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ウエディングブーケをあなたから

お久しぶりです。

時期ものです。

そしてあの二人のなれ初めの話。

「そういえば、みちると菊池くんってどんな風に出会ったか、聞いたことないね」


 人生初の彼氏ができて、ただ今絶賛色ボケ中の親友・ラナがこんなことを言い出した。

 恋愛初心者であるこの子は自分と真逆の、経験豊富な彼氏の一挙一動に振り回されている。そんな彼氏に一泡吹かせようと、真正面からぶつかってはよく返り討ちに遭っている。


 わたしはそんなラナが少し羨ましい。恋愛に対しても真っ直ぐで純粋なこの子が。

 わたしはラナとは違い、人並み以上の恋愛はしてきたと思う。でもあくまで経験値だけ。恋愛の質で比べたら、ラナには到底及ばない。

 これまで付き合ったのは、年上でわたしを甘やかす男だった。付き合っているときはそれなりに楽しい。でも駄目だった。手を繋いでも、キスをしても、愛の言葉を囁かれても、身体を重ねても、心が震えないのだ。付き合う人間が変わってもそれは同じだった。


 ただ、唯一の例外がアイツだった。わたしより四歳も年下。まだ未成年の大学生だ。これまで年下と付き合うなんて、ましてや未成年なんて考えられなかった。


 その恋愛過程を親友に言えないでいたのには理由がある。

 あれは想定外だった。今考えると、どうしてあんなヤツにあっさり陥落してしまったのか。できることならあのときの自分に説教してやりたい。

 

 アイツ、菊池悠真との出会いは、とあるカップルによってもたらされたのだ。








 わたしはブライダル系専門学校を卒業し、今の職場に勤務し始めた。先輩の下でアシスタントを二年つとめて、ようやく一人で担当を持たせてもらえるようになった。

 そして初めて一人で担当したカップルの新婦・菊池霞さんの弟がヤツだった。


 初めて会ったのは結婚式の準備も進んできた頃、衣装合わせのときだった。親に無理矢理連れてこられたのだろう。王子様系統の顔に『ひどくつまらない』という表情を浮かべて、衣装を選ぶ姉を眺めていた。


 ああ、退屈なのね。興味がないなら当然か。それに女性はこういうことが苦にならないけど、男性は適性が必要よね。

 一応、一声かけておく。


「退屈、ですか?」


 わたしに話しかけられて、ヤツはひどく驚いたようだった。


「ええ。まぁ……」

「でも衣装合わせに付き合っていらっしゃるなんて、仲がよろしいのですね」


 ニッコリ微笑んで軽く会釈した。もちろんこれは単なるお客さまへの気づかいだった。新婦の身内もお客さまだ。

 とても退屈そうだったから、次からはもう来ないだろうと思っていた。


 しかしこの日を境に、ヤツは頻繁に姉について来た。用事もないのに、だ。新郎、新婦、そしてヤツ。はっきり言って邪魔だった。

 どんなときでもついて来るものだから、おのずと顔を合わせる機会が増えた。でも話すことはほとんどない。ただ、ずっと新郎新婦との打ち合わせに同席して黙っているだけだった。

 ヤツが来なかった日には、なぜかヤツの姉である霞さんから質問攻めにあった。


「三田さんはお付き合いされている方はいらっしゃるんですか?」

「いいえ。仕事が忙しくて、なかなか長続きしないのです。相手も仕事が多忙で休みも合いませんし……。わたしも霞さんみたいにいい人が現れるといいのですけど」


 お世辞ではなく本当にそう思う。霞さんと新郎の河野さんはとても似合いのカップルだった。お互いを信頼し、大切にしているのが自然に伝わってくる。理想のカップルだった。


「ちなみにタイプとかって聞いても?」

「……そうですね。心が震える人、ですかね」

「心が震える?」

「ええ。わたし実のところ、心揺さぶられるような恋愛ってしたことがなくて……。付き合っても、ただ一緒にいるだけの人、という感じで……」


 ちょっと余計なこと話し過ぎたかしら? いけない、相手はお客さん。

 今のわたしに恋愛など必要ない。今は自分の恋だの愛だのよりは、他人の幸せのお手伝いをする方が楽しいし、幸せを感じる。とてもやりがいのある仕事だ。


 しかし式まであと二週間を切ったある日、事件は起きた。霞さんが急に式を取りやめたい、と言い出したのだ。とはいえ二人の間に何か問題があったわけではない。俗にいうマリッジブルーだ。


「嫌よ。やっぱり結婚、やめる」

「霞! 馬鹿なことを言うんじゃない! 式は二週間後だぞ!」

「馬鹿なこと? 苗字変わるのよ? 生活変わるのよ? 人生変わるのよ? それのどこが馬鹿なことだっていうのよ!!」


 二人の激しい口論にヤツと二人、ただただ呆然としていた。

 何ということだ。初めて一人で担当した仕事が今、崖っぷちだ。でもこのまま傍観なんてしていたら駄目だ。


「お二方とも、どうか落ち着いてください!」


 二人の間に割って入る。興奮して手がつけられない霞さんを別室に連れて行く。椅子に座らせてお茶を出す。


「霞さん、不安……ですよね?」


 霞さんはお茶を飲んで少しだけ落ち着いたようだった。わたしの問いにこくりと頷く。


「わたしはこの式場に勤めて二年が経ちます。その間、たくさんのカップルを見てきました。喜びに満ち溢れている方もいらっしゃいますし、霞さんのように不安がられている方もいらっしゃいます。でも思い出してください。二人で結婚しようと思ったときのことを。どう思いましたか?」


 霞さんは少し考えて、ぽつり、ぽつりと話し出した。


「……嬉しかった。この人と家族になるんだって……。両親のように、温かい家庭を作りたいって…。ずっと一生を共に過ごしたいって思ったの……」


 わたしはその言葉を聞いて、ニッコリ微笑んだ。


「そうです。その思いがあれば、大丈夫です」


 すると霞さんはようやく笑ってくれた。

 「河野さんを呼んできますね」と一声かけて、わたしは部屋を出た。するとそこにはヤツがいた。どうやら立ち聞きしていたようだ。

 会釈して河野さんを探しに行くために歩いていくと、ヤツはわたしの後をついて来る。しばらく放っておくと「三田さん」と声をかけられた。


「どうかしましたか?」


 ニッコリ営業スマイルだ。忙しいから話があるなら早くしてほしい。


「どうして、そんなに熱心なんですか? お客だから、ですか?」


 一体何を言い出すのだ。そりゃお客だし、式がキャンセルになったらうちは大赤字だ。


「確かにそれはあります。でも、多分ただの自己満足なんです」

「自己満足?」

「ええ。自分の恋愛がうまくいかないから、お客様の幸せそうな姿を自分と重ね合わせているのかもしれません。自分の恋愛に望みがないから、ここに見えるお客様の幸せをお手伝いすることで満足しようとしているんです」


 わたし、コイツに何を言っているんだろう。とにかく今は河野さんだ。ヤツに一礼してその場を離れようとする。

 すると再び「三田さん!」と呼び止められた。いい加減にしろよ、と内心青筋を立てながらも表面上は微笑み、振り返る。するとヤツは驚くほど綺麗な顔でわたしに笑いかけた。


「姉を説得してくれて、ありがとうございます」 


 不覚にもその笑みにほんの一瞬だけ見惚れてしまった。でもすぐ一礼をして、今度こそ河野さんを探しに行った。ヤツは今度はわたしを呼び止めることはしなかった。

 この後、仲直りした二人に安堵する。独り立ち最初のプランニングにケチがついては堪らない。絶対に成功させてみせる。








 結婚式当日。雲一つない青空。大安吉日。河野家・菊池家の結婚式が始まる。

 純白のウエディングドレスに身を包み、微笑む霞さんはとても綺麗だった。控室で、霞さんに声をかけられた。


「三田さん。今日という日を無事迎えられたのは三田さんのおかげです。三田さんが担当じゃなかったらわたしたち、きっと……」

「その先は言わないでください。今日を無事迎えられたのは、お二人の絆が強いからですよ」


 完全に照れ隠しだ。面と向かって褒められることに慣れていない。でも、嬉しい。一人前にはまだまだかもしれないけど、わたしは今日という日を生涯忘れないだろう。今日はわたしのプランナー人生の第二のスタートなのだ。


 バージンロードを歩く霞さんを教会の隅で眺める。仕事はまだまだこれからというのに、満足感でいっぱいだ。


 何の問題もなく式は進んでいく。式の参列者は教会の外で新郎新婦をフラワーシャワーで祝う。

 そしてブーケトスだ。霞さんがブーケを投げた。ブーケめがけて手を伸ばす女性たち。その合間から長い手が出て、空中に舞うブーケをキャッチした。その人物は……ヤツだった。その光景に唖然とする。

 おい、お前が取るなよ! 

 案の定女性からはブーイングが起き……そうになるのを、ヤツはお得意の王子様スマイルで黙らせた。


 ちょっとした誤算(?)があったものの、披露宴も無事に進んだ。全てが終わり、新郎新婦をお見送りする。


「本日は本当に素晴らしいお式でした。お二方の式に携わることができたこと、光栄に思います」


 そう言って頭を下げる。すると夫婦となった二人は互いの顔を見合わせて笑みを浮かべる。


「三田さんじゃなかったら、あの日、霞を説得できなかったかもしれない。三田さんに担当していただいて、本当に良かった」

「ええ。三田さん、ありがとうございます」


 ……ヤバイ。泣きそう。でももう少し我慢だ。気を引き締める。


「至らない点がありましたが、そう言っていただいて嬉しいです。こちらこそありがとうございました。そして、おめでとうございます。末永く、お幸せに」


 手を繋ぎ、ともに歩いていく幸せな二人を頭を下げて見送った。









 今日の仕事はほとんど終了。あとは片付けだ。誰もいないテラスを歩いていると、そこにはヤツがいた。

 まだ帰ってなかったのか……。もう誰もいないのに。でもコイツと顔を合わせるのは今日で最後だ。もう少し、我慢。

 わたしの姿を見つけたヤツは、近づいてきた。


「まだいらっしゃったんですか? もう皆様お帰りになられましたよ?」

「三田さんにお礼が言いたくて」


 お礼……?


「姉は我儘で、きっと大変だったでしょう。本当にありがとうございました」


 頭を下げるヤツ。意外に律儀な子ね。ちょっとだけ見直した。


「いいえ。こんな素敵なお式に携わることができてわたしも幸せです」


 ニコッと微笑む。するとヤツは隠していた後ろ手からブーケを取り出した。


「これ、三田さんに」

「わたしに?」


 ……どういうこと?


「三田さんに渡したくて、頑張って取ったんです」


 どう解釈すればいいのだろう。感謝の気持ち? それでブーケはないか。早く結婚しろ? 余計なお世話だよ!


 とりあえず「ありがとうございます」と言って受け取る。と、突然ブーケを手にした腕を引っ張られ、ヤツの胸にダイブした。そして力強く抱きこまれた。瞬時に戸惑いの声を上げる。


「あ、あの……」

「好きです」


 わたしは固まった。一体何を言っているのだ。

 ヤツは小さな声で呟いた。


「初めて会ったときから、……好きです」


 それは困る。気持ちは嬉しいが、わたしは年下は駄目だ。まして未成年など考えられない。


「あの、困りま……」


 断りの文句を口にしようとしたら、突然唇を奪われた。息をする暇がないほどに激しい口づけだ。一度離したヤツはわたしの顔を覗き込んでこう言った。


「悪いですが断りの言葉は聞きません。諦めてください。代わりにあなただけの幸せを僕があげますから」


 そして再びわたしの唇を激しく貪る。抵抗できずにわたしはヤツにされるがままだ。ブーケが手からすべり落ちていく。それと同じようにわたしはヤツに堕ちてしまった。

 身体をあずけて、そのキスに酔った。わたしを強く抱きしめるこの腕が、わたしを見下ろすその瞳が、愛を囁くその声が、そしてわたしを蕩けさせるその唇、すべてに心が震えた。こんな経験は初めてだった。しばらく互いに本能のままに唇を重ね続けた。


 想定外の出来事。そしてあっさり陥落。このわたしがこんなヤツに落ちるなんて、一生の不覚。

 さらに不覚だったことがある。何とヤツがわたしに好意を持っていることを知らなかったのは、わたしだけだったのだ。


「あんなにあからさまだったのに、三田さん全然気づかないんだもん。彼がかわいそうだったわ」


 後日、同僚からそんなことを聞いた。ヤツが用事もないのに打ち合わせに同行したのはわたしに会いたいがためだったらしい。打ち合わせの間、ヤツはじーっとわたしを見つめていたらしいが、全く気がつかなかった。そして霞さんの質問攻めも、どうやら弟のことを思ってのことらしい。後日「付き合い始めたんですってね。おめでとう」などというお祝いの言葉をいただいてしまった。

 







「本当にあれは一生の汚点だわ。ぜーんぶ、あんたのせいよ」

「えーっ、みちるちゃんひどいよぉ~」


 ラナの追及を上手くかわし、帰宅した。就職を機に親元から離れて一人暮らしを始めたこのアパートに、ヤツは頻繁に入り浸っている。


「ひどくない。あんたなんて詐欺師よ。将来、結婚詐欺師になれるわ」


 コイツは詐欺師。付き合い始めるまでは王子様系統のクールな少年、というイメージだった。けれどコイツの本性は脳みそお花畑な、ただの馬鹿だった。


「詐欺師なんてひどい! それに僕が結婚するのはみちるちゃんだけなんだもん!」

「何が『なんだもん』よ。全然かわいくないのよ! 帰れ! 未成年!」


 そう怒鳴るとヤツはわたしの腕を引いて床に倒し、その上にのしかかって来た。見下ろすその目はさっきの馬鹿とはまるで違う、野獣のような目だった。


「そんなこと言うみちるちゃんには、お仕置きしちゃうよ?」


 そしてヤツは、なお怒鳴ろうとするわたしの口を塞いだ。わたしの言葉はヤツの唇にのみ込まれる。

 一生の不覚。あんなキス一つにあっさり陥落し、こんな馬鹿に捕まった自分。そしてこいつに抵抗できなくなるぐらい溺れてしまった自分。

 でもそれはとても甘くて、心震えるわたしだけの幸せな日常。  







なんだかんだ言って幸せな二人でした。

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