第四話 イヤな気持ち
「うわっ。可愛いー」
スタジオに入ると、そんな声が耳に届いた。
「あ、シュンさん、星野さん。コレ見てください。可愛くないですかぁ」
今日、瞬とキスシーンを演じる女優の三上理沙が、手招きしている。メイク担当の女の子も一緒だ。
理沙の手には雑誌がある。その雑誌の記事には『クリスマスに貰いたいプレゼント特集』と書いてあった。
「これこれ。この指輪。可愛くないですかぁ?」
理沙が示した指輪は、ハート型のピンク色の石が乗っている。透かし銀細工もハート型にデザインされたリングだ。確かに見た目にはとてもかわいい一品だった。
だが、真希が自分でつけようと思うには少し、可愛すぎるような気がした。
「うん凄く可愛い。三上さんにはとっても似合うと思うわ。私には可愛らしすぎて似合わないと思うから羨ましい」
真希が笑顔で答える。
「えー。何言ってるんですか星野さーん。星野さんならまだいけますよ。美人だしー。大人の女性って感じで、理沙マジ憧れるー」
これから、犯人役の瞬の恋人役として、キスシーンを控えているはずの理沙には、てんぱった様子は一つもない。瞬より二つ年上というだけあって、落ち着いたものだ。口調はあれだが。
「じゃあ、じゃあ。星野さんはどれが好みですか」
雑誌をつきだされて、真希は雑誌に載っているアクセサリーの中から、月と星のデザインのネックレスを選んだ。
「私はコレかなぁ」
「あー、コレも可愛い。えー超迷う」
「迷うって、もしかして、彼氏さんに買ってもらうとか?」
メイクの女の子が理沙に尋ねる。
理沙は首を横に振った。
「んーん。自分で買うの。今度の仕事の御褒美にー。今、彼氏いないしさ」
そう言えばワイドショーで、理沙がロック歌手の誰それと別れたのどうのとやっていたな。と、真希は記憶を探った。
「シュンさんは、誰かにあげる予定とかあります?」
メイクの女の子が、真希の隣に立っていた瞬に話を向ける。
「クリスマスはあげるより、貰う方が多いかな」
メイクの女の子と理沙が顔を見合わせた。
「あ、ファンの女の子からですか」
メイクの女の子が思いついたというように、瞬を見る。瞬は首を横に振った。
「ま、それもあるけど。クリスマスが誕生日だからさ」
「えーそうなんだー。誕生日とクリスマスが一緒に来るなんて。二度お祝いできるって感じでお得じゃない」
「いや。そうでもないよ。子どもの頃とかさ。クリスマスプレゼントと誕生日プレゼント一緒にされるのが嫌だった」
苦笑いする瞬の表情は大人びている。いつもの子どもっぽさは微塵もない。
「ああ、なるほど」
と、理沙が笑う。
「で、今年は? さすがにもう親からクリスマスプレゼント貰う年でもないでしょう。誰かにあげたりしないの?」
理沙が最初の質問に戻した。
「いやー。どうかな。貰ってくれそうにないけど」
瞬の答えに、理沙とメイクの女の子が色めきたった。
「えー、じゃあ、じゃあ。プレゼントあげたい女の子とか居るんですか?」
「教えなさいよー。シュンくん」
「それは、内緒で」
などと、のらりくらりと瞬は二人の質問をかわした。
瞬にプレゼントをあげたい女の子が居るなどと聞いたことがなかった。
見栄を張っちゃって。
四六時中一緒にいる真希は、瞬に彼女が居ないことを知っている。作る暇などないはずだ。
でも、なんだか胸がもやもやする。
そう思いながら、真希はそっと瞬の端正な横顔を見詰めた。
問題のキスシーンの撮影が始まった。
スタジオのセットの中。壁際に追い詰められた理沙が、瞬に唇を塞がれる。
違う。あれは瞬じゃない。連続殺人犯だ。そして、キスをされているのは、その犯人の恋人。
駄目だ、見てられない。
真希はセットの中の光景から目を逸らした。
何で、こんなに胸が痛いのだろう。
おかしい。今までこんなことなかったのに。
瞬の芝居を、こんな妙な気分で見ることなんてなかった。
妙な気分て何だ。
真希は心の中で自分にツッコんだ。
「昨日、変な物食べたかな?」
この胸のムカムカはきっと、胃の調子が悪いせいだ。決して今、瞬が女とキスをしているのを見ているからではない。
ましてや、瞬にキスをされたからではない。
決してない……はずだ。
六つも年下の男に振り回される私じゃない。
真希はよろよろとした足取りで、そっとスタジオの外へ出た。
そのまま自動販売機のある場所まで歩く。
何か飲んで落ち着きたかった。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
次回投稿は、2月21日15時とさせていただきます。
以降残り、六話。毎週木曜日15時更新と致します。
予めご了承のほどお願い申し上げます。
残り六話。
お付き合いいただければ幸いです。
それでは、次話でお会いしましょう。