表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

強がりの恋 その4

ちょっぴり駆け足な展開かもです。

 ストーカーは、夜道でわたしの後をつけるだけでは収まらなくなった。


 家に毎日届く、差出人不明の郵便物。携帯電話にひっきりなしにかかってくる非通知着信。携帯の留守電に入れられたメッセージ……。


 わたしは恐怖で震えあがった。


 郵便物の中身は『愛してる』という言葉が便箋にびっしり埋め尽くされていたり、わたしを隠し撮りした写真が入っていたり……。本当に気味が悪い。

 非通知の電話も無言だったりすぐに切られたりする。留守電には何かで音声を変えたような声で『愛してる』とか『君は僕のもの』とか、身の毛もよだつようなメッセージが残されていた。


 わたしの異常な怯えに気づいた家族は心配そうにどうしたのか尋ねてくるが、「心配ない」と誤魔化した。


 でも約束通り、留美にだけはすべてを話した。留美はすぐに隼人くんに知らせるようにきつく言った。


 こんな状況がもう二週間以上続いていて、わたしの精神もさすがに限界に近かった。だから残業の合間に彼に電話をかけた。


『もしもし、沙羅さん?』

「あ、あのね、隼人くん……」

『どうしたの?』


 言わなきゃ、ちゃんと。もう意地を張っている場合じゃない。


「最近ね、ストーカーっていうか……不気味なことが……」

『ストーカー!? 大丈夫なの? どんな目に遭ってる?』


 言葉に詰まりながら伝えた話を、彼は辛抱強く聞いてくれた。


「ねぇ、これって警察でどうにかしてくれるものなの?」

『もちろん。まずは被害届を出して。それからなるべく一人では帰らないように。防犯ブザーは持ってる?』

「うん、一応……」

『とにかく被害届を出したら、沙羅さんの家周辺の巡回を増やしてくれると思う。その地区担当の知り合いがいるから、僕からも頼んでおく』

「ありがとう……」


 やっぱりもっと早く相談すればよかった。被害に遭っていることを知る人がいるだけ、心理的負担が全然違う。それが恋人なら、なおさらだ。


 すると彼は少し怒った声になった。


『どうしてもっと早く言ってくれなかったの? 付きまといだって十分ストーカー規制法違反なんだよ?』

「ごめんなさい。はじめはわたしの勘違いだと思ったの。それに隼人くん、忙しそうだったし……」

『何も知らされないほうが嫌だよ。僕の仕事を気づかってくれたのは嬉しいけど、それで沙羅さんが苦しんでいるならもっとつらくなるってわからない? 大切な人を守れなくて市民を守れるはずがない。僕はそんなに頼りない?』

「まさか! そんなわけない!」

『じゃあ今度からは何でも隠さずに相談して。いい?』

「はい」


 その返事に満足したのか、ようやく隼人くんの声が穏やかになる。


『もう仕事は終わったの?』

「ううん。もう少しかかりそうなの」

『そう。迎えに行きたいのはやまやまだけど……』

「いいよ。まだ仕事中なんだよね? 被害届を出した後に、ラナのバイト先に寄って一緒に帰るから」

『うーん、ラナちゃんかぁ……。一人で帰るよりマシだけど、戦力にはなりそうにないね』

「もう、ラナが聞いたら怒るわよ。確かに美羅の方が心強いけどね」


 最後は軽口を言い合って、電話を終えた。





 残業を終えて最寄りの警察署で被害届を出した後、妹のバイトするカフェに向かうことにした。今日は遅番のはず。あらかじめ連絡をしておいたし、大丈夫よね。


 そのカフェへ向かう途中、思わず立ち止まった。。

 歩道から見えるとあるレストラン。そこで隼人くんが女性と一緒に食事をしていたのだ。


「どうして……」


 仕事じゃなかったの? その人は誰?


 呆然として二人を見つめた。隼人くんは何か真剣な話をしている顔だった。相手の女性も食事しながら頷いていた。


 座っていてもわかる、小柄でかわいらしい女性。守ってあげたくなるような、そんなタイプ。わたしとは正反対の人。


 泣きそうになるのをぐっと堪え、カフェへ急いだ。前もって連絡していたからか、待っていたラナはわたしを見て首をかしげた。


「姉ちゃん、何かあった?」

「何も。さ、早く帰ろうよ」


 何か言いたげな妹を促し、家路についた。この日はなぜか尾行されなかった。


 家に着いて、すぐにお風呂に入ることにする。

 バスルームに入ってシャワーを出した途端に、我慢していた涙が一気に溢れてきた。


 どうして……どうして……? わたしを迎えに行くより、あの人の方が大事なの? 


 あの光景はとてもじゃないけど仕事とは思えなかった。

 真剣な話をしているようだったが、時折見せる彼の柔らかい表情がわたしと一緒のときに見せるそれと同じだったから。

 あの人は一体誰なの? わたしはまた、男に裏切られるの?


 真っ黒な嫉妬とこれまでにため込んだストレスで、いっそ発狂してしまいたいぐらい追い込まれた。

 ありえない想像ばかりが脳裏に浮かび、わたしは彼に憎悪に似た感情を抱いてしまった。こんなことを考えてしまう醜いわたしだから、隼人くんはあの人を……?


 お風呂から出るころには泣き過ぎて疲れ果て、その日はこれ以上余計なことを考える前に眠ってしまった。







 件の女性とまさかの再会を交わしたのは週明けのことだった。急遽欠員が出た事務の派遣として、彼女がわたしの課にやって来たのだ。


 間近で見た彼女――早坂いずみさんは、絶世の美女と言っていいほど隙のない女性だった。


 男性社員の何人かはその日のうちに彼女に声をかけ、アプローチを始めた。かわりに女子社員にはきつい視線を向けられていた。だけど仕事が早く、海外からの電話にも難なく対応する様子に、次第に彼女を認め始めたようだ。


 わたしはというと私的な理由で態度を変えることができず、なんとか平静を装って彼女と対応している。本来ならその姿を目に入れるのも嫌なのだが、仕事だからそうはいかない。


 彼女もわたしと的場くんの関係を知らないのか、キラキラと憧れを持った目を向けてくるものだからやりづらい。いっそ敵意を向けてくれた方がましだった。


 二週間ほどは仕事で彼女と接するだけで済んだ。しかしとうとう捕まった。


「樫本係長、よろしければお昼をご一緒していただけませんか?」


 嫌です、と言えないところが悲しい。了承し、近くのイタリアンの店へ二人で向かった。


「わたし、樫本係長に憧れてるんです」


 注文が終わり、彼女は開口一番そんなことを言い出した。

 そういう視線は向けられ慣れているものの、隼人くんの特別かもしれない彼女から、というと複雑な心境だった。


「皆さん言っていましたよ。『樫本係長は実力があって憧れる』って。わたしなんてまだ入って二週間ですけど、それでも係長がすごいってことはわかります」


 キラキラした目で褒められたら、悪い気はしない。悪い子ではないのだろう。こういうところが隼人くんも気に入ったのかしら……?


 そんなことをぼんやり考えていると携帯が鳴った。表示を見ると非通知だったので、放置しているとすぐに切れた。

 彼女が「出なくてよかったんですか?」と訊いたので頷いた。どうせストーカーの無言電話だ。


 すると今度はメールがきた。知らないアドレスだ。

 恐る恐る開くと、隠し撮りされたわたしの写真と気持ちの悪い愛の言葉が羅列していた。

 全身から血の気が引いて、早坂さんがいることも忘れて小さな悲鳴を上げて携帯をテーブルに落とした。


 その様子を不審に思った彼女が、「ちょっと失礼します」と携帯を手にした。画面を見て眉をひそめ、顔を強張らせた。


「係長……。これ、お知り合いからではないですよね?」


 その問いに頷く。


 知り合いのはずがない。気持ち悪い。どこからこのアドレスを調べたの? 怖い……。


 彼女はわたしの様子を見て、少し無言で何かを考えているようだった。ちょうど食事が運ばれてきたけど、食べる気にならなかった。


「係長、もしかしてストーカーですか?」


 無言で頷く。ストーカー以外の何物でもないだろう。いたずらでここまではできないだろうし。


「その人物に心当たりは?」


 その問いを否定する。


 心が折れかけている。もう泣き叫びたい。いろいろと限界だった。

 でも人前で涙は見せたくないし、特に彼女の前では絶対に泣きたくない。

 唇を噛み締めていると、気づかうように彼女は言った。


「わたしも少し前までストーカーに遭っていました」


 その言葉に驚いて、彼女の顔を見た。彼女は淡々と話し始めた。


「誰かわからない人に後をつけられたり、何度も携帯に電話がかかってきたり、脅迫めいたメールも毎日何十通も届きました。家にいるときにも何度もチャイムを押されて、怖くて家から一歩も出られませんでした。それで会社にも行けなくなって……辞めました」


 彼女の語るストーカーに受けた行為は、わたし以上につらいようなものに思えた。


「引越ししたら、ストーカー行為もなくなりました。だから新しい仕事を始めたんです。でもまたいつあんな目に遭うか怖くて……」


 同じかもしれない。彼女の明るい顔の裏にはこんな恐怖におびえる姿もあったのだ。これだけ美人なら、言い寄られる回数もわたしなんかより多いだろう。


「係長。ストーカーが残したもの、まだ持っていますか?」


 手紙は持っている。嫌だけど、捨てようとも思ったけどできなかった。そう答える。


「それ、捨てないでくださいね。ストーカーがあったことの証拠ですから」


 被害に遭ったことがあるだけあって、彼女のアドバイスは的を射ていた。

 わたしはなぜか、彼女に自分が被害にあったことをぽつぽつと話していた。同じような被害に遭った者同士からだろうか。彼女は黙ってその話を聞いてくれた。


 話が終わってから、彼女は聞きにくそうに尋ねた。


「あの、係長は恋人がいらっしゃるんですよね。その指輪の……。その方は知っているんですか?」


 頷いた。

 あれから一度も会えていないけど。というか彼女からそのことを聞かれるのはちょっと嫌だった。

 と、ここで彼女の薬指にも指輪が嵌められているのに気付いた。


「早坂さんも、恋人が?」


 そう訊き返すと、彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。


「はい」


 それがもし隼人くんだったら……と思うと胸が苦しかった。

 でも結局、彼女には確認できなかった。






 あれからさらに一週間が経った。まだストーカーは諦めてはいなかった。それどころかエスカレートしている気がした。


 被害届を出した直後はなくなったのに、また帰りにつけられる日々に戻ってしまった。

 携帯電話には非通知の着信やメールがひっきりなしに来る。非通知を着信拒否にしても、今度は複数の知らない番号からかかってくる。メールのアドレスは変えても効果がない。自宅に郵便物も毎日。もう封を切るのも嫌で、放置している。


 今日の帰り――――つまり今も後をつけられている。そんな状況に限界で、わたしは走った。ストーカーも走って追いかけてくる。がむしゃらに逃げていたら、公園があったので、そこに入っていった。

 ちょうど滑り台の下に隠れるスペースあったので、そこに逃げ込む。


 コツン、コツン……。


 ゆっくりとアスファルトを踏みしめる足音が近づいてくる。わたしは怯えながら身を縮めていた。


 ふと足音が止まったので、恐る恐る物陰から覗いた。


 ……誰もいない。


 諦めてどこか行ったのかしら……。


 ふぅ、と大きく息を吐き、帰ろうかと後ろを振り返る。


 するとそこには男がいた。思わず「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。

 そこにいたのはまさかの……いや、予想通りの人物だった。 


「い、樹……」


 彼は怖いぐらいに笑顔で、わたしを眺めていた。


「沙羅、ようやく会えたね」

「こ、来ないで……。近づかないで……」


 樹との距離は約一メートル。慌てて立ち上がって駆け出すが、あっさり捕まってしまう。


 彼の表情は以前見ていたものとは違い、どこか狂気めいたものだった。その視線にさらされるだけで全身に鳥肌が立つ。


「沙羅……どうして逃げる……?」


 この人、こんな人だったの……? 


 樹に強く掴まれた腕が痛む。もう体の震えを止めることができなかった。

 わたしの異常な怯えなど気にする様子もなく、樹は恍惚な表情で見つめてくる。


「沙羅……愛してる。結婚しよう」

「……何言ってるの? わたしはあなたを愛してない。もう終わったの……」


 結婚? 頭おかしいんじゃないの? 二度と現れるなって、はっきり言ったのに……。


「沙羅、沙羅……」


 うわ言のように名前を呼びながら、わたしを抱き締める。

 隼人くんじゃない匂いも温もりも声も、その全部に嫌悪感でいっぱいだった。必死に離れようともがく。


「離して……嫌っ!」


 力で敵わないのはわかってる。でもこのままされるがままなんて嫌だ。

 こっそり防犯ブザーを取り出そうとして、ポケットの中に手を入れる。それに触れた瞬間、その手を乱暴に取られた。


「沙羅……何する気だった……?」


 優しく諭すような口調なのに、その目は全く笑っていなかった。

 あまりの恐怖で出そうになった悲鳴を呑みこむと、樹がわたしのポケットからブザーを取り出した。


「こんなものを使ったら、せっかくの二人きりの時間に邪魔が入るだろう……?」


 そう言うなりブザーを地面に落とし、思い切り踏みつける。無残にもそれは粉々に砕け、ただのガラクタになってしまった。

 そのブザーと同じように、自分の心も砕けそうだった。涙が頬を濡らす。


「やだ……隼人くん……助けて……」


 思わず呟くと、樹の視線が険しくなった。


「誰を呼んでいる……」


 顎を掴まれ、顔を近づけられる。

 ……駄目だ。諦めちゃ駄目。このままこの男に屈するわけにはいかない。


「っ、近寄らないでっ!」


 無我夢中で樹の顔面を鷲掴みにし、それを押しやった。

 しばらくもみ合っていると、突然公園にカツンとヒールの音が響き渡った。わたしも樹も動作を止め、そちらに視線を向けた。

 そこに姿を現した人物顔を見た途端、ひどく困惑した。


「えっ……どうしてあなたが……?」


 そこにはなぜか、怖いぐらいに美しい笑みを浮かべた早坂さんが立っていた。




果たして謎の女の正体は……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ