強がりの恋 その2
的場視点です。
「実はね、ちゃんと的場くんに告白できたのは、お見合いが決まったからなんだよ」
ここは僕の部屋。つい四日前にできた彼女、沙羅さんがそう言った。彼女は僕より七歳年上。
ストレートの長い黒髪、整った顔立ち、すらっとした長身の美人。僕にはもったいないぐらいの素敵な人だ。
彼女とカフェで出会った瞬間には、もう恋に落ちていた。沙羅さんは『三ヶ月片思いだった』と言ったが、僕はそれよりもずっと前から彼女しか目に入らなかった。
しかし職業柄カフェへ行けない日も多く、たとえ行けたとしても会えない日の方が多いぐらい。それでも会えば会話ができるまでの関係に持って行けたことを、自分で褒めてやりたい。
ずっと言い出せずにいたこの気持ち。僕があまりに奥手すぎて、相談していた高校の先輩にはよく怒られていた。
『男のくせにウジウジウジウジ鬱陶しい。このヘタレ! さっさと告白して玉砕しろ! 骨は拾ってやるっ!』
たとえヘタレと言われても、なかなか言い出せずにいたところにあの告白。嬉しかったものの、やはり自分から想いを告げればよかったと後悔もした。
しかしどちらにせよ、こうして彼女と付き合えているという現実が全てを吹き飛ばした。
でも彼女のこの言葉は正直言って面白くない。そんな話があること自体、腹立たしい。
「で、そのお見合いどうするの?」
断るとは思ったが、一応確認をしてみた。すると彼女の表情が曇った。
「どうしよう。お見合いの席を設けた人はすごくお世話になっている方だし、いきなり前日になって断るのも……」
どうして悩むの? 僕がいるのに。下手に見合いなんかしたら、沙羅さん絶対気に入られちゃうよ。これは阻止せねば……。
「付き合う気もないのにお見合いする方が、相手に失礼だと思うな」
そう言うと、しばらく考え込んだ彼女も頷いた。
「そうだよね。でも無理矢理連れて行かれるかも……」
俯く彼女をそっと抱きしめて、耳元でねだるように囁く。
「じゃあ明日も僕のそばにいてよ」
彼女は赤くなりながらもこくりと首を縦に振り、僕の肩に顔を埋めた。その姿がかわいすぎて、ギュッと強く抱きしめた。
「沙羅さん、好きだよ」
「わ、わたしも、好き」
お互いに顔を見合わせ、どちらかともなく唇を重ね合わせた。しばし彼女の柔らかい唇を堪能して離す。彼女は真っ赤になって俯いた。そのしぐさすべてが、堪らなく愛しい。
「今日は帰したくないな」
「えっ……」
まだ早いかもしれない。でもそんなことは関係なく、沙羅さんを僕のものだと感じたかった。
思わず出た僕の呟きに驚き、目を見開く彼女。
そんな至近距離で見つめられると理性が飛んじゃうよ。
「駄目?」
そう言って首をかしげると、彼女は小さな声で呟いた。
「……駄目じゃ……な、い」
額にキスを落として、僕は沙羅さんを抱き上げてベッドへ横たわらせた。その上に覆いかぶさって、彼女にキスを繰り返す。
「的場くん……」
「沙羅さん、いい?」
その問いかけにこくりと頷いたのを確認し、僕は沙羅さんの服に手をかけた。
一夜明け、僕の隣で動く気配がして目を覚ます。彼女が起き上がってベッドから出て行こうとしたのを、腕を掴んで引き止めた。
「……的場くん?」
「どこ行くの?」
彼女は困った顔をして、僕を見る。
「家に、帰らなきゃ……」
「まだ早いよ」
時計を見るとまだ午前七時だった。
沙羅さんをベッドの中に引き寄せる。唇を押し付けて、そのまましばらく唇を味わう。唇を離すと、彼女は潤んだ瞳で見つめてきた。
「まだ帰したくないよ。もう少しいいでしょう?」
そう言うと、彼女は目を伏せた。
「あのね、昨日家に連絡しないで外泊したでしょう? うち、無断外泊には厳しくて……。今から帰って、ちゃんと昨日のこと謝りたいの。その上で両親に的場くんのこと話して、認めてもらいたい。お見合いもちゃんと断りたいの」
それから僕をじっと見て、首を傾けた。
「……両親に言っても、いい?」
もちろん頷いた。今すぐにでもご両親に『沙羅さんを僕にください!』と言いたいぐらいだ。
着替えた彼女に「送ろうか?」と訊いたが、「せっかくの休みだからゆっくり休んで」と言われ、玄関まで見送った後に再び眠りについた。
しかしその三十分後に事態は急変した。けたたましく携帯電話が鳴り、その相手は彼女だった。通話ボタンを押すと、焦った声が耳に飛び込んでくる。
『あ、的場くん! 父に外泊を咎められて説明したら激怒しちゃったの。どうしよう……』
「待ってて、すぐにそっちに行く」
電話を切るなり飛び起きて着替え、僕は沙羅さんの家に急いで向かった。
こんな朝早くから突然訪問した僕に、ご両親は驚いたようだ。お母さんは歓迎してくれたけど、お父さんはだんまりを決め込んでいた。とにかく挨拶をする。
「突然の訪問で申し訳ありません。はじめまして。沙羅さんとお付き合いさせていただいている、的場隼人と申します」
僕が座っているのはリビングのソファー。僕の隣に沙羅さん、テーブルを挟んでお父さんとお母さんだ。
「連絡をせずに外泊をしてしまったのは申し訳ありません。ですが僕たちは真剣に交際しています。どうか認めていただけないでしょうか」
そう言うと、お父さんはムスッとして重い口を開いた。
「君のような職業の男に、娘はやれん」
「ちょっと! 刑事のどこが悪いのよ!」
僕の職業は刑事。危険が伴うし、事件が起きれば休みも潰れる。僕はそんな刑事という職業に誇りを持っているが、親からしたら娘の恋人には不満なのだろうか?
確かに公務員だけど安月給。多分、沙羅さんの方がたくさん稼いでいると思う。反対されるのはこれが理由なのだろうか。
「わたしはいいと思うわ。公務員で安定しているじゃない」
お母さんが助け船を出してくれた。どうやら問題はお父さんらしい。沙羅さんは見たことがないほど怒っていた。二人とも一歩も譲らずにこう着状態が続いた。
その事態が動いたのは僕が彼女の家に行って三時間ほど経った、十一時過ぎ。
リビングのドアが開き、ボサボサの頭をした女性が入って来た。沙羅さんによく似た顔立ち。妹さんだろうか? こちらを見て、呟いた。
「何してんの。こんな朝から」
その声にお母さんが表情をガラリと変え、眉間にしわを寄せた。
「朝? 今何時だと思っているの! もう十一時よ」
彼女はふと僕に視線を止め、首をかしげる。
「……誰?」
「おはよう。彼はわたしの恋人よ」
沙羅さんの言葉を受けてソファーから立ち上がり、挨拶をする。
「はじめまして。沙羅さんとお付き合いさせていただいています、的場隼人です」
彼女は慌てて頭を下げてきた。
「どうもご丁寧に。妹のラナです」
やはり妹さんのようだ。妹さんはダイニングの方へ向かい、同時にお母さんもそちらへ行ってしまった。二対一でお父さんと対峙する。それからまた「認めて」「認めん」と言い合って平行線が続いた。
しばらくしてお母さんが戻って来た。にこやかに言葉をかける。
「そろそろお昼にしない? 準備ができたから、ダイニングへどうぞ」
みんなでぞろぞろと移動する。沙羅さんがふと尋ねた。
「お母さん、ラナは?」
「沙羅の代わりにお見合いに行かせたわ。とはいっても謝りに行っただけなの。ホテルのランチに釣られたわ」
お母さんがそう言ってクスクス笑うと、不機嫌そうなお父さんが口を開いた。
「今からでも遅くない。見合いに行きなさい」
「絶対イヤ」
「もういいから早く食べちゃってくださいな。それから沙羅、後からラナにお礼言っておきなさいよ」
知らないうちに見合いは回避できたようだ。お母さん、そして妹さん、感謝します。
お母さんの手料理はおいしかった。手作りの料理は、本当に久しぶりだった。
「的場さん、どうかしら?」
お母さんの問いに、自然に笑みが浮かんだ。
「とてもおいしいです。おふくろの味みたいで懐かしく感じます。手作りなんて久しぶりです」
「まぁ、うれしいわ。たくさん食べてね」
喜ぶお母さんに勧められて、ついたくさん食べてしまった。
「ちょっと妬けちゃうな。まだわたしの手料理、食べてもらっていないのに」
頬を膨らます沙羅さん。かわいい。
この光景が、家族で食卓を囲むこの雰囲気が少し羨ましい。もう久しく、こんな楽しい食事なんてなかった。
「いいね、沙羅さん。喧嘩できるお父さんや、優しいお母さんがいて。僕にはもういないから……」
こんなことを言うつもりはなかったのに、つい口が滑ってしまった。僕の言葉に場がしんみりしてしまった。
沙羅さんが気づかうように僕を見たので、大丈夫と笑いかけた。僕もこんな温かい家庭を沙羅さんと作っていきたい。ぼんやりとそう思った。
ご飯をいただいて、また沙羅さんとお父さんの喧嘩は続いた。
夕方になり、妹さんが帰宅したところで帰ることした。お父さんは相変わらず不機嫌だったけど、お母さんは「いつでも来てね」と言ってくれた。
門まで見送ってくれた沙羅さんが謝ってきた。
「ごめんね、わからずやで。でも諦めたくないの。……また来てくれる?」
「当り前だよ。沙羅さんの大切な家族は、僕にも大切な家族だから」
どれだけ時間がかかっても絶対認めてもらおうね、沙羅さん。
刑事という職業を貶める意図はありませんのであしからず。
ヘタレ属性のはずが意外にグイグイ行く的場。
絶対こいつはムッツリだ!(笑)
次回は沙羅視点。




