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第九話 告白

 いつも真希が運転して送り迎えする瞬の自宅マンションへ、たどり着いた。

 危なげなく車を駐車場にとめると、瞬は車をおりて助手席側へ回った。

 助手席のドアを開け、車をおりるよう真希に促す。

 いつもなら、このまま真希は自宅かプロダクションのオフィスへと戻るのだが、今日は違った。

 瞬は無言で真希の手首を掴み、引っ張って歩きだした。

 掴まれた手首が痛かったが、瞬から発せられる空気にのまれて、真希は何も言わず彼に引っ張られるままあとに続いた。


 掴まれた手首が解放されたのは、瞬の部屋へ入ってからだった。

 綺麗に片づけられた部屋には、白いテーブルと黒のソファーが置かれている。

 真希が掴まれた手首をさすっていると、今まで背を向けていた瞬が真希と相対した。

 真希はどうしていいか分からず、小さな声で問うた。

「あの、怒ってる?」

 瞬の眉間に皺がよった。

「怒ってないように見える?」

 問い返されて、言葉に詰まった。

 瞬はどこからどう見ても怒っているように見える。

「真希ちゃん。何考えてるの」

 冷たい声音だった。いままで聞いたことの無い程、低い声。

「何で、浅間について行った? 俺、真希ちゃんに浅間には気をつけろって言ったよね」

 静な口調が、大声で怒鳴られるより怖く感じたことなんて、今まであっただろうか。

 瞬にじっと見つめられて、真希はゆっくりと口を開く。

「あの、ドラマ、瞬を主演にって話があるっていうから、それを聞きに……」

「そんな話を信じて、ほいほいついて行ったんだ。こんな下心見え見えの手に引っ掛かるなんて、真希ちゃん馬鹿じゃないの」

 抑揚のない声で馬鹿呼ばわりされ、真希は急激に頭に血がのぼった。

「な、何よ。そりゃ、私だって、うかつだったとは思うけど。でも、だって、まさか浅間プロデューサーがあんなことするとは思わないでしょう」

「あんなことって、どんなこと」

 すかさず問い返されて、真希は浅間に唇を奪われたことを思い出した。途端に悪寒が走る。頭に上った血が急激に下がった気がする。瞬のせいで、気持ち悪いことを思い出してしまった。

 真希の様子を探るように見ていた瞬は、大きく息をついた。その後、真希の腕をとり強引に自分の方へ引き寄せた。

 真希の身体を包み込むように、抱き締める。

「真希ちゃん。俺が行かなかったらどうなってたか分かってる?」

 瞬に強く抱きしめられたまま、真希は小さく頷いた。

 瞬の身体は暖かくて、抵抗する気はおきなかった。

「シュンが来てくれて助かった。ごめん」

 すんなりと、言葉が口をついて出た。

「でも、どうして私の居場所が分かったの」

 瞬の雰囲気が少し柔らかくなったような気がして、真希は疑問を口にした。

「工藤さんに聞いた。真希ちゃんがあの男と一緒に会場を出て行くのを見てたんだって。あいつの部屋の番号まで知ってたんだ、あの人」

「そうなの。工藤さんにあとで御礼言っとかないと」

 真希が呟くと、瞬に腕を掴まれ体を引き離された。掴んだ腕はそのままに、瞬は声を荒げる。

「真希ちゃん。そうじゃないでしょ。御礼言うのは、俺にでしょ。俺がどんだけ心配したと思ってんの」

 言われて、確かにそうかと納得する。実際、浅間の部屋まで来て助けてくれたのは、目の前の瞬なのだ。

「ご、ごめんね。シュン。来てくれてありがとう」

「ほんとだよ、まったく。浅間は良い噂聞かないって、ちゃんと忠告したのに。ちょっと目を離した隙に、忠告無視してほいほいついて行って、危ない目に遭ってるし。本当に真希ちゃんってば隙だらけなんだから」

 言いたい放題言われているが、言い返す言葉を持たなかった。全て、瞬の言うとおりだ。反省するしかない。

「もう絶対、こんなことないようにするから」

「当たり前だよ。で、どこまでされたの」

「ど、どこまでって」

 瞬の言いたいことは分かったが、口にしたいことではない。出来れば、あの脂ぎったおやじとキスをしたという事実を消してしまいたかった。

 真希が瞬から視線をはずして、黙ってしまったことをどう思ったのか。

 瞬は血相を変えて、慌てたように、声をあげた。

「まさか、真希ちゃん。最後までやられちゃったんじゃ……」

 真希の腕を掴んだままだった指に力がより一層加わって、痛い。

 真希は、瞬の手をふりはらった。

「気持ち悪いこと言わないでよっ。ちょっとキスされただけじゃない」

「キスぅ?」

 瞬の目が据わった。

「あの野郎。一発ぶん殴ってやればよかった」

 瞬の口から物騒な言葉が漏れた。

 うっかりまずいことを口走ったのかもしれない。そう思っても、後の祭りだ。

「何で、そんな不機嫌な顔になるの」

 真希が声を上げると、瞬の顔がさらに不機嫌になる。

「本当に、真希ちゃんって鈍感」

 その言葉とともに、真希はまた瞬に腕をひかれた。

 驚きと戸惑いで見上げた先。瞬の顔が、間近に迫って来る。

 唇が重なった。

 驚きに目を丸くした真希の唇から、くぐもった声が漏れる。

「んっ」

 瞬の唇が少し離れ、また重なった。

 真希は思わず目を閉じる。浅間にされた時は気持ち悪さしか感じなかったのに。

 瞬の舌が器用に真希の口の中に入ってきた。

 瞬はいつの間にか、真希の背に腕をまわしている。

 飲み込み切れなかった唾液が、口からこぼれおちる。

 何度も、何度も角度を変えて、キスは続く。

 真希は瞬とのキスに、気持ち良さを感じていた。浅間の時とは比べ物にならないほどの、暖かな気持ち。これを言葉に表すなら、幸福感かもしれない。

 浅間にキスをされた時は嫌悪感だけだったのに。

 なぜ、こんなに気持ちが良いのだろう。

 ぼうっとした頭でそう考える。

 答えが、見えそうで見えない。

 体が熱い。足に力が入らなくなってきた。すると、それを察知したのか、ゆっくりと、瞬の唇が離れていく。

 それを名残惜しく思っている自分がいることに、真希は気づいてしまった。

 瞬はそっと真希をソファーへ導いた。

 ソファーに腰掛け、隣に座った瞬に目を向ける。

「シュン……」

 名を呼んだは良いが、続く言葉がでてこない。

「消毒」

 そう言って、瞬は真希の顔に手を伸ばし、顔についていた唾液を親指でぬぐった。

 その仕草も、真希を見る表情も、何もかも大人びて見えて。子どもにしか見えなかった瞬がいない。

「俺、真希ちゃんが好きだ」

 瞬の言葉が耳に入って、じわじわとその意味が脳に伝わる。

 惚けている真希に、苦笑の表情を見せて瞬が続ける。

「ずっと、ずっーとアプローチしてるのに、真希ちゃん気づかないんだもんなぁ」

「嘘……」

 単語しか、口にできない。

 瞬のことを嫌いになったことは一度もない。いつも甘えてくる、可愛い年下の男の子。そういう認識だった。

 それに、これからアイドルとして、もっと羽ばたいてもらわないといけない人。

 真希にとって、大事な人。

「嘘じゃないよ。俺は、真希ちゃんに一目惚れだったの。気付いてないの真希ちゃんくらいだよ。ヨシ兄も、ユウ君も俺の気持ちとっくの昔に気付いてる」

 一目惚れ。真希と瞬が初めて出会ったのが、瞬が十歳の頃だから、十年近くも想われていたことになる。

「でも、私の方が、六つも年上で、しかも私はあんたのマネージャーで……」

「そんなの関係ない。年の差とか、仕事とか。そんなのより大事なのは、真希ちゃんの気持ちでしょ」

 瞬に熱い視線を向けられて、真希は頬に熱が溜まるのを感じる。

 きっと、顔が赤くなっている。

 言葉を口にできないでいると、瞬が真希ににじり寄る。

「真希ちゃんは、俺のこと好きだよ」

 その断定的な言葉に、真希の胸が大きな音を立てる。

「真希ちゃんは鈍感だから、自分の気持ちに気づいてないんだよ。よく考えてみて。俺とのキス、嫌だった? 気持ち悪かった?」

 重ねて尋ねられ、真希は考える。

 嫌でも、気持ち悪くもなかった。

 初めてキスをした時からそうだ。驚きの方が強かったけれど、嫌悪感は無かった。

 二度目のキスは、体が熱くなった。

 三度目も……。

「私、瞬のこと、好きなのかな」

 口に出してみると、それがすべての答えの様な気がした。

 瞬のキスシーンを見ていられなかったのも。浅間に襲われた時、最初に浮かんだのは両親ではなく、瞬の顔だったことも。抱きしめられて、ほっとしたのも。

 瞬が好きだったから。

 その言葉だけで、全て説明がつくような気がした。

 目からうろこが落ちたような気分で、真希は瞬の端正な顔を見つめた。

「私、瞬が好きなんだ」

「そうだよ。今頃気づいたの?」

 遅いよ。と、囁くような瞬の声。

 ゆっくりと、二人の唇が重なった。


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