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その2っ! 落下物とカレー

翌朝。


真冬だというのに元気よく空を飛びまわる雀。そのやたらとでかい鳴き声によって僕は夢の世界から引っ張り出された。

陽光はカーテンによって遮断されているため、室内はシンと薄暗い。さらに、かなり寒い。

今日はクリスマス。いつもならとくに何をするわけでもなく普通に過ごしているこの行事も、サンタの少女がいるおかげで、気分は不思議とクリスマスに。

「ふぁぁ、んぐー」

布団を押し上げて伸びをすると、刺すような冷たさが全身を駆けた。同時に鳥肌が立つ。あまりの寒さにふるふると身震いすると、僕はまた布団へ潜り込んだ。

今日が冬休みだということにこの上ない感謝を。

両手を合わせ、足を水泳のばた足のごとく動かすという僕流『感謝の舞』をし、さぁ再び眠りにつこうとしたその直後。僕の布団が物凄い勢いで剥がされた。

つつつーと入り込む真冬の空気。

「おはよう! おはよう! 起きてーほらっ!」

と騒ぐサンタの少女。僕はそれを押しのけようとして……クロスの服装に唖然。

……そして絶叫。

「うわああぁぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁぁあ!」

サンタの少女も便乗し、クリスマスの朝、僕らの変な合唱が冷たい空気を震わせた。

「ってなんでクロスも叫んでるんだよ!」

「え? 朝のあいさつだよ?」

「え? あれが挨拶なの?」

うん、と元気よく首を縦に振るクロス。サンタの国では朝っぱらから叫びあうそうです。

「ここは人間の国なんだから朝は静かに挨拶しようね。それと、って人の話、聞いてる?」

僕の声を華麗なまでにさらりと無視して、クロスはどこか切ない表情になった。そして自分のやたらと細い腹部をちょんとタッチ。

「とりあえず、ご飯作って」

鳶色の髪を揺らし、かわいく命令した。

「わかったから、とりあえず服を着て」

僕は苦笑して着衣を命令した。ちなみに今、クロスは下着に毛布というとても奇妙かつ…………まぁいろいろな服装。このままだと、このままだと!

(大量の小さな僕たち「ウウ―――――!」)

(僕「落ち着こう、まずは落ち着いて。災害のときは落ち着くのが一番さ!」)

「ねぇ、なんでで服を着てないの?」

「暑かったもんで」

怖いくらいにっこりと、サンタの少女は言った。

若干の沈黙、そして

「そうだ! ぼく、今日からここに暮らすね」

「ふーん。って……え? 何だって?」

「そうだ! ぼく、今日からここに暮らすね」

「……え? 何だって?」

「ぼく、今日からここに暮らすね」

涙が一筋、頬を伝う。

「ああ、まさかこの歳で生きてることを悔やむ羽目になるなんて」

「なに言ってるの! 生きてるから人生楽しいんだよぅ!」

「黙れ、僕の後悔の元凶」

今日は聖なる日……これじゃまるでクリスマスプレゼントだ。朝起きたら変なのがいて、いきなり居候宣言をするという世界最悪のプレゼント。ねぇ神様、僕の行いはそんなに悪かったんですか? だったら普通に石炭くださいよ。石炭の方がよっぽど嬉しいんですけど……

ねぇ神様!

悲痛な叫びは、冷たい空気へと消えてしまう。



幸い、僕の家に大人は一人もいない。あと二日間だけいないので、その間にこいつをなんとかする必要がある。旅行好きの両親は、なぜか息子を置いていき、四泊五日の旅へ。そのため、今は僕がこの家を守っているということになっている…………のだが。ごめんね家族よ! 僕は城を守りきれずに、あっけなく侵入を許してしまった頼りない兵士です! 帰ってきたら、ぜひこの侵入者に驚いてください! しかも今日から居候としてこの家にとり憑くって言いだしてます!

とりあえず、腹がへっては戦も出来ないので文句と涙は飲み込んでキッチンへと向かった。



朝食は簡単にトースト・オン・バターと牛乳で済ませる。侵入者が朝食のメニューを眇め見ながら、非常になにか言いたそうにしてたけどそんなこと気にしない。もちろん、ご意見ご感想も一切受け付けはいたしません。

昼食も夕食も、トースト・オ(以下略)にしようと思ったけれど、それではさすがに僕の体が持たないので……

「ねぇクロスー、昼ごはんは何が食べたい?」

一応居候の意見も参考にしよう。

「ミミズとローネ!」

 サンタの少女は、意味不明かつ理解不能単語を発射。それは見事に僕の頭脳へクリティカルヒット、僕は激しく混乱した。

「なにそれっ? この世にないよそんな料理は。ってか誰だよローネって!」

「呼び捨てちゃダメ! ローネちゃんは英雄なんだから。サンタの国に伝わる童話なんだけどね……ローネちゃんは、あのすごく有名な裂いて食べるチーズを極限まで裂こうとして神経衰弱に陥った少女なの」

「悲しいよ、その子!」

クロスも僕もそのおバカな少女に黙祷を捧げる。どうか、安らかに……じゃなくて。

「ねぇクロス、結局君はなにが食べたいの?」

「ミミズとローネ」

「だからなにそれ! 聞いたことないよそんな料理」

「でも現実あるんだよ?」

「でもサンタの国の食べ物は人間の国にはないんだよ。だからね、ほらこの本とか見てさ」

レシピブックを渡し、必死に説得しようとしても、サンタの少女は「あるあるー絶対あるんだからー」と言って聞く耳を持ってくれない。

「サンタの国にいる時、お母さんがミミズとローネを作ってくれたもん!」

「あのね、こっちの世界ではミミズなんて食べないの!」

「え? それにはミミズなんて入ってなかったよ?」

「はい? じゃあなんでミミズとローネなの」

「うーん知らない。でも大豆とトマトが入ってたよ?」

「それってさ、あれだよね」

討論すること約三十分……ようやく結論が出た。サンタの少女は、『ミネストローネ』が食べたかったらしい。間違え方が幼稚園児レベルだ。失笑とともに訪れた気まずい沈黙。

「よし、じゃあミネストローネの材料を買いに行こうか! どうする、一緒に行く?」

あまりの気まずさに、とりあえず話題を切り出してみる。

「えー! みねすとろおねの気分じゃなくなっちゃったよ、もう。今度はうらめし屋で、きもだ飯が食べたい!」

おいコラこのクソサンタ…………

「あぁぁ! また意味が解らないことを言う! じゃあ今日はコンビニ弁当ねっ!」

やだやだーと駄々をこねるサンタの少女を引きずり、僕は玄関を出た。


そして今。


僕はひたすら店員さんたちに謝っている。なぜかって?

始めから説明しよう。

僕とクロスは徒歩で最寄りのコンビニへ行った。しかし自動ドアに驚いて店内に入れないアホサンタ。これはこういうものなんだと説明したが、理解を得られず挫折。結局行き先を変更して、隣のスーパーへ行くことにした。そこまで来てクロスは引き戸を押し開けて破壊。防犯カメラもついでに壊させて、僕とクロスは疾走した。けれど見つかって、謝っているというわけだ。

「本当にごめんなさい、ほらクロスも謝るの!」

「やだー」

「やだじゃないの! 壊したのはクロスなんだから」

「だってぼく、これくらい直せるもん」

「…………」

ん? 今、なんて? 僕の記憶が正しければ、サンタの少女は直せると言ったはず。

「じゃあクロス……直してくれる?」

「きもだ飯、作ってくれる?」

条件付きらしい。後できもだ飯とは一体なんなのかを聞いておこう。

「いいよ、よくわからないけど頑張って作る! 作るから直して!」

僕の頼みにクロスは大きく頷いた。(まるで幼稚園児)そして、

さっと首をあげるとかわいらしくターン、ぴょいぴょいと空中でステップを踏み、片手を腰にあてた。最後に、さらりと揺れる鳶色のツインテールをふぁさっと空中で旋回させ……


「さけてとろけてかるしうむ♪」


謎の呪文とともに、割れたガラスたちは一斉に集結、元の形へ戻る。そしてきらきらと輝きながら鉄製の枠にピタリと収まった。はい、完成。

「ほら出来た。これできもだ飯ー……あーどうしよ? また気分が変わりそう!」

「………………………………ぼ、僕は……」

非現実的すぎる光景に言葉を奪われたが、慌てて取り戻す。

「僕は今、初めてクロスがサンタに見えたよ……」

「いやだなぁ! ぼくはいつでもサンタだよ? そんなことより、大変だよ! 今のこの大変さを例えるなら、ローネちゃんの映画が絶望後悔中って表示と共にCMになっちゃうくらい!だから、どーなってよりカレーを食べなきゃ!」

いきなり何を言い出すかと思ったら、メニューの変更だった。

「絶賛公開中じゃないのかな、それは。お昼はカレーね。もう変えたらだめだからね!」

笑顔で念を押し、僕はクロスの手を引いて本格的に買い物を始める。先ほどの魔法みたいな光景の余韻が残る入り口、それとあっけに取られたままの買い物客。背中に店員さんたちの奇妙な視線を感じたけど、そこは敢えて無視。気にしないの術で通そう。

青果コーナーに並ぶ色とりどりの野菜を見て、興奮気味のクロス。目が少女漫画のごとくキラキラと輝き、「かるしうむ」を感極まったように連呼。お客さんの目を引き、僕だけが羞恥で真っ赤に染まった。

「あれぇ? 斗助、顔がトマトみたいだよ?」

さりげなく失礼なことを言うクロス。

「ってクロス、なんで僕の名前を知ってるの? 名乗った覚えなんてないよ、僕!」

「制服の……名札に書いてあって、それで……」

急に暗い表情になって、クロスは言葉を紡ぐ。

「いつ見たのッ? へ? あ、いや、そんなに気にしなくていいよ? ていうかむしろ気にしないで? 僕は別に名前で呼ばれても嫌じゃないし、ね?」

必死で言葉をかけたのに、サンタの少女は僕の前からいなくなっていた。

これじゃあ僕、独り言じゃん。

そんなことを考えていたら、クロスが買い物カゴへ大量に野菜を放り込んできた。赤、白、黄色ってチューリップですかこれは?

「なにやってるのさ! カレーを作るんでしょ?」

カゴを埋め尽くす、レタス・キャベツ・メロン・イチゴ・キュウリ……その他いろいろな青果たち。その非常識度は絶句級。なんだかステンドグラスみたいだ。冬にキュウリがあるとは、世の中も進歩したんだなぁ。

ぼーっとカゴを見詰める僕。その後頭部を思いっきり引っ叩き、クロスが叫んだ。

「カレーには、あとサクランボが必要だね! ねー斗助」

満面の笑みで、後頭部をさする僕に同意を求める。

「いらないよそんなもの! 大体カレーには入れない野菜ばっかり持ってきて、にんじんとかじゃがいもとかそういう基本的なものが一つも無いじゃん!」

「んもう! 基本とか常識とかにとらわれちゃ、ダメー!」

「なんでそーなるの? 大切だよ常識は!」

叫ぶ僕を置き去りにして、クロスは果物の棚へと激走。サクランボを持ってきて、カゴに投入した。

もうあきらめよう。それが一番。そしてカレーが完成したらクロスに全部食べさせよう。

どんどん重さを増していく薄灰色のカゴに、いい加減泣きたくなってきた。

「ほらクロス、カレールゥを買わなくちゃただのスープになっちゃうからさ、そろそろ野菜はやめてくれる? このままじゃ一週間分の野菜が摂れちゃうよ?」

「チーズ」

「は?」

「……チーズがないカレーなんて、麺がないラーメンと一緒! そうとなったら善は急ぐ!  まずはかるしうむを!」

麺がないラーメンって……例え方が必要以上に大袈裟だ。ご飯がないカレーの方が的確な例え方だと思う。

それと、『善は急げ』の使い方が間違っている気がするんだけど、それは気のせい?



場面は変わって乳製品売り場。

「決めた。ぼくは裂いて食べる棒状チーズを極限まで裂くよ!」

「待って待ってよクロス! それってローネちゃんがずっと前に挑戦して神経衰弱に陥ちゃったあれでしょ? やめなよそんな危険な遊びは!」

絶対やっちゃだめだよ、と言おうとした僕の口は牛乳パックを押し込まれて塞がれた。

「へぇうおふ! ほえふぉはふひぃへ! ふぃきゅいかへきはいにょ!」(ねぇクロス! これをはずして! 息が出来ないよ!)

注意※両手は買い物カゴと野菜で塞がっているため、自分では取れないのです

もごもごと呻くことしかできない僕の目の前に、サンタの少女はびしぃっとカッコよく親指を立てた。

「遊びじゃない! 裂いて食べる棒状チーズを極限まで裂くっていうのは、円周率を何億桁も暗記するのと同じくらい大変で、フェルマーの最終定理以上に難しいんだよ!」

クロスの説明では解らなかった人のために、僕が解りやすくまとめよう。

つまり、ギネス記録より大変でノーベル賞より難しい、ということなんだと思います。確かではありませんが。

「そんなことよりさ、時計見れば分かると思うんだけど、もう二時なんだよね。つまりおやつに近いの」

こんなバカなやりとりをしているうちに、三時間も経過していたらしい。なんだろう、この苦しいまでの空しさは……

「それが?」

「とくに意味はないけど……あ、そうだ。カレー、早く作ろう?」

「うんっ! じゃあ早く帰ろっかぁ!」

そう言って、元気よくレジへ向かうサンタの少女。僕は慌ててその後ろ姿を追いかける。

常に僕の数メートル前を進むクロス。その歩調に合わせて、さらりと揺れるツインテールと、寒そうな半そでのサンタ服。おかしな少女は、けれど周りの視線は気にならない様子。まったく、のんきなもんです。

結局、超奇妙カレーは材料費だけで軽く五千円を越え、僕のお財布はかなり軽くなった。そして足取り重く、荷物も重い帰り道。

「かるしうむ♪ それは近いみらいの希望♪ るらら♪ みるく・ちーず・ようぐると♪ 摂り過ぎると 体にものすごい悪影響がでるよ♪ 頭文字を集めればーみちよ♪ さいてとかしてかぁるしうむっ♪」

クロスが突然意味不明極まりない歌を歌い始めた。乳製品のイメージアップとイメージダウンを同時に歌詞にもりこんだ童謡チックな曲。

「何、そのものすごい勢いで変な歌はッ!?」

「サンタの国でもっともポピュラーなソウルフルな童謡だよ?」

「そんな奇妙で不可解な歌をサンタの国の子供達は歌ってるのっ? ソウルフルのくせに、あんまり感情こもってない気がする」

「そうやって斗助はいつもいつも…………五年前と何ら変わってない」

「待て。五年前はまだ世界は平和だったし、クロスと運悪く出会っちゃったのは昨日のことだよ! 勝手に変な過去を作るなあぁぁッ!」

「早く帰ろう?」

思わず立ち止まってしまった僕を(ものすごい力で)小突くと、サンタの少女は走り出した。野菜とチーズが大量に詰め込まれた買い物袋は僕が持っている。ちなみにこれ、引きずりたいくらい重い。

あまりの重量に体中の間接が悲鳴を上げた。ふらふらと足元が覚束無くなってきた。眩暈がする。吐き気も筋肉痛も腹痛もする。

「待ってクロス……ちょっと止まってよ……これすごく重いんですけど……」

「息が荒いよ? もう疲れるなんて、これだから最近の若者は……」

「そんなこと言ってないで早く持ってよ!」

腕は引き千切れる寸前までいき、肺は仮停止状態に。僕はあまりの苦しさにその場にパタリと倒れた。

もう、限界。

そして怒りは抑制不可能範囲へ到達、急速に感情を沸騰させる。

アホサンタのクロスは「寝てないで早く行くよー」と激しく能天気。いい加減こっちも苛立ちを抑えきれない。息を整え、叫ぶ。

「クロス! いい加減にしてよ! 人ん家に勝手に上がりこんできて居候宣言するし、出かけてもドアぶち壊したりして僕に迷惑ばっかり掛けるし、さらにその帰り道でも君は荷物も持たないで前を楽しげにあるくだけッ! この……この役立たず!」

「…………ぇ」

クロスから困惑した雰囲気が零れ落ちる。でも、そんなこと気にしていられないくらい、僕は苛立っている、この侵入者に。人の日常を奪ってそしてさらに人をこき使って……こんな役立たずなサンタじゃ、絶対エターナル見習いだ。そうだ、こんなサンタ……なんて。

「二度と僕の近くに来ないで……居候なんて絶対いらない。不必要なんだよ、我が家には」

別れを告げて、僕は帰路を歩む。買い物袋も居候も全部置いたまま。最初から、全部なかったみたいに置き去りにして。

風は一陣。

聖なる日『クリスマス』。もうサンタの少女とは関わらないようにしよう。勝手に落ちてくるほうが悪いんだから。僕はくるりと踵を返し、走り出す。猫を捨てるような罪悪感が、後ろ髪を引っ張ったけれど、ひたすら前へ進む。

冬の商店街はそろそろ薄暗くなってきて。

遠くには一番星が浮かんにはじめた。

夕焼けが冬の空を覆う。

イルミネーションは、やっぱり電球切れで。

時間的に活気が出てきた商店街を一人走った。

不意に思い出されるのは、あのサンタとの出会いと会話。いきなり降ってきた赤い物体。そして居候宣言や珍料理名、ローネちゃんとチーズの話……

「うわぁっ!」

前に進んでいるのに、前を見ていなかった僕にトラックが迫る。

避けなきゃ、でも動けない……轢かれる……っ! 死か大怪我のどちらかを覚悟した刹那、


「さけてとろけてかるしうむ♪」


あの謎の呪文が聞こえた気がした。

でも、それは絶対に気のせい。だってあのサンタは役立たずの居候で、人のことは考えない自己中心的な見習いサンタだから。


「あ、れ?」

……いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。恐る恐る目を開ける。

そこには、ひしゃげて潰れたトラックと、満面の笑みで買い物袋を提げているクロスが立っていた。そいつは、

「ちゃんと前見て歩かなきゃ。それよりぼくお腹空いちゃった。早く帰ってカレー作ろう!」

笑顔のまま、言う。

「クロス…………怒ってない、の?」

僕の問いに、サンタの少女はきょとんとして首を傾げた。

「だって怒る理由がないもん。斗助は……もう怒ってない?」

「いや、もう――」

「うぅ……あ、あのね……そうだ! ぼくこれからちゃんとお手伝いするよ? 迷惑掛けないようにがんばるよ? だから、一緒にいよう?」

「うん、別に構わないよ。僕は」

「じゃあ善は急げ! 家まで競走しよーう!」

キーンコーンカーンコーンと、どこにでもあるチャイムが商店街に響いた。それを聞いて、サンタの少女がまた、はしゃぎだす。

「金婚冠婚だって! おもしろいねー」

「えぇっ、キンコンカンコンだよ! なんで漢字にしちゃうの、それを!」

野次馬が募る商店街を一緒に歩く。視線がかなり痛くて、クロスと僕は全力疾走した。やっぱり僕の前にいるクロス。それはそれで、いいかもしれない。

夕焼けはあっという間に夜へと変わっていき、家に着いた頃には星空となっていた。

「まだ五時とちょっとなのにねー」

クロスが買い物袋を振り回しながら空を見上げる。そうだね、と答えようとした僕のお腹が、ぎゅるる〜とお行儀の悪い鳴き声をあげ、僕らは笑った。笑いながら玄関をくぐった。

運がよければ、親が許せば、サンタが今日から居候。

「夕飯のカレーはぼくが作るよ♪」

「え……? 今、なんて?」

「夕飯のカレーはぼくが作るよ♪」

「ちょっと不安だけどまかせるよ……」

「やったあ! 完成したら呼びに行くから、斗助は二階にいて」

ちょっと、というよりかなり不安だけど、とりあえず二階で待つことに。

 

待ち続けること三十分。ようやく完成した模様。


「ところで、これ一体何?」

僕はキッチンテーブルに置かれたカレーを見て呟いた。ものすごく不気味な緑色をしているカレーからは、悪臭が漂っている。あきらかにこれはカレーじゃない!

「……ねぇクロス、これってカレーだよね?」

「当たり前じゃん」

「何でこんな色してるの?」 

「色々工夫したからね」

「うん、その工夫の結果カレーに殺傷能力が備わっちゃったね」

「まあ食べてみなよ」

クロスは自分だけチーズを頬張りながら、僕に殺人カレーを勧めてくる。

「食べるよ……食べればいいんでしょ、食べれば」

空腹で半ばやけになり、スプーンをご飯に差し込む。さく……ぐちゃ、と食欲を削ぐ(カタツムリをつぶした時の)音がした。次いで、鼻を突く(雀の死体を土に埋めて、二ヵ月後見に行った時の)悪臭。全身に鳥肌が立つのを感じながら、ゆっくりと銀色のスプーンに乗る緑色のカレーを見詰め直した。

「ていやーっ」

「なにッ? …………」

クロスが大声を上げながら僕の口へカレーを押し込む。口内に広がる地獄の味。

大泣きしてもいいでしょうか?

「むぐぉう! ていやーじゃねぇよこの野郎! …………ごくん。って、ぐえへぎぉ! 飲んじゃった、飲んじゃったよ! ねぇ、ところであれには何が入っていたの? 地獄の味だったんだけど!」

「大丈夫? ちなみにねー材料は、キャベツとレタスとサクランボとキュウリとメロンとイチゴとレモンと砂糖と黄粉と塩と醤油とチーズとヨーグルトと牛乳と芥子とうどん粉とたらの切り身と抹茶とカタツムリと雀が入ってたんだよ! あと、シチューのルゥ……」

「今さ、食品以外の単語が入っていた気がするんですけど。しかもシチューのルゥ使ったら、カレーじゃなくなるだろ、おい」

空腹は、一番の調味料。らしいのですが、さすがにこれは食べられません。

と、いうわけで緑色の物体はこの後丁寧に処分させていただきました。無駄になってしまった野菜と果物とその他の食品たち(あとカタツムリと雀)に、黙祷を。

今後こいつには何も作らせないようにします。



苦行のような食事を終えた僕たち。何もかもが初体験のサンタクロースは、人間の部屋に大はしゃぎ。僕の身体と精神を全力でつついた。

(食事の後、あの棒状チーズを、手をプルプルとさせながら裂き始めたクロスを全力で止め逆切れされて、蹴られ殴られ首を絞められた。そしてチーズを諦めたクロスに『一緒にしりもちをしよう!』と頼まれてそれを拒否。するとまたしてもクロスが逆切れして、額にろうそくを垂らされた。さらにクロスが『勉強机の上に寝たい』と言い出したので厚手のビニールに毛布を敷いてあげた。ついでに漫画を布で包んだまくらも。それなのに、サンタの少女はいつの間にかクロゼットへ侵入。しばらくそこをがさがさと掻き回して衣服を散らかし、結局は勉強机の上で寝た)


そして、ようやく静かになった部屋。


日本の栃木県では、あと数分でクリスマスが終わります。

現在時刻は午後十一時五十分と少し。

僕の勉強机には、ぐっすりと眠るサンタの少女がいる。

久しぶりのクリスマス。

彼女はプレゼントを配達する、という子供たちの夢を守る仕事中に僕の家に落下してきた、見習いサンタクロースだ。

サンタが居候している家なんて、ここくらいだろうな……と、ちょっとした優越感(を騙った劣等感)が心に押し寄せた。

「まったく、商店街で迷惑かけないようにする、とか言ってたくせに。ほんと、勝手でわがままなんだから。……おやすみ」

ずれていた毛布を掛け直してあげて、僕も眠りについた。


明日で、両親が帰ってくる。


そんなことも、忘れて。


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