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強がりの恋 その6

ちょっとだけ背景が明らかに

 ストーカーの件が片付いた次の日、わたしはいつものように出社した。

 同じように出社していた早坂さんと顔を合わせると、彼女はとびきりの笑顔で挨拶をしてきた。彼女に対してまだ少し恐怖があったものの、会社だからと平静に対応した。


 無事一日を終えたわたしは、帰り際に彼女につかまった。こんな日に限って早めに仕事が終わってしまったのだ。遅ければ、それを理由に断ることもできたのに。

 引きずられるように連れて行かれた居酒屋の個室に、なぜか隼人くんが待っていた。

 驚いていると、彼女は少し悲しそうに言った。


「わたしと二人きりだと怯えられますから、的場も呼びました。その方がこちらも説明の手間が省けますし」


 ごめんなさい。怯えてしまうのは条件反射なんです。


 それから今回の件のすべてを聞かされた。

 隼人くんに被害を打ち明けた後、彼が留美から話を聞き、早坂さんにわたしの周辺調査を頼んだことから始まる。


「留美さんは沙羅さんの元彼が犯人だと断言していたから、とりあえずその男の調査からすることにしたんだ」

「的場から依頼され、岩隈樹を調べました。彼は学生時代にも、交際していた女性に別れた後つきまとい行為をしていた事実がすぐに見つかりました。それから係長と二股かけていたときの女性にもストーカー行為をしていたみたいで、警察から何度も警告を受けていました。しばらく張り付いて、岩隈の行動パターンを探りました。その過程で係長を尾行していたのも確認しています」


 樹が過去にもストーカーまがいなことをしていたのは初耳だった。そんな人だったなんて思いもしなかった。わたしが別れたときにストーキングされなかったのは、不幸中の幸いだったのね……。


 彼女はさらに続けた。


「ああいうタイプは、警察に警告してもらっても効果がないんです。自分の行為が相手を苦しめていると気づいていないんですから。自己陶酔型って言うんですかね? だから“人のふり見てわがふり直せ”作戦で行くことに決めました」

「“人のふり見てわがふり直せ”作戦?」


 その言葉の意味をしばし考える。そして気づいた。


「あ、だから早坂さんは樹のストーカーのふりをしたの!?」

「はい、そうです。あんな奴のストーカーなんて、ふりでも嫌だったんですけど。過去の傾向からもストーキング中は一人に執着するタイプだったんで、どれだけわたしが美人でも嫌悪感しか抱かないと確信しましたから。その通り、うまくいきましたし」


 ようやく彼女の行動の真意がわかって安心した。あの狂気は演技だったようだ。


「でも、本気で怖かったわ」


 ぽつりと呟くと、隼人くんは苦笑いした。


「さすがですね、先輩は」

「褒め言葉としていただいておく」

「でも、もしあれで樹が引かなかったらどうするつもりだったの?」


 すると彼女はわたしをじっと見つめた後、ニコッと笑いかけてきた。


「聞きたいですか?」


 その笑顔が妙に迫力があって、それ以上訊くのはやめた。やっぱり少し怖い。

 さらに疑問が湧いたので、尋ねてみた。


「じゃあストーカーに遭ったって言うのは、わたしの警戒を解くための嘘?」

「素晴らしい演技力でしょう?」


 あれ、演技だったんだ……。女優なんかより上手いかもしれない。


「じゃあ、指輪は?」

「一応、彼氏からの貢物です」


 彼氏、ちゃんといるんだ。これだけ美人だもの。いないわけないか。隼人くんとのこと、誤解して悪かったかしら。


 それから彼女は話をすり替えるように、かばんから封筒を取り出して隼人くんに手渡した。

 その中身を見て、彼は顔色を変えた。


「え……、何これ!」

「請求書」

「先輩後輩のよしみで、“夕飯・酒・デザート付き”で手を打ったでしょう?」

「それは身辺調査費。だいたいさ、ご飯だけでわざわざ会社に潜入なんてできると思ったの? 早々にわたし一人じゃ手におえないと判断して、事務所に報告したから。的場言ったよね? 『全部先輩に一任する』って。特別価格だよ? 相場よりお安いんだから」


 隼人くんはもう一度請求書を見て肩を落とし、大きなため息をついた。


「……分割払いで」

「毎度あり~!」


 彼のあまりの落ち込み様に申し訳なくて「自分で払う」と申し出たが、隼人くんは頷かなかった。


「駄目だよ、沙羅さん。これは僕の代わりに沙羅さんを守ってもらった対価なんだから。当然、僕が払わなきゃいけない」

「でも……」 

「これは僕が払う。いいね?」


 仕方なく、わたしは引き下がった。

 ここで早坂さんがわたしに言った。


「と、いうことでわたしはお役ご免なので、会社も来週いっぱいで辞めます」

「え、そうなの?」

「はい。もともとそういう契約でしたし。他の案件も持っているんで」

「……寂しくなるわね」


 少し落ち込んだ。怖かったとはいえ、なんだかんだいって彼女に救われたんだから。それに彼女は仕事が早いから、もっと一緒に仕事をしたかったわ。

 そう言うわたしに、隼人くんは笑った。


「プライベートで会えばいいよ。……あ、それから先輩。いつまで沙羅さんに偽名使ってるの」

「え、偽名? “早坂さん”じゃないの?」


 目を見開いて彼女を見ると、申し訳なさそうに首をすくめた。


「すみません。まだ一週間会社があるんで、それまでは“早坂いずみ”で通したいんです」


 確かにここで本名を知ってしまえば、うっかり本名で呼んでしまいそうだ。

 探偵業界では、偽名を使うのが普通なのかしら。そもそも偽名を使う人間を雇うなんて、うちの会社詰めが甘いわ。


「だから次にプライベートで会ったときまで、秘密ということで」


 そう言った彼女に頷いて同意を示す。


 話にきりが付いたところで、お手洗いに立った。

 戻ってくると、何やら二人の間の空気が重い。早坂さんは普段と変わりないのに、隼人くんは妙に不機嫌そうだった。


「……どうかした?」

「なんでもないですよ~。じゃあ、お邪魔虫は退散しますね」


 そう言いながら、彼女は立ち上がった。財布から一万円札を取出し、テーブルの上に置いた。


「いいわよ。これはしまって」

「いえいえ。これは解決祝いってことで、使ってください」


 ニコニコ顔でそう言われてしまった。彼女のあまりの頑なな態度に、ここはありがたくいただいておくことにする。


 彼女は去り際、ずっと無言の彼に真顔で言った。


「的場、あんたは係長のことだけ考えてなさい。余計な真似はしないことね」


 ヒヤリとした。二人の間に漂うものが、さっきまでとは比べ物にならないほど冷たい。

 彼は彼女の言葉に何の反応も示さなかった。彼女はため息をついて、わたしに一礼して帰って行った。


「ねぇ、どうしたの?」

「……ごめん。なんでもないんだ」

「嘘。眉間に皺、寄ってる」


 その皺を指で突くと、彼が手で額を覆い隠した。

 問い詰めたいけど、どうやらわたしに言う気はなさそうだ。

 後日ちゃんと訊こうと決めて、気を取り直して彼に言いたかったことを伝えた。


「実はね、ストーカーのことを言ったあの日……隼人くんが早坂さんと食事している姿、偶然見ちゃったの」


 彼の顔がさっきまでの不機嫌さから、驚きに変わった。


「今なら、それはわたしの調査の依頼だってわかるの。でもそのときは違った。『わたしと会うよりもその人の方が大切なの?』って嫉妬したの。真っ黒な感情に流されたの。酷い女でしょう?」


 隼人くんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん。不安にさせて。身辺警護も伝えればよかったけど、先輩に『ストーカーを油断させるために言うな』って言われていたから。沙羅さんをつらい目に遭わせた」

「違うよ。悪いのは樹だもん」


 小さく笑って、お酒に手を伸ばして口をつける。


「沙羅さん……」


 その呼びかけに隼人くんを見ると、真剣な顔で見つめられた。コップをテーブルに置き、あらためて彼に視線を向けた。


「今後もし何か悩みがあったら、絶対すぐに僕に言って。年下で頼りなくてヘタレかもしれないけど、僕にもっと甘えて欲しい」


 その言葉が嬉しくて、わたしはこくりと頷いた。すると隼人くんがわたしの手を握った。


「今日、帰らないで……。朝まで一緒にいよう」


 真剣で、でも熱を持ったその彼の眼差し。そんなことを言われたのは久々だった。

 恥ずかしくて頬を赤く染めたものの、嬉しくてこくこくと首を縦に振った。


 わたしと隼人くんは居酒屋を出て、そのまま彼の部屋に向かった。

 そして久しぶりに彼と朝まで一緒に、甘いひとときを過ごしたのだった。




次回は的場視点

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