小さな恋の物語
まさか彼を主人公とする日が来るとは……
少年の名前は塁。小学一年生だ。
今日は、少年の叔父の結婚式。結婚式に出席することは初めてで、彼は楽しみで仕方なかった。
少年は思う。
あの女性が叔母になるのか、と。
しかし「叔母さん」と呼ぶと怒るので、決して呼ばない。彼女は優しいが、怒ると怖いことをよく知っているからだ。
少年は普段よりもおめかししていて上機嫌だ。
しかし走り回ると服が汚れるので、大人しくしているように母親に言われていた。少々がっかりして、じっとしていることにした。母親も怒ると怖いからだ。
少年は二歳上の兄と一緒にいようと考えた。しかし兄は結婚式で何やら役目があるらしく、どこかに行ってしまった。
「つまんないの」
少年はがっかりする。
しかしじっとしていることが苦手な彼は、親族が集まる部屋から抜け出し、探検をすることに決めた。外に出れば、そこには広大な庭園が広がっていた。
自由に駆け回っていると、自分がどこから来たのか、どこへ戻ればいいのかがわからなくなってしまった。
「どうしよう」
迷子になったと気づいた少年。不安になるが、「男は泣いてはいけない」という父親の言葉を胸に秘めている。そのうち会えるだろうと思い、彼は探検を続けた。
すると草むらの陰から、泣き声が聞こえた。
「ひっく……パパぁ、ママぁ……どこぉ……?」
そこに近づくと、幼い少女がしゃがんで泣いていたのだ。
「だれかいるのか?」
少年の言葉に、少女は顔を上げる。彼女は目に涙をいっぱい溜めて、彼を見つめた。
――かわいい……。
少年には少女が天使のように見えたようだった。少々赤くなりながら、彼女に声を掛ける。
「おれ、るい。おまえは?」
「……ゆり」
「まいごか?」
「うん」
「おれがゆりのパパとママをいっしょにさがしてやるよ」
「ほんと……?」
少年は少女の言葉に頷き、手を差し出した。彼女はその小さな手を彼の手に重ねた。彼はそれをギュッと握り、彼女を立たせてから歩き出した。
二人は両親を探しながら、庭を歩き回った。
ところがいつまでたっても見つからない。せっかく泣き止んだ少女も、不安で再び泣き出してしまった。
オロオロしながら彼女を見つめる少年。慰めたいのに、どうすればよいのかわからない。
迷った挙句すぐそばにある花壇から花を引っこ抜き、彼女に差し出した。
「これやるから、なくな!」
少女はおずおずとそれを受け取り、花を見て、泣きながらも笑った。
「るいくん、ありがとう!」
その笑みに魅せられ、少年の顔が赤くなっていく。「照れてなんかない」と心の中で言い訳しながら、再び彼女の手を取り歩き出す。
少し行ったところで、少年はようやく知り合いに会うことができた。少女と同じように草むらにしゃがみ込んで隠れている。少年はその人物の背に声を掛ける。
「たくやにいちゃん!」
呼ばれた彼は振り返り、目を見開いた。それは少年の従兄であった。
「塁? お前、なんでここに?」
「おにいちゃんもまいごなの?」
少女の問いに、少年は気づく。彼も少女の目のように真っ赤で、目に涙を浮かべていたのだ。
しかし彼はそれを否定した。
「僕は迷子じゃない!」
「おとこはないちゃ、いけないんだぞ!」
少年が父親の教えを口にすれば、彼は肩を落としながら呟いた。
「……男だって泣きたいときはあるんだよ」
彼は目をゴシゴシと擦り、立ち上がった。そのときにはいまだに目は赤かったものの、すでに涙は見られなかった。
二人に視線を合わせながら、彼は問う。
「で、二人は迷子なのか?」
頷く二人を見て、ため息をついた彼は少年の手を取る。
「行くぞ。案内してやる」
こうして彼の案内で、二人は無事控室まで戻ることができた。
自分の子供がいないことに気づき、探しに行こうとしていた矢先に戻ってきた我が子たち。お互いの母親が自分の子の名を呼ぶ。
「塁! あんた、どこ行ってたの!」
「由理!」
「「ママ!!」」
二人は同時に手を離し、母親のもとへ駆け寄った。
しゃがんで手を広げた母の胸に飛び込む。少女は安堵で泣き出し、少年もまた母との再会で気が抜け、ボロボロと泣き出してしまった。母親たちは共に、我が子をギュッと抱きしめた。
もうすぐ式が始まる。会場に移動するように式場スタッフに促された。
会場に行こうとしたとき、少女が少年を呼び止めた。振り返った彼は、彼女が駆け寄って来るので待った。
「るいくん、ありがとう」
少女はそう言って、少年の頬に口づけた。少女は天使のように微笑み、両親のもとへ戻って行った。
少年は真っ赤になり、呆けて口づけられた頬を触り続けた。
これが結婚式で起きた、小さな恋の物語……(?)。
「由理、ほっぺにキスはまだ早いだろ!」
「悟志さん、落ち着いて!」
ちなみにこのときの拓也は『悲しみの少年』後の彼でした。
由理ちゃん、将来魔性の女になりそうな予感……。