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憑かれる俺のラブコメ事情  作者: 夜冲知一
鈴の音の約束
11/11

嵐、あかね色

ずばりヒロイン同士の修羅場!

 加倉井神社に行った翌日以降、心霊庁絡みの仕事は一つもなかった。仕事内容が内容な為、こういうのはしょっちゅうなのだと天野は言っていた。その間、特に変わった事は起こらず、俺は平穏な日常を送っていた。否、平穏とは呼べないかもしれない。天野と祥子の仲はいまだ険悪なままだ。それを除けばいつもと変わらないが、やはりこのままではいけないと俺は思っている。なんとか出来ないだろうかと首を捻るばかりだ。

 天野に協力する期限まであとわずかとなったある昼休み。一人で廊下を歩いていると俺の目に二人の男子生徒の姿が映った。二人とも一年生でそのうちの一人は俺の知る人物だった。継春だ。加倉井神社に行った翌日、彼はゲッソリとやつれた姿で現れ、聞くと明乃ちゃんに天野と暮らしていたことがバレたらしく、誤解を解くため丸一日を費やしたのだという。その誤解も解けたらしく、どうや元気そうだ。そんな継春がもう一方の男子生徒に詰め寄っていた。

「どういう事だよ(いつき)!サッカー部を辞めるって・・・あんなにサッカー好きだったじゃないか!」

 一方的に捲し立てる継春。というより相手の事を心配しているといった方が正しいか。そんな継春の訴えに樹と呼ばれた生徒は顔を伏せて首を左右に振るばかりだ。

「もう、いいんだ。ほっといてくれ!」

 そう叫ぶや彼は俺の脇を抜け走り去っていった。残された俺達はただ茫然とするだけだった。

「あっ、阿澄先輩・・・」

 継春が俺に気付くや近づいてきた。ひどく落ち込んでいるようだ。

「どうしたんだよ、継春。アイツ、どうかしたのか?」

 彼が走り去った方を見ながら尋ねると継春は事情を説明してくれた。

「樹の奴、いきなり部活辞めるって言い出したんです。あんなにサッカー好きだったのに、何で急に・・・」

「自分の実力に限界を感じたとか、そんなところじゃないのか?」

 継春は彼に思いとどまって欲しいのだろう。だがこればかりは本人の問題だ。俺が意見を述べると継春は首を左右に振った。

「アイツの実力は素人目にも相当なものなんで、それはあり得ないっすよ。先輩たち相手の練習試合でバンバン得点してたから」

 それは凄いな。それだけの実力があれば将来有望だろう。辞めるなんて勿体ない話だ。

「その練習試合で女子達にキャーキャー言われてたんですよ。まあ、本人はサッカー馬鹿だからあんまりそういうのに興味が無いんですけどね」

 そう言って自嘲気味に笑う継春。コイツも俺と同じ考えなのだろう。話を聞く限りだが相当にサッカーが好きなのだろう。一体、彼に何があったのだろうか。

「俺、もう一度アイツを説得してみます!話、聞いてくれてありがとうございます!」

 そう言って俺にお辞儀をして継春は彼を追いかけて行った。俺はそんな継春を見送りながら彼に思いとどまって欲しいと願うばかりだった。



 その日の放課後。俺は天野を探していた。次の依頼は来ていないだろうかと聞くためともう一つ、以前、昼食を奢ってもらったお礼を言うためだ。

ファミレスかと思っていたら、天野が連れてきたのはオシャレなカフェだった。しかもその客層がいかにもカップルと言った若い男女ばかりで俺はかなり居心地の悪さを感じてしまった。原因は勿論、天野と一緒にいた事なのだが、俺達が店に入るや周囲の視線が一気に天野へと向かった。それ程までに天野の容姿が整い過ぎているからだ。逆に俺に対しては品定めするような目で見られ、何を頼んだのか、出されたメニューの味がどうだったのかまるで分からなかった。一刻も早く、この場を立ち去りたい一心だったからだ。しかも大変だったのがその翌日以降、俺は学校の男子達から一気に睨まれる羽目に会ったのだ。どうやら誰かが俺達が昼食をとっている姿を目撃したらしく、俺と天野がデートしていたと噂になってしまったのだ。あれから数日たった今では噂は下火の段階にまで落ち着いたが、いまだに宇梶達から睨まれている今日この頃だ。

どうせ図書室だろうと思っていたのだが、そこには天野はいなかった。教室だろうか?放課後の今なら宇梶を初めとする周囲の目もないだろうと思い、俺は天野の教室へと足を向けた。その道中、俺は3人の女子生徒とすれ違った。その最中、彼女達の口から「ざまぁ見ろ」「いい気味だ」など、なんだか嫌な感じに聞こえる会話が聞こえてきたが、そんな事などどうでも良い。俺は天野がいるかもしれないA組の教室へと急いだ。

廊下から教室を覗くとそこには天野の姿があった。しかし天野は微動だにせずその場に佇んでいる。どうしたのだろうか。教室内を見渡すと天野以外に誰もいない。俺は思い切って教室へと足を踏み入れた。

「なんだ。ここにいたのかよ」

 俺の声に天野の肩がビクッと震えるのが見えた。しかし次の瞬間、天野が驚くほど素早くこちらへと振り返りながら俺を睨みつけてきた。

「ちょっと、なんでツカサがここに!?勝手に入ってこないでよ!」

「別にいいだろ?ていうか、何してんだ―――」

 そう言って天野に近づいた俺は言葉を失った。

「なんだよ、これ・・・」

俺の視線は天野の背後に向いたままくぎ付けになった。天野の背後にある机―――天野の席だろう―――の上に置かれた鞄が見るも無残な姿になっていた。カッターか何かで切り刻まれズタズタにされており、机の脚元には天野の物と思われる教科書が散乱している。それらには天野を誹謗中傷する内容の単語が油性ペンで書き込まれており元の内容が読めない状態になっている。あまりに酷い状況に俺の頭は怒りで真っ白になった。

「あ~あ、見つかっちゃった・・・」

 心底面倒臭そうにつぶやく天野の声を聞きながら俺は握った拳を震わせた。

「・・・いつからだ?」

 湧き上がる怒りを抑えながら出した声に天野は怪訝な表情を浮かべた。

「なによ、いきなり」

「いつからだって訊いてんだよ!お前、いつからこんな嫌がらせ受けるようになった!?」

 俺は天野に詰め寄った。もう天野を探していた理由なんてどうでも良い。俺は一刻も早くこの怒りを然るべきところへぶつけたかった。そんな俺に対して天野の様子は淡々としたものだった。

「・・・数日前よ。ほら、あの懐剣を氷堂さんに返した日からよ」

 言われて俺はあの日の事を思い出した。あの日、天野は約束した時間より大幅に遅れてやってきていた。

「あの日、帰ろうとしたら私の靴が無かったのよ。必死で探したら、トイレのごみ箱に捨てられていたわ」

 そう天野はため息を吐きながら説明した。道理で遅かったわけだ。思えば天野の靴の汚れがひどかったが、理由がはっきりとした。

「それからかしら。気づいたら何か私物が無くなるようになったわ。まあ、適当に放っておいたんだけど、そしたら今日は『コレ』よ」

 そう言って天野はチラリと自身の席へ視線を向けた。

「私が気にしていないのがよっぽど気に食わなかったのね。今回が一番酷いわね」

 ホント暇人だことと呆れた様子の天野。俺の目には今回の事を天野はあまり気にして無いように見える。しかし、だからと言って納得できるものでもない。

「お前、このままで良いと思っているのか?」

「まさか。勿論、こんな事をした連中には相応の報いを受けてもらうわよ。ホント、アイツら・・・ただじゃ置かないわよ」

 そう呟く天野の表情は背筋が凍る程に冷たかった。その口ぶりからして誰がやったのか分かっているようだ。

「成程な・・・どうやら犯人の目星はついているようだな。まさか、アイツら・・・」

 先程、ここに来る前にすれ違った3人の女子生徒の姿を思い出した。おそらくだが、彼女たちが犯人で間違いないだろう。そんな俺の手を天野が掴んだ。

「ちょっと、ツカサ。アンタ何考えてんの?・・・まさか!」

「アイツらにガツンと言ってやる!じゃないと俺の気が済まない!」

 やめてよ!と天野の声が教室内に響いた。驚く俺に天野が食ってかかった。

「これは私とアイツらとの問題よ。部外者は出しゃばらないで!」

「こんな状況、黙って見過ごせるかよ!」

「なんでアンタがそんなに怒るのよ。ツカサには関係ない事でしょ!」

「お前がこんな目に遭っているから頭にきてるんだよ!関係なくなんかない!」

 声を荒げる俺に天野の肩がビクッと跳ねた。

「・・・えっ。つまり、アンタは私のために怒ってるの?」

「当たり前だろ!」

 お前こそ、何そんなに驚いてるんだよ。天野は目を見開いたまま固まっている。しかしその直後、天野が俺の傍まで近づきトンと肩に頭をのせてきた。

「天野?」

 驚く俺にごめんと天野が呟いた。

「・・・ちょっとだけ、このままでいさせて」

 そう言った天野の肩は震えていた。

「・・・何で私がこんな事されなきゃいけないのよ?私が何したっていうのよ!」

 独り言なのだろう。天野は今までため込んでいた想いを吐き出している。俺は動けないまま天野が落ち着くのを待った。


 一通り言いたいことを言って落ち着いた天野から意外な話が聞けた。天野が以前いた学校での出来事だ。

 前にいた学校でも天野は周囲から注目の的だった。当然、そんな天野に告白する男子も大勢いたそうだが、天野はその全てを玉砕したそうだ。天野はその中にいた男子に好意を寄せていた女子達からのバッシングを受けたそうだ。

「せいぜい無視したり陰口たたく程度だったんだけど、なかには結構な過激派もいたのよね」

 そう語る天野の話によると、その過激派数名は連日にわたり天野に対する攻撃をしていたそうだ。

「同じ女だけど、ドン引きする内容だったわよ?ホント、嫉妬に狂った女って怖いわね。アンタも気をつけなさいよ」

 詳しい内容は教えてくれなかったが、その口ぶりから想像を超える内容の嫌がらせを受けたのだろうことは想像できた。

「まさか、お前が転校した理由って・・・!」

「違うわよ。私がここに来たのは別の理由よ。そもそも、アイツらにはちゃんと報復をした後だったし」

 そう言って俺の考えを否定する天野。何をしたのかは深くは訊かないでおこう。多分、相応の報いを受けさせたのだろう。自業自得だ。

「だから、心配しなくていいわよ。明日にはケリをつけるから」

 そう言ってニヤリと笑う天野。その姿はいつも通りの綺麗さがあった。どうやら本調子に戻ったようだ。

「ありがとね。おかげで吹っ切れたわ・・・って、どうしたのよ?」

 驚く俺に天野が怪訝な様子で尋ねてきた。それ程に俺は驚いたのだ。

「いや、お前が礼を言うなんて思わなかったから・・・」

 素直な天野なんてかなり珍しい。普段のコイツを知っている俺でも礼を言われたなんて初めての経験だ。そんな俺に天野がジト目で睨んできた。

「アンタ、私の事をなんだと思ってんのよ?私だってちゃんと礼くらい言うわよ」

「そりゃそうだよな。悪かった。素直な天野もやっぱり可愛いもんだよな。まあ、元から美人なんだけど」

 普段の調子に戻った天野に素直な感想を伝えると、急に天野が踵を返し背を向けた。

「・・・やっぱり、さっきの礼は無し」

 そう言って教室を出ていく天野。突然の事に呆然となったが、慌てて俺も後を追った。



 放課後、先生に頼まれた用事を済ませるのに時間がかかってしまった私は衝撃的な光景を前に固まってしまった。リョウちゃんと天野さんが抱き合っている光景だ。肩を震わせる天野さんに、そんな彼女に優しい眼差しを向けるリョウちゃん。私の思考は停止し、その場を動くことが出来なかった。

 なんで二人が!?そんな考えが頭の中を駆け巡る。それ以上ここに居たくなくて私は足早にこの場を立ち去った。


 初めてリョウちゃんと出会ってから数か月。彼はお祓いのために何度もうちの神社に訪れた。彼は特異な体質らしく、様々なモノを連れてくるその姿は子供心に気味が悪いと思った。しかしお父さんが祓った後の彼はとてもやさしく、そんな彼とのわずかな時間を楽しみにしている自分もいた。

 そんな彼との関係はある日、唐突に変わった。お母さんが夕飯の準備をしている時に一本の電話がかかってきた。手が離せないお母さんの代わりに出たお父さんの表情がみるみる内に変わり、電話を切るやお母さんのもとへと駆け寄る姿は子供心に只事ではないと判断するのに十分だった。

「心霊庁からの電話だ。阿澄さんご夫婦が亡くなったそうだ。事故らしい」

 お父さんから聞いた情報に私は衝撃を受けたのを覚えている。リョウちゃんのご両親はとても優しく、私にもとても良くしてくれた人達だ。その二人が突然なんの脈絡も無く居なくなったのだと理解すると同時に、それが現実だと受け止められない奇妙な感覚だった。

 その日、私は何を食べたのか。何を話したのかも分からず、なかなか寝付くことが出来なかった。いまだに夕方聞いた内容が信じられない気持ちでいっぱいだった。そしてそれ以上に、両親を失ったリョウちゃんはこれからどうなるのか?そればかりが頭をよぎって目が冴えてしまっていた。水を飲んで気持ちを落ち着けようと思い台所へ向かう途中、障子戸の隙間から漏れる光と声に私の足は止まった。聞き耳を立てるとお父さんとお母さんが何やら話し込んでいる様子だった。

「ねえ、本当にどうにかならないの?いくら何でも!」

「何度も言わせるな!心霊庁が決めた事だ。俺にはどうする事も出来ない」

 いつも仲の良い両親が珍しく言い争いをしている。気になってさらに聞き耳を立てていると、耳を疑う話題が飛び出してきた。

「理由は分からないが、今後、良君は心霊庁の監視対象者になる。俺が監視者なると言ったが、心霊庁は歳の近い祥子にさせろと言っている」

「そんな・・・祥子にそんな事させろだなんて。あんなに仲が良かったのに!」

 両親から心霊庁の事は聞いていたし、監視対象者という単語が何を意味するのかも知っていた。まさかこんな形で自分が関わる事になるなんて思いもしなかった。

何でリョウちゃんが!?私の知らないところで何かが起きているのは分かるが、その全貌を私はまるで分からずにいた。おそらく両親もそうだろう。漏れ聞こえる声は動揺しているように感じた。

「本当にどうにもならないなんて・・・祥子になんて言えば・・・」

「お前は黙ってろ。祥子には俺が―――」

 気が付くと私は障子戸を開けていた。

「祥子!?」

「お前、いつから・・・まさか!?」

 驚く両親を前に私の口は勝手に動いていた。

「私・・・リョウちゃんの監視者になる!」

 そう叫んだ私の心は決まっていた。私は―――


 それから数年の歳月が経った。私とリョウちゃんの関係は表向きは普通の幼馴染。しかし、本当は監視する者とされる者というものに落ち着いていた。今ではリョウちゃんを監視することが当たり前な日常になっている事に何も感じなくなった。胸の奥に刺さる痛みに気付かないフリが出来るまでになっている自分自身にも特に何も感じなくなっている。

 そんな私達の関係はある日突然現れた人物によって打ち砕かれた。

天野(あまの)(てる)()です。よろしくお願いします」

 そう名乗った彼女に対して周囲の男子達が色めき立った。当然だ。彼女は同性の私から見ても美人な容姿をしていたのだ。しかし私は一目見ただけで彼女が私と『同業者』であるとすぐに気が付いた。纏っている空気が私のそれと同じだったのだ。彼女も私に気付いているのかもしれない。一瞬だが、私と視線が合った瞬間があったのだ。その不安を拭う事は出来なかった。

 そんなある日。休み時間に友人達と廊下を歩いていると、窓の外を眺める天野さんを見かけた。友人達は特に気にした様子も無くお喋りに夢中だったが、その時、私はハッキリと彼女の顔と目をしっかりと見てしまったのだ。憎悪に満ちたその表情を。そして、それ以上に恐ろしかったのが彼女の目だった。その目には強い殺意にも似た感情とドス黒い『闇』を帯びていたのだ。

 恐怖と共にそんな彼女が一体なにを見ているのか気になった私は窓の外を見ると、なんとそこには田門君と話すリョウちゃんの姿があった。何でリョウちゃん?どういう事?私の頭は一気に真っ白になった。

「どうしたの、祥子?顔色が悪いけど?」

 友人の一人に声を掛けられ我に返った私は慌てて友人達を急かしてその場を後にした。しかし私の不安は増すばかりだった。

 そんな私の不安は見事に的中した。リョウちゃんに憑りついた霊を除霊しようと約束した日の放課後のことだった。

「彼に憑りついている女子高生に気づいているんでしょ?下手に刺激しない方がいいわよ?」

 そう耳打ちする彼女の言葉に私の背筋は凍り付いた。やはり天野さんには見えていたのだ。おそらく私の事も薄々感づいているのだろう。だからこそ、こうも堂々と私に近づいてきたのだろう。

そしてその後、彼女はいとも簡単にリョウちゃんに取り入ってしまっていた。


「ねぇ、結衣。天野さんって前はどこの高校に居たか知らない?」

 昼休み。仲の良い友人の一人、城戸(きど)結衣(ゆい)に尋ねてみた。彼女はこの学校の報道部に所属しており、私にとって貴重な情報源なのだ。これ以上、リョウちゃんと彼女を近づけてはいけないと思い、少しでも情報を知りたいと思ったのだ。

しかし返ってきた言葉はそんな期待を裏切るものだった。

「さあ?天野さん、ガード固いし難しいのよね。秋山先輩も知らないんじゃないかな?」

「なになに!?ついにライバルとやり合うの、祥子!?ていうか、二回戦だっけ?」

 そんな私達のやり取りにもう一人の友人、(ひだり)ときめが割り込んできた。それに同調するかのように友人その3の(そう)()(こよみ)が声を上げた。

「そうだよねぇ。最近、天野さんと阿澄君、仲いいもんねぇ。祥子としては気が気じゃないよねぇ。天野さんも祥子に負けず劣らずの美人だもん。しかも胸大きいし。もしかしたら、ときめより大きいんじゃない?」

「そんな事ない・・・って言いたいけど、正直、負けてるかな?」

「おっ、素直じゃん!」

 勝手に盛り上がるときめと暦。確かに天野さんの方が私より『ちょっと』大きいけど!ていうか、アンタ達もそのネタ言うの!?

「そんなんじゃないってば!もう、茶化さないで!」

 否定する私に対して、二人は引き下がる様子はないようだった。

「仮にそうだとしても、ちょっとはそう言う感情があるのは確かでしょ?一回戦目はアンタがビンタしたわけだし」

「そうだよ。ときめも私も祥子が天野さんとやり合っているの知ってるんだから」

「二人に同意。私にそんな事聞いてくる時点でバレバレだよ、祥子?」

 二人に賛同する結衣。多勢に無勢。それに三人の指摘は的を得ているのも事実なため反論も出来ない。ここは素直に認めるしかない。

「ああ、もう。そうだよ!ていうか、ときめだったら調べる事は出来るんじゃないの?探偵事務所でバイトしてるんでしょ?」

 友人の一人、ときめは長年にわたる推理オタクを拗らせ、とうとう実際にある探偵事務所でバイトを始めてしまっているのだ。しかしときめは「違うよ」と否定の声を上げた。

「バイトじゃなくて手伝い。そもそもあそこの事務所の稼ぎじゃバイト代なんて出ないって。基本、浮気の調査か飼い猫探ししかしてないんだから」

「何でそんなところで働いてるのよ?」

 疑問を口にする結衣に「だってぇ」とときめが腰をくねらせる。

「そこのおやっさん、私のストライクゾーンど真ん中だもん!吉川晃司に似てて超格好いいんだから!」

 そう言って顔を赤らめるときめに私達は半分呆れていた。この子の好みは私達とはちょっとズレているのだ。確かに吉川晃司も格好いいけど、私達の年代なら菅田将暉とかだろう。そもそも探偵事務所の所長さんの事を「おやっさん」と呼ぶセンスもいかがなものかと思っている。

「じゃあ、その『おやっさん』に調査の依頼すればいいの?調査費なら出すし!」

 心霊庁から出ている資金の一部は私の口座に振り込まれているものもある。ある程度ならそこから出す事も出来る。しかしときめからの返事は予想に反したものだった。

「一応相談してみても良いけど、多分『その情熱を自分を磨く事に使いな、Lady』って言うと思うなおやっさん。もう、超ハードボイルドなんだから!」

 キャーと一人盛り上がるときめ。その様子は恋する乙女そのものだ。まったく、『おやっさん』とはどんな人物なのやら・・・

 やはり、天野さんの情報は分からず仕舞いかと思われた時だった。

「ていうか、天野さんが前居た学校なら知ってるよ。倭児(わに)高でしょ?」

 突然の暦の言葉に私より先に結衣とときめが反応した。

「えっ、マジ?超進学高じゃん!道理で頭が良いわけだ」

「ていうか何で暦が知ってるのよ?報道部が総力挙げても調べ挙げられなかったのに!」

 驚くときめと悔しがる結衣を他所に暦が得意げに胸を張った。

「SNSの友達に天野さんの同級生だった人が居てね、天野さんの話題を出したらすぐに食いついてきたの」

 暦の趣味は食べ歩きで、SNS上でそれ関係のグループにも所属している関係からか、思わぬ情報を拾ってくる事が多い。おかげで私にとって貴重な情報源になっている。

 驚く私達に対して暦の表情が急に曇り始めた。

「でね、その子の情報なんだけど―――」

 三人で暦の話を聞いたが、その内容が衝撃的だった。

「ちょっ、暦。それ本当なの!?ヤバくない?」

「デマって可能性もあるけど『火のない所に煙は立たぬ』って言うし、祥子も下手に関わらない方がいいんじゃない?」

 驚くときめと私を心配する結衣。暦も心配そうに私に視線を向けている。しかし、私の決意は変わらなかった。むしろ、リョウちゃんを彼女から遠ざけようと決意が固まったくらいだ。


 ・・・やはり、あの女は危険だ!



 その日の放課後、敵に会うため彼女の教室を訪れた時だった。そこには目的の人物はいなかったが、思いもよらぬ人物達がいた。

「アイツ、また鞄を置きっぱなしにしてるわよ」

「ホント懲りないわよね。学習能力無いんじゃない?」

「また私達にズタズタにされるっていうのにさ!」

 ケタケタと品の無い笑い声をあげる三人の女子生徒。彼女達はあまり良い噂を聞かない生徒達だ。昨日の出来事と総合して、彼女達が天野さんに嫌がらせをしていた主犯格とみて間違いないようだ。彼女達の手にはカッターが握りしめられており、三人はそれぞれカチカチと刃を出し始めている。私は迷う事なく教室へと突入した。

「あなた達、何してるの?」

 突然現れた私に驚いた様子の三人だったが、すぐさま落ち着きを取り戻したのか余裕の表情を浮かべ始めた。

「なにって、見て分かんない?」

 そう言ってニヤつく彼女たちの様子に嫌悪感を覚える。さらに彼女たちは続ける。

「私達にとっては『コレ』がストレス発散法なのよ。良かったら吉田さんもどう?」

 そう言ってカッターの柄を私に向ける様子に驚きを隠せなかった。

「知ってるわよ?吉田さん、阿澄君の事が好きなんだよねー?でも、その彼にあの女がちょっかいを出していてムカついてるんだよねぇ?」

 そう言うリーダー格と、その後ろでクスクス笑う取り巻きの女子達。

「だったら、あの女に一矢報いてやんなよ?意外と快感だよ?」

 ほらと言ってカッターを差し出す彼女たち。

 屈辱だった。コイツ等は私を自分たちと同列だと思ったのだ。私はコイツ等と『同じ』だと判断されたのだ。私は怒りに任せて相手の手を叩いた。床を転がるカッターを目で追う彼女達に私はその怒りをぶつけた。

「ふざけないで!私はアンタ達とは違う。私はあの女に負けるつもりなんか無いし、アンタ達みたいな卑怯者に成り下がるつもりもない!」

 私の言葉に彼女達は「コイツ!」と声が上がった時だった。

「なんか凄く盛り上がってるわね。私もまぜてくんない?」

 突然、聞こえてきた声の方に私達の視線が集まる。そこには今まさに話題に挙がった人物が佇んでいた。なんでコイツがここに!?とでも言いたげな彼女達の表情を見ながら、私は瞬時にその理由に気が付いた。

この女、『使った』んだ・・・自分の『能力(ちから)』を!この女は呪符使いだ。おそらく呪符の力で自分自身を不可視にして最初からこの部屋に居たんだ。信じられない。私たち術者は私的な理由でその能力を使ってはいけないという心霊庁が定めた暗黙のルールがあるのに!なんて人なの!?

「余計な奴もいるけど、まあいいわ。アンタ達だったのね」

 チラリと私に視線を向けた天野さんが彼女達を見据える。そう言われた彼女達も負けてはいない。いきなり私に目を向けたかと思うと、

「違うわよ。これは私達じゃなくて、吉田さんよ。私達はそれを止めようとしただけ」

 本当に何から何まで信じられない人達だ。自分達の罪を人に擦り付けようとするなんて!

 しかし、そんな事は天野さんもお見通しだったようだ。

「下手な嘘ね。コイツはこんな陰湿な事なんてしないで、直接、私にビンタかましてくる野生児よ?」

 すっごい痛かったわよと嫌味をタップリ含んだ言い方で私に視線を向ける天野さん。続けて彼女達も驚いた様子で私に視線を向ける。

 そんな彼女達に天野さんが再び視線を向ける。

「アンタ達がなんでこんな事をしたのかは知っている。ホントくだらない・・・。これ以上つづけるのなら、それ相応の覚悟をすることね?」

 そう言う天野さんに彼女達は鼻で笑った。

「はぁ、覚悟?バッカじゃないの?アンタにそんな事できるわけ―――」

 突然、天野さんが一通の封筒を彼女達に投げてよこした。突然の事に驚きながらもそれを拾う彼女達が封筒の中身を見た次の瞬間、みるみる内に顔色が青く染まり始めた。

「『それ』学校にばら撒いたらどうなるかしら?それとも、アンタ達の近所にばら撒いてあげようかしら?そうなったらアンタ達、学校に行けなくなるどころか、家から一歩も出られなくなるわよねぇ?」

 そう言って笑みを浮かべる天野さんに背筋が凍った。一体、何を彼女達に見せたのかは分からないが、天野さんが優位に立っているのは誰の目にも明らかだ。

「なっ、なんでアンタがこの事を!?」

「私達を脅す気なの?そんな事、出来る訳―――」

「そっ、そうよ!アンタなんかにそんな事が出来る訳ないわ!そもそも、そんな事したって、アンタになんのメリットも無いじゃない!」

 口々に声を上げる彼女達に向ける天野さんの視線は冷たいものだった。

「メリットならあるわよ?鬱陶しいハエどもを叩き潰すってメリットが。私ね、私の邪魔をする奴は徹底的に叩き潰すって決めてるの。どんな手を使ってでも・・・徹底的にね」

 そう呟く彼女の目に以前見た『闇』が見えた。この女は本気だ。この女は言葉通り、どんな手を使ってでも相手を社会的に潰すだろう。そう思わせる気迫を感じた。この女の目からは、やると言ったらやると言う『凄み』を感じる!

 同じように彼女達も天野さんの本気を感じたのだろう。顔色を悪くしたままゆっくりと後退り、教室を出るや逃げるように走り去っていった。教室には私と天野さんの二人だけとなった。

「つまんないの・・・ホントくだらない」

 そう言って鼻で笑った天野さんが私を一瞥する。

「・・・で?アンタは私に、まだ用があるの?」

 そう言う彼女に私は口を開いた。



「良い景色ね」

 そう言って天野さんは伸びをしながら呟いた。ここは屋上。私は決着をつけるべく、彼女をここへと連れてきたのだ。

「・・・で?私をこんな所に連れてきて、アンタは何が言いたいわけ?言っとくけど、私も暇じゃないのよ?」

 こっちを急かすように話を促す天野さんに私は用件を伝えた。

「単刀直入に言うわ。これ以上、リョウちゃんを巻き込まないで!」

 これ以上,リョウちゃんをこの女の傍に置いちゃダメだ。この女は危険だ。だから、これは戦線布告だ。

 しかし、私の言葉に天野さんは面倒くさそうにため息を吐いた。

「またそれ?前にも言ったわよね?何で私がアンタの言う事を聞かなきゃいけないのよ?そもそも、そんな事を私に言ったって意味がないでしょ?ツカサに言いなさいよ。アンタの大好きな『リョウちゃん』にさぁ」

 私を煽るその言葉に乗るつもりはない。私は私の目的を果たすのみだ。

「言ったわよ!でもリョウちゃんは全然聞いちゃくれない!だから私は―――」

「だから私に言ったって意味ないでしょ。そんなにアイツが心配ならアンタがツカサを守れば良いじゃない。幼馴染のアンタがさぁ」

 突然の反撃に私は一瞬だが戸惑った。でもそんな言葉に怯むつもりはない。

「何を言ってるの?私にそんな事出来るわけ―――」

「すっとぼけんな。アンタの正体に私が気付いてないとでも思ってるわけ?アンタだって私と同じ霊能力者でしょ?」

 しらけた目で私を見る天野さん。・・・やっぱりこの女は私の事に気付いていたんだ。私は一度気持ちを落ち着けてから天野さんを真っすぐ見据えた。

「・・・いつから気付いていたの?」

 もう、自分を偽る必要は無くなった。今の私はただの高校生ではない。一人の『霊能力者』として天野さんと対峙している。私の変化に天野さんはたいして動じてはいなかった。彼女もまた、『霊能力者』としての顔を覗かせていた。

「そうねぇ・・・実を言うと、初めてアンタを見た時かしら?アンタだってそうでしょ?同じ『闇』に生きている者同士だからさぁ?」

 一見、ふざけた態度だが、その目は私を見定めるかのように鋭かった。

「そもそも、アンタは自分の霊力を振り撒き過ぎなのよ。まぁ、アンタみたいに桁違いな霊力を持っていたら、それを抑えるのも難しいんだろうけどさぁ。アンタ、凄い霊能力者みたいね。加倉井家と並んで、ここ多神ヶ原の霊脈を管理する一族の跡取り娘。長い年月をかけて強い霊能力者同士の交配を続けて産み出された霊能力者のサラブレッド・・・私みたいな半端者とは大違い。当然、心霊庁が絡んでいるわよねぇ?」

 そこまで調べたのかと言わざるおえない。私達、吉田家の霊能力者は代々女児しか産まれず、外部から強い霊能力を婿養子として迎え入れてきた過去がある。事実、小学生だった母は当時高校生だった父と婚約して今に至っている。その仲介役を担ったのが心霊庁のお年寄り連中なのだ。もっとも母は父を一目見て好きになり、結婚するまでの間、多くの異性からの好意には一切の興味を持たなかったらしいが。

「そんなアンタが、まさかツカサの監視者をしているとは思わなかったわ。少なくとも、心霊庁のじじぃ連中にとってツカサの存在は無視できないみたいね?」

 不覚にも『監視者』というワードに反応してしまう。カマをかけたのだろう。私の反応を見て天野さんが「やっぱり」と言うのが聞こえた。どうやらこの女は私がリョウちゃんの監視者である事にも気づいていたようだ。

「もっとも、その監視者が対象者を好きになったのは、じじぃ達にとって誤算だったみたいね。あっ、違うか。好きになった相手が対象者になっちゃったのかしら?どっちにしても間抜けな話だけどね」

 その言葉は私の神経を逆なでした。挑発だって分かっている。でも―――

「いつから監視しているかは知らないけど、その間、ずっとツカサの事を騙し続けていたのよねぇ?好きな人を騙すってどんな気分?」

 こっちが何も言わないのをいい事に天野さんはさらに私を煽ってくる。

「・・・やめてよ、そんな言い方」

 湧き上がる感情を抑え、なんとかそれだけの言葉を絞り出した。しかし天野さんはさらに煽り続けてきた。

「あら、気に触ったかしら?でも、なんにも言えないわよねぇ、ホントの事だから?アンタがツカサを騙し続けてきた事実は変わらない」

「・・・やめてって言ってるでしょ?聞こえないの?」

「アンタは長い間、表向きは仲の良い幼馴染を演じながらその実、裏ではツカサを監視し、その結果を心霊庁に報告し続けてきた。ツカサが何も知らないのをいいことに」

「ちょっと黙ってよ・・・」

「そのくせ、自分はそんな自身の境遇を不幸だと悲観しながら、心霊庁に抗いもせず馬鹿の一つ覚えのように従い続けている」

「天野さんさぁ、人の話をちゃんと聞きなよ。『黙れ』って言ってるんだよ」

「まぁ、馬鹿の方がまだマシだけどねぇ。アンタの場合、自分の立場を理解したうえでそれを『利用』してるようなものだからねぇ。ずっと質が悪い」

「・・・・・黙れってば」

「でも、ある意味ドラマチックな展開よねぇ?『好きな人を騙し続けている私。なんて不幸!』的な感じでさぁ?」

「・・・・・黙れよ」

「そうやって自分の境遇に浸れて、さぞや楽しかったでしょうね」

「・・・・・うるさい、黙れ」

 もう我慢も限界だ。これ以上、この女に何かを言われたら私は自分を抑えきれなくなる。

「でもいい加減、アンタの三文芝居に付き合うのも飽きてきたわ」

 しかし、目の前の女は―――

「ハッキリ言ってあげる。悲劇のヒロイン面すんな、鬱陶しい」

 ―――最後の一線を土足で踏み荒らしてきたのだ。

「黙れええぇぇえぇぇぇえええぇぇ!!!」 

 私は叫びながら相手の胸倉を掴み詰め寄っていた。そのせいで目の前の女が背後の壁に背中を打ち付けていたが知った事か。

「アンタなんかに何が分かるのよ!!私がどんな想いで今までリョウちゃんの傍に居たのか知らないくせに!!!」

 そう叫びながら胸倉を掴む手に力が籠った。

「私だってこんな事したくなんか無いわよ、当たり前じゃない!でもリョウちゃんが監視対象者になってしまった以上、心霊庁の決定に逆らえるわけないじゃない!アンタみたいに好き勝手に生きてる人間とは違うのよ!!」

 気づけば今まで溜め込んでいた想いを吐き出していた。この女は心霊庁の定めた暗黙のルールでさえ無視して好き勝手な事をしている。そんな風に生きられたらどれだけ楽か。でも、私はコイツとは違う。私にはこの地に根付いた歴史があるし守らなければならない家柄がある!

 あたりは時折吹く風の音しかしなかった。長い沈黙を破ったのは目の前の女だった。

「・・・あのさぁ、言いたい事ってそれで全部?」

 その言葉に私は呆気にとられた。ひとしきり怒りをぶつけた私に対して、目の前の女は冷たい視線を私に向けていた。

「何を言い出すかと思えば、下らない」

 心底つまらなそうにため息を吐く天野さん。

「それって全部アンタの都合よねぇ?ホント自分勝手な理屈ばっかり並べ立ててさぁ」

「うっ・・・、うるさい!それが一体―――」

「じゃあ、アンタは今までツカサの事を考えた事あるの?アイツの気持ちとかさぁ?」

 その一言に私の頭は真っ白になった。その様子に「ないわよねぇ?」と冷ややかな視線を向ける目の前の女。

「結局、アンタの独りよがりなのよ。まあ、ニンゲン誰しも自分の事を第一に考えるモノだから、ある意味アンタも俗物的なのかもね。愚か者だけど。いや、違うか・・・」

 そう言った目の前の女から出た次の言葉は私の神経をさらに逆撫でした。

「アンタの場合、今の状況に酔ってるだけだからねぇ。『大好きなリョウちゃんを騙す、不幸な自分』って状況にさぁ」

 ―――この女は何を言っているの?

「だって、そうでしょう?アンタ自身、ツカサの事なんて、何一つ考えてないんだからさぁ?」

 ―――何を言っているの?黙って聞いていれば好き勝手に・・・

「でもアンタの気持ちも分かるのよ?『悲劇のヒロイン』を演じたいって気持ちをね。相手役なんて誰だって良いんでしょ?それがたまたまツカサだっただけでさぁ」

 ―――はぁ?だから、何を言っているの、この女は?

「ここまで言っても分からない?だったら、分かりやすく教えてあげるわね?」

 目の前の女は私の反応に笑みを浮かべながら決定的な言葉を口にした。

「アンタ、本当にツカサの事が好きなの?アンタが好きなのはツカサじゃなくて『ツカサを好きだと思い込んでいる自分』なんじゃないの?」

 その言葉は聞き捨てならなかった。次の瞬間、私は我を忘れた。気が付くと私は天野さんに殴りかかっていた。しかし私の平手は天野さんの左腕に阻まれており、目的は果たせてはいなかった。

「そう何度も食らうかっての。ホント、アンタって女は―――」

 そう見下す天野さんの右頬を私は左手で張り倒していた。利き腕ではないが、それでも渾身の力を込めたつもりだ。みるみる内に彼女の頬が赤く腫れあがっていき、口の端に血が滲んでいくのも見えた。

「・・・・・ざまぁみろ」

 思わず出た私の言葉など聞いていないのだろうか。目の前の女は親指で口元を拭っていた。そこに着いた血を見つめる目が鋭くなるのが見えた。

「やってくれるじゃない・・・クソ女」

 そう言い捨てた彼女の目は冷たく、思わず後ずさる程の迫力があった。その場の空気が一瞬で張り詰めるのを感じた。

 しかしその空気はすぐさま緩和された。目の前の女がフッと嘲笑し背を向けたのだ。

「悪いけど、アンタにかまってる暇なんてないのよね。こっちも忙しいのよ」

 そう言って立ち去ろうとする天野さん。去り際の背中が不意に呟いた。

「さっきの連中もだけど、恋愛なんてホント下らない・・・」

 その言葉に私はハッとした。その言葉に『違和感』を感じたのだ。同時に、目の前の女に対して思わず嘲笑していた。この女、もしかして・・・

「何よ?とうとう頭がおかしくなったのかしら?」

 そう言って訝しげに私を見る女。歩みを止めたその女にハッキリと言ってやった。

「なぁんだ、アンタだって下らない女じゃない。ううん。アンタの方がずっと下らない・・・」

 はぁ?と明らかに不快感を露わにする天野さん。そんな彼女に私は感じた『違和感』をぶつけてやった。

「私は、アンタが自分の容姿に惹かれる男子達の事を適当にあしらっているんだと思ってた。でも、そうじゃなかったんだね。アンタは男子達が自分に向ける『好き』って感情が何か理解出来ないんだよね?」

 これまでの彼女の言動から、この女は『好意』と言う感情がどういったものなのか分からないのではないかと思った。どうやらその予想は当たっていたようだ。僅かだが、彼女の目に動揺の色が見えたのだ。

「・・・だから何?そんな事、どうだっていいじゃない?『これ』が私の生き方よ。アンタには関係ない」

 そう言い捨てる目の前の女。この女は本気でそう思っているのが分かった。その様子に確信する。

 あぁ、やっぱりそうなんだ・・・。この女、人として大事な事が欠落している。長い人生を生きていくのには勿論、霊能力者としても大事な事をこの女は理解できていない。私達が相手にしているのは元は生きていた人間だ。そんな彼らの生前の想いや感情が理解出来なければ、本当の意味で彼らを救う事なんて出来やしない。霊能力者としての実績なら私よりはるかに上の彼女だが、『これ』は完全に致命的だ。しかもその事に本人は全く気付いていない。これは―――

「―――可哀想な人・・・。私の事を『愚か者』だって言ったけど、だったらアンタは『哀れ』だよ」

 思わず出た感想を口にしただけだが、その効果は絶大だったようだ。みるみるうちに彼女の纏う空気が変わるのを肌で感じた。私を睨む視線は、ドス黒い炎のように熱く全身を纏わり付くような感触だ。

 しかし、私を睨む『憎悪』と呼んでも差しさわり無い視線が不意に逸れた。

「アホくさ・・・」

 そう言って再び立ち去ろうとする天野さん。

「逃げるんだ?」

 呼び止める私など眼中にないかのように歩き出す目の前の女。

「言ったでしょ。私、忙しいの」

 でも、と言って彼女が振り向き私を見据える。

「邪魔するなら容赦はしないわよ?私、言ったわよね、邪魔する奴は容赦なく叩き潰すって?言っておくけど、それ、アンタも例外じゃないのよ?」

 そう言った天野さんは私を見下すかのような目を向けた。

「まあ、アンタを潰す方法なんていくらでもあるんだけどね。例えば、アンタの大好きな幼馴染にアンタの正体を教えてあげるとか?」

 その言葉に私の血が沸騰しかけた。この女―――!

「ッ・・・卑怯者!」

 私の罵倒に目の前の女は態度を崩す様子も見せなかった。

「アンタに言われたくなんか無いわね。長年、大好きな幼馴染を騙し続けてきた卑怯者のアンタなんかにはね」

 グッと言葉に詰まる。否定したくても出来ないくらい、目の前の女の言葉は正論だったからだ。そしてさらに私の痛いところをえぐるように言葉を重ねてきた。

「騙すだけならまだ可愛いけど、アンタは自分の面倒事を私になすり付けてきた。ツカサの事を全て私にね」

「そんなこと、してなんか―――!」

「自覚無し?余計に始末が悪いわね。じゃあ聞くけど、なんでアンタはツカサを守ろうとはしないの?守れるだけの『能力(ちから)』があるのにさぁ」

「ッ・・・それは―――」

 何故か言葉が続かなかった。私は―――

「アンタが本当にツカサの事を好きなのか疑っている理由はそれ。私なんか足元にも及ばない程の能力をなんで好きな人のために使わないの?」

「・・・ぃ」

「自分の能力をツカサなんかの為に使いたくないのかしら?」

「・・・うるさい」

「本当にツカサの事が好きなら自分の全てを投げうってでも全力を尽くすものなんじゃないの?アンタの言う恋愛に疎い私でもそれくらいの事は分かる」

「・・・うるさい、黙れ」

「結局、アンタは自分の事が一番カワイイんじゃない。面倒事を全部わたしに押し付けて、自分は高見の見物をしていればいい・・・」

「・・・黙れ」

「むしろ、アンタの都合に振り回されるこっちは被害者よ。さぞかし気分は良かったでしょうね、自己満足出来てさぁ?」

「・・・ダ・・・マ・・レ」

 身体が震えて言葉が上手く出せない。この震えは怒りによるものだろうか。それとも―――

「楽しかった?悲劇のヒロインになれてさぁ?」

 違う!私はリョウちゃんの事―――

「ダマレ―――――ッ!」

 私の声が茜色の空へと吸い込まれていく。天野さんが私を見下す目はそのままに口を開いた。

「ホントに下らない女ね、アンタ」

 そう言って踵を返す天野さん。

「待ちなさい!話はまだ―――」

「邪魔するなら、何もかも捨てる覚悟で来なさい」

 呼び止める私に天野さんは振り向きもせずに冷たく言い放つ。そして、

「そしたら私も『遊んで』あげる。せいぜい、覚悟を決める事ね。『ただの』幼馴染さん?」

 そう言って天野さんは一瞥して去っていった。私には彼女を追いかける事は出来なかった。


天野さんが去ってどれくらい時間がたっただろうか。その間、私の頭の中で彼女の言葉が何度も駆け巡っていた。


 アンタ、本当にツカサの事が好きなの?


その言葉が私の心に突き刺さる。

「・・・違う」

 両手で頭を抱え何度も首を振って否定するが、その言葉は私の中に留まったままだ。

 私はリョウちゃんの事が好き。この気持ちに嘘はない。しかし頭ではそう思っているのに心の奥底では迷いが生じている。


 茜色に染まる空の下、私は声にならない叫び声をあげた。


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