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憑かれる俺のラブコメ事情  作者: 夜冲知一
鈴の音の約束
10/11

心霊(しんれい)庁(ちょう)対策(たいさく)課(か)のお仕事

「オイ、阿澄。ちょっと良いか?」

 昼休み。俺に声をかけてきたのは他でもない。天野の親衛隊隊長とも呼べる男、宇梶尋司その人だった。そろそろ来る頃合いだと思っていた俺は冷静だった。

「・・・ああ。場所を移そうか」

 と言って立ち上がると、隣にいた空人が少し驚いた様子を見せた。

「大丈夫なのか、良?」

「ちょっと行ってくる。・・・祥子には黙っててくれ」

 空人が「分かった」と頷くのを見て少し安心した。なんだかんだ言って空人は空気の読める奴だ。この事に祥子が関わっている事。それを本人に知られずに済ませたいと思う俺の気持ちを汲んでくれてありがたかった。

 宇梶を先頭に俺の両隣に親衛隊のメンバーが一人ずつ。俺が逃げ出さない為の配置だろう。犯人を取り囲むように歩くその姿は傍から見れば異様な光景だろう。途中、すれ違った連中の中に継春の姿もあり、とても驚いている様子が見れた。


 連れていかれたのは校舎裏だ。壁を背にする俺を取り囲むように親衛隊のメンバーが数人。その中央に宇梶が腕を組んで仁王立ちしている。

「単刀直入に聞く。天野さんの顔の『アレ』に心当たりはあるか?」

 やっぱりな・・・。まあ、『あの姿』で現れれば誰だって気にはなるよな。今日、天野は左頬に湿布を貼って登校してきた。そのせいで学校はかなりのパニック状態になった。様々なうわさが飛び交い、関わりの深い俺を見る目が凄かったのは言うまでもない。だが俺は真相を話すことはなかった。どうしても俺一人の胸にしまっておきたかったからだ。


 昨日、帰り道で祥子とバッタリ出くわした俺達。驚く俺に見向きもせず祥子は天野のもとへと歩いていき、

 パーーンッ・・・・・

 強烈な平手の音と共に天野の左頬を叩いたのだ。突然の事に驚いた俺は祥子のもとへと詰め寄った。

「ちょっ、お前、何やってんだよ!」

「リョウちゃんは黙ってて!」

 そんな俺に声を張り上げ、祥子は尚も天野を睨みつけた。

「ねえ、天野さん。私、『これ以上、リョウちゃんを巻き込まないで』って言ったよね?」

 ゆっくりと静かに。それでいて有無を言わせぬ迫力を孕んだ声で天野に問う祥子。その剣幕に気おされそうになったが、怯む訳にはいかない。これは俺が決めた事だ。俺が責任を負うべき事だ。

「だから、待てって。昨日も言っただろう。これは―――」

「吉田の言う通りよ。ツカサは黙ってて」

 そんな俺の言葉を止めたのは他でもない、天野だった。見ると天野の頬は赤くなっており、口の端がわずかに赤く血が滲んでいた。

 驚く俺を他所に天野はまっすぐ祥子を見据えていた。

「確かに言ってたわよね、ツカサを巻き込むなって。ちゃんと覚えているわよ?」

「だったら、なんでっ・・・!」

「何で私がアンタの言う事なんか聞かなきゃいけないのよ?」

 驚きのあまり絶句する祥子。そんな祥子を見据える天野の目には一切の迷いが無く、本気で言っているのだと分かった。しかし、それも数秒の間だけで天野はクルリと背を向け俺達から離れ始めた。

「待ちなさい!私の話はまだ―――」

「さっき言ったばかりでしょ?何でアンタの言うことを聞かなきゃいけないのよ」

 じゃあねぇと手をヒラヒラさせながら去っていく天野を俺達はただ見送る事しかできなかった。あまりにも呆気ないやり取りだが、これが昨日の出来事の全てだった。


 だからといって、この事を宇梶達に言う訳にもいかなかった。明らかに個人的な事だし、何より、こんな事を言っても彼らが信じてくれるとは思えなかったからだ。だから俺は―――

「知ってるもなにも、あれは俺が―――」

「私が天野さんを殴ったの」

 突如聞こえてきた声に宇梶達が振り返った。俺はそんな宇梶達の背後にいた人物を前に絶句した。何でお前が!

「聞こえなかった?私が天野さんを殴ったって言ったんだけど?」

 そこに立っていたのは他でもない、祥子だった。呆気に取られる俺達を気にする様子もなく祥子は宇梶のもとへと歩いていく。

「これで納得したでしょ?リョウちゃんは関係ないって!」

「いやっ・・・そうは言っても・・・」

 突然、祥子に詰め寄られた宇梶が動揺した様子で後退りする。それでもなお祥子は宇梶との距離を詰めていく。

「それとも何?天野さんと同じように顔を殴らないと気が済まないの?だったら私の顔を殴れば良いじゃない」

 そう言って祥子は自分の頬を宇梶に差し出すように詰め寄った。宇梶は勿論、その取り巻き達からも動揺の色が浮かび上がった。

「どうしたの?早く殴れば?」

 そう言われて殴れる男がいるとは思えない。そんな事が出来る男はクズだ。それに、祥子だって天野と並び称される美人でもある。殴れと言われて殴れるわけがない。事実、宇梶の顔に動揺のためか赤みがさしているのが見えた。否、この場合は宇梶の小心者としての気質によるものと考えるのが妥当か。

 祥子に詰め寄られた宇梶が観念したかのように脱力した。宇梶達の完全敗北だった。

「・・・悪かった」

 そう言って謝罪する宇梶だが、それで許す祥子ではなかった。

「私じゃなくて、謝る人がいるよね?」

 そう言われて宇梶と取り巻きの男子数人が俺に頭を下げた。

「阿澄、疑って悪かった」

 見ているこっちが気の毒になる光景に俺は両手を振って謙遜した。

「いや、良いって。気にすんなって」

 俺の言葉に宇梶達が安堵の表情を見せた。足早に立ち去る取り巻きと最後に頭を下げて立ち去る宇梶。それを見送っていると、今度は俺が祥子に詰め寄られた。

「リョウちゃん。さっき、なんて言おうとしたの?もしかして『俺が殴った』って言うつもりだった?」

 その言葉に俺は言葉に詰まった。完全に図星だったからだ。その様子に祥子はため息を吐いた後、キッと睨みつけてきた。

「リョウちゃんは優しすぎるよ。そんなんだから天野さんがつけあがるんだよ!」

「別に天野は関係ないだろ。これは俺の問題だ」

 一昨日から祥子との仲は険悪なままだ。祥子の態度は変わらないし俺も折れるつもりはないまま平行線をたどっている。

「お願い、リョウちゃん。もう天野さんには関わらないで!」

そんな俺に祥子は懇願するように見上げてきた。その表情から祥子が俺の事を本気で心配しているのが伝わってくる。最初から分かっている事だ。祥子との付き合いは長い。コイツがどれだけ俺の事を大事に思っているのかなんて考えるまでもないことだ。

だけど俺にだって譲れない事はある。

「お前が俺の事を心配していることは分かるよ。だけど、これは俺の問題だ。だから―――」

 最後まで言い終わる前に祥子に左頬をビンタされた。

「リョウちゃんのバカ!もう、いい!!」

 そう言って走り去る祥子。俺はそんな祥子を見送る事しかできなかった。


「やあ、良。どうやら無事だったみたいだな。安心したよ」

 そう言って微笑む空人に俺は詰め寄った。

「お前な・・・祥子には言うなって言っただろ!」

 あの場に祥子が現れた理由はコイツが祥子に密告したからだと思った。しかし、空人から返ってきた言葉は予想外のことだった。

「吉田さんが!?何で?」

 驚く様子の空人を見て、密告者がコイツでは無い事が判明した。じゃあ何で祥子はあの場に現れたのか。空人から俺がいなくなった後の事を訊ねると、意外な事が判明した。

俺がいなくなった事に気付いた祥子は真っ先に空人に居場所を尋ねたそうだ。しかし空人は俺との約束を守り知らぬ存ぜぬの一点張りで口を割らなかったのだという。そんな押し問答の後、祥子はどこかへ電話をかけながら教室を出て行ったそうだ。

「まあ、吉田さんは交友関係が広いからね。そこからお前の居場所を突き止めたんじゃないか?」

 そう言って空人は話を終わらせた。確かに宇梶達に連れられている姿を見た生徒は沢山いたが、その中の誰かが祥子の知り合いだったかもしれない。腑に落ちないが俺は納得するしかなかった。



 その日の夕方、夕食の時間。俺は天野と夕飯を食べていた。あの一件以来、天野は俺の家で夕食をとるようになった。俺が誘ったのもあるが、今ではこの光景が俺の日課になりつつあった。天野も夕食を作ってもらっているためか俺に食費を多めに渡してくれるので、こちらとしてはおおいに助かっているというのが現状である。

「そう言えば、今日はうちに来るのが遅かったな。何かあったのか?」

 今日は天野が訪ねてくるのが少し遅かったのだ。その事を尋ねると、面倒くさそうな表情で天野が答えた。

「大した事じゃ無いわよ。ちょっと探し物をしてただけ」

「探し物って、また本か?お前も好きだよな」

 どうせ欲しい本でも探していたのだろうと思って相槌を打つと「そうよ、悪かったわね」とさらに面倒くさそうに返ってきた。心なしか少し機嫌が悪そうに見える。

 そんな状況で訊くべきか迷ったが、どうしても気になった事があったので思い切って訊ねてみた。

「そう言えば、この前言ってた事なんだけど」

「・・・なんの事?」

「ほら、お前が小学生の時に金縛りにあった生徒がいたって話」

 以前、中途半端で終わってしまった天野の過去にまつわる話を振ると、「ああ、その事」と意外にも天野が食いついてきた。さっきの機嫌の悪さも無くなったように感じる。

「それって大丈夫だったのか?金縛りにあったんだろ?」

 俺も経験した事があるから分かるが、あれはかなりヤバイものだ。そんな目に遭った生徒は無事だったのだろうか。それに対する天野の返答は予想の斜め上を行った。

「大丈夫よ。そもそも金縛りの話自体デマだったんだから」

「はあ!?どうゆう事だよ?」

 俺が尋ねると天野はニヤリと笑みを浮かべながら詳細を語ってくれた。

「どうもこうも、そのままの意味よ。あんまりにも退屈だったから2、3人に適当なデマを流したの。まさか全校集会まで開くことになるとは思わなかったけど・・・」

 なんだそれ。結局は天野の自作自演かよ!しかも大騒ぎになってんじゃねえか!

「ちょっと待て。そんな事して大丈夫だったのか?」

「騒ぎにはなったけど、人の噂もなんとやらって言うでしょ?そもそも、学校の七不思議なんてものは、あの年代の子供の好奇心と少しの嘘によって作られる代物なのよ」

 そう言って楽しそうに笑う天野。「それに」と言ってさらに話を続けた。

「あの後どうなったのか知る前に私は転校したしね。両親が事故死したから」

 それまでの雰囲気が一転、空気が少し重苦しいものになった。しかし天野はあっけらかんとした様子でどこか懐かしそうに眼を細めていた。

「あの時は大変だったなぁ。知り合いの人が後見人になって。その人の都合で転校を繰り返したりしたっけ」

 言葉とは裏腹に天野の表情は楽しそうに見えた。俺も叔父さん夫婦に引き取られ、それなりに大変だったが今になってみれば楽しい思い出ばかりだったと思う。どうやら天野も同じなようだ。一体、どんな人なのだろうか。

「その後見人の人は今はどうしてるんだ?」

「さぁ?たまに連絡はとってるけど、なかなか会えてはいないわね。私なんかよりも優秀な霊能力者で忙しい人だから、仕方がないんだけど」

「その人も霊能力者なのか!?」

 驚く俺に「当然でしょ」と得意げに天野が返してきた。

「そもそも私がこうやって霊能力者としてやっていけるのは、その人が陰陽道を教えてくれたおかげでもあるんだから。つまりは師弟関係よ」

 成程。天野が一人で生活できるようになったのは、その人のおかげでもある訳だ。お互い、良い縁に恵まれたのだろう。

「あの人には感謝してるわ。そのおかげで―――」

 話の途中で天野のスマホが着信を知らせてきた。「ちょっと、ごめん」と言ってスマホをのぞき込む天野。すぐに電話の相手と何やら話し始めた。

「どうしたんですか、望実さん?・・・・・えっ、・・・・それは大丈夫ですけど・・・・・ちょっと待ってください・・・・・・それ、本気ですか?」

 話の内容からして相手は継春の母親であり信行さんの奥さんのようだ。それよりも電話をしている天野が明らかに動揺しているようで、時折、俺を横目に何やら話し込んでいるみたいだった。

「・・・・・分かりました。本人に確認してみます」

 そう言って天野が俺に視線を向けてきた。その表情は明らかに動揺をしているようだった。

「ねえ、ツカサ。アンタ今度の日曜日は予定があったりする?」

「日曜日か?特にないな」

 なんだろうか。いまいち話が見えてこないのだが。頭に疑問符が浮かぶ俺に天野が驚くことを口にした。

「望実さんがね、アンタに会いたいんだって」



「初めまして。君が良君ね」

 そう言って話しかけてきた望実さんに俺は恐縮しっぱなしだった。

今日は日曜日。俺に会いたいといった望実さん――信行さんの奥さんで継春の母親でもある女性――の第一印象はバリバリのキャリアウーマンと言ったところだった。かっちりとしたスーツに身を包んでいるのもあってか、大人な女性といった印象を受けた。

「ごめんねぇ。せっかくの休日なのに、わざわざ付き合わせちゃって」

 いえ、と恐縮する俺とは対照的に天野は「まったくですよ」と容赦がなかった。

「そもそも今日だって私だけ呼べばいい話なのに、関係ないツカサまで呼ぶこと自体、非常識なんですよ」

 そう憤る天野に対して望実さんは平然としたものだった。

「関係ならあるわよ。ねえ良君、この前の懐剣の事は覚えてる?」

「垂井の事ですか?」

 そう、それと言って望実さんが頷いた。自分の意見をスルーされた天野がムッとしているのを横目に俺は話を聞いた。

「証拠品として押収した美術品の中にいろいろといわく付きの物が出てきてね。どうも相当たちの悪い方法で集めたらしくて、それらの除霊が必要になったのよ」

「だからそれは私がやればいいって言ったじゃないですか!」

 割って入るように抗議をする天野。しかし望実さんの態度は変わらなかった。

「数が多くて照美ちゃん一人じゃ捌き切れないわ。幸い、知り合いの霊能力者にいくつか除霊を依頼したんだけど、それでもまだ多いから残りを片付けるためにその人の神社に今から行くわけ。何しろ数が多いから良君にはそれらの選別をお願いしたいの」

 成程な。俺は天野よりも霊的探知能力が高いから作業の効率化が出来るって事だな。

「それに、話に聞いてた照美ちゃんのボーイフレンドに会ってみたかったってのもあったんだけどね」

 そう言ってフッと笑う望実さんに天野が喰ってかかった。

「私とコイツは『そういう』関係じゃありません!まったく、夫婦揃ってなに考えているんですか!」

 声を荒げる天野に対して流石は信行さんの妻というべきか、望実さんは余裕な表情を浮かべていた。

「その割には随分と彼に気を許しているじゃない。お弁当や夕飯を作ってもらって至れり尽くせりだし。いくら一緒に暮らした事があったからって、ちょっとだらけ過ぎなんじゃないの?」

「なっ―――」

 言葉にならない声を上げる天野と同じように俺も絶句した。何でその事を知ってるんだ、この人は!?そう言おうとした矢先、俺達の会話を遮る声が聞こえてきた。

「先輩も凄いっスよね。まさか、テル姉と一つ屋根の下で暮らすなんて」

 継春の言葉に俺はおおいに反論したかった。何でコイツも知ってるんだよ。それにその事については、やむにやまれぬ事情があったからだ。そう言おうと思ったが、俺はふとある事を思い出した。

「そう言うお前だって一週間だけだけど天野と暮らしていたことがあるだろう?」

 以前、信行さんから聞いた話を思い出しながら反論すると、継春は思いのほか動揺した素振りを見せた。

「ちょっ、先輩。何でその事を知ってんスか!それ、絶対に他言無用でお願いしますよ。特に今日は!」

 その剣幕に俺は少し驚きながらも納得した。そうだよな。性格はともかく、天野は学校では注目の的だ。そんな天野と短期間とはいえ暮らしていたなんて知られればどうなるか・・・。天野絡みで宇梶達に目をつけられている俺にはその苦労は良く分かる。

「そんな事より、早く行こうぜ、お袋」

 そう言って継春が鼻息荒く俺達を急かした。本当は三人で行く予定だったのだが、何故かそこに継春がついて行くと言ってくっついてきたのだ。

「そもそも何で継春がここにいるのよ!アンタは関係ないでしょ!」

 怒りの矛先を継春に向ける天野。望実さんも「照美ちゃんの言う通りよ」と自分の息子を睨みながら同調したが、そんな事で怯む継春ではなかった。

「俺に黙って加倉井(かくらい)神社に行こうとしたお袋が悪い!何で黙ってたんだよ!」

 逆に自分の母親に食って掛かる継春に俺は内心驚いた。俺達の目的地が加倉井神社なる場所もさることながら、なぜ継春がその場所に拘るのかがいまいち分からなかったからだ。

「そんなに怒らないの。ほら、アンタが行きたがってた加倉井神社に着いたわよ」

 そう言って継春を窘める望実さんの声を聞きながら俺達は目的の場所へとたどり着いた。


 大きなため池を望む加倉井神社。その鳥居を前に俺は一瞬だが祥子の事を思い出していた。あれから祥子とは依然として険悪な関係のままだ。それは天野も同じらしく、あれから二人は目も合わさないようにしているので、俺としてはかなり気まずい状況になっている。もともと二人の仲は悪いのだが、それに輪をかけて悪くなっている原因が自分にある事がなんとももどかしいところだ。どうしたらいいのだろうか。

 そんな考えを振り払っている俺の視界に一人の巫女の姿が映った。その巫女は鳥居の周りを竹箒で掃いている最中のようだ。遠目だが歳は俺達よりも若い。中学生だろうか。なんだか雰囲気が祥子に似ているような・・・

 そんな事を考えていた俺の脇を猛スピードで駆け抜けていく人影が一つ。

「久しぶり、明乃(あけの)ちゃん!」

 継春が巫女の少女に近づいていく。どうやら明乃という名前のようだ。対する少女も継春の姿を見るや花が咲いたかのような笑顔で彼を迎え入れた。

「お久しぶりです、継兄さん!」

 どうやら二人は知り合いのようだ。いや、知り合いと言うか―――。

「ところで継兄さん、今日はどういったご用件で?」

「いつものお袋の手伝いだよ、明乃ちゃん」

「嘘ばっかし。明乃ちゃん目当てで付いて来たくせに」

 そう言って呆れた様子でため息を吐く望実さん。やっぱりそういう理由か。親しげに会話をする二人の雰囲気はただの知り合いの枠を超えていると思ったのだ。同時に継春が俺に口止めをした理由もわかった。つまり継春は明乃ちゃんには知られたくないのだろう。

 改めて俺は明乃ちゃんに視線を向けた。サイドテールが特徴的な巫女装束の女の子で、やはりどこか祥子と雰囲気が似ているような気がする。同じ巫女だからだろうか。そんな明乃ちゃん達が俺と天野のもとへとやってきた。

「ほら、明乃ちゃん。こっちの二人がこの前、話していた人達だよ」

 そう継春に言われて目の前の少女が俺達に深々と頭を下げた。

「初めまして。私はここ、加倉井神社で巫女をしています、加倉井明乃と言います。天野照美さん。阿澄リョウさんですね?お話は伺っています。ようこそ、加倉井神社へ」

 どうやら俺達の事を継春から聞いていたのか、明乃ちゃんはニッコリと笑顔を浮かべながらお辞儀した。

「初めまして、明乃ちゃん。あと、俺の名前は阿澄『ツカサ』って言うんだ」

 自己紹介と共に間違いを訂正すると、明乃ちゃんが驚いたかのように再び頭を下げてきた。

「ごめんなさい!私、どうやら阿澄さんのお名前を聞き間違えたようで・・・」

「いいよ、気にしないで。よく名前を読み間違えられるから」

 恐縮する明乃ちゃんにフォローを入れていると、もう一人、巫女さんがやってきた。顔は明乃ちゃんにそっくりで、一回り年上な見た目からお姉さんではないかと推測出来た。

「どうしたの、明乃?・・・あっ、継春君久しぶり。もしかして、お客様?」

「久しぶりね、()()ちゃん。この前、言ってた用件で伺わせておもらったのだけど」

 望実さんが間に入り優芽さんと呼ばれる女性に話しかけた。

「望実さん、お久しぶりです。そういえば今日だったわね」

 そう言って手を打つ優芽さん。なんとなくだが、こっちは祥子の母である嬉子さんに雰囲気が似ているような気がした。そんな優芽さんの視線が俺達に向いた。

「もしかして、そこの二人がこの前言ってた照美ちゃんと良君?初めまして。私はここ、加倉井神社の巫女で明乃の母、加倉井優芽と言います」

 そう言って明乃ちゃんと同様に頭を下げる優芽さん。・・・って、母!?

「えっ、お母さんですか!?てっきりお姉さんかと・・・」

 驚く俺に優芽さんが照れたかのように顔を赤らめた。

「やだわぁ、こんなおばさん捕まえてお姉さんだなんて。最近の若い子は口が上手いのねぇ。私ももう少し若ければ・・・」

「んだとぉ・・・誰だ、人の妻に色目使ってやがるのは!」

 突如、ドスの効いた声で一人の男性が俺達の間に割って入ってきた。左耳にピアスをはめて煙草をふかした目つきの鋭い、どう見てもそこいらのチンピラみたいな男性だ。ただその身なりは白衣に袴と神主を思わせる風体でどう見てもミスマッチな印象を受けた。

「もう、お父さん!境内で煙草は止めてって言ってるでしょ!」

「そうよ、(かける)さん。もし火事になったらどうするの!」

 優芽さんと明乃ちゃんに叱られ翔と呼ばれた男性はバツの悪そうな表情で携帯灰皿を取り出し煙草の火を消した。そのやり取りでどうやら彼が明乃ちゃんの父で優芽さんの夫のようだ。なんて言うか、明乃ちゃんに似てないというのは勿論、優芽さんと並ぶととても夫婦とは思えない組み合わせだ。はっきり言って夫婦で並ぶとちょっと犯罪臭がしなくもない。

「久しぶりね、翔君。この前、話した件なんだけど。順調かしら?」

 そんな翔さんに望実さんが話しかけると、彼は少し面倒くさそうな表情で何やら話し始めた。

大人達の会話を聞きながら、ふと俺は天野に視線を向けた。そう言えばここに来てから天野が一言も発してないなと思ったからだ。見ると天野は驚きを隠せない様子で明乃ちゃんの事を見つめ続けていた。

「嘘でしょ・・・こんな事って・・・」

「どうしたんだよ、天野。明乃ちゃんがどうかしたのか?」

 心なしか顔色が悪くなっているようにも見えたので尋ねると、天野の口から驚きの言葉が出てきた。

「あの子、とんでもない霊能力者よ。ハッキリ言って、潜在能力だけなら私なんかよりも遥かに上よ」

 数回見ただけだが、天野の霊能力者としての実力は折り紙付きだと俺は思う。まさか明乃ちゃんが天野以上の霊能力者だなんて驚き以外の何物でもない。そんな驚きが顔に出たのか天野が俺に訂正を入れてきた。

「言っておくけど、潜在能力『だけ』ならあの子が上って事だからね。実績を含む実力なら私が上だからね!」

 ちょっとムキになりながら言い訳をする天野の姿が少しだけ可愛いなと思ったが口にはしなかった。言えば平手が飛んでくるのが分かっていたからだ。そんな天野が詳細を教えてくれた。

「正確に言うとあの子の霊力量が私よりも上って事よ」

「その霊力量ってRPGのMPみたいなものか?」

 俺の浅い知識からの発言に天野が呆れ半分な表情をしたまま「大体あってる」と相槌を打った。

「私の霊力量が10なら明乃ちゃんは100・・・いや、1000以上はあるわね。ハッキリ言って、桁が違い過ぎる!」

 そう言って悔しそうな顔をする天野の言葉に俺は驚いた。天野の100倍以上って、マジかよ・・・

「まっ、明乃ちゃんみたいな桁違いな人間なら他にもひとり知っているんだけどね」

「そんな奴、他にもいるのかよ!?」

 まあねと言う天野の表情は興味なさげな感じだった。マジかよ・・・。一体、どんな奴なんだよ。俺が絶句していると望実さんがこちらにやってきた。どうやら話は終わったようだ。

「ごめんなさい。せっかく来てもらったんだけど、翔君一人でも大丈夫だったみたい」

 望実さんの言葉に俺は「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。それって、つまり・・・

「えっ。じゃあ私達、無駄足ってことですか!?」

 望実さんに詰め寄る天野。「ごめんなさい」と再度謝る望実さんが俺に視線を向けた。

「良君にも悪い事をしたわね。そうだ!良君は私達の組織の事はどこまで知っているのかしら?」

「それって、以前、天野が言ってた『心霊庁』って奴の事ですか?」

 そんなやり取りをしている俺達に天野が割って入ってきた。

「ちょっと、望実さん。いきなり何を言い出すんですか!心霊庁の事は―――」

「別に隠すような事じゃ無いでしょ?照美ちゃんだって良君に手伝ってもらってるのに自分の所属する組織の事を言わないのは卑怯じゃない?」

 望実さんの指摘にグッと言葉を詰まらせる天野。なんだろう、この感じ・・・。そんな俺に望実さんが話を続けた。

「正確に言うと私達が所属するのは心霊庁対策課。この国の『裏』を管理する国家機関よ」

「国家機関?じゃあ、望実さんは公務員なんですか?天野も?」

「そんな訳ないでしょ!さっき言ったじゃない。私達はこの国の『裏』を管理しているの」

 天野の言葉に望実さんが更なる説明を付け加えてきた。

「そういう事。私達の主な役目はこの国の霊脈の管理をしているの。照美ちゃんがやっていた除霊とかはその延長線上のお仕事ってところかしら」

 そう言って望実さんはさらに詳しく話してくれた。

「心霊庁は平安時代、安倍晴明で知られる陰陽寮(おんみょうりょう)が起源とされているわ。当時は占いや天文、時や暦の編纂を行っていたんだけど、今ではさっきも言ったようなことをしているわ。そういった歴史があるから、国からの援助を受けて活動しているわ。それで国の霊脈を管理して文字通りこの国の『裏』で日々活動をしているってわけ」

「国から援助を受けているのに人から依頼を受けているのはなぜですか?」

 以前、天野が信行さんや垂井からオカルト絡みの依頼を受けて報酬を得ていた事を思い出しながら質問した。援助があるならわざわざそんな小遣い稼ぎみたいな事をする必要なんて無いだろう。

「望実さんが言ってたでしょ。国からの援助は霊脈の管理に充てられてるって。それに援助と言えば聞こえはいいけど大した額じゃないし、それだけじゃ生活が出来ないから依頼を細々としているのよ」

 そう言って天野がため息を吐きながら説明をしてくれた。成程。

「そういうこと。霊脈の管理は専門の人達がいるから、それとは別の収入が末端の私達には必要になるのよ。照美ちゃん達には本当に感謝しているわ」

「天野は霊脈の管理はしていないのか?」

 今の話だと霊脈の管理と天野は無関係だということになる。そう思って話を振ると「する訳ないじゃない」とわざとらしくため息を吐かれた。

「霊脈なんて代物を私が扱える訳ないじゃない。私みたいな凡人はせいぜい依頼をこなして小遣いを稼ぐのが関の山よ」

 天野にしては珍しく自分を卑下した言い方に俺は驚いた。天野だって十分に凄いと思うのだが、何か事情があるのだろうか。

「霊脈の管理はその土地に先祖代々仕えてきた一族がする決まりなの。ここ、加倉井神社の巫女さん達のようにね」

「明乃ちゃんが管理をしているんですか!?」

 驚きを隠せない表情で天野が割って入ってきた。天野曰く凄い霊能力者である明乃ちゃんがそんな重大な事をしていたなんて驚きだ。しかし「違うわよ」と望実さんが否定した。

「霊脈の管理は優芽ちゃんがしているわ。それ以外にさっき言ったような依頼を翔君にしてもらったりしているわね。明乃ちゃんには彼女にしか出来ない特別な依頼をしてもらったりもするんだけど―――まあ、いろいろあってね」

 そう言って微笑む望実さん。明乃ちゃんにしか出来ない事ってなんだろう。なんだか上手くはぐらかされたような気がする。

「心霊庁についてはこんなところかしら。私はもう少し翔君たちと話があるから残るけど、あなた達はどうする?」

 そう尋ねられたが俺がここに残る理由なんて無いし帰ろうかなと思っていると先に天野が口をついた。

「私は望実さんに聞きたい事があるから残るわ。ツカサは?」

「俺は帰るつもりだ。夕飯の買い物があるし。何か食べたいものはあるか?」

 どうやらここで別行動になるようだ。どうせ天野と一緒に夕食になるだろうからリクエストを聞くと「なんでもいいわよ」と返ってきた。それが一番困るんだけどなぁと思いながら「分かった」と返事をして俺は望実さんに会釈をして加倉井神社を後にした。



 ツカサが去ったのを見送り私は望実さんに向き直った。

「それで。私に聞きたい事って何かしら?」

 そう言って微笑む望実さんは最初から私の行動を予測していたかのようなたたずまいで応じている。その表情からは何を考えているのか読み取れなかった。

「何でツカサに心霊庁の事を話したんですか?」

 咎めるつもりで尋ねたが望実さんは意に介していない様子のままだ。

「別に隠すような事じゃ無いでしょ?現にこれまでの依頼人にも説明した事だってあったと思うけど?」

「明らかに禁則事項になっている事まで話していましたよね!」

 これまでの依頼人には心霊庁は民間企業と説明しており国との繋がり、ましてや国家機関であることは言ってはならない決まりになっている。にもかかわらず、望実さんはそれをあっさりと暴露したのだ。

「あら、そうだったかしら?ごめんなさい、うっかりしてたわ。でも、良君はむやみやたらに言いふらしたりはしないだろうし大丈夫でしょ」

 悪びれることもなく笑みを崩さない望実さん。夫婦そろってタヌキか!このままじゃ埒があかない・・・だったら―――

「もしかして、ツカサは心霊庁の関係者なんですか?例えば・・・『監視対象者』とか?」

 そう口にした瞬間、さっきまで笑みを崩さなかった望実さんの目つきが一瞬だが鋭くなった。辺りにピリッとした緊張感が漂い始めた。

・・・やっぱりね。霊能力者である私達と依頼人の仲介をメインにしている望実さんが部外者であるツカサに会いたいなんておかしいと思ったのだ。それに私の食事を作ってもらっているなんてプライベートな事を知っているのも不自然だ。誰かから聞いたとしか考えられない事だ。私の指摘に望実さんは再び表情を元に戻してアッサリと白状した。

「よく分かったわね。そうよ。良君は監視対象者に指定されているわ」

 監視対象者―――何かしらの理由により心霊庁が監視下に置いた人物の事をそう呼んでいる。例えば一部の超能力者―――テレビなどで取り上げられるスプーン曲げや念写などが出来る人ではなく、人知れず強い力を持った者―――など公になれば世の中に大きな影響を与える危険性がある者が挙げられる。ツカサはそういう人間として心霊庁から監視対象者に指定されているのだ。

「理由はあの霊媒体質ですか?」

 そう尋ねるとアッサリと「そうよ」と返ってきた。まあ、それしかないわよね。

「くれぐれもこの事は良君には内緒にして頂戴ね。聞きたい事があるなら出来る限り答えさせてもらうから」

 そう言ってさらりと口止めをする望実さん。そこら辺は抜かりはないわね。もっとも、こっちもツカサに言うつもりなんて無いけど。

「いえ、聞きたい事はもうないので」

 そう言うと望実さんは「そう」と言って表情を崩した。この場の緊張感も薄れていく。

「そうそう、たまには家に顔を出しなさいよ。こっちはまた一緒に暮らしても良いんだからね」

 そう言って微笑む望実さんに私は全力で首を左右に振った。

「いえ、結構です!一人暮らしの方が気が楽ですので!」

 冗談じゃない。こっちはそれが嫌で一人暮らしを始めたのだ。今更、戻りたくはない。ていうかあの家に居たくない!

「私、そろそろ帰ります!」

 そう言って私は足早に加倉井神社を後にした。


 加倉井神社を出ると、そこには何故かツカサが「よう」と手を上げながら立っていた。

「望実さんとの話は終わったのか?」

どうやら私の事を待っていたようだ。先に帰ってればいいのに。

「まあね。ところで今日の夕飯は何にするの?ていうかランチもまだよね?」

 そろそろお昼時だ。お腹もすいてきた。ツカサに尋ねると彼は首を捻って考え始めた。

「夕飯は決まっているんだけど、そう言えば昼飯の事は考えてなかったな。簡単な物でも良いなら俺が作るけど?」

「それだったら、お昼はどこかで食べていきましょう。今日は私が奢るから」

 ツカサの言葉に甘えるのもいいが、食事の事で頼りっぱなしなのも悪い気がする。私の提案にツカサは思いのほか動揺を隠せない様子を見せた。

「えっ・・・いっ、良いのか?いっ、一度でいいからファミレス行ってみたかったんだけど。いや、それが無理ならスーパーの試食品でも良いんだけど!」

 うわぁ・・・コイツなに言ってんの?どんだけ貧乏性なのよ。コイツを見ているだけで頭痛がするわ。まあ、いいわ。相手をするも面倒くさいし。

「なに言ってんのよ、アンタ。ほら、行くわよ」

 そう言ってツカサと共に私は歩き出した。その隣で落ち着きのないツカサを見ながら私は自分の考えをまとめてみる。

 やはりツカサは監視対象者だったか。問題はなぜツカサが監視対象者に指定されたのか。私の考えが正しければ、やはりツカサは―――いや、今はまだ『その時』ではない。ここからは慎重に行動するべきだ。今は保留にしておこう。それよりも、今はもう一つの問題の方が先だ。

一体、誰がツカサの『監視者』なのか。ツカサは監視対象者なのだから、当然、それを監視する者がいるはずだ。それは一体誰なのか。望実さんから聞き出すことは難しいだろう。あの人が簡単に口を割るとは考えにくい。だから私はその事を聞こうとは思わなかった。いや、そもそも、その必要などなかったと言ってもいい。ヒントは二つ。一つは明乃ちゃんが教えてくれた。彼女はツカサの名前を『聞き間違えた』と言った。読み間違えではなく聞き間違い―――そんな事が起こりうる可能性はなにか。そして、もう一つ。監視者は誰にでもなれる訳ではない。対象者に監視されている事を悟られてはならない事は勿論、だからと言って距離を置き過ぎてもいけない。対象者の傍にいつつ、しかし不審に思われない立ち位置が必要になる。

 その条件を満たし、ツカサを監視するうえで最も都合の良い立場にいる人間なんて一人しかいない!やはり、ツカサの監視者は―――



「あっ、祥子ちゃん。いらっしゃい!」

「お久しぶりです、優芽さん。これ、お母さんからお裾分けです」

 そう言って風呂敷包みを渡すと優芽さんは「まあまあ」と嬉しそうだった。

「いつも悪いわね。嬉子ちゃんに何かお礼をしないといけないわね」

 ちょっと待っててと言って優芽さんは自宅へと戻っていった。私のお母さんと優芽さんは幼馴染の間柄で両家の交流もあって実の姉妹のようにとても仲が良い。だから時々こうやってお裾分けをしている。

「よう、祥子ちゃん。また一段と美人になったじゃないか。俺がもう少し若ければ・・・」

 翔さんも相変わらずのようだ。その台詞を何度聞いたことか。

「もう翔さん。そんな事ばかり言ってると、また優芽さんが怒りますよ?」

「ちょっとした社交辞令じゃねぇか。それに、こんな事で目くじらを立てるような嫁さんじゃねぇよ。俺には勿体ないよく出来た嫁だよ」

 そう言って煙草に火を点ける翔さんの言葉には優芽さんに対する愛情が伝わってくる。事実、この夫婦の仲はとても良く、今でもラブラブなのは幼い頃から良く知っている。信行さんと望実さんも然りだ。いや、あの二人は・・・

「そう言えば、さっき良君と照美ちゃんが来てたぜ」

「知ってます」

 私を気遣うように言う翔さんに素っ気なく応える。ここに来る時、望実さんと一緒にいるところを目撃していた。二人が帰るところを見計らってここに来たのだ。そんな私の心情を察したのか話題を変える翔さん。

「それにしても照美ちゃんも祥子ちゃんに負けず劣らず美人だったなぁ。特にあの胸!うちの嫁さんはまな板通り越してベニヤ板だから―――」

 そう言って煙草をふかしていた翔さんの肩がビクッと跳ねた。ようやく自分の背後の気配に気づいたようだ。

「翔さ~ん・・・それどういう意味ですかぁ?」

 そう言ってジトッと睨みつける優芽さん。あ~あ。それは優芽さんにとって禁句なのに。優芽さん、自分が幼児体形なこと凄く気にしているって知ってるでしょう。

「いやっ、これは言葉のあやで―――」

 必死に弁明する翔さんの耳をつねり引っ張っていく優芽さん。彼を助けるつもりなど毛頭ない。それは私にとっても禁句なのだ。

「ごめんねぇ、祥子ちゃん。私、ちょっと用事が出来たから。それまでその辺を散歩しててくれないかしら?」

 そう言って笑顔を浮かべたまま翔さんを引っ張っていく優芽さん。「違うんだ優芽!」と叫ぶ翔さんの姿がなんとも痛々しい。優芽さんが戻ってくるまで手持無沙汰になったのでその辺を歩くことにした。

しばらく歩いていると見知った人達に出くわした。

「あっ、祥子お姉ちゃん!お久しぶりです」

 優芽さんの一人娘でもある明乃ちゃんが眩しい笑顔で出迎えてくれる。お母さん達の繋がりで私と明乃ちゃんも姉妹のように育ったため、彼女も私の事を慕ってくれている。

「久しぶり、明乃ちゃん。あっ、継春君いたんだ?」

 そう言って隣にいた継春君に目を向ける。大方、明乃ちゃん目当てで望実さんに付いて来たのだろう。彼は明乃ちゃんの傍から離れるつもりはないらしく、隣を陣取ったまま動くつもりはないらしい。

「なんだよ、祥子姉ぇ。そんな言い方する事はないだろ?俺が教えてあげたから阿澄先輩のところに行けたんだからよ」

 そう言ってムッとする継春君。学校では言わないがその呼び名にももう慣れっこだ。確かにその事には感謝している。おかげで宇梶君達に連れていかれたリョウちゃんのところへ行けた恩は忘れてはいない。

「そう言えば、祥子お姉ちゃん。阿澄さんのお名前、『リョウ』じゃないんですね?」

「あっ、ごめん。『リョウちゃん』っていうのは私がそう呼んでいるだけだから」

 ついいつもの癖で明乃ちゃんに恥をかかせてしまった事を詫びると、彼女は特に気にした様子もなく二人に会った感想を話し出した。

「阿澄さん、とてもお優しそうな方でした。天野さんも凄くお綺麗で・・・凄くスタイルも良くて」

 そう言って自分の胸元に手を当てながら表情を曇らせる明乃ちゃん。明乃ちゃんも優芽さん譲りで幼児体形だからなぁ・・・。チラチラと継春君の様子を窺う様子がなんともいじらしい。しかし、その想いは彼には届かなかったようだ。

「そうそう。テル姉ぇの胸、デカいもんなぁ。確実に祥子姉ぇ、負けてるもんなぁ」

 そう言って無邪気に笑う継春君。

 カッチ~~ン・・・。そんな事を言っちゃうんだね、継春君。ていうか、テメェは大人しく明乃ちゃんのフォローをしてろや、コラ!

そんな事を言っちゃう継春君にはお仕置きが必要かなぁ?私は深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、

「そうだねぇ。そんな天野さんと一週間だけだけど、ひとつ屋根の下で暮らした事がある継春君もさぞかし良い思い出が出来たんじゃないかなぁ?」

 そう言ってニッコリと微笑んでやった。その言葉の威力は絶代だった。継春君の表情がみるみる内に青ざめていき、そしてすぐさま明乃ちゃんへと視線を向けた。

「ソーナンデスネー。良かったデスネー、継兄さん。天野さん、美人ですもんネー。胸も大きいですもんネー!」

 表情は笑顔だが、その言葉には刺々しさがにじみ出ていた。

「そうだった!私、まだ境内の掃除が残っていました。失礼しますね!」

 そう言って速足で立ち去っていく明乃ちゃん。その様子に継春君は呆然と立ち尽くしていたが、すぐさま我に返り私を睨みつけてきた。

「なんてこと言うんだよ、祥子姉ぇ!あっ、ちょっと待って、明乃ちゃん!違うんだ、これは!話を聞いてくれ!」

 そう叫びながら継春君は明乃ちゃんを追いかけていった。ざまぁ見ろ!そして継春君と入れ違いに望実さんが私のもとへとやってきた。

「もう、祥子ちゃんったら。あんまり人の息子をいじめないで頂戴」

「ごめんなさい、つい」と謝ると「まあ、いいけど」と返した望実さんが急に真剣な表情をした。

「照美ちゃんの事だけど、彼女、良君が監視対象者だって気づいちゃったわよ」

 その言葉に私は驚きを隠せなかった。それを知ってか知らずか望実さんが更に言葉を続けた。

「良君は心霊庁に関わってしまったわ。ここまで知られちゃったら、もう彼に本当の事を―――」

「ごめんなさい。まだ、それは・・・」

 続く望実さんの言葉を遮る。しかし、だからと言って事態は刻々と私の望まない方向へと進んでいる事に変わりはない。でも・・・

「良君に知られるのが怖い?」

 そんな私の心情を知ってか望実さんが優しく声をかけてきた。無意識に頷く私。そうだ、私は怖いんだ。リョウちゃんに知られる事が。私が長年、彼を監視し続けてきた監視者である事。そして私もまた、天野さんと同じ心霊庁に属する霊能力者で、加倉井家と並んでここ多神ヶ原市の霊脈を管理する一族である事を知られたくないのだ。

「もう少し待ってください。ちゃんと私の口から言いますから」

 今の私にはそれしか言えなかった。少し間をおいて「分かったわ」と言って望実さんはその場を去っていった。


 もう、リョウちゃんには隠せない。でも・・・その前にやる事がある。私の中で覚悟が決まった。私は拳を強く握り、空を仰いだ。


 天野照美―――これ以上、リョウちゃんをアイツに近づけてはダメだ。私がケリをつける!


次回、遂に照美と祥子が互いの想いをぶつけ合う!

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