強がりの恋 その9
沙羅視点に戻ります
二話連続投稿です
あのストーカー事件から二ヶ月ほど経った頃、妊娠していることが判明した。
母はわたしが一年待てないから既成事実を作ったのかと呆れていたが、とても嬉しそうだった。
対する父は「そうか……」と一言言っただけだったが、とても寂しそうな雰囲気だった。
こっそり妹のラナに「お前は順番を守ってくれ」と言ったのも聞いてしまった。
隼人くんに妊娠したことを告げたとき、彼はわたしを苦しいぐらいに抱きしめて、目を潤ませていた。
「沙羅さん、ありがとう。僕に家族を与えてくれて、……ありがとう」
彼のご両親は、彼が高校生の頃に事故で亡くなっていた。彼の親類は海外に住むお姉さんだけ。そのお姉さんともずっと離れて暮らしていたせいか、彼は自分の家族を持つことに人一倍憧れていた。
身体を少し離すと、わたしを見下ろして彼は言った。
「順番は少し違ったけど――――沙羅さん、僕の家族になってください」
そのプロポーズに、わたしは涙を流しながら返事をした。
「はい。隼人くんとこの子と、温かい家庭を作ろうね」
わたしの返事に隼人くんは目を真っ赤にしながら微笑んだ。そしていつもよりもとても優しいキスをくれたのだった。
結婚が決まると、隼人くんから知らせを聞き、彼のお姉さんが帰国した。初めての顔合わせに緊張もしたが、彼より歳も近いせいかすぐに打ち解けた。親類が少ないことを気にしていたようだが、盛大な式を挙げるつもりはないと伝えると安堵したようだった。
結婚するって、家族が増えるってことなんだな……。それをこのときに実感したのだった。
わたし達の結婚にあたり、最難関の障害は母方の祖父だった。初孫であるわたしへの当たりは強い。父にあれだけ反対されたのだ。祖父なんて猛反対するだろうし、了承を待っていたら出産してしまう。
そこで考えたのは情に訴えること。生まれてくる子は祖父にとって初の曾孫だ。絶対会いたいだろうから、それを盾にしよう。
しかし万が一のことを考え、弱みを探ることにした。早坂さんに依頼したところ、あっさりと調べてくれた。
昔、京都に芸者の愛人がいたそうだ。今も続いているかは知らないが、婿養子である祖父にとって、たとえ過去でも触れられたくないものだろう。
結局、初曾孫作戦であっさり認めてもらった。少し拍子抜けだわ。
結婚式は身内とごく親しい人だけを呼んだ、とても小ぢんまりとしたものだった。でもアットホームで、温かく、思い出に残る式だった。
そうそう、早坂さんも式に参列してくれた。
次にプライベートで会ったときに本名を教えてくれるって言ったのに、まだ教えてもらっていない。「当ててみてください」なんて言われたけど、絶対無理よね。今度聞き出さなきゃ。
でも彼女、ラナと仲良さそうに話していたわ。二人、知り合いなのかしら?
それから数か月後。病院から家に帰って来た。
わたしの腕の中には小さな命。それを微笑ましく眺める。
チャイムを鳴らすと出迎えてくれた父と母。
「ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
リビングに置いてあるベビーベッドに寝かせて、その寝顔を眺めていると頬が緩む。
母が入れてくれたお茶を飲もうとソファーに腰かけると、乱暴にドアが開き、ドタバタと駆け寄って来たのは愛しの旦那さま。
「沙羅さん!」
「隼人くん。ただいま」
「ただいま、じゃないよ。病院へ迎えに行ったのに『もう帰った』って言われたから」
ちょっと怒った口調の隼人くん。最近、本当に過保護だわ。
「心配し過ぎよ。タクシーで帰るから、迎えはいいって言ったでしょ。お仕事は?」
「抜けてきた。管理官の目を盗んできたから、バレたらまずいけど」
呆れてしまったけど、それでもやっぱり嬉しい。ソファーから立ち上がり、彼の手を引いてベビーベッドの前で立ち止まる。
「見て。よく眠っているわ」
隼人くんの顔も自然と穏やかになる。
「かわいい。沙羅さんに似るといいな」
「あら、わたしは隼人くんに似てほしいわ。隼人くんに似て、優しい子になってもらいたいもの」
今から親バカになりそうだわ。そんなわたしたちをそばで見ていた母がからかってきた。
「いやぁね。わたしたちの前でイチャイチャしちゃって。自分たちの部屋でしなさいよ」
わたしたち夫婦は両親と同居している。
はじめは別のところに暮らそうかと思ったけど、意外にも両親との同居を勧めたのは隼人くんだった。
「僕の仕事は不規則でいつ呼び出されるかわからない。だから家で沙羅さんを一人きりにさせるのは不安なんだ。それに沙羅さんもご両親が一緒の方が安心でしょう?」
隼人くんの提案は正直言って嬉しかった。初めてのことだらけで不安だったし、出産後も仕事を続けるつもりだったから。母にこの子のことをお願いできるのはとても助かる。
「でもいいの? 隼人くん、気をつかうんじゃない?」
そう訊くと隼人くんは首を横に振り、否定した。
「前にも言ったけど、沙羅さんのご両親は僕にとっても大切な親だから。自分が親孝行できなかった分もお義父さんとお義母さんを大事にしたいんだ」
その言葉にまた彼を大好きになった。わたし、本当にいい人に巡り合えたな。
愛しの我が子を夫婦二人で眺めていると、父が咳ばらいをした。二人揃って父を見ると、父はリビングの掛け時計に視線を向けた。つられるように時計を見ると、思っていた以上に時間が経過していた。
「マズイ、そろそろ戻らないと管理官にバレる!」
焦った彼を玄関で見送る。
「気をつけてね」
そう声をかけると彼は嬉しそうにわたしに顔を近づけて、チュッと額に口づけた。
「行ってきます、愛しの沙羅さん」
彼らしくない言葉に、全身が真っ赤に染まる。
「……いってらっしゃい、愛しの隼人くん」
その言葉に彼は「仕事行きたくないな……」と呟きながら出かけて行った。
今日から新たな生活の始まり。
優しい両親、かわいい我が子、そして大好きな彼がいる。それだけでわたしのこれからは幸せで満ち溢れるだろう。そんな未来しか思い浮かばない。
リビングから我が子の泣き声が聞こえる。
「ああ、そろそろミルクの時間かしら?」
足取り軽く、わたしはリビングへ向かったのだった。
これにて沙羅編、完結。




