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強がりの恋 その1

お待たせしました。沙羅のお話です。

結構ベタです。


 ある日。久々に早く帰宅したわたしに、両親がこう告げた。


「二週間後に見合いがあるから行きなさい」

「竹田さんからのお話でね、とてもいい人だそうよ。その日、ちゃんとあけておいてね」


 少し前のわたしなら、その言葉に素直に従っただろう。しかし今は違う。


 冗談じゃない! お見合いなんてするはずないじゃない! 

 わたしには片想いしている人がいるんだから!






 彼との出会いは行きつけのカフェだった。たまたま相席になって話したのがきっかけ。それからは会えば話すだけの間柄。名前しか知らないわたしと彼の接点など、ほとんどない。

 でも彼の雰囲気が好き。一緒にいるだけで心が穏やかになる。なぜかすごく安心できた。

 そんな彼にもう三ヶ月片想いしている。


 わたしが三ヶ月も行動できずにただ見ているしかできないなんて、会社の人間が知ったらきっと驚くことだろう。


 わたしは外資系商社で営業をしている。一年ほど前までアメリカに赴任していた。

 日本に帰って来てからは、海外営業部アメリカ担当である営業二課の係長をしている。わたしの年齢で、しかも女性で管理職に就くのは異例の出世だと言われている。


 持ち前の積極的な営業手腕で、男以上にバリバリ仕事をこなしてきたわたしを、社内で女性扱いする人間はいない。仕事ができてそこそこの収入はあるが、ここ数年恋愛から遠ざかっていた。


 最後の恋は、アメリカ赴任する三ヶ月前に終わった。三年付き合った彼は大学の先輩だった。

 彼と結婚できるなら、仕事はやめてもいいとすら思っていた。その頃のわたしは二十七歳で、そろそろ結婚を考えていた。


 二十八歳の誕生日前日、彼に喫茶店に呼び出されたときにはプロポーズかもと淡い期待すら抱いていた。

 しかし、彼の口から出たのは思いもよらない言葉だった。


「沙羅、ごめん。別れてくれ」

「え……どうして……」


 突然の別れの言葉に戸惑った。そして、次の言葉に絶句した。


「他に付き合っている女がいて……そいつが妊娠した」


 何それ……浮気していたの……? それも妊娠……?


 わたしは彼を真っ直ぐに見据えた。彼はわたしを直視せず、俯き加減で言い訳を始めた。


「沙羅は仕事で忙しくてあまり会えなかっただろう? 俺、寂しくて……。その頃同じ会社の子に恋愛相談に乗ってもらっているうちに……。沙羅は強いから、一人でも生きていけるだろう。でも、そいつは駄目なんだ。俺がいなきゃ……」


 彼の言葉に怒りが湧いた。


 どうしてわたしが強いって決めつけるの? 仕事ができるからって、勝手に決めつけないでよ。一人で生きていけるほど、わたしは強い人間じゃない。それに仕事で忙しいって、会ってくれなかったのはそっちでしょう。何でもかんでもわたしのせいにしないでよ!

 

 その思いを彼にぶつけようとしたとき、切羽詰まった女性の声がした。


「彼は悪くないんです! 全部わたしが悪いんです!」


 目に涙を浮かべた、小動物みたいなかわいらしい女性がそばにやって来た。彼が言っていた相手だとすぐにわかった。

 守ってあげたくなるような、わたしとは正反対のタイプ……。


「何しに来たんだ。家で待っていろって言っただろう!」

「でも、わたしのせいだから。あなただけに謝らせるわけにはいかない!」

「違う。俺が悪いんだ。俺がもっとちゃんとしていれば……」


 周囲はこの修羅場に興味津々だ。二人の世界に入っているこの光景に、心底うんざりした。


 この茶番、何? どうしてあなたが“悲劇のヒロイン”ぶっているのよ。泣きたいのはこっちなんですけど。いい加減にしてほしいわ。どっちが悪いと言われれば、どっちも悪いし。

 そして二股するような最低男を信じ込んでいた、わたしも悪いのかしら……? 


 相手が妊娠している以上、もう彼との関係は終わりだ。今さら何を言っても無駄だった。二股をかけられていた事実は変えられない。謝罪を受け入れるつもりもない。


「そう、わかったわ。別れましょう。わたし、二股をかけるような不誠実な人とは付き合えない。あんたなんか、もういらない……」


 そう言い残して、わたしはその場を後にした。彼がわたしを呼び止めたけど、無視をして店を出た。


 こんなに悲しい気分なのに、夜空には綺麗な満月が浮かんでいた。


 皮肉ね。こんな晴れた夜に失恋なんて……。


 意気消沈していた、二十七歳最後の日。わたしは誰もいない部屋で一人、やけ酒をした。あまりに自分が惨めで、涙も出なかった。


 しかし二十八歳になってすぐに転機が訪れた。アメリカ赴任の内示が出たのだ。

 ずっと行きたかった海外。もうわたしには仕事しかない。恋なんて不毛なものより、頑張っただけ評価される仕事に生きようと誓った。


 アメリカの生活は刺激的な日々だった。わたしは仕事が楽しくて、どんどんのめり込んでいった。そして上々の評価を受け、三年で日本に戻って来た。


 また一人暮らししようとも考えたが、部屋探しすら面倒で実家で暮らすことにした。会社にもわりと近かったので不便ではない。日本に帰って来てからも仕事漬けの日々は変わらなかった。


 わたしが片想いしていることは、同期で親友の留美しか知らない。

 どんな偏屈な取引先でも堂々と対峙するわたしが、片想いの相手に三ヶ月も自分の気持ちを告げることができないなど、とても信じられないようだった。


「でも沙羅、恋愛は苦手みたいだしね」


 留美の言う通りだった。それに前の彼氏にされた仕打ちがまだ尾を引いている。恋愛に臆病になっていた。


 しかしそんなときに降ってわいたようなお見合い話。おそらく父の差し金だろう。仕事ばかりで結婚する気のないわたしへのあてつけ。

 竹田のおじさまからの話だから、変な人ではないだろう。でもこの久々に抱いた恋する気持ちを、相手に告げずになかったことにはできない。


「留美。わたし、彼に告白しようと思う」

「え? どうしたの、いきなり」

「二週間後にお見合いがあるの。だから彼に告白して、きっぱり振られてお見合いする。せめて気持ちだけは伝えたいの」


 その言葉に、留美は苦笑いだ。


「どうして断られること前提なのよ。うまくいくかもしれないじゃない」

「それはうまくいったら嬉しいけど……」


 わたしの自信なさげな態度に、留美は背中をバシンと叩いて喝を入れてくれた。


「自信持ちなさいよ! 沙羅、仕事と同じようにしっかりやりなさい!」


 親友の励ましに笑みで応えた。


「ありがとう。わたし、行ってくるね」

 






 次の日から会社帰りにカフェに立ち寄り、彼を探す日々が始まった。彼が訪れるのは大抵、夜の七時以降。来る曜日はバラバラで決まっていない。わたしも毎日来ていたわけではないが、毎回会うこともあるし、三週間以上見ないこともあった。


 もし彼がお見合いの日までに現れなかったら、わたしの不戦敗だ。そのときは彼と縁がなかったと思って、諦めてお見合いしよう。そう決めた。


 それから一週間、毎日カフェに通ったけど、彼は姿を見せなかった。お見合いまであと五日。もう駄目なのかな……。


 諦めかけたそのとき、誰かがわたしの目の前で立ち止まった。


「お久しぶりです、樫本さん」

「……的場さん」


 久しぶりに見た片想いの相手、的場隼人さんだった。

 「ここ、いいですか?」という声に頷くと、彼はわたしの正面に座った。手にしていたコーヒーを一口飲み、的場さんは微笑んだ。


「最近仕事が忙しくて、なかなか来られなかったんです」


 その優しげな表情に鼓動が早まる。

 言わなきゃ、わたしの気持ち。ああ、商談ならこんなに緊張することもないのに。


 彼がいろいろ話しかけてきたが、話が全く頭に入って来ない。緊張しっぱなし。コーヒーがなくなったころ、ようやく言葉が出た。


「あの、お話があるんです」


 そう言うと、彼はわたしを見てしばらくの沈黙の後、口を開いた。


「わかりました。場所を変えましましょうか」


 こうして的場さんとわたしは、近くの公園へやって来た。

 辺りは真っ暗で、電灯と月の明かりで辛うじて彼の姿が見える。

 彼は真っ直ぐにわたしを見据えた。


「で、お話とは」


 マズイ。緊張し過ぎだわ。でもこの思いを告げなきゃ、お見合い決定……。言えっ!


 震える手をギュッと握り、口を開いた。


「わ、わたし、あなたのことが好きですっ!」


 言っちゃった。とうとう言ってしまった。

 彼はどういう顔をしているのだろうか。怖くて直視できない。そのまま俯く。


 しばらくお互い無言で、辺りは静まり返っていた。その沈黙に不安が押し寄せる。

 もしかして困っているのかな。興味もない女に告白されて、どう断るべきか悩んでいるの?

 このままではいられないので、勇気を出して顔を上げた。暗くて、彼の様子がいまいちよくわからない。どうやら口元を手で覆っているようだ。まさか笑っている、ってことはないわよね?


「あ、あの、ごめんなさい。突然こんなことを言われても、迷惑、ですよね?」


 恐る恐る尋ねる。もう断られることしか脳裏に浮かばなくて、自分の想像で涙が出そうになる。でも我慢。泣くな、彼の前では泣きたくない。

 唇を噛み締め、彼の言葉を待った。


「違う……迷惑なんかじゃ……」


 彼の小さな声に、ハッとして顔を上げる。その言葉の真意が聞きたくて、耳を澄ませた。


「僕も、です。樫本さんのこと、ずっと気になっていました。あのカフェへ通ったのも、あなたに会いたかったから。コーヒーなんて、おまけです」


 彼はすぐそばまで距離を縮め、わたしを見下ろして言った。


「僕とお付き合いしてください」


 まさかの逆転ホームラン。失恋せずに済んだ安心感で、目からボロボロと涙が溢れた。そんなわたしをそっと抱き寄せて、指の腹で涙を拭ってくれた。


 人けのない暗い公園は、一瞬で二人だけの幸せな世界に様変わりした。




ベタですね~。

次は的場視点。修羅場ですよ~。

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