本日のギルド窓口も平和です
「ええっ!?ゴブリンの討伐報酬、これだけかよ!?」
ギルドのカウンターに、剣士の怒声が響いた。
私は困ったように眉を下げ、提出された素材のトレイを見つめる。
「申し訳ございません……お持ちいただいた角、根本から折れてしまっていて……」
「こっちは命がけで戦ったんだぜ!? もう少し色つけてくれてもいいだろ!」
身を乗り出して抗議する剣士さんの言うことももっともだ。けれど、一介の受付嬢である私に査定基準を変える権限はない。
申し訳なさで胸がいっぱいになり、私は無意識に、手元にあった『純鋼鉄製のペーパーナイフ』を両手でぎゅっと握りしめた。
「どうしても、これ以上は……あっ」
ぐにゃり。
分厚い鋼鉄のナイフがまるで常温の飴細工のように、私の指の形で無惨にひしゃげた。
私は緊張すると、つい手に力が入ってしまう悪い癖があるのだ。
「あ、あの、お客様……?」
恐る恐る顔を上げると、剣士さんは青ざめた顔で数歩後ろに下がっていた。
「あ、いや……よく見たら俺の倒し方が悪かったわ! うん、規定通りで全然文句ない! ありがとう、お嬢ちゃん!」
剣士さんはひったくるように報酬を受け取ると、風のように去っていった。
あっさりと納得していただけて本当によかった。
「次の方、どうぞー」
「おう! 依頼の『暴れ大猪』、生け捕りにしてきたぜ!」
次にやってきた大柄な冒険者さんがドスンと巨大な麻袋をカウンターに置いた。
しかし縛りが甘かったのか、中から凶暴な大猪が顔を出し、鋭い牙を剥き出しにして暴れ始めた。
「あっ、危ないですよ! まだ元気みたいですし!」
冒険者さんが怪我をしてはいけない。私は慌てて身を乗り出し、「よしよし、落ち着いてくださいね」と、大猪の眉間を人差し指でトントン、と優しく撫でた。
ゴッ!!
鈍い音と共に、大猪は白目を剥いて完全に沈黙した。衝撃でカウンターにピシリとヒビが入る。
「……えっと、これで大人しくなりましたね。お怪我はありませんか?」
「ヒッ……はい、大丈夫ッス。納品、お願いしやす……」
怯えきった冒険者さんは、なぜか直立不動で敬語になっていた。礼儀正しい方だ。
「やあ、今日も可愛いね。仕事終わりにどう?」
次に現れたのは、常連のチャラい魔法使いさんだった。彼はカウンターに肘をつき、得意げにウインクをしてくる。
「俺さ、昨日あの『岩砕き熊』を一人で倒したんだぜ? 俺と付き合えば安全保障付きだよ」
「まあ、岩砕き熊を一人で! すごいです!」
あの子、毛皮の下の筋肉がカチカチで、私が山菜採りのついでに素手でチョップした時も、手が少しじんじんしたくらい硬いのに。
「あの硬い筋肉を魔法で倒すなんて、相当な魔力ですね! 私なんて、このくらい思い切り叩かないとダメだったんですよー」
その時の苦労を伝えたくて、私は「えいっ」と、実演を交えてカウンターの端に軽くチョップを落とした。
バキィッ!!
分厚い一枚板のカウンターの端が、無惨にへし折れて床に崩れ落ちた。
「あっ……」
やってしまった。あの時の感覚のままつい手が出ちゃった。
目の前にあるのは頑丈とはいえただの木の板だったのに。
またギルド長にお給料から修理代を引かれて怒られてしまう。
「ご、ごめんなさい! 熊を叩く時のクセでつい……あれっ?」
謝ろうと顔を上げると、目の前にいたはずの魔法使いさんが口から一筋の泡を吹いて床に倒れ伏していた。
「魔法使いさん!? どうしたんですか、急に倒れたりして! 最近クエスト続きで、お疲れが溜まっていたんでしょうか……!」
私は慌ててカウンターから飛び出し、気絶した魔法使いさんに仮眠用の毛布をそっとかけてあげた。
色々あるけれど、冒険者の皆さんはいつも素直で良い人ばかりだ。
「よし、今日の業務はこれでおしまい!」
私は粉々になった木片をほうきで掃き集めながら、明日も頑張ろうと小さく伸びをした。




