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ご皿目 『さいかいのぎ』

「ウリ!こっちこっち!」

「待ってよ!コウ君!ミキちゃん!」


 コウとミキとは仲が良かった。

 河原で石拾いをしたり、森や虫の絵を一緒に描いたことを覚えている。

 よく覚えているはずなのに靄の中にいるような矛盾。この靄は一生晴れないような気がしていた。




「なんで……ここに」


 奇跡というのは時として残酷である。見たくもない過去と対面せざる負えないときがあるから。

 油汗をかき震える僕は、腹の底からこみ上げてくる吐き気ともまた違った気持ち悪さを口に手をかざして防ぎ、急いでもと来た道に逃げ帰ろうとしていた。


「待ってくれ!」


 コウがまっすぐに呼び止める。お互い何も言うことはないはずだが……


「い、いやぁ二人とも大きくなって~君たちがこ~んな小さい時から知ってる僕としては立派になった姿を見られて鼻が高いよ~ははは……」

「ウリ……」


 僕はくるりと振り向き直し、頭を掻きながら気まずさのあまり早口で適当な意味のない言葉を並べた。箸にも棒にも掛からぬとはまさにこのことだろう。それほどこの場をなんとかやり過ごしたかった。

 目のまえの二人は拳を握り固まっている。この情けなさに同情しているのかもしれない。


「ごめん!」

「へ?」


 突如、コウが頭を腰が九十度に曲がるまで下げると続いてミキも頭を下げた。


「な、なな何謝ってんだよ~ふたりとも~」

「俺たち二人ずっと気になっていたんだ。いつか謝ろうって。でも気づいたときにはお前引っ越していなくなっていたし、なにもできなかった……言い訳にもならないかもしれないけど」


 茶化すように言う僕とは対照的に、コウもミキも真剣な顔していた。

 ずっと思いを抱えてたことが伺えた。


「はは、お互い子どもだったしそんなもんだろ!あの頃距離ができちゃったのは何も二人だけのせいじゃないだろうし……たしかあれは君たちの親や周りの大人が近づくなって……」

「そう、確かにそうだったよ。でも理由が分からなくて聞いたんだよ、なんでダメなのって」

「それは僕の家が貧乏で、母も水商売をしていたからとかそんな感じだろ?」

「違うんだ……!」


 コウは必死な顔でいうが、違うことはないだろうと思った。それまでかなり仲はよかったんだ。そういう世間体的なこと以外では、僕には思いつかなかった。


「た、たしか見えない子と遊ぶような子とは関わってはいけません!って言われたんだ」


 はて?見えない子とはなんだろうか?幽霊的なことだろうか?確かに子どものころは見えやすいとも聞いたことはあるが……果たして自分はそんなファンタジックな子どもだったのだろうか。


「え……なんだよそれ」

「わからないんだ……ただあの時、親は伝承だとしか言わなかったし私たちもよく覚えていないんだよ」


 ……伝承?なんだそりゃ。どうやら我々親子は何かの冤罪に巻き込まれたらしい。もう母もいないし亡くなった原因もきっとこの町の人たちではない。だから過ぎたことは仕方がないのであるが。


「そっか……まぁ昔のことだし気にすんなよ。じゃあ……」


 振り返り、今度こそ来た道を帰ろうとした時。

ぐぎゅぎゅぎゅ~

 どこからともなく怪音が境内に響き渡る。

 なんだ!このうねり声は!ど、どこから……まさかヒーロー作品のように日常から急に怪獣出現なんて展開じゃないよな!

 ……と警戒したが、振動は自分自身の身体から発せられていた。

 そう、ただの僕の腹の虫だった。


「ははは!……なぁウリ。俺の実家に来ないか?食べて行けよ」


 まだ若干の気まずさを孕みながらも、宿なし嫁なし一文なしの自分には、願ってもない提案だった。


「……いいのかよ。僕がいっても」

「ああ。うちの親も昔のことは反省している。というかなんでそんなこと言ったのか母さんもよく覚えてないらしいし」

「じゃあ……」


 といい、僕は提案を有難く受け入れた。

 そこからはただ黙ってコウの家に向かい三人で歩いていく。

 その後ろ姿はまるであの頃のようだと少しセンチメンタルな気持ちにもなった。


    ***


 家に上がるなりコウの母は、手をそろえコウと同じく腰を九十度に曲げ僕に謝ってきた。この愚直さ……紛れもない親子である。


「上の俺の部屋でまっておこうぜ」


 食事ができるまでコウの部屋で待つことになった。

 階段をあがり突き当りの部屋がコウの部屋であることを僕は覚えている。

 コウの部屋は簡単な本棚に画集が何冊か立てかけられていて、壁には好きなのであろう画家の絵のポスターなんかも張られている。至ってシンプルな部屋だ。

 僕がそんな部屋をきょろきょろみていると


「なんかウリぽいね」


 とミキが言った。


「いやそりゃそうだけど」

「じゃなくて。昔もそうやってきょろきょろしてたなって思ってさ」

「そう……だっけか」


 ああ、そうだ。人の家や初めての場所、少し緊張するような場面では、顔を動かし見回してしまう癖があるのだ。それを指摘できるのは幼馴染らしいな。


「ところでさ」


 僕は、さっきから二人をみていて思った疑問を投げかけることにした。


「お前たちって付き合ってんの?」


 と僕は床に座るや否や聞いた。


「え?」

「いや距離が近いからさ」


 何度でも言おう。そう距離が近いのだ。この異性との距離は自分の人生史において無かった距離なのである。


「はは。そんなつもりなかったけどさすがだね、ウリ」


 いやさすがも何も、さっきから肩や手が無意識かもしれないが、異様な回数べたべた当たっていて気になっていたから誰でも気づくだろう。

 話を聞くと今二人はこの家で半同棲しているらしい。


「そうそうこいつ。いつもいい目してるなぁって思ってたんだよな」

「いい目ってなんだよいい目って」

「覚えてないか?俺らは幼馴染であると同時に絵描き仲間でもあったろ?」


 そう。昔は町中をよく三人で絵を描いてまわった。


「……たしかにそうだったな」

「俺たちは今大学でも絵を描いてるんだ」

「ウリはもう描いてないのか?」

「いや僕は……」


 昔と違い、僕はもう描いてはいなかった。

 そんな意図はなかったがもしかしたら、絵を描くことは母のことや幼少期ここでの暮らしを思い出してしまうために辞めてしまったのかもしれない。

 僕が言い淀んでいると何かまずいこと聞いたかもと二人は気まずそうにしていたので


「ちがうんだ。今は小説を書いてる」


 と素直に白状した。


「へぇー!小説家かぁなんか大人だな!」

「いや普通だって……それに売れてないし」


 そう大人ではない……少なくとも金がなくて大家から逃げるような立派な大人はいないのである。


「ねえねえ!なんてペンネームで活動してるの?」


 ミキがぐいっと前のめりで聞いてきた。圧に負けて僕は渋々答える。


「カワ」

「かわ?」


 思った通り頭の上にはてなが浮いている。


「川が好きだからさ……」

「たしかによく遊んだよねぇ」


 昔川で三人よく石拾いをしたことをうっすら思い出す。


「じゃあカワ先生だ!」


 とミキは無邪気にいう。


「いやいや先生なんてもんじゃないぞ、僕は」

「またまたご謙遜を~」


 先生なんて呼ばれ方をする謂れはない。先生は誰かに尊敬されるような人の敬称だからだ。

 そんなやり取りをしていると、コウがスマホを見ながら突然


「ウリお前、なんだこりゃ」


 と怪訝な顔で言ってきた。


「調べたら、星2って……見たことねぇぞこんな評価」


 どうやらネットで僕の作品の評価を調べて絶望したらしい。コウには刺激が強すぎたようだが、そんな絶望、僕は慣れっこだ。


「う、うるさいなぁ。だから言ったじゃん!売れてないって」

「それにしても限度ってものがあるぞ?低評価作品でも最近じゃ3.5くらいはありそうだけど」

「いいんだよ!いつかわかってくれる人が現れる予定だから!」


 こんな風に、人にいじられたのは、よく考えてみたら久しぶりだった。昔ならむっとしていたかもしれないが孤独を続けてきた身としてはこういう時間も楽しいと感じた。


「そういえばさ」


 じゃれ合う僕らに突然ミキが新たな話のタネを運んできた。


「ウリはなんであそこに来たの?」


 運ばれてきたタネは、僕があまりに難解であるため忘れたふりをしていたものだった。


「え……いやそれはこっちのセリフだけど」


 なぜ二人がいたのかの方が疑問である。なぜなら僕には理由も証拠もあるから。


「私たちも驚いたよ」


 ミキはコウと顔をみやり、話を続けた。


「朝起きたら二人顔を合わせるや否や神社に行かなきゃって同時にハモったんだもん。びっくりしたよ」

「なんだそりゃ……」


 確かにびっくりだが、一緒に住んでいたらそんな奇跡もあるのかもしれない。家族全員が同じ夢をみた話も聞いたことがある。

 今度はお前の番だと何か疑いの目で二人は僕に詰め寄る。


「いや……僕は外で寝てて……」

「外?!」


 急に大きな声出されて驚く。なるほどどうやら、外で寝る人間は世にも珍しかったらしい。


「住処を追われたんだよ」


 いったじゃないか売れてないってと僕はすねたように口を尖らせた。何度自分の口から売れてないと言わせる気だ?

 しかしまぁ幼馴染といるとどうも昔に戻ったような行動をしてしまう。


「なら次の住まい見つかるまでここで住めよ」

「いやいいよ……」


 さすがの僕も分かる。半同棲しているようなカップルの愛の巣に転がり込む罪深さを。

 この提案をのむほど僕は傍若無人な蛮族ではない。


「遠慮なんてしなくていいよ!私たち別に罪滅ぼしってわけじゃないけど、ウリの役に立ちたいの!」


 そう二人はまっすぐな目で食い下がる。

 元々こいつらはそんな気のいいやつらだった。だからこそ避けられた時、ショックも大きかったわけだが。


「じゃあ遠慮なく……」


 眉を目一杯上げ、二人は満面の笑みになる。

 そうだ話の続き!と言われ僕は話の腰を折られたことを思い出す。


「起きた時、傍にこんな手紙が置いてあったんだよ」


 ポケットにつめこんだ朝拾った紙のしわをのばしてからコウにみせる。


「これは……お前の字じゃなさそうだな」

「女の子って感じだね」

「身に覚えもないんだよな……」

「わかった!お酒に酔っていたとか!」


 ミキは拳でもう片方の手のひらをポンと叩き、ひらめいた!という風にいう。


「そんな金はない」


 食い気味に僕は言う。そんな金があるなら僕はタバコを吸うだろう。あれは貧乏の気を紛らわすのに最適なのである。

 そして飲酒なんて正月くらいのものである。


「もしかしたらよ……ウリが見ていたかもしれない見えない子と親が口にした伝承って言葉と俺ら三人の曖昧な記憶、何か関係があるんじゃないのか?」

「関係ってなんの?」

「いや、わかんないけど、こう立て続けに変なことがこの町で起きていると疑いたくもなるだろ」


 うーんと三人で腕組みなんかしながら考えてみる。しかし、僕らが疎遠になる原因を作ったであろう伝承の内容がわからなければ紐づけようがない。


「ご飯できたわよー」


 そんなことを言いあっていると下の階から階段を伝ってコウのおふくろさんの声が聞こえてきた。意外と時間が経っていたようだ。

 三人で、はーいという返事がハモる。これもなんだか嬉しい。




 下に行くと、これぞ朝食というような香りが僕らを出迎えてくれた。

 食卓に並ぶ品数に驚く。煮物に焼き物、ついでにデザートの梨まである。こんなに栄養をとって貧乏特有のアナフィラキシーショックにでもなったらどうするというのだなどと考えながら、僕は美味な食事に舌鼓を打っていた。


「ん?どうしたよウリ」


 僕が焼きナスのようなものに箸をつけようとしたときだった。

 なぜだかその箸を止めてしまった。懐かしい感じがした。焼きナスになんの思いれもないはずだが……


「いや、なんでもない。コウのお母さんの料理きっと世界で一番美味しいなとおもって思わずフリーズしちまった!」


 やぁね~!なんてコウのおふくろさんが笑っていうが、焼きナスなんてごくありふれた料理が僕は気になっていた。何か本当に大切な……なにか……




 食べ進めながら談笑しているとさっきの皆が忘れてしまった過去や町の伝承の話になった。


「そういえば、ばあちゃんがそういうの詳しいぞ」


 口に食べ物と一緒に箸を咥えながらコウは言う。


「ばあちゃん?」

「ああ。八十八歳の。近所に住んでるんだけど、そこに蔵もあってさ。子どもの頃に触れてたものも置いているんだよ」


 なるほど、長生きばあさんなら何か知っているかもしれない。

 あとで行ってみようぜとコウは言う。見えない子や不安定で不確かな僕らの記憶、それに伝承が何か関係しているのだろうか。皆の記憶が曖昧なことに。




「ちょっとまってろ」


 満腹な僕とミキを残し、コウはばあさんの家に消えていった。

 ばあさんの家は、ザ・日本家屋の平屋で、田舎の百姓の家のように大きかった。もしかしたら地主かなんかなのかもしれない。


「ばぁちゃんに許可も取ったし先に蔵の中でも見てみるか」


 全長約五メートルくらいの蔵の戸を開ける。見た目以上に重いのでコウと僕で一斉に開く。

 中にこもっていた歴史の香りが、外に飛び出てきて僕らを包み込む。中では光を浴びてうれしそうにホコリが舞っている。マスクは無くて大丈夫だろうかと少し不安にもなった。


「うへ~。久しぶりに入ったけどこりゃすごい」


 すごいっていうのはすごいものばかりだ!というのとすごいホコリだ!の二つがかかっている気がした。

 僕らは腕まくりする気持ちで、各々証拠の捜索を開始した。


「たしかここら辺に……あれないな」

「これじゃない?このクッキー缶」


 少しするとミキが何か見つける。

 見ると、それはどうやら深めで大き目な正方形のクッキーの空き缶のようだった。上にはもちろんホコリやチリが積もっている。

 それらを払い、フタを開けると


「うわぁ!懐かしい!」

「見てみろよこの石!あの頃のまんまの光り方してるぜ!」


 中を見て、目がくすんだ僕でさえも昔の光を取り戻すように目が輝いた。

 懐かしの石や木の枝なんかも入っている。昔は触れるものすべてがかっこよく感じたものだ。


「これなんだろ?紙?」


 一つ一つ取り出していたミキが一番底からある紙を見つけた。

 何か色鉛筆で描かれているようだった。


「絵かなんかじゃないか?」

「でも一枚だけなんでここに……」

「これ……?!」


 そこには子どもたちが描かれていた。

 子ども達を描いた普通の絵なら良かった。しかし、三人がぎょっとし顔を合わせたのには理由がある。


「子どもが四人……たぶんこの色素の薄い茶髪ボブは私で、短髪ヘアがコウでしょ?で、この前髪で目を隠してるのがウリ……えっと、もう一人は……」

「誰だ……この子」


 そこには楽しそうに手を繋いでいる四人の子どもの絵が描かれていた。たぶんこの画力はコウだ。子どもの頃から大人顔負けの才能がある。

 三人は僕でもはっきりとわかる。だけど、もう一人……

 それは、白銀の長い髪で眼は綺麗な水色の女の子……僕は……いや僕らはこの子に会ったことがあるのか?思い出せない。


「これは俺が描いたものだと思うけど、誰も知らない子を描くなんて……そんなことするか?」


 ここにいる誰も疑問の答えを持ってはいなかった。

 だからこういう時は、年長者にきいてみようということになったのだ。

 駆け足でコウのばあさんの家に三人で上がり込む。


「ばあちゃん!聞きたいことがあるんだけど」


 僕らはばあさんに今日あったことや伝承の話題が出たことを伝えてみる。


「伝承?ああ河童様のことかえ?」

「河童様?あの神社で祀られている?」


 ふと、先ほどまでいた神社の鳥居の神額に「河童大明神」と書かれていたことを思い出す。


「そうじゃよ。だがな、あれは末社といい本社は森の奥にあるんじゃ」

 ばあさんの話では、どうやら末社から離れた場所に本社という本拠地みたいなものがあるということらしい。


「皆不幸が続いたり体調が悪い時は本社の方へ行きお願いしとったらしいんじゃが」

「らしい?おばあちゃんは行ったことはないの?」

「ああ。昔はあったらしいのじゃが、なぜか忽然消えてしまったらしいのじゃ」

「そうなんだ」


 その消えた本社を追えば何かわかるのだろうか。いや消えたなら見つかるはずはないか。


「そうだ!ばあちゃん!これみてくれないか」


 コウがそう言い取り出したのは、あの絵だ。あの誰一人として覚えていない子が描かれた絵。

確かに不思議ではあるが、昔に子どもが描いた絵を見せたところでこの老婆には何もわからないのではなかろうかと期待などしてはいなかった。


「どれどれ……!!」


 しかし、その老婆はさっきまでにこやかに細めていた目をかっぴらき、顔を青ざめながらフリーズしてしまった。


「……おばあちゃん?」


 そう心配そうにミキが声をかけると


「きやぁああぁあああぁッ!!」


 歳に似つかない悲鳴をあげ、ばあさんはその絵を手で弾き飛ばしてしまった。

 見ると丸まって震えている。何があったというんだ。それじゃまるで僕らがイジメているみたいじゃないか。


「ど、どうしたんだよばあちゃん!」


 コウが駆け寄ると震え声でばあさんは言う。


「それは荒御霊様じゃ」

「あら……みたま?」


 改めて絵を見て思う。

 僕らは何か重要なことを忘れ、踏み込んではいけない領域に差し掛かっているのではないかと。



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作者は小説ほぼ未経験、初投稿なので優しく応援していただけるととてもうれしいです!


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