もう一つの後日談
本編『後日談』の後のお話です。
大人の階段を昇りそこねてから一週間ぐらい経ったある日のこと。わたしはいつものようにカフェでバイトをしていた。このカフェは常連さんが多くて顔見知りのお客さんがほとんど。それなのになぜかこのところ新規のお客さんと見受けられる人がたびたび来ていた。接客しながら首をかしげる。
店長、新規開拓でもした? ホームページ作ったとかフリーペーパーにクーポン載せたとか。いや、クーポン持参のお客さんなんていないか。
バイト仲間もこの現象を不思議に思っていたみたい。
「ラナさん、最近この店、新規さん多くないっすか~?」
「わかる~。サヤカも思ったぁ~。店長のサクラっすかねぇ?」
野口くんとサヤカちゃんだ。この二人とはシフトがよくかぶる。そして店長をいじる。
「君たち、サクラなど雇わなくてもうちの店は儲かっている」
店長は言い切った。なかなかのおもしろ店長だ。中年だけど話がわかる、いい上司といえる。
こんなことを話していた数時間後、新規さんが増加した理由を知ることになる。
「あの、失礼ですが鮫島課長の彼女さんですか?」
注文を取るとき、OL風のお姉さま数人にそう声をかけられた。突然そんなことを言われてびっくりした。
「はぁ、そうですが……」
何だ? 第二の山本さん? また鮫島さんに恋心抱いちゃってる女性の集団攻撃??
しかしこの予想は大きく外れた。そして思いもよらぬことを告げられた。
「どうしてもお礼を言いたかったんです!」
お礼? どういうことなんですか? 初対面の方にお礼を言われるような立派なこと、した覚えはございませんが。
「お礼……とは?」
「あなた、山本沙織を土下座に追い込みましたよね?」
まぁ、実際土下座に追い込んだのは竹田のおじちゃんですがね。
「わたしたち見てたんですけど、もうスカッとしたんです。あの悪魔のような女をコテンパンにするなんて……」
よくよく聞けば、山本さんは女子イビリがひどかったらしい。いじめられた人も数多くいて、会社に報告しようにも親の権力が恐ろしくて泣き寝入りしていたそうだ。
わたしは部外者だし、あの親子がギャーギャー言おうが鮫島さんに被害が出なきゃ関係ないし。
「わたしはただムカついたから、言いたいことを言ったまでです」
そう。ただ我慢できなかっただけ。いつもなら冷静に対処できるはずなのに、自分の恋愛が絡むと冷静じゃいられなくなるんだな。
「実はわたしたち、鮫島課長に憧れていたんです。でもあなたみたいに強い方には敵わないって思い知りました。課長が選んだだけありますね」
「はぁ……。それはどうも」
よくわからないけど、お役に立てたならいいです。
わたしがこの店でバイトしている情報を掴んだ後、何度かやって来てはお礼を言う機会をうかがっていたそうだ。そこまでとは、山本さんはえげつないんだな。
ちなみに現在、山本さんは無断欠勤を繰り返していて、あの日以来出社していないらしい。せめて連絡はしようよ……。
しかしながら当然わたしに好意的な人ばかりではない。
この後やって来たのはいかにも仕事できそうな女性。ヒールをカツカツ鳴らしながらわたしの前に立つ。
「あなたが鮫島課長の恋人ね。話があるの。ちょっと顔、貸してもらえる?」
はい、来た。上から目線~。山本さんとは違い、仕事できそうな人なのに非常に残念。
「申し訳ございません。ただ今、就業中です。御用があれば就業時間外にお願いいただけますか?」
今日はいつも通り対応しようじゃないの。長年(とはいえないけど)の腕の見せ所だよね。でもわたしの返し方が気に食わないみたい。思いっきり見下された。
「たかがバイトが偉そうに。このわたしがわざわざ来てやってるのよ!」
「お言葉ですがわたしは労働の対価として賃金を頂いています。それに正社員もバイトも関係ありません。他のお客様のご迷惑になりますので、ご注文がないのであればお帰りはあちらです」
そう頭を下げた。しかし敵も手ごわい。顔を赤くして憤慨した。
「こんな侮辱はじめてよ!」
こっちだってこんな迷惑な客、初めてだよ。そもそも『このわたしが』って、あんた誰だよ! おっと、いかん。冷静、冷静。
「お怒りならば謝罪いたします。しかしこちらも仕事がございます。いきなり来て『顔を貸せ』など、まかり通るとお思いですか? こちらはあなた様がどこのどなたか存じ上げませんが、お話がプライベートの内容であれば、やはり出直していただけますか?」
そう言うとその人は捨て台詞を吐いて帰って行った。
「こんな失礼な小娘がタイプだなんて、あの方も女性の見る目がないのね!」
勝ったな。やっぱりこうでなくちゃ。客対従業員の関係上で喧嘩売るなんてフェアじゃない。同じフィールドで売られた喧嘩なら、もっと再起不能になるぐらいコテンパンにしてあげるのに。つーか、結局、誰?
この状況をバッチリ見ていたさっきのお姉さま方情報で、この人は取引先の営業の人だって。かなり鮫島さんに色目を使ってたけど、全く相手にされなかったらしい。この人はこれまでは山本さんと戦っていたそうだ。でも鮫島さんの恋人の情報を耳に入れ、ここまでたどり着いたみたい。
取引先と聞いて鮫島さんに迷惑がかかるかと不安になったが、「うちの会社と格が違うから、あっちは手出しできないわよ」とお姉さま。
あの女性も攻略したことで、ますますお姉さま方に気に入られてしまい、仲良くなった。メアド交換をして「課長の情報、流してあげる」と約束してくれた。こんなことしていいものかと思ったが、情報は別ってことでよしとしよう。
その後、そのお姉さま方はこの店の常連になって店の売り上げも上がったとか上がらなかったとか。
完全に傍観者だった野口くんとサヤカちゃんは面白がっていた。
「ラナさんのカレシってすげ~っすね」
「うん。女乗り込んでくるなんて、どんだけイケメンなの~? サヤカ、超気になるぅ~」
しかし唯一彼氏ができた事実を知らなかった店長は驚いた。
「えっ!? あのラナちゃんに恋人? 明日は嵐か?」
……店長、ひどくない?
鮫島の知ることのない、女子ネットワーク(笑)
再び野口くんとサヤカちゃんが出せて嬉しいです。
これからまたちょくちょく出てきます。
次回は意外な人気のあの人の話です。