スプーン一匙の幸福
「あ、あの花きれい!」
咲月がそう言って立ち止まる。
道端には黄色い花が咲いていた。
地面から延びる沢山の枝に、びっしりと小さな黄色い花がついている。
咲月はポシェットから携帯を取り出し、カメラを起動して花に焦点を当て、パシャリ、と写真を撮った。
「めっちゃきれいやねえ。なんの花やろ?」
「……レンギョウ」
「レンギョウ! 前も草ちゃんに聞いた気がする! でもすぐ忘れてしまうねんよね」
咲月は肩をすくめて携帯をポシェットにしまった。
「草ちゃんに教えてもらったその時は覚えようって思うのに、すぐ忘れてまうねん。なんでやろ?」
「たいして覚える気がないんやろ」
「あは、それはそうかも! だっていつでも草ちゃんが教えてくれるもんね! 草ちゃんに聞いたら大抵のこと分かってまうから、私が知っておく必要ないもんねえ」
俺を見て舌を出して笑っている咲月の顔を見ていると、ふわりとレンギョウの花が咲く姿が思い浮かんだ。
俺が大抵のことを何でも分かっているように感じられてしまうのは、俺が咲月と一緒に経験した一つ一つの物事を頭の中で何度も反芻しているからだ。
咲月に聞かれたこと。答えたこと。分からなくて後で調べたこと。その時の咲月の反応。言葉。笑顔。
何もかもを覚えている。
咲月自身は、気になったことをすぐ口に出し、きれいだと思ったものを写真に撮り、俺に笑いかけ、しかしその後それらを見返すことはない。
お前はその一瞬一瞬に真正面から向き合っているから。
それだけ目の前のことに一生懸命だと、過去のことはいつまでも覚えていられないのだろう。
だから俺はお前の代わりに全部覚えている。
お前がいつか思い出したくなった時、ふと過去を振り返りたくなった時に、すべてを取りこぼすことなく手にすることができるように。
写真を撮って満足したのか、咲月はもう他のことを考えているように見えた。
春の空気を身にまとい歩き出した咲月は、ふと思い出したように振り返り、笑顔で俺の手を握った。
なぜか、思わず咲月の手に口づけそうになったけれど、その想いは胸にしまい、風に揺れる咲月の髪を見つめた。




