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強がりの恋 その3

いきなり時間軸が飛びます。

 的場くんと交際を始めてもうすぐ半年。未だに父は、わたし達の交際を認めてくれない。


 彼は事件が起きて呼び出されたとき以外、休みのたびにうちへ来ては父を説得しようと奮闘してくれた。

 初めは頑なだった父も、最近では態度が軟化してきた気がする。不機嫌そうだけど、ちゃんと話を聞いてくれるようになった。その変化に少し嬉しくなった。


 いつものように的場くんが来てくれたある日のこと。わたしが席をはずしたときに、父が彼に話しかけた。それに気づいて、こっそり立ち聞きする。


「私はね、何も君が気に入らなくて交際に反対しているわけではない。刑事という職業は立派だと思うし、尊敬できる。しかしね、常に危険が付きまとうだろう? もし君が沙羅と結婚して、君にもしものことがあったらあの子はどうするんだ」


 驚いた。

 まさか父がそんなことを考えていてくれたなんて。頭ごなしに反対していたのも、全部わたしを思ってのこと。目頭が熱くなった。


「君の誠実さは認めるし、刑事という職業のことも、この際許そう。だが約束してほしい。たとえ危険な目に遭っても、あの子のところへ戻ってくると。決して悲しませないと」


 父の言葉に、彼は力強い言葉で返事をした。


「はい。絶対に沙羅さんを一人にしません。必ず幸せにします。そして、お義父さんやお義母さんを自分の本当の親の様に大切にします。自分の両親には親孝行ができなかったので……」


 わたしは嗚咽を漏らしていた。そのせいか、立ち聞きしていたことは早々にばれてしまった。


「沙羅、立ち聞きしていないで出てきなさい」


 父の言葉におずおずと出て行く。父はわたしに意思を確認するように尋ねた。


「お前も刑事の妻として、的場君を支えていく覚悟ができているんだな?」


 乱暴に涙を拭って、大きく頷いた。


「もちろんよ。ずっと彼を支えていく。一緒に生きていきたいの」


 わたしの言葉を聞いた後、父はようやく彼との交際を認めてくれた。


「沙羅、幸せになりなさい」

「……ありがとう、お父さん」


 泣きながら父に笑いかけ、的場くんに抱きついた。


「的場くん、ようやく親公認だね」


 彼もわたしをギュッと抱き締めてくれた。


「沙羅さん、一緒に幸せになろうね」

「うん!」


 そしてお互いの顔を見合わせて笑いあった。

 すると、その光景をずっと隠れて見ていた母がやって来た。


「よかったわね。沙羅、的場くん」

「ありがとう、お母さん」

「ありがとうございます」

「でもね……」


 そう言いかけた母がニッコリ笑う。この笑顔、嫌な予感…。


「早すぎる結婚って何かとありそうでしょう? だから婚約して、一年ぐらい経ったら籍を入れましょう。孫の顔は早く見たいけど、我慢よ」


 そ、そんな。何もないって……。


「お母さん。ちなみに何かありそうって、どこの情報?」

「昼ドラよ」


 昼ドラって……。テレビの見過ぎよ! 


 恐る恐る的場くんの表情を窺った。


「的場くん……。いい、かな?」


 わたしの問いに、彼は笑顔で頷いた。


「いいよ。何年経ってもこの気持ちは変わらない自信があるからね」


 その言葉に嬉しくなった。


「大好き……。は、隼人くん」


 照れながらも初めて彼を名前で呼んだ。すると驚いたように目を見開いた後、彼は満面の笑みを浮かべた。


「僕も大好き、沙羅さん」


 こうしてわたしと彼は、結婚を前提としたお付き合いと発展した。いわば彼はわたしの婚約者となったのだ。







 後日、「安物でごめんね」と申し訳なさそうな隼人くんから婚約指輪をもらった。それを左手の薬指にはめる。キラキラ輝くそれに視線を向けるたび、幸せいっぱいになる。

 たとえ彼の仕事が忙しくてなかなか会えなくても、指輪を身に付けているだけで彼がそばにいてくれる安心感があった。


 わたしが指輪をはめて出社したときは、ちょっとした騒ぎになった。

 「あの仕事しか興味のなさそうな係長が!?」と言われたときは「仕事量、増やしてやろうか」と小さな怒りを覚えた。

 それでもみんな口々に祝いの言葉をかけてくれた。


 まだ先の話かもしれないけど隼人くんとの明るい未来を想像し、充実した日々を送っていた。


 しかし人生って、そううまくいくものじゃない。





 そのきっかけは、休日に親友の留美とランチに出かけたときに起こった。

 食後に街で買い物していると、後ろから声をかけられた。


「……沙羅?」


 振り向き、その人物の姿を見た瞬間、わたしは凍りついた。


「……い、樹……」


 それは四年前、二股をかけた挙句に相手を妊娠させて別れを告げた男、岩隈樹だった。

 その顔を見た途端、留美はすごい剣幕で樹に噛み付いた。


「あんた、よく沙羅に声をかけられたわね。裏切ったくせに」

「違う! 違うんだ! 聞いてくれ、沙羅。俺は騙されたんだ!」


 聞きたくもないのに、樹は早口で説明を始めた。

 あのとき、どうやら相手の女性も彼と別の男に二股をかけていたらしい。もう一人の男に別れを告げられて彼を選んだ。

 しかし男に復縁を迫られたその彼女は、あっさり樹を捨てたそうだ。ちなみに子供の父親はその男の方だったらしい。


「だから俺は騙されたんだ。俺にはやっぱり沙羅が必要だって気づいたんだ。でもあの後連絡が取れなくなったし、引越ししたみたいで……」


 わたしは冷めた目で、うなだれる樹を見ていた。


 『騙された』ですって? 二股をかけていたのは事実じゃない。それを悪びれもせずにのうのうとわたしの目の前に現れて……。どうしてこんな男と付き合っていたんだろう。そんな過去、すぐに消し去りたい。


 わたしは樹にきっぱり言い切った。


「たとえあなたが彼女に騙されたとしても、わたしには関係ない。あなたが彼女とわたし、二股をかけていたのは事実でしょう? 裏切ったことは変わらない。今さらあなたとよりを戻す気はないわ。二度とわたしの前に現れないで」


 わたしは留美の手を引っ張って樹の前から離れた。何か言っていたが、無視して歩みの速度を上げた。

 しばらくして振り向き、彼の姿がないことを確認してホッとした。

 留美は未だに怒っていた。


「何なの、あの男! 腹が立つわね。沙羅ももっと罵ってやればよかったのに。的場くんのことを言ってもよかったじゃない」

「……そうね。言えばよかったわ」


 でももう樹と会うことなんてない、そう思っていた。


 しかし次の日から周囲に異変を感じた。会社帰り、誰かにつけられている気がする。

 駅から家へ向かう夜道、後ろからする自分の足音とは違う音。わたしが止まるとその音も止まる。わたしが走るとその音が早まる。


 はじめは気のせいだと思っても、一週間も続くともはや偶然ではない。

 後ろが見られない。夜道が怖い。明るいうちに帰りたい。でも役付きであるわたしが定時に帰れることはほとんどない。


 隼人くんに相談しよう。久々に彼に会ったときに言おうと思っていた。


 でも結局できなかった。二週間以上会っていなかった彼の顔に疲れがにじみ出ていた。


「隼人くん、疲れてる?」

「うん、まぁ。昨日ようやく事件が片付いてさ。徹夜続きで寝てないんだ」


 その言葉に唇を噛む。疲れているのに、わたしに会おうと時間を作ってくれた。そんな彼に、これ以上心配かけられない。絶対に言えない。


 黙り込んだわたしの顔を、心配そうな表情で覗き込む隼人くん。


「沙羅さん? どうかした?」

「……ううん、何でもない。隼人くん、ちゃんと休んでね。もし倒れたらわたし、心配で……」

「大丈夫。これでも体力はあるからさ。沙羅さんも仕事忙しいでしょう? あまり無理しないでね」


 隼人くんからかけられた言葉に、無理矢理笑顔を作って「大丈夫だよ」とはぐらかした。


 彼には相談できなかった。だけど留美には電話で相談した。すると彼女はこう断言した。


『それってもしかして岩隈じゃない? きっとそうよ。沙羅に未練タラタラみたいだったし』

「ま、まさか……」


 樹がわたしの後をつけているって言うの? それは信じられない。

 言葉が出ないわたしに留美は尋ねた。


『的場くんに相談した?』

「……してない」

『どうしてよ。彼、刑事じゃない。きっと何とかしてくれるわよ』


 わたしだって言いたい。でも言えない。


「駄目。これ以上、彼に気苦労かけられない。隼人くんは日々の仕事で手いっぱいなの」

『沙羅、……いいの?』

「うん。それに被害がないと、警察は動いてくれないと思うし」


 留美は心配しながらも、一応納得してくれた。


『ただし、何かあったら絶対わたしに言うこと。それから我慢できなくなったら、すぐに的場くんに言うこと。いいわね?』


 わたしはそれを約束する。

 でもギリギリまで我慢することにした。わたしは隼人くんより年上だもの。しっかりしなきゃ。そのうち諦めて、後をつけるのをやめてくれるかもしれないし。


 しかしそんな期待も虚しく、謎の人物の行動はエスカレートしていった。




次回からようやくベタからの脱出!?

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