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看病はドキドキの嵐

皆様、風邪にご注意を。

 デートの約束をしていたこの日のお昼頃、慎也さんから電話があった。


『ゴホッ……ごめん。風邪引いたみたいだ。今日のデート、また今度にして……ゴホッゴホッ』


 すごく咳き込んでいて、声も少し鼻声だ。


「大丈夫ですか? 病院行きました?」

『ああ。薬も飲んだし、寝ていれば治るから』

「今から看病しに行きます!」


 意気込んで言えば、即答で『駄目』と断られてしまった。


『とにかく、ごめん』


 謝罪の言葉のあと、すぐに電話は切れてしまった。


 わたしは受話器を見つめてニヤリと笑った。

 甘いですよ、慎也さん。それで諦めるとでも思ってるんですか? わたしはやると決めたらやる女ですよ!

 それから意気揚々と出かける準備をし、家を出た。







 いろいろと寄り道をして、ようやく彼の家に着いた。合鍵を使ってこっそり入る。抜き足、差し足、忍び足~。泥棒ってこんな気分なのかな?


 買い込んだ冷蔵品を冷蔵庫にしまい、そぉっと寝室に侵入した。ベッドに近付けば、汗をかいて少々呼吸の乱れた慎也さんが眠っていた。

 うわぁ、風邪のときでもフェロモンは健在。むしろ弱っているときのほうが増大しているかも。


 枕元まで接近してみる。ううっ、眩しい。

 寝乱れて、はだけたパジャマから覗く首筋から鎖骨にかけてがエロッ。うっすら汗ばんでいてなんか変な気分になりそうだ。ヤバい。わたしって実は変態なのかもしれない。


 こんな慎也さん二度と見られないかもと思って、かばんから携帯を出して写メ撮りましょう。待ち受けにすれば悩殺ものですね。


 チロリ~ン。


 その音で彼が身動ぎした。マズイ、起こしちゃったかも。

 案の定うっすらと目を開けて、ぼんやりとわたしを見た。


「ラナ……?」


 怒られる! と思ったら、腕を掴まれてベッドに引きずり込まれた。


「ししし慎也さんっ! ななな何ですかっ!」


 パニックになりながら彼が病人なことを忘れて叫べば、ギュッと抱き締められる。また翻弄されてしまうのかと思ったけど、予想に反して彼は寝息をたてて眠ってしまった。

 安心したような、でも少しガッカリしたような、複雑な気分です。今日のわたし、いろいろおかしいかもしれない。頭のネジが二、三本吹っ飛んでいるのかも。


 熱のせいか、慎也さんの身体はすごく熱い。しかもすごく汗をかいている。じとっとしていてあまりいい気分ではないね。『彼の温もりが幸せ』と言いたいところだけど。

 完全に抱き枕状態。しかも病人なのに彼のわたしを抱き込む腕の力は普段以上かも。当然抜け出せない。これじゃあ看病できないではないか。どうしようか……。


 ふと寝返りをうって彼が腕を緩めた。その瞬間に無事脱出。でもぽっかり空いた部分が寂しそうだったので、リビングからクッションを持って来て、彼の腕のところに置いた。するとぎゅぅっとそのクッションを抱き締めた。

 ……やだ、すっごくカワイイんですけど。すかさず写メ。今度は起こさずに済んだ。でもちょっとクッションにジェラシー。おい、クッションよ。お前は単なるわたしの身代わりなんだよ。調子乗るなよ!


 おっと、いけない。ずっと彼の観察をしていたいところだが、そうもいかない。病人食といえばそう、お粥。作りましょう! いざ、キッチンへ!







 さて、何とかお粥が完成。寝室へ持って行き、彼に声をかけた。


「慎也さん、お粥できましたよ。起きてください」


 するとゆっくりと目を開けた彼はわたしを見て、少し眉をひそめた。


「何で居るの……。来るなって言ったのに……」


 やっぱりさっきのハグの記憶はないのか。ちぇっ。


「『来るな』って言われたら来たくなりますよ。心配なんです」

「風邪がうつる……」

「わたし馬鹿なんで大丈夫です!」


 自信満々に言い切った。まだ不満そうな彼を無理矢理引っ張って起こし、ベッドのそばにお粥を置く。茶碗によそい、レンゲですくった。


「慎也さん。はい、あーんしてください」


 過去に自分もしてもらったことの再現です。目茶苦茶恥ずかしかったけど、彼がそばにいるってだけですごく元気になれたもん。だから彼にもわたしのパワーを分けてあげたい。

 彼はレンゲを凝視し、恐る恐る口を開けた。なんかイラッ。そんなおっかない代物、病人に出すわけないじゃないか! ちゃんと味見したし。失礼な。しばし無言でモグモグと口を動かした。ゴクリと飲み込み、一言。


「……味気ない」


 仕方ないじゃないですか。ただの白粥なんですから。雑炊のほうがよかったですかね? 失敗したかも。


「じゃあこれでどうですか?」


 出したのは漬物と塩昆布。これなら塩気があって味気ないお粥をおいしく食べられるでしょう。

 予想通り塩気効果でお粥を完食。食欲があっていいことだ。その後、薬を飲んで食事は終了。


「さ、食事も済んだところで着替えてください。汗かいたままじゃ余計悪化しますから。身体拭きましょう」


 準備しようと立ち上がれば、なぜか彼も立ち上がろうとする。


「寝ていて大丈夫ですよ。洗面器にお湯入れてきますから」

「いや、……シャワー浴びるから」


 はぁ!? 何言っちゃってるんですかっ。


「そんなフラフラでシャワーなんて浴びたら余計に悪化しますから、絶対に駄目ですよっ!」

「平気だから」

「ぜーったいに駄目ですっ。大人しくしててくださいよ」

「嫌だ。絶対にシャワー浴びる」


 子供かっ! 駄々っ子かっ! 

 若干イラッとして、まだベッドの上に座っている彼を見下ろす。


「困らせないでくださいよ。わたしがちゃんと全身きれいに拭いてあげますから」


 わたしの言葉に彼は熱で潤んだ目で見上げてきた。


「全身……本当に?」


 そう言った後に視線を下ろすので、つられてわたしも視線を追う。すると彼の下半身が目に入る。その瞬間、全身が真っ赤に染まった。


「ああああの、その、つまり……」

「つまり?」


 くっそー、そこまで考えてなかったよ。慎也さんは病人でもやっぱり意地悪だ。


「ラナには無理でしょ。だからシャワー浴びる」


 しつこい。もう開き直ってやるっ。


「いいいいいですよ。そこもどこもかしこもきっれーに拭きますよ。ええ、拭かせていただきますとも。だからシャワーは絶対禁止ですからっ!」


 半ばやけくそになって言えば、ようやく観念したみたい。洗面器にお湯を入れてこぼれないように慎重に寝室へ運ぶ。タオルを濡らし、固く絞って準備完了。でも超緊張!


「さっ、上から拭きますよ。脱いでください」


 彼は渋々上のパジャマを脱いだ。タオルを手にわたしもベッドに上がった。背中から首筋、胸板からお腹、肩から腕、脇をきれいに拭いていく。

 ち、近い。当たり前なんだけどさ。しかもじっと見つめられるものだから心臓壊れそうだよ。そして次は下……なんだけど、緊張しまくり。少し震える手でパジャマのズボンに手をかけようとしたら、それを掴まれる。


「無理しなくてもいい。下は自分で拭くから、その間にベッドのシーツ替えてくれる?」


 わたしの手からタオルを奪い取り、よろよろと立ち上がった。わたしは彼の方を見ないようにしてシーツを取り換える。サラサラのシーツに寝っころがってうとうとしたいなぁ……ってわたしが寝ちゃ駄目だろ!


 着替えた彼がベッドに入る。なぜか掛布団を少しはがしてベッドをポンポンと叩いた。不思議に思っていると手招きされる。わたしもベッドに入れってこと?

 彼の隣に潜り込めば、ぎゅっと抱きしめられる。


「あ、あの、慎也さん??」

「……添い寝して?」


 そう言って彼は目を閉じて、すぐに寝息を立て始める。

 今日の慎也さんは甘えんぼさんだなぁ。普段よりも高めの温もりに包まれながらわたしも目を閉じた。

 






 目を覚ますと外はすでに真っ暗だった。予想以上に自分の寝汗がひどい。

 その不快感を抱きながら視線を移せば、隣はもぬけの殻。ヤバイ、のん気に寝ている場合じゃないだろうが! 慌てて飛び起きる。

 寝室のドアを勢いよく開ければ、濡れた髪をタオルでガシガシと拭いている慎也さんがいた。


「なんでお風呂なんて入ってるんですかっ。駄目じゃないですかっ」


 強い口調で言えば、しれっとした言葉が返ってきた。


「もう熱は下がった」

「……本当に?」

「本当。だからもう平気。心配かけたね」


 それならいいんですけどね。むむっ、なんだか鼻がムズムズ……。


「くしゅん!」


 マズイ。悪寒がしてきた。馬鹿のくせに風邪引いた? 身体もだるいぞ。


 彼は足早に近づいてきたと思ったら、わたしをひょいと持ち上げて、ベッドに直行。横たわらされて掛布団を顔の半分ぐらいが隠れるまで掛けられる。わたしを見下ろす表情は苦い顔。


「だから来させたくなかったのに……」


 ううっ、だって大丈夫だと思ったんですよ。


「馬鹿とか馬鹿じゃないとかは関係ないの」

「ごめんなさい。でも慎也さんがしんどいときはそばにいたかったんです」


 小声でそう言えば、小さなため息の後にわたしの頭を撫でる大きな手。


「……でも、正直言って嬉しかった。ありがとう。今度は俺が看病するから」


 彼の微笑にキュンとして、風邪を引くのも悪くないかな……なんて思ったのは秘密だ。






 せっかく甘い余韻に浸っていたのに、次にかけられた言葉にそんなものは吹っ飛んだ。


「とりあえず、身体を拭こうか。脱いで? 全身綺麗に拭いてあげる」


 ニヤリと笑った彼の顔は、ついさっきまで病人だったとは思えないほど、いつも通りの意地悪さだった。


「い、イヤです」

「汗かいたでしょう? そのままだと余計に悪化する。そう俺に言ったよね?」

「じ、自分で……」

「病人は素直に甘えてなさい」


 それから有無をも言わせずに……。ああ、やっぱり健康が一番かも。心臓に悪い。


 この日はお互い病人と半病人なので早めにおやすみなさい。でも、ち、近いです。


「そんなにくっつかないでください。またぶり返しますよ?」

「平気。俺から移った風邪なら免疫あるし。暖かくしなきゃね」


 そう言って彼は今日もわたしをギュッと抱き締めながら眠りましたとさ。

 抱き枕状態のわたしはというと、徐々に上がる熱と今さらながらの彼の寝顔に胸の鼓動が止まらなくなってのぼせていたのでした。


 ああ、明日病院行こう……。




鮫島の微笑みでキュンとしたところで終わるはずだったのに……。

ついつい指が動いてしまいました(汗)

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