだしてきた。

「はあ~、ちょっとぉ!?どこをどう見比べたら『ちょっと』になるのよ。雲泥の差があるじゃない!コイツの前だからって変な見栄張るんじゃないわよ、まな板の分際が!」

 そう吐き捨てた天野を前に、祥子がヒッと口を引き攣らせた。確かに天野と比べて祥子の胸はお世辞にも『ちょっと』と呼べるような差ではない。こっそりと二人の胸を見比べながら俺はそう結論づけた。

「まっ、まな板ぁ!?ひっ、人が一番気にしていることを、よくも!いいもん!ウエストなら天野さんよりも勝ってるもん!私の方がスリムだもん!」

「なに言ってんのよ!アンタより私の方がくびれているわよ!」

「そんな事ないもん!天野さんのお腹まわりにお肉が付いているの、この目でちゃんと見ているし!」

 瞬間、天野の顔がカッと赤く染まった。その表情から動揺の色が窺えた。

「なっ、なに言いだすのよ、このアマ!確かに最近ちょっと気にはなってたけど・・・だけどこんなの全然、許容範囲内だし!アンタとは違ってグラマーなだけだし!」

 二人が言い合う最中、天野と祥子の腰回りに視線が向いた。確かに祥子の方が細いように見えるけど、天野も言うほど太ってないように見えるが・・・

「ツカサ君。さっきからどこを見ているのかな?」

 明海さんにギロリと睨まれ、俺は慌てて視線を元に戻した。どうやら俺の視線に気づいていたらしい。「ボクだって胸ある方だし、ウエストだってそこそこ細いんだけどね!」と呟く声が聞こえたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。

「言い方変えたって太ってる事は変わらないじゃない!このホルスタイン!!!」

「うっさい、貧乳!」

「言ったわね!腰回りがロースハムのくせに!」

「なんですって!だったらアンタは全身が牛蒡(ごぼう)よ、牛蒡!」

 目の前で二人の口論が始まった。お互いに対象的ではあるが何でこんなに仲が悪いんだよ。

「二人とも落ち着けって・・・」

 このままでは近所迷惑になりかねないため、二人をなだめようとするが、

「「今、取り込み中なんだから黙ってて!」」

 二人同時にそれを封じられてしまい俺は口を噤んだ。なんでこういう時だけ息が合うんだよ、この二人。

 そんな中、俺の目の前で再び天野が座卓をバンと強く叩いた。

「とにかく!明海さんが成仏するまでの間、私はこの家を出て行く気はないわ!それが嫌なら今すぐ彼女を成仏させるか、アンタもこの家で一緒に暮らすかしなさい!」

 天野の言葉に祥子が押し黙ってしまった。天野が押し切る形で話がまとまったと言うべきか。

 天野に言い負かされて俯いたまま黙り込む祥子。その肩が小刻みに震えているのが見える。どうやら完全に天野に軍配が上がったようだ。天野が勝ち誇ったかのようにカレーにスプーンを付けようとした時だった。

「・・・・・フッ」

 何処からか小さく笑う声が聞こえたような気がした。天野にも聞こえたのだろう。その手が止まった。

「フフフ・・・・・」

 さっきよりも笑い声が大きくなってきた。明海さんにも聞こえたらしい。俺達は怪訝な顔で声のする方へと視線を向けた。

「天野さん・・・とうとう言っちゃったね、その言葉。フフフ・・・・・」

 その笑い声は祥子から発せられたものだった。祥子は顔を俯かせたまま肩を上下に揺らしながら笑い続けていた。何だろう、この感じ。すごく嫌な予感がする。

「・・・・・祥子?」

「ちょっと吉田。アンタどうしたのよ?もしかして気でも狂ったんじゃないでしょうね?」

 俺達が声をかけると、祥子が勢いよく立ち上がり天野に向けて人差し指を突きつけた。

「その言葉、受けて立ってあげる!私もリョウちゃん家に泊まる!絶対だからね!」

 今度は祥子が勝ち誇った顔を決め、天野がスプーンを持ったまま面食らった。

「・・・・・はぁ~!?」

 天野が素っ頓狂な声を上げるなか、俺は祥子に詰め寄った。

「おっ、おい祥子!お前も俺ん家に泊まるって無茶苦茶だろ!そもそも、親父さん達が認めるわけがない!」

 いくら幼馴染とはいえ、年頃の娘を男の家に泊まらせるなんてまともな親なら許可するはずがない。しかしそんな俺の言葉に動じる祥子ではなかった。

「大丈夫だよ。ちょっと待ってて・・・」

 そう言って祥子がスマホを取り出しどこかへと電話を始めた。おそらく自分の家だろうが、ここは祥子の両親に説得してもらうとしよう。親に反対されればさすがに祥子も冷静になってくれるだろう。

 数分間のやり取りの末、祥子がこちらを振り返り笑顔を見せた。

「お母さんがОKだって!」

「何だって!?そんなバカな!」

 驚く俺に祥子がスマホを差し出してきた。

「お母さんが代わってって」

 通話口に耳をあてると祥子の母親である嬉子(うれしこ)さんの声が聞こえてきた。

『もしもし良君?そういうことだから、祥子の事よろしくね!お父さんには私から言っておくから、安心しなさい』

 娘を泊める気満々な嬉子さんに俺は通話口に向かって絶叫した。

「ちょっと嬉子さん!娘に対して無責任じゃありませんか!?」

 そんな俺の言葉を嬉子さんはケラケラと笑いながら受け流した。

『大丈夫よ。もし良君に押し倒されたら天井の染みでも数えてなさいって祥子には言っておいたから。あとは良君の頑張り次第よ。ファイト!』

 ファイトじゃねぇよ。娘になに吹き込んでるんだよ、この母親は!

「何を考えているんですか!娘が心配じゃないんですか!」

『勿論、良君がちゃんと責任を取ってくれるか心配してるわよ?娘を傷物にされた親としては当然の事でしょ?あっ、二人とも高校生だし避妊はしっかりしなさいよ!もし無いならコンビニで買ってくること。良いわね?』

 さも当然と言わんばかりに嬉子さんが反論する。ていうか言ってることが生々しいんだよ。

「責任ってなんですか!祥子には何もしませんからご安心を!」

『あら、残念・・・』

 残念って、それが親の言うセリフか!

『とりあえず良君の若気の至りに期待するわね。さてと、お赤飯の準備をしなくっちゃ!』

 嬉子さんは一方的に言いたいことだけ言って電話を切ってしまった。スマホを返すと祥子はその場で三つ指をついて頭を下げた。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 ポカンとする天野と明海さんを横目に俺は深く溜息を吐いた。



 祥子は一度自宅へと戻ったかと思うとすぐに荷物を持ってやって来た。俺はそんな祥子に二階の部屋を一つ与えたのだが、そこでも一悶着あった。俺が与えた部屋が天野の隣であることに不満が出たのだ。

「何で私が天野さんの隣なのよ!」

「そんなの私だって同じよ!何で吉田を私の隣にするのよ!」

 二人に言い寄られ俺は頭を抱えた。

「悪かったって。とりあえず二人とも落ち着けって。じゃあ、祥子はどこなら良いんだよ?」

 とりあえず希望を聞くと祥子が勢いよく即答した。

「だったらリョウちゃんと同じ部屋が良い。もちろん布団は一つで!そしたら毎晩、くんずほぐれつでスッゴイ事を色々と・・・!」

「そんなこと出来るわけ無いじゃないの!何を考えてるのよ、アンタは!」

 天野に却下され祥子がすぐさま噛みついた。

「勝手に決めないでよ!あっ、ひょっとして天野さん、夜中にリョウちゃんに夜這いをかけるつもりなんでしょう!そんな事、させないんだから!リョウちゃんの貞操は私のもの・・・じゃなかった。私が守るんだから!」

「そんな事するわけ無いじゃない!頭おかしいんじゃないの、アンタ!」

 ほとんど不毛とも言える諍いに溜息が漏れる。

 二人が言い争いをしている間、廊下の隅にいた明海さんが浮かない顔をしているのが目に留まった。どうしたんだろうと思ったが、再びヒートアップしようとする天野と祥子が気になってそれどころではない。俺は二人をなだめることに追われる羽目になった。


 どうにかして二人をなだめた後、とりあえず祥子には天野とは部屋を一つ挟んだ別の部屋を用意することにした。最初からこうしておけば良かったと反省する。明海さんが成仏するまでの間、この二人に振りまわされるのかと思うと気が滅入ってきた。

そこでふとある事を思い出した。

 祥子が見せてくれた俺の運勢の内容に「女性関係に悩まされる」と記されていたのだが、それってまさかこのことを指していたのではないだろうか。

「まさかな・・・」

 俺は首を振って自分の寝室へと向かった。とにかく今日は無駄に体力を使って疲れてしまった。部屋に入り布団を敷くと俺は倒れ込むように眠りに落ちた。



 翌朝になった。俺は朝食の準備の為カレー鍋に火をかけていた。傍らには明海さんが宙に浮かんでいる。昨晩とは違って表情は良さそうだ。

「やっぱりカレーは一晩経ったものが美味しいよね!」

 確かにと頷きながら顔を見合わせ笑いあう俺達。鍋をかき混ぜていると、明海さんが突然後ろを振り返った。誰か起きてきたのかなと思い俺も振り向くと、そこには長襦袢(ながじゅばん)姿の祥子が立っていた。

学校や遠出する時以外は和装の多い祥子。巫女装束も似合っていたが、こっちの姿も制服姿の時には無い気品と色気が出ていて俺は好きだ。

「おはよう。二人とも早いね」

 祥子は衿を直しながら俺の隣に立った。下ろされた髪がサラサラと揺れる。

「今日は休みなんだから、もっと寝ていても良いんだぞ?」

 休日ということもあり天野が起きてくる様子はない。俺もいつもより遅めに起きた方だ。しかし祥子は「そういう訳にはいかないよ」とこちらを見上げてきた。

「しばらくお世話になるんだし、リョウちゃんのお手伝いくらいしないと・・・ここでポイントを上げて、あとはめくるめくスンゴイ事を色々と!」

 聞き取れなかった後半部分が気になるところだが、何故か身の危険を感じた。昨日から少しだけ祥子が怖い。

 俺の危機感など気にもせず祥子は下ろした髪を後ろに束ね、紐でたすき掛けをすると俺から鍋をかき混ぜるおたまを取り上げた。

「続きは私がやっておくから、リョウちゃんは天野さんを起こしてきなよ」

「そうか?じゃあ、頼むわ」

 二人を残して俺は台所を後にした。

 台所から居間を抜ける途中、テレビの電源を入れると朝の占いのコーナーが始まっていた。

「週末、最高の運勢は牡牛座のあなた!モテ期到来!朝からサプライズな出来事でハッピーな気分!ラッキーカラーは黒」

 どうやら今日の俺の運勢は良いらしい。しかも昨日黒いGのせいで散々な目に遭った俺にとってラッキーカラーが黒というのも好ましい。これはある意味リベンジのチャンスだ。俺は上機嫌で階段を上がっていった。

 二階に上がり天野の部屋の前へと向かう。おそらく天野は今も寝ているだろう。読書家の天野の事だ。休みの前日は大概夜遅くまで本を読んでいるため、きっと今頃夢の中のはずだ。俺は息を吸い込み襖の前で声をかけた。

「天野、起きろ~。メシだぞ~!」

 俺の声に中からバタバタと音が聞こえてきた。なんて珍しいことだ。意外にも天野は起きていたようだ。

「えっ、ツカサ!?」

 中から慌てた様子の天野の声が聞こえてきた。何をそんなに焦っているんだ?

「なんだ、起きてんじゃねぇか。だったら、さっさと降りてこいよ」

「ちょっと待って!今――」

 慌てる天野を無視して襖に手をかけ思い切り開いた。

今思えば、せめて一言断りを入れてから入るべきだったと思う。

「あっ・・・・・」

 呆然とする俺。

「―――――ッ!!!」

 驚きのあまり声が出せない天野。

 一緒に生活するようになって初めて天野の部屋に入った俺。その目に飛び込んできたのは部屋中一杯に平積みにされた本の山だった。唯一本が積まれていないのは、寝るために敷かれた布団の上とそこから襖までの一直線上だけだ。そこだけまるで道のようになっている。

 そんな無数の本が積まれた部屋の中で天野はスカートを穿いている真っ最中だった。それ以外は上下黒の下着しか身に着けていない。さっきの占いにあったサプライズはこのことだったようだ。ラッキーカラーである黒が登場しているので間違いない。

「着替えている最中だって、言おうとしたのに・・・・・」

 スカートを履く体勢のまま眉間に皺を寄せる天野。肩を震わせている様子から相当にお冠のようだ。

「・・・ごめんなさい」

 ここは素直に謝罪するが、気まずい状況であることに変わりはない。せめて何か気の利いた事でも言おうと思い口を開いた。

「しかしアレだな・・・今日も黒を着けているのな?」

 何でこんなことを言ってしまったのだろうか。この時、俺は思いっきり地雷を踏みつけていたことに気が付かなかった。

「ちょっと待って。『今日も』って言い方はおかしくない?それだと前にも私の下着を見たことがあるように聞こえるんだけど?」

 その言葉に『しまった!』と後悔した。以前ぶつかった時、確かに俺は天野の下着を見たことがあったが、そのとき俺は「見ていない」と言っていた。

「そっ、それは・・・」

「洗濯物を見たってことはまずないわよね・・・可能性があるとすれば、スカートが捲れた時に覗いたってパターンよね。例えば、私が転んで倒れた時とか・・・」

 なんて感が鋭いんだ!目の前の天野の表情がみるみるうちに険しいものへと変わっていくのを俺はただ見つめるしか出来なかった。

「ツカサ。アンタやっぱりあの時、スカートの中を覗いて・・・」

 スカートを穿き直し、右腕で胸元を隠しながら天野がこちらを睨みつける。

「ちっ、違う!覗いたんじゃなくて、たまたま見えちまっただけで・・・ハッ!」

「結局、見たってことでしょうが!」

 必死の弁明も墓穴を掘ったに過ぎず、天野がゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 その時、天野の足が積まれた本の一つを踏んづけ、「キャッ!」と言う悲鳴と共に、その身体がぐらりと揺れた。

「天野!」

 天野に駆け寄ろうとしたが、俺も足元の本に躓いてしまい二人仲良くその場に倒れ込んでしまった。ドシンという音と共に背中に無数の本が雪崩れ込んでくる。

 どうにか本の雪崩れも収まり、埋もれた顔を上げ天野に声をかけた。

「大丈夫か、天野?」

 背中の痛みに耐えながら起き上がる時、右手に何か柔らかな感触があった。何だろうと思い視線を向けると、

「あっ・・・」

 俺は目の前の光景に再び絶句した。視線の先――俺の右手には、掌に収まりきらないボリュームを持った天野の胸が掴まれていた。

「なっ・・・なぁっ!」

 目の前の天野も自分の置かれた状況に顔を真っ赤にしながら言葉を失っている。

 今すぐ手を離さなければならないのは分かっている。しかし意思とは裏腹に俺の右手はしっかりと天野の胸を掴んで放そうとはしなかった。

 これはマズイと思った矢先、こちらに突き刺さる視線に今になって気が付いた。

「ツカサ君・・・天野さんを押し倒して、何を?」

「まさかと思って来てみたら・・・」

 振り向くと、祥子と明海さんが俺を見つめていた。俺達が倒れた音に駆けつけたのだろう。その目ははっきりと非難の色を映し出していた。

「二人とも、違うんだ!これは――」

「いつまで人の胸触ってんのよ!」

 事情を説明しようとした矢先、下腹部に凄まじい衝撃を受けた。天野が急所を蹴り上げてきたのだ。

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 急所への攻撃から来る痛みに悲鳴が上がる。あまりの痛さにのた打ち回っていると、頭上から天野の声が聞こえてきた。

「ツカサ・・・アンタ、人の胸揉んでタダで済むなんて思ってないわよねぇ?」

 指をボキボキと鳴らしながら天野が怒気を孕んだ目で見降ろしている。その顔は般若の形相をしており、俺は股間を押さえながら慌てて立ち上がった。

「ちっ、違うんだ、天野!これは事故で――」

 若干内股になりながら必死に弁解する俺。しかしこの時、俺はもう一人の般若の存在を忘れていた。

「リョウちゃ~ん・・・覚悟は良いかなぁ?」

 背後に迫るドスのきいた祥子の声に俺は全身から汗が大量に吹き出してきた。

「二人とも、違うんだ・・・これには訳が・・・」

 二人に向けて弁解をするなか、明海さんと目が合った。

「明海さん!君なら分かってくれるよね?これは誤解なんだ!」

 俺の救いを求める眼差しに、明海さんは不機嫌そうにプイと顔を背けて目を合わせようともしてくれない。

「知らない・・・自業自得だよ」

「そんな!」

 明海さんに突き放された俺に「言いたい事は全部のようね」と天野の冷ややかな声が聞こえてきた。見ると、二人がゆっくりとこっちへ迫っていた。

「なんだろう・・・無性にサンドバックを殴りたい気分だわ」

「さっ、サンドバック?そんな物、家にはないけど?」

 怪訝な顔をする俺とは違って天野の表情は変わらない。

「あるじゃない、目の前に。この屈辱と恨みを晴らすのに打ってつけのサンドバックが、ほらここに・・・」

 そう言って俺に人差し指を向ける天野。もしかして、それって俺の事ですか!?

「サンドバックかぁ・・・今日は休日だから好きなだけ殴ることが出来るよねぇ?私も殴らせて貰おうかなぁ?いいよね、リョウちゃん?」

 祥子も物騒な事を言い始めているし!天野と祥子は俺を壁際まで追い詰め、まるで示し合わせたかのように二人の利き手を同時に上げた。

 この展開・・・まさか、また!

「ちょっ、ちょっと待っ――」

 次の瞬間、二人の利き手が勢いよく振り下ろされ、俺の両頬を襲った。


 何処がラッキーカラーだよ。アンラッキーカラーじゃねぇか!


賑やかになる良の日常。しかし事件解決の糸口は掴めないまま時間だけが過ぎていく。

そんな中、良の身に・・・

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