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ろく皿目 『河童祭りと荒御霊』

 コウのばあさんの言葉に僕たちは固唾をのむ。


「何なんだ、その荒御霊(あらみたま)っていうのは……」

「あまり大きな声で言うでない!」


 ばあさんが食い気味でコウの言葉を遮った。さきほどまでの温厚な虫一匹殺したことがないような仏の表情からは一転し、眉間にしわを寄せ目を見開いている。鬼の形相とは正しくこれだろう。それほどのことなのだろうか……


「荒御霊様はな、全ての厄災そのものじゃ。特にこの町で起こることはな……」


 厄災……?それは所謂災害などのことを指すのだろうか。

 三人、未だにばあさんの話すことの意味を呑み込めず顔を見合わせていた。

 そんな時、そいつは突如やってきた。


「グッ……!」

「何これ……」

「頭が……」


 割れそうだった。

 視界が歪み、脳内の液晶画面に亀裂が入るようなイメージが湧く。どうやら残り二人も同じ症状のようだった。

 その亀裂が入った画面の向こうで走る一人の少女。あの絵の女の子のようだった。

 もうろうとする意識の中なんとかそれを振り切り、僕はヨタヨタとばあさんに近づく。


「ぐッ……くそッ……おい、ばあさんばあさん!」


 肩を揺すってみたが、ばあさんは目をつむって手を合わせ拝み始めてしまった。

 しばらくするとだんだんこの不快感も収まってゆく。

 この夏の猛暑で三人ともおかしくなったのならまだマシだが、そうではないのだろう。


「……ダメだ。聞いてない。行こう」 


 コウは首を小さく振り、神妙な面持ちでその場をあとにした。




 一旦外にでて仕切りなおしだ。しかし何から触れていいのか全員黙っている。

 最初に口を開いたのはコウだった。


「白いワンピースの……」

「あの絵の中の女の子!」


 と食い気味でミキが言う。


「三人とも同じものをみていたのか」


 ばあさんが言った荒御霊という言葉……それがあの女の子なのだろうか。

 釈然とはしない。


「それよりお前のばあさんっていつもあんな感じなのか?」


 僕は思っていたことを投げかけてみた。普段のばあさんを知らないのだから失礼かもしれないが仕方がない。


「そんなわけないだろ。怒ったりあんなに取り乱したのも……初めてみたよ」

「そうか。なら僕らが来たせいだ。ごめん」


 ふるふるとコウは首を振って謝罪の受け取りを拒否してみせた。


「そんなのはいいんだ別に。俺らが来てくれって言ったんだし。それよりこれからどうする……」


 町一番のもの知りが当てにならないのなら手詰まりだ。

 三人とも腕組みをし考えあぐねていると


「あ、あれ!」


 突如ミキが何かを指さし叫んだ。

 その指の先で、作業服の男性がポスターを壁に貼っていた。


「ん?ああ今日って」

「河童……祭り?」


 『河童祭り開催!伝統衣装で日ごろの感謝を伝えよう!開催は明日、18時から!』とかポスターには書かれているようだ。

 何をするのかは知らないがそんな奇祭があったなんて知らなかった。


「お前ほんと何も覚えてねぇな。昔一緒に行ったんだぞ?」


 どうやら僕はすでに行ったことがあるらしい。しかし子どもの頃のことだ。覚えていなくても別段おかしくはない。


「ウリ!これは使えるかもしれないぞ!」


 自分の記憶力のなさを擁護してるとコウが目を輝かせて叫んだ。


「ここには信仰の厚い人間も毎年たくさん来るんだよ。荒…御霊?のことを聞けるかもしれないぞ」


 なるほど。適当に町中や一軒一軒まわって情報を集めるよりは確かに使えるかもしれない。


「でも……おばあちゃんの様子を見た感じ誰も答えてくれないんじゃないかなぁ。それどころか何かこわい罰とか受けたりして」


 とミキが正論で水を差す。


「それとなくだよ、それとなく!」


 笑いながら能天気にそんなことを言うコウとは反対に、この町にとってデリケートな問題かもしれないことをそれとなくなんて聞けるだろうかと、僕の中には不安しかなかった。


 そして一度コウの家に戻りそれぞれ準備をする。

 部屋は二階のコウの部屋の隣、四畳ほどの空き部屋を与えられた。今はなきあの我がおんぼろアパートに比べたら王宮のような贅沢だ。

 各々準備が整うと僕らは神社までの長い坂をのぼって行った。

 祭りの夜に出歩くのはなんだかどきどきする。祭りを楽しんだ記憶が一切ないからだろうか……


    ***


「なるほど、あの神社までの道全てに屋台が並ぶんだな」


 もうすでに屋台は並び、その黄や赤に反射するきらびやかな電飾の光に、住民たちは群がっている。

 さすが河童祭りというべきか、並ぶ商品は独特で。きゅうりの一本漬けに始まり、焼ききゅうりに煮きゅうり、果てはチョコきゅうりなんて代物まである。

 味は想像できないが、貴重な金を払ってまで食べる代物ではない気がする。


「……てか、僕もこの恰好しなきゃいけないのか?」


 僕は、さきほどコウの家で着替えた服を指でつまみ不満を漏らす。


「当たり前だ!河童祭りには河童の着ぐるみと相場が決まっている!」


 そう、僕らが着ているのはぴったとしたタイトな河童の着ぐるみだ。

 確かに、さっきのポスターには伝統衣装を着てと書いていた。

 だが、それがこれで本当にいいのだろうか……伝統に人格があれば泣いているに違いない。


「で、ミキはなんで普通なんだ?」


 僕は服をつまんでいない方の手でミキを指さす。


「いや、これも伝統衣装の白いワンピースなんだよ?」


 ミキは照れながらそういってくるりとまわってみせた。

 女性だけはどうやら白いワンピースらしいが、僕には河童との関連性を見出すことがどうしてもできない。

 可憐な衣装だとは思うが、緑と白のコントラストはなんだか非常口を思い出し、目がチカチカするんだが……


「じゃあ聞き込み始めようか!」

「それとなく……な」


 そう。重要なのはそれとなくなのである。下手すると村八分ならぬ町八分にもなりかねない話題だと僕は一人覚悟を決めた。




「ダメだ……見えない人を見たことあるかって質問やっぱり変態だとおもわれてるのかな?」

「それとなくどころか、屋台全部まわって聞き取りしたのに成果ゼロか。僕らの記憶や絵の女の子は気にはなるけど、別に大した問題じゃないのかもしれない」


 そう言いつつもあの急な頭痛は無視できそうもない。荒御霊と誰も覚えていな絵の女の子、そして僕がみんなから避けられる原因となった見えない子……何か関係があるのだろうか……


「いや、ウリよ。まだ終わりじゃないぜ」

「え……もしかして上も……」


 首でクイっとコウが示したのは神社の階段だった。

 正直、僕はもう動きたくはなかった。特にこんな河童の恰好をしている真夏の夜は……




 息を切らし階段を上がるとコウが言う。


「ここがメインディッシュと言っても過言じゃないんだよ」

「何がメインディッシュだ。人もまばらで若い人ばかりじゃないか」

「ヒントはあれだ」

「……神輿(みこし)?」


 コウ河童がサムズアップした親指でクイクイっと何かを指し示す。

 それは2本の持ち手の中央に箱のようなものを乗せ、その上に屋根をかぶせたようなよく見る神輿だった。普通と違うのは、屋根の先端に金色の河童が乗っていることだ。


「あのゴールデン河童神輿がどうした?」

「わかんないか?あれがもうじきここから出発するんだよ」

「……で?」

「だぁ・かぁ・らぁ!あそこに侵入できるってわけ!」


 そう言い、コウは誰にも見えないように手を体で隠しながら、今度は賽銭箱が置かれている社殿(しゃでん)を指さした。

 社殿……


「まさか!お前!あの本殿の中に入ろうって……」

「馬鹿!声がでかいってウリ!」


 と言いながら僕の口を大急ぎで塞ぐコウ河童。

 何を言っているのかわかっているのか?どうした、あの愚直な男はどこにいったというのだ。祭りの熱に完全にのまれている。あと河童姿の男に馬鹿と言わるのはなんか腹が立つ。……あ、そういえば僕も河童の恰好だったな。


「ミキ、止めなくていいのか」


 そう言いミキに目をやるが、呆れ果てた顔で肩をすくめながら首を横に振っている。地球上には、こうなったコウを止められるものは誰もいないらしい……




 ガザゴソと、揺れる茂みに隠れる二匹の河童と謎のワンピースの女子。

 僕らは好機をうかがっていた。

 見ると皆、ゴールデン河童神輿の周りに集まり「河童だわっしょいわっしょい」と繰り返し叫びながら神社の階段を下りて行った。悪夢的光景である。

 その悪夢が返ってこないうちに、我々盗人河童は早く行動に移らなければならなかった。


「よしいくぞ」


 コウが先陣を切って本殿に向かう。どうやら不用心にも鍵などはかかっていないらしい。さすが田舎だ。

 木の格子戸を開け中に入る。

 音もたてずに難なく侵入することに成功した。


「さて、お目当てのものは~」

「なんであいつはノリノリなんだ」

「コウは真面目だけど、好奇心も強いの」


 ああなったら止められないわと遠い目をしながらミキは空笑いする。

 彼女なのだからしっかり彼氏の管理くらいしてほしいものである。

 あまり光の入ってこない社殿の中の暗闇に、目が慣れてきたころ僕らは気づく。


「社殿の中に社殿?」


 奥には青……というより水色の小さな社殿があった。

 (ほこら)にしては少し大き目なそれの中を僕たちは調査のためという大義名分と好奇心に負けて開けてしまい後悔した。


「これって……え」


 そう中にあったのは絵だ。しかしただの絵ではなく、僕にとっては見覚えあるどころの騒ぎではなかった。


「僕の絵……」


 コウの絵の中にも描かれていた女の子が僕らの目に飛びこんできた。

 小説家になり絵に触れなくなって久しいが、このタッチや色の使い方は間違いなく僕の絵だった。

 笑顔の女の子の絵。僕の絵なのに身に覚えがない……


「は、はぁ?!なんでだよ……!」


 僕も心の中でコウと同じように叫んだ。

 次の瞬間またぐにゃりと視界が歪む。頭が割れるように痛い。

 今度のは、積み木のように頭から全身が崩れ去ってしまうくらいの痛みが出血大サービスされていた。そしてまたイメージが脳内の画面に映し出される。


「ははは!こっちこっち!」


 それはあの例の女の子と追いかけっこをしているような映像。


「ぐッ……これ」

「こっちだよ!……」


 手を差し出す彼女は言う。


「ウリちゃん!」


 僕の名前?それにさっき見つけた僕の絵……やはり僕はこの子を知っている?

ガタ!


「お前たち何をしているのかね」


 誰かが本殿の戸を開けたらしい。

 無事見つかってしまったことはめでたくはないが、それをきっかけに頭の痛みも消えていった。

 入り口をみると、光を背に黒いシルエットとなっている人物が腕組みをして立っている。


「あ、あのあの町長さん……」


 どうやら町長らしい人物は、僕らの持つ僕らの絵を見て目を見開いた。


「それは……!」


 このおっさんは何をわなわなと震えているのかは知らないが、この絵のことについて何か事情を知っているのかもしれない。


「そ、そうだ!聞きたいことがあるんです!なんでコウが描いた女の子と同じ女の子の絵がこの社殿に奉納されているんですか!それも僕の絵がなんで」

「ほう。見せてみなさい」


 そう言い、おっさんは僕らに手を伸ばす。

 無断侵入して手前ばつが悪く、仕方ないので二枚の絵を渡す。

 二枚の絵を見比べながらそいつは一言


「くだらん」


 と発した。

 僕らは聞き間違いかと思って様子をうかがっていると突然

ビリッ!

 という音が社殿に響く。


「こんなもののことは忘れなさい」


 おっさんはいきなり僕らの絵をびりびりに破いてしまったのだ。


「あッ!!」

「何するんだ!人の絵を!」

「こんな絵よりッ!」


 食い気味でおっさんは、大声と迫力のある顔で僕らを制した。


「こんな絵より自分の心配をしたらどうかね?建造物侵入罪……立派な犯罪だ。後ろの二人は確か大学生だったね?退学になっても知らないよ?」


 こちらに非があるのは重々承知だった。しかし、目の前の大人はきっとよくない大人なのだろうと感じた。

 身動きが取れずにいた僕の後ろで、拳を握りしめコウが叫ぶ。


「ぐっ……脅しのつもりかよ……そういうの一番ゆるせねぇ!」

「ちょっとコウッ!」


バキッ

 コウが振りかぶった拳はクリーンヒットした……僕の左頬に。

 口を切ったらしく少し血が出る。


「すみませんでした。僕らが間違っていました」


 僕は町長のおっさんに、コウ親子を見倣って腰を九十度に曲げ頭を深々と下げた。こんな人生だ。謝罪には慣れている……




「ごめんな。痛かっただろ……でも、なんで」


 僕らは無事帰ってくることができた。

 三人はコウの部屋に集まり、クッションの上に座ってうなだれた。

 そんな時、コウがこちらに頭を深々と下げながら申し訳なさそうに言う。

 やっと祭りの毒が抜けて愚直な冷静さを取り戻したようだ。


「コウわからないの?」


 ミキが声をあげた。


「守ってくれたんだよ?私たちを」

「守るとか大層なものじゃないさ。二人と違って、僕は天下の宿なし嫁なし一文なしのしがない小説家だからな。今後のメリットが大きい方を選んだだけだ」


 幼馴染かつ希望のある若者の人生と自分のこれまでとこれからを天秤にかけただけのこと。僕の人生を知れば、誰でもこうするだろう。


「ウリ……」


 そのあと沈黙が続いた。が、それを切り裂いたのはミキだった。


「決めた……絶対真実を私たちで見つけよう!」

「で、でももう」


 そう、もう何も残っていないのだ。あの絵も誰かに見せるにはボロボロすぎるし、聞き込み調査も失敗に終わった。


「いや、まだあるんだよきっと」


 そうコウはいいながら、ポケットから拾ってきたであろう先ほど破られた絵の残骸を出して僕らに見せた。


「この破片、よく見ると俺の絵しかないんだよ」 

「え!」


 ズタズタで分かりづらいが、確かにその通りだった。

 あの時おっさんは二枚破ったように見せかけて、本当は一枚しか破ってはいなかったようだ。マジシャンかお前は。

 しかし、疑問が残る。なぜ持ち帰る必要があったのか……


「なにかバレたくない秘密でもあるんじゃねかな」


 うーんと僕とコウが考えを巡らせていると急にミキが立ち上がり叫んだ。


「もう怒った!なんでいきなりあんなことされなきゃいけないの?!確かに入ったことは悪かったけど、でも人のもの勝手に壊す方が悪くない?!」

「お、おう」


 とコウと二人同時にハモりながらあまりの圧に顔をこわばらせた。

 そんな僕らをよそにミキはある提案をする。

 今思えば、ミキは意外と馬鹿なのかもしれない。

 その提案は


「町長室に侵入して絵を取り戻そう!」

 



 僕は思う。どうせまた僕が殴られる展開になりそうだ……と。


【作者からのお願い☆】

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作者は小説ほぼ未経験、初投稿なので優しく応援していただけるととてもうれしいです!


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