デッサン
超短編BLです。
よろしくお願いします。
教室に、鉛筆が紙を滑る音が響く。スケッチブックには灰色の線が無数に走り、線は円を描いて少しずつ形になっていく。
"彼"は、その斜め前に座って白い線が走るイヤホンを耳にはめていた。
好きだな、と思った。
理由なんてわからない。
ただ、ひと目見た瞬間にそう思ったのだ。
光に当てられた黒髪は、角度が変わると茶色く見える。美しいアーモンドの形をした瞳は、笑うと優しげに弧を描く。
全てが美しかった。
彼が笑うと世界が変わる気がした。彼が泣くと、世界が閉じる気がした。大袈裟かもしれないけれど、確かに僕の目に映る世界が変わってしまった。
『何してるの?』
『静物デッサン』
目の前の机に置かれているのは、ビンとハケとりんご。3つのモチーフの質感を書き上げるのが大切、といいながら、鉛筆を走らせる手は止まっていた。
ふと、思いついて鉛筆を走らせてみる。
走り出した黒は止まることなく内に秘めた思いを浮き上がらせていく。気づけば時間が経っていて、額には汗をかいていた。
彼がイヤホンを外す。ワイシャツから覗くそのほっそりとした白い首が、夕日に照らされて光っている。
『何描いてるの?』
彼は僕に聞いた。
何。何と言われても、答えることなんて出来ない。
何と言えばいいのだろう。いっそスケッチブック一杯の思いをぶつけてみようか。いや、そんなことは
できない。
結局、僕は隠すことにした。この思いも、この衝動も。
この気持ちがなんなのか、今はわからない。
ただ、好きだ。
焼きつくように好きだ。
それだけ。
僕はデッサンを内側に隠した。




