昔の少女マンガみたいにキラキラした目のやつに告白された
「近藤さん、好きです。付き合ってください!」
夕暮れの教室。まばらにクラスメートたちが少数だけ残っている。そんな状況で、私は告白されている。
私は別に顔がかわいいわけでも性格がいいわけでもない。どこにでもいるありふれた女子高生だ。特に美容に気をつかっているわけでもなく、今まで恋愛というものとは無関係の世界に生きていると思っていた。
目の前におわすのは、ジョアンヌ・アボンレ(自称)。こいつは2か月前にうちの学校に転校してきた。偶然席が隣同士になってしまった私は、先生によくこいつの面倒を見るように言われた。私もいやいやながらに頼まれて嫌ですと断れるタイプではないから、教科書をみせてやったりトイレの場所を教えてやったりしていた。
なぜいやいやながらかって?それはこいつの容姿を見ればわかる。なぜだろう。同じ地球上の人間のはずなのに、やったら目がでかくてキッラキラしている。大きな目にバッサバサのまつ毛、鼻筋のスラリととおった鼻、白くきめ細やかな肌、うっすらと赤みを帯びた頬、まるで絹のようにさらさらで色素の薄い髪の毛……。遠くで見る分には、きれいでいいのだが、近くで話すには眩しすぎる美しさだ。昔の少女漫画でメインキャラクターとして出てきそうな顔である。
まあでも、顔がきれいなだけならば、私もイケメン!と思ってホイホイついて行っただろう。しかし、私の気に入らない点は、やつの身長にある。私の好みのタイプはプロ野球選手のようにがっしりとした体型と180cmぐらいの身長を持つ男である。しかし、やつの身長は――――小さい。まるで……中学、いや小学生のように。
しかしほとんどの女子と一部の男子には、やつはとても人気があった。「キャワイ~♪」と言われていつもめでられていた。しかし私は、あまりやつのことが好きではなかった。―――性格的な意味でも。
いくら心があまり広くない私でも、見た目だけで人を苦手と思ったりはしない。やつは、転校初日に私の高校生活を崩壊させる事件を起こした。
「転校生の山田ごんた君だ。みんな仲良くしてやってくれ」
「先生、僕は山田ごんたなどという名前ではありません。ジョアンヌ・アボンレという名前です」
「いや、しかし名簿には……」
「ジョアンヌ・アボンレです!! みんなよろしく!」
先生の声もきかずにやつは、教室中に響き渡る声で偽名を名乗った。その偽名がこの2か月で学校中に浸透していたため、今思い出すまで忘れていたがそういえばやつの名前は山田ごんただった。外人風、いや天使のような顔をしているのにごんたって……!まあ、やつは自分の名前をとても嫌っているようで、ジョアンヌ・アボンレという意味不明な名前をいつも名乗っていた。
「じゃ、じゃあ、ジョアンヌ君。えーと君の席は近藤の隣だ。近藤、手をあげて」
「はい」
その時私は、変な転校生が来たもんだな。こんな変な人実在するんだ。という気持ちで手を挙げていた。やつは私の声をきいて、どこにいるか私を探した。そしてバチッと目があった。その時私は、うぉおきれいな顔だなあ。ぐらいにしか思っていなかったが、やつは大きな目をもっと大きく開いた……と思えば一瞬やつの姿が消えた。
やつの姿が消えたと思えば、やつはすごい速さでで竜巻が迫ってくるかのようにくるくる回りながら飛んで私の隣にやってきた。びっくりした。人間技じゃなかった。驚きすぎて「うわっ」と私は変な低い声を出してしまった。
やつは私の隣に来たかと思うと、自分の椅子の上に膝をついてまるでかしずく騎士のようなポーズをとり、驚いて硬直している私の手を取った。そして、軽くそれに口づけながら
「一目ぼれしてしまいました、レディ。あなたのお名前は?」
と、一瞬で鳥肌のたつようなキザな言葉を、その赤く形の良い口から、放った。
そんなことがあって、先生たちもクラスのみんなも面白がって私たちのことをセットにしようとした。正直、私は別にジョアンヌのことは好きではないので、腹が立った。そして、囃し立てられて照れたように、そのマシュマロのようなほっぺたを赤く染めているジョアンヌを見て、もっと腹が立った。
昔のことに思いをはせて、ぼーっとしていると、目の前にいるジョアンヌに「近藤さん?」と今にも泣き出しそうな不安そうな顔でのぞきこまれた。おっと、そうだ。今私は告白されていたんだった。
しかし、どうやって断ろう。この変態のことだから、断っても断ってもしつこく来るに違いない。しかしいくらそう心の中で思っているからといって、キモイとか面と向かっていうのはちょっとかわいそうな気がする。そもそも、毎日毎日一目ぼれしただの、今日もかわいいねなど口説いてきていたというのに、突然付き合ってくださいと正式になぜ告白してきたのだろう。
まあでも、やつの心境など関係ない。ジョアンヌは私の好みではないし、いくら天使のような顔をしているからと言って付き合ってやる義理はない。
「ごめん。あんたとは付き合えない」
回りくどいことは、あまり好きではない。きっぱりと断ることにした。やつに「どうして!?」とかしつこく聞かれそうだと思って、来るであろう質問の嵐に身を構えた。
しかしやつは、「そう」とだけ悲しそうに呟いて、涙をこらえた顔で「今日はありがとう」といって無理やり笑顔を作って去って行った。
いやなんか私が悪いみたいな感じになってますけど!?少しだけ残っていた周りのクラスメートたちの視線が私を非難するように突き刺さってくる。特にジョアンヌを王子様に祭り上げて、ジョアンヌの騎士となろうとしていた剛本くんの視線がやばい。視線だけで殺されそうな雰囲気だ。
いや待って私はただ、告白されて断っただけ。何が悪いというのだ。心の中で自分の正当性を確認して、私は逃げるように教室を去った。
なぜか心の中がもやもやして、帰り道にテリヤキバーガーを買ってしまった。煙の多い店内で食べる気にはなれず、近所の公園のベンチでそれをほおばった。
ハンバーガーは食べるのが難しい。今もソースが顔中についてしまった。片手でソースのついた情けない顔を隠しながら、カバンの中のティッシュを探った。あ、あったあった。
するとザザザザーという音を立てて目の前にすごい風が飛んできた。強い風に反射的に目をつぶって、風がおさまった時に目を開けると後3口ぐらいのテリヤキバーガーが砂だらけになっていた。もったいない。
砂だらけになってしまったテリヤキバーガーにショックを受けていると、目の前に人の気配を感じて顔を上げた。目の前にはヒィヒィ息をしている白髪で黒いスーツを着たおじいさんがいた。
「あの、大丈夫ですか……?」
「ハァハァ…………、お見苦しいところをお見せしました。あなたは、もしや近藤あやさんではありませんか?」
「はぁ、そうですけど」
おじいさんは息を整えて、ピッと背中をまっすぐに伸ばした。おじいさんに見えるが動きは若々しい。なんでこのおじいさん私の名前を知っているんだ?
「私、ジョアンヌ・アボンレ様のじいやを務めております。実は近藤様に折り入ってお話が合ってまいりました」
ジョアンヌ、じいやいるんだ。すげえ金持ちだな。と思いながら「隣、座りますか?」とじいやさんに勧めた。いくら若々しく見えてもご老人には親切にしなくてはね。じいやさんは一瞬考えた後、「失礼します」といって隣にすわった。
「近藤様は、本日、ジョアンヌ様の一世一代の告白をお断りになりましたね……?」
じいやさんは真剣な表情で私に尋ねてきた。まあその通りだから、「はい」と答えると、じいやさんはハァ~ッといって大きくため息を吐いた。
「かわいそうなお坊ちゃま……。いや、失礼。近藤様はジョアンヌ様についてどれほど知っておられますか」
「はぁ、別にクラスメートぐらいの情報しかしりませんけど。本名は山田ごんたでものっすごい運動音痴というくらいしか……」
「実は、ジョアンヌ様は、マウンテラーニカンパニーの社長のご子息なのでございます」
マウンテラーニカンパニーといえば、あの有名なCM「生活のすみずっみに♪トイレから絵具まで♪マウンマウンマウンテラーニ♪」の会社だろうか。と尋ねるとじいやさんは重々しくうなずいた。
「ジョアンヌ様の母親である奥様は、不幸なことにジョアンヌ様が幼いころになくなってしまいました……。そして父親である社長は、マウンテラーニカンパニーの仕事が忙しく、ジョアンヌ様に構う暇など年に数十分ほどしかありませんでした。そのためジョアンヌ様は常に、ひと肌を求めるさびしい子供でした」
あのキラキラした瞳の中に、そんな悲しい人生を秘めているんだなと思った。
「ジョアンヌ様は、私にものすごくなついてくださりました。本当の家族のように。早くに妻を亡くしたわたくしには、子供はおりません。ですからジョアンヌ様にはわたくし自身本当に救われました。ジョアンヌ様も、わたくしと一緒に過ごすことで寂しさを紛らわしているようでした。しかし、ジョアンヌ様の顔にはいつも悲しい表情があり、暇さえあれば、お母様を探しているようでした」
「そんな中、ある日転校した学校に行って帰ってきたジョアンヌ様は、恋をした。とおっしゃいました。その顔は今まであった暗いものはどこかに去ってしまったように、晴れ晴れとしていました。今まで、どの学校へ行ってもクラスメートとは一線を引いて人付き合いをあまりしなかったジョアンヌ様が、今日学校はどうだった、楽しかったなどと、嬉しそうに毎日のことを報告してこられました。こんな風にジョアンヌ様を変えてしまう、ジョアンヌ様の好きな相手とはどんな方なのかと、日々不思議に思っていました」
「ある日ジョアンヌ様が学校に行ってらっしゃるときに、机の上にジョアンヌ様は日記を出しっぱなしにしておいてありました。――――少し良心がとがめたのですが、ついついジョアンヌ様の日記をみてしまいました。そこには、近藤あや様、あなたのことがぎっしり書いてあったのです」
やっぱりキモっとおもったが、真剣な空気の中そんなことをいう勇気はなかったので黙っておいた。あとじいや人の日記勝手にみるなよ。
「近藤あや様、あそこまでジョアンヌ様を夢中にさせるあなたはどのような方なのかと思っていましたが、わかりました。――――あなたはよく、ジョアンヌ様のお母様に似ていらっしゃる」
とんだマザコンやろうじゃねえかと思ったが、じいやさんの生暖かい目を前にしてそんな暴言を吐けなかったので黙っておいた。いや、じいやその誰かが座った後の椅子のように生暖かい目をしてこっちを見つめるのはやめろ。
「お願いです!近藤様!ジョアンヌ様はあなたと出会ってから、それまでの心のない人形のようなお姿から、生き生きとした年相応の姿に変わりました。どうかお試しでもいいので、ジョアンヌ様と付き合っていただけませんかっ!?」
「いや、そんなこと言われましても、やっぱりお断りします。別にジョアンヌ君のこと好きじゃないので」
私がバッサリ断ると、じいやさんは大阪の芸人並みにズササササーと転がっていった。砂煙とともに、転がっていった先の遠くで「なぜですか!?なぜでございますか!?お坊ちゃまを救っていただこうとは思われないのですか!?」と叫んだ。
「まぁ、ジョアンヌ君の生い立ちに関してはかわいそうだなと思いますが、私には関係のないことです。過去のつらいことを乗り越えるのは誰に助けられることもなく、ジョアンヌ君が自分で乗り越えるべきだと私は思います」
「クールでございますね……」
すこし砂のついてしまった鼻の下の白いひげを整えながら、じいやさんは立ち上がった。
「そうですか。そうおっしゃるのならば、仕方がございませんね」
「はい、私もこの後バイトがあるんで、失礼します」
「待ってください!」
じいやさんは、去って行こうとする私の腕をつかんだ。
「よろしければ、明日10時空港に来ていただけませんか?!」
「へ?」
「じつは、社長が急な仕事でドイツに二年ほど住むことになってしまったのです。ジョアンヌ様は、当初行かないといっていましたが、今日帰ってこられたときに、僕もドイツに行くとおっしゃられました。おそらく、告白失敗から心を痛めてしまわれたのでしょう。……もし、そこまでジョアンヌ様のことをお嫌いでないというのなら、どうか空港でジョアンヌ様を見送っていただけませんか?」
「はぁ……、でも」
「何か予定がございますかっ!?」
明日は土曜日だから学校もないし、特に予定も入っていない。
「特にありませんけど……」
「それではよろしくお願いいたしますっ!失礼しますっ!」
じいやさんは来た時と同じように、竜巻となってどこかへ去って行った。ふと腕時計を見ると、いつの間にかすごく時間が過ぎていて、バイトに遅れそうだったので私は急いで家に帰った。
次の日、私は空港に来ていた。すっぽかそうかとも思ったが、頼まれたら断れない私近藤あやである。すっぽかしたりすると、罪悪感につぶされそうになるので仕方なくやってきた。
じいやさんは、どこに来いと言わなかったのでどうしようかと思っていたが、ジョアンヌはやはりどこにいても目立つ。少し空港の中を歩いていると、ジョアンヌが椅子にじいやと座っているのが見えた。
ジョアンヌに話しかけようとして、私は恐怖ではっと息をのんだ。ジョアンヌは本当に人形のようになっている。あのキラキラとした大きな目には明かりがともっておらず、肌もいつもより白く、まったく生気がない。もしじいやがジョアンヌの服の中に手をいれていたら、腹話術のひとかな?と思ったことだろう。
私に告白を断られたことがそんなにショックだったのか。そこまで想われていたことに驚いた。
「あー、ジョアンヌ?」
「……えっ!?」
「近藤様!」
一瞬やっぱり帰ろうかとも思ったが、自分がここまでジョアンヌに影響を与えてしまったことを考えると、何も言わずに帰るのは悪い気がして、おそるおそるジョアンヌに話しかけた。
私が話しかけると、それまでの人形のような姿は一転、顔に赤みが差し、目が満点の星空のように輝いた。しかし、それは一瞬のことで、そのあとジョアンヌは悲しそうにくしゃっと顔をしかめた。
「なんで…、近藤さんが……?」
今にも宝石のような涙をあふれだそうとせんばかりにジョアンヌが私に尋ねた。ジョアンヌは俳優になったらいいと思う。たぶん全米がなくだろう。
「あー……、ドイツに行くって聞いて。見送りにきたのよ」
「そう…」
そのあと他愛のない天気の会話なんかをしたが、なんだか私と話すたびにどんどん彼はしぼんでいくようだった。その姿を見て、いてもたってもいられないような気持ちになるのはなぜだろう?別に好きでもないはずなのに、なぜだか彼の悲しい顔は見たくないと思う自分がいる。
「あー、と。ジョアンヌ?あのさ、告白してくれたことだけど」
そのことを口にするとジョアンヌの肩がびくっと震えた。そして恐る恐るわたしの顔を見上げる。
「いや、あの、なんていうかさ。私、別にあんたのこと好きじゃないんだけど、別に嫌いでもないっていうか…。大体あんた色々すっ飛ばしすぎなのよ。普通の高校生はまずはクラスメートから始まって、友達になって、そしてあれやこれやがあって恋人どうしになるもんよ?!それがあんたったら、はじめっから好きだの、かわいいだの。そんな風に言う人はいないんだから、ね!?それに知り合ってたった二か月だってのに付き合うだなんて早すぎよ!」
なんだか、自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。しかしジョアンヌは真剣な顔でうんうんと私の話を聞いている。
「だから、まぁ、私たちは一応クラスメートという関係はクリアしたんだから、えーと、別にね。つまり、まぁ、友達になってあげても、いいかな。なんて思わなくもないわ」
私がそういうと、それまでの苦しそうな悲しそうな顔は瞬時に消え去り、まるで大輪の花が咲いたかのようにジョアンヌはその美しい顔を笑顔で輝かせた。それは本当に眩しい笑顔で、近くに座って盗み聞きをしていた外人が「oh....」とつい呟いてしまうほどだった。
「つつつつつまり、近藤さんは、ぼぼぼぼぼ僕と友達になってくれるというのかい!?」
「そういってるでしょ!」
「じゃ、じゃ、じゃあ!メールアドレスを交換したり、学校行事でグループに分かれるとき口裏合わせて同じグループになったり、休み時間話しかけたら返事をしてくれたりするのかい!?」
「どんな友達よ…、まあそういうことだけど」
私が肯定すると、ジョアンヌはうれしさのあまりバレエを踊った。空港で。普通は白い目で見られそうなものだが、ジョアンヌの踊りはまるで妖精が嬉しそうに飛び回っているようで、周りにいるすべての人が、彼に見惚れた。
「じいや!僕、ドイツに行くのやめるよ!!やっぱりぼくは日本にのこる!」
「そうでございますか、ぼっちゃま。よかったですねぇ」
「うん!」
ジョアンヌは本当にうれしそうだが、なんだかそこまでされるとこっちが恥ずかしくなってくる。でも、さっきまでのまるで生きていない人形のような姿の彼をみるよりは、今の彼を見ているほうがいい。そんな風に思った。