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強がりの恋 その5

お待たせしました。

ストーカー、解決編。

 早坂さんは固まっているわたしたちにゆっくりと近づいてきた。

 外灯の光で浮かび上がる表情はとても綺麗だけど、少し怖い。

 彼女はわたしには目もくれず、樹に笑いかけた。


「やっと会えましたね。い・つ・き・サン!」


 普段より数段高い声が、静寂な公園に響き渡る。


 ……どういうこと? どうして早坂さんが樹と? 

 まさか二人でグルになっているとか? 樹はわたしを、早坂さんは隼人くんを手に入れるために……?


 そんなことを想像しながら樹を見た。しかし彼も驚いているようだ。

 この反応、違うのかしら?


「早坂さん、樹と知り合いなの?」


 その問いに彼女は頷いた。


「はい。付き合っているんです」

「ふざけるな。お前なんて知らないぞ」


 樹は顔を強張らせて、早坂さんを睨みつけた。

 だが彼女はその鋭い視線にも恍惚とした表情を浮かべた。


「樹さん、やっとわたしを見てくれた……。今まではわたしがあなたを見ていたんですよ。ずーっと……」


 そんな彼女の表情に不気味なものを感じて背筋が凍る。

 この言葉の意味を考えると……まさか彼女、樹のストーカーなの? だって以前自分もストーカーに遭っていたって。それなのに……?


 状況がうまく飲み込めないまま、わたしは彼女を見つめた。彼女は樹に視線を留めたままだ。


「ずっと樹さんを見ていました。朝に家の近所の公園をジョギングしているのも、コンビニに行くときはいつも鮭のおにぎりとコーラを買うことも、家の鍵を植木鉢の下に置いていることも全部見ていたんですよ。ずーっと」


 これは紛れもないストーカーじゃない! こんなに事細かく調べているなんて気味が悪い。

 わたしも樹にこういうことをされていたの……? 

 想像した途端、身体が小刻みに震えた。自分で自分をギュッと抱き締める。


「……でも樹さんは係長を見ていましたよね? だからわたし、あの会社に入ったんですよ。係長のそばにいれば、樹さんはわたしを見てくれる。そう思って……」


 その言葉で樹の顔に怯えの色が浮かぶ。


 気持ちはわかるけど、あなたも同じようなことをしているくせに。そんな顔する資格ないじゃない。


 彼は虚勢を張るように声を荒げた。


「何を気味悪いことしてんだよ。お前、俺のストーカーか?」

「恋人でしょう? ほら、この指輪もくれたじゃない」


 彼女が薬指を見せながら指輪に触れた。

 彼は怯えながらもそれを否定する。


「知らない、そんな指輪……。俺が愛しているのは沙羅だ。お前のは愛なんかじゃない。ただの歪んだ執着だ!」

「でも同じですよね? わたしがあなたにしていることと、あなたが係長にしていること。何が違います?」


 樹は図星を指され、黙り込んだ。

 早坂さんはクスクス笑いながら、彼に近づいた。その表情は綺麗なのに、どこか狂気に満ちていた。

 彼は「ひぃっ!」と怯えて後ずさりながら、彼女から距離を取る。


「ねぇ、樹さん。わたしと結婚しましょう? ほら、ここに婚姻届があるんです。あとは樹さんの署名捺印だけですよ」


 彼女はかばんから紙を取り出して、樹に見せた。彼は尻もちをつき、そのまま後ずさる。


「や、やめろ……。俺は嫌だ。こんなの愛なんかじゃない!」

「そんなこと通用しませんよ。だって樹さんが係長に同じことをしている以上、諦められないじゃないですか。そう思いません?」


 その言葉に、限界を迎えた彼は必死に叫んだ。


「わ、わかった。もう、沙羅に付きまとわない。俺は沙羅に振られて、あの女にも捨てられて自棄になった。だからストーキングした。認める、認めるよ。でももうしない。約束する。だから二度と俺の前に現れないでくれ!」


 樹の必死な懇願に、早坂さんはきっぱりと言い切った。


「そんな口先だけの話、信用できません。念書を書いてください」


 「念書」って……どういうこと? 


 樹も同じことを思ったのか、微かに怪訝な表情になる。

 その疑問を一蹴するように、彼女は続けた。


「……そうそう、樹さん。署名捺印なんて、どうにかしようと思えばどうにでもなるんですよ。念書が嫌なら、わたしと結婚……」

「書く、書きます! だから俺に付きまとうな!」


 樹は震える手で、早坂さんが渡した紙に何やら書いていた。早坂さんは書き終えた紙を確認してかばんから朱肉を取出し、拇印を押させた。そしてそれを大事そうにかばんにしまった。


「樹さん、約束守ってくださいね。もし樹さんが今後係長の周囲をうろうろしたらわたし、この婚姻届、偽造して勝手に出しちゃいますよ? そうすれば、わたし達は晴れて夫婦ですね」


 うっとりする早坂さんに、樹は怯えきっていた。彼女は彼に視線を留めたまま、満面の笑みを浮かべて言った。


「わたし、係長のそばにいますから。ずーっと、ずーっと……」


 その言葉に樹は慌てて立ち上がって、「沙羅、悪かった。もうお前の前には現れない」と言い残して、走って逃げて行った。

 彼女は笑みを浮かべたまま、その後姿をじっと見つめていた。





 そして公園に彼女と二人、取り残された。


 早坂さんの行動が解せない。

 樹のストーカーだったのなら、何もわたしにストーカー体験を話す必要なんてなかった。アドバイスだってする必要がない。

 それに樹にわたしに付きまとわないって念書を書かせたあたりが、不思議で仕方ない。


 そんな疑問を浮かべるが、いまだに彼女が怖い。この場から立ち去りたいのに、恐怖で足が動かない。


 しばらく樹が消えた方向を見つめていた彼女が振り返り、わたしに視線を向けた。

 その瞬間に身体が震え、冷や汗が背中に流れた。


「……大丈夫ですか?」


 わたしにかける声は先程とは違って、とても冷静だった。

 彼女がわたしの方に一歩踏み出した途端、ビクッと身体が硬直し、地面にへたり込んでしまった。

 そんなわたしの様子に、彼女は傷ついた表情をしてボソッと呟いた。


「そんなに怯えないでくださいよ。地味に傷つくんですけど……」


 彼女の雰囲気がさっきとガラリと変わった。会社とも少し違う。

 身体の震えが止まらないわたしに心配そうな視線を向けていた彼女は、ふとある方向に目を止め、チッと舌打ちした。


「おっせーぞ、的場ぁ!!」


 普段の彼女らしからぬ乱暴な口調に驚きながら彼女の視線の向こうを見ると、息を切らしてこちらに向かって来る、会いたくて堪らなかった人の姿があった。


「は、隼人く……」


 彼は真っ直ぐに私のそばへやって来て、思い切り抱きしめてくれた。


「よかった……無事で……」


 それは心底安堵した言葉だった。


 さっきまで樹に対しての嫌悪や早坂さんへの恐怖でいっぱいだったのに、彼の声や温もりに包まれた瞬間、安堵の涙が溢れてきた。


「……う、うわぁあああん!」


 子供みたいに彼に縋って泣いた。そんなわたしを彼は痛いぐらいに抱きしめてくれた。


「ごめん、沙羅さん……遅くなって……ごめん……」


 彼は謝りながら泣き続けるわたしを抱きしめ、髪を撫でてくれた。


 どれぐらいの時間、そうしていただろう。


 ようやく落ち着いてきた頃、彼は思い出したかのように早坂さんに視線を向けた。

 そうだ。ここにはわたし達だけじゃなかったのに……。恥ずかしいところを見せちゃった。


「助かりました。ありがとう、先輩」


 ……先輩? 


 声をかけられた早坂さんは呆れ顔だった。


「ヘタレのくせに、的場のくせに、いっちょまえに彼氏してるじゃん。超生意気」


 ヘタレ? 生意気? 隼人くんと早坂さん、どういう関係?


 疑問符でいっぱいのわたしを置き去りに、二人は話を進めていた。


「で、岩隈はどこですか?」

「逃げたけど?」


 何でもないような彼女の言葉に、彼は大声で怒鳴り始めた。


「逃げた? どうして捕まえてくれなかったんですかっ!」

「逮捕は警察の仕事でしょ」

「民間人でも現行犯逮捕はできます」

「このか弱いわたしに、あんな大男を捕まえろと?」

「できるでしょ? 先輩なら」


 隼人くん、それはちょっと無理じゃ……。


「まぁ、できるけど。そんな面倒なことわたしにやらせるわけ?」


 え、できるの!?

 ……早坂さん、会社のときと全然違う。隼人くんとすごく仲がよさそう。何か、嫌だな……。


 小さく嫉妬している間も、彼はグチグチと彼女に嫌味を言っている。

 すると彼女がムッとして言い放った。


「黙れ、的場。このわたしが、ただ闇雲にあの男を逃がしたとでも?」


 その言葉に、彼はハッとしたように彼女を見た。

 すると彼女はニィと口元に笑みを浮かべ、悪巧みをしているような表情になった。


「……何か、あるんですね」


 顔を引き締めた彼に、彼女はフッと表情を緩めた。


「それはあとのお楽しみ。悪いようにしないから安心しな。……詳しい説明は後日、報告書もね。精神的にキてると思うから、ちゃんとフォローしてあげんのよ。それから証拠の方はあんたに頼むわ。じゃあ、あとはヨロシク。ってことで係長、また明日会社で。お疲れ様でした~!」


 にこやかに笑い、彼女は公園を後にした。

 わたしは呆然としながら彼女を見送り、顔を上げて彼に視線を移した。


「……隼人くん、早坂さんとどういう関係?」

「早坂?」


 不思議そうに首をかしげたあと、何か納得したように頷いた。


「……ああ、そういうことか。あの人は高校の先輩」

「先輩?」

「勘違いしてほしくないから言うけど、あの人とは何もないよ。ただの先輩で、それ以上の関係はないから。僕が彼女に沙羅さんのことを頼んだんだ」

「頼んだって何を?」


 首をかしげると、彼はわたしを安心させるように笑った。


「沙羅さんの護衛を兼ねたストーカー調査」

「護衛と……調査……?」

「沙羅さんが電話で打ち明けてくれた後、留美さんに電話したんだ。沙羅さんが気づいていない何かを知っているかもと思って。それで話を聞いて先輩に調査を頼んだ。あのストーカーが浮かんだから、警護もかねて沙羅さんの会社に入ったってわけ」

「そうだったの。彼女の職業って」

「探偵……? あれ、調査会社だったかな? 忘れたけど、とにかくそういう仕事」

「探偵?」


 探偵なんてドラマの中の世界だと思っていた。


 もしかしてあの日二人が一緒にいたのは、わたしのことを頼むため……?


 隼人くんはあらためてわたしをギュッと抱き締めて、苦しそうに呟いた。


「とにかく無事でよかった……」


 彼の身体が微かに震えている。そこまで心配させてしまったことに自己嫌悪に陥る。

 彼の服をギュッと掴んで、声を絞り出した。


「ごめんね、隼人くん……ありがとう」


 しばらく抱き合った後、隼人くんはわたしの手を取り、家まで送ってくれた。


 隼人くんは家族にわたしの身に起きたことを説明し、しばらく気にかけて欲しいと頭を下げた。


 それから彼はわたしの部屋に置いてあった郵便物をすべて回収し、携帯に残された留守電やメールもすべて彼のパソコンにデータをコピーした。

 そのときの真剣な顔つきは、刑事そのものだった。そんな状況じゃないのに、胸がキュンとした。


 帰り際、玄関で彼は言った。


「本当なら僕がつきっきりで沙羅さんを守りたかった。気づくのが遅くて、一人で我慢させてごめんね」


 彼の言葉に、わたしは首を横に振って否定した。

 さっさと言わなかったのはわたしの勝手だ。


「すぐに言わなくてごめんなさい。それから警護を頼んでくれて……、来てくれてありがとう」


 彼はニッコリ笑って頭を撫でてくれた。それから額にキスをして「おやすみ」と帰っていった。思わず赤くなる。


 いろいろと怖かったけど、ストーカー問題の解決と隼人くんの笑顔と温もりのおかげで、今日はぐっすり眠れそうだった。

 



あー、難産だった……

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