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第八話 脱出

「やめて、やめてください」

 真希は必死になって叫ぶ。だが、浅間は取り合ってはくれない。

「こうなることが分かっててついて来たんだろう」

「違う」

 こんなことになるなんて思ってもみなかった。真希は力を込めて浅間を睨みつけた。

 肩を強い力で抑えつけられ、浅間の脂ぎった顔が近づいてくる。必死で腕をつっぱり、抵抗するも、力では敵わなかった。

 男の唇が真希の唇を覆う。真希は必死で顔を左右に動かし、抵抗を試みる。だが、浅間は執拗に真希の唇を追いかけ、あまつさえ舌を入れようとしてきた。

 歯を食いしばって真希は抵抗する。足をばたつかせ、動かせる場所を全て動かして抵抗する。

 浅間は、唇を離して舌打ちする。

「大人しくしろ」

 恫喝されて、一瞬真希の中に怯えが走った。

 怖い。

 どうしたらいいのか分からなかった。

 こんなことなら、瞬の傍を離れるんじゃなかった。

 瞬がいつも見せる甘え切った顔が真希の脳裏をかすめる。

「いや……助けて!」

「おい?」

 真希は大声で叫んだ。

「誰か、助けて! 助けて、シュン!」

 浅間は慌てて、真希の口を掌で塞いだ。

 くぐもった声がその掌から漏れ聞こえる。

 浅間は、真希の口を押さえている方とは別の手で、真希のシャツのボタンをはずしにかかった。

 もうお仕舞いだ。

 真希の瞳が潤んだ。

 上手い話にほいほい乗って、疑いもせずこの男のあとをついて来た自分が悪い。

 本当にバカだ。自分のバカさ加減に泣けてくる。

 頬に一筋の涙がこぼれた。

 その刹那。

 誰かがドアを叩く音が、部屋に響く。

「何だ?」

 訝しむように声を上げた浅間が、ボタンをはずす手をとめてドアの方を振り返る。

 だが、無視を決め込もうと思ったのか、浅間がこちらに向き直った。

「浅間さん、浅間さん」

 大きな声が、ドアの向こうから聞こえてきた。

 聞き覚えのあるその声。

 何度も何度も強く叩かれるドア。

「開けてください! 大変なんです」

 幾度となく大声で名を呼ばれ、大きな音でドアを叩かれることに流石に無視することもできなくなったのか、浅間は真希に動くなよと命じ、ベッドから下りた。

 もちろん。真希は浅間の命令など聞く気はなく、ベッドから半身を起こし、震える指で外されたボタンをとめていく。

 浅間が、ドアを開けたようだった。

「ああ、シュンくん。何かあったのかね」

 浅間のその声に、やはり瞬だったのかと真希の心に安堵が広がった。早く立ちあがって、ドアが開いているこの隙に逃げなければ。

「大ありですよ。ちょっと失礼します」

「おい、君。勝手に入ってもらったら困るよ」

 慌てたような声と同時に、瞬が姿をあらわした。

 真希に目をとめた彼は、怒ったような表情で睨みつけてくる。

 思わず真希は身を縮めた。瞬に怒りを向けられたことなど今までなかった。

 瞬の顔から表情が消える。無表情の瞬は顔が整っているだけあって、もの凄く怖い。

 瞬は浅間に向き直った。

「浅間さん。うちのマネージャーが御迷惑をかけたようで。これで失礼します」

「あ、ああ」

 気圧されたように、浅間はそれだけを口にした。

 瞬は床に落ちていた真希のバッグを拾い上げると、まだベッドに腰かけたままだった真希の腕を掴んで立ちあがらせた。

 そのまま、無言で真希の腕を引っ張って行く。浅間の横を通り過ぎる時だけ、目礼し瞬はそのまま部屋を出た。




 駐車場にとめてある車の横まで来て、ようやく瞬は掴んでいた真希の腕を離した。

 掴まれた腕が熱くて痛い。

「あの、シュン」

 纏う雰囲気がいつもとはまるで違っていて、ここに着くまで声を掛けられないでいた。

「真希ちゃん。助手席」

 瞬は無表情のまま、顎で助手席を示した。その後、真希の鞄から車のキーを取り出す。

 自分で運転するつもりだろうか。

「あの、瞬。運転は私が……」

「いいから、助手席座って」

 有無を言わさぬ口調で告げると、瞬は運転席のドアを開けて車に乗り込んでしまった。

 真希は仕方なく助手席に座った。シートベルトを締めると車が発進する。

 無言のまま、瞬は車を走らせた。

 こんな風に、無表情で何も喋らない瞬を、真希は知らない。

 いつもは煩いくらい、真希ちゃん真希ちゃん言うのに。

 それだけ、怒っているということだろうか。

 でも、何に?

 瞬をほったらかしにして、会場を抜け出したことだろうか。

 それとも、瞬に迷惑をかけたから?

 多分そのどれもが、瞬の癇に障ったに違いない。

 聞きたいこともいっぱいあった。どうして、浅間のもとへ来たのか。どうして、浅間の所に真希が居ることを知っていたのか。

 なにはともあれ。真希は、六つも年下の男の子に救ってもらったという不甲斐なさに、大きな溜息をついたのだった。





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