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さん皿目 『はしれおろかもの』

ハァハァハァッ

 目線は定まらずガタガタで、交互に見える指をみると爪を最近切っていなかったことを思い出す。

 脚は僕がこけないように次々に襲い掛かる体重を必死に支え、腕は前に大きく振って推進力を助けてくれている。……振るという表現はお行儀が良すぎたかもしれない。手でつかめもしない空気をみすぼらしくかいて前に進んでいるようにしかみえないだろう。

 元運動部でもなければ得意でもない僕はフォームもデタラメで口は開きっぱなしだし呼吸も浅い。

毛穴から顔をのぞかせる大粒の汗は止まるつもりはないらしい。そりゃ夏だもんな。良い大人はこんな真夏に給水なしに全力疾走してはいけない。

 今自分が逃げているのは人見知りだからではない。まして目の前から来た男女に自分にはおおよそ皆無だった青春を感じコンプレックスから逃げたわけでもない。


 僕が逃げているのは過去からだ。




 そろそろ我が城であるところの愛しのおんぼろアパートが見えてくるころだ。ここの2階、203号室が我が家だ。日当たり良好で夏は窓の真横まで伸びた大木から可愛い幼馴染ばりに朝セミが優しく起こしてくれるサービスつきである。


「もう大家さんも諦めたよな……」


 そう高をくくっていたが甘かった。

 僕は今目の前の事実を呑み込めずにいた。

 目に映るのは、トラック3台に、小さいかったり大きかったり、アームの長かったりするショベルカー。

 我が城が様々な重機で、今まさに解体されていたのだ。


「ちょちょちょちょっとおぉお?!」


 僕はヘルメットをかぶり、藍色の作業着に身を包んだ職人を呼び止めた。


「ああ。もしかしてあんたか?話は聞いているよ。そこに荷物あるから持っててくれ」


 指をさされた先をみると、僕の本やら筆記用具やらが敷地内ギリギリのところにきちんと並べられて置かれている。

 その荷物に必死で駆け寄ると上に二枚の手紙が置かれていた。

 一枚はどうやら大家さんのようで、「以前から解体の話は出ていました。住民の皆様とも相談し了承も得ています。あなたが逃げるのでこれは仕方がないことです」とのことだった。なるほど。言い返す言葉も見つからない。

 もう一枚は僕を母の代わりに面倒みてくれた親せきのおじさんからだった。

「ショウリ君元気にしてますか?そちらの生活が厳しいようならいつでも戻ってきてくれていいから」とのことだ。

 別に都会の暮らしが嫌だったわけではない。もちろん親切で優しくしてくれたおじさんが嫌いなわけでもない。

 おじさんの家は決して裕福ではないだが貧乏でもなかった。小説を学生時代から書いて売れてはいないけどデビューもできておかしな話だが、富や名声など一切ないのにそれなりに満足していた。

 しかし一人だったら今頃どうなっていただろうかと考えた時、ふと貧乏のなかでも笑顔を諦めなかった母を思い出したのだ。

 昔の記憶もおぼろげだしこの土地にも来ようとしたことは一度もなかった。だがそれは過去から逃げているからではないのかと思い当たったのだ。だからここに舞い戻ったというわけだ。

 

   ***


 行く当てもなくぶらぶら浮浪していると右側に真っ赤なジャングルジムが目立つ公園が見えてきた。他にはブランコとドーム状のものに穴を無数に空けた謎の遊具ただそれだけだ。

 今日は謎ドームにお世話になるかと公園の中に入っていく。

 ドームに近づくと遮られて見えなかったが水道を発見する。これさえあれば夏でも何日か持つか!と心のなかで飛び跳ねた。

 この水道……思い出してきた。昔ここでよく4人で遊んだっけ。

 他の場所にはなくてここにあるものそれは……上手い水道だ。

 味なんて変わるのかと思うかもしれないが、これが結構違う。引っかかりがなく飲みやすかったことを思い出す。

 早速蛇口を捻り両手で椀を作りいただく。

 そうそう、この味だった気がする。

 昼間の駄菓子屋といい、何も変わっていないことに少し安堵した。

 空を見ると結構走ってきたからかもう夕暮れになっていた。ただ暑さはそこまで収まったようには感じない。

 ドームの中に荷物を運び、地面に腰を下ろす。中は少し涼しく感じる。

 そういえば、あの河童の家は涼しかったな。いろいろありすぎて考える余地がなかったが、あの家にいるとき真夏の暑さは感じなかった。


「やっぱり河童ってすごいのかな」

「ふふ、少しは見直してくれました?って何がすごいと思ってくださったのかわかりませんが」


 急に遊具に空いた隣の大穴から声がした。このとにかくかわいい声は……


「なんだ追ってきたのか」


 横を見るとリツが河童のスーツを脱ぎ、昼間みた白いワンピースに着替え、あの美しい姿でしゃがんでこちらを見ていた。


「いきなり走りだすんですもん。心配しますよ!」


 と彼女は頬を膨らませていう。

 心配か……誰かに心配されたのなんて親せきのおじさん以来初なんじゃないのか。


「いきなり声かけるなよ。びっくりするだろ」

「すみません。でもびっくりしたのはこっちも同じなんですよ?こんなところに隠れているなんて」

「予想外でびっくりしたのか?」

「いえ、予想通りで」


 そこにはニコっと微笑む彼女がいた。

予想通り……?それは読みやすい人で助かりました~みたいな意味だろうか?この土地に信仰が生まれるほどの存在だ。町のことなどすべて把握しているのだろう。さすがは河童様。


「なんでもいいけど別に隠れていたわけじゃないぞ。ここはすこし涼しいんだよ」

「たしかにそのようですが、もう日も暮れますしお家に帰らないと!」

「……え、ないんだよ」

「え?」

「家がないの!大家に取り壊されて僕の帰る場所なんてもうないんだよ!だからここで今日は寝る!」


 自分でも気づいてなかったが自暴自棄なっているらしい。心配してきてくれた彼女に大きな声を出してしまった。これは大人げなかったと後になって思う。


「……」


 リツは俯いて黙ってしまった。そりゃそうだ。甲斐性もなければ運も家もない。愛想を尽かせて当然だ。元々愛想なんてものがあったかわからないが。


「……もしよろしければ、うちにきませんか?」


 すこし上目遣いで彼女は言う。


「う…ち…?」


 うちって家……だよな?きませんかって泊まるってことだよな?

いっていいものだろうか……河童とはいえ女性の家に……あ、オヤジもいたわ。なら大丈夫か。


「いいのか?」

「もちろんです!……ウリさんが構わないなら」


 僕たちは立ち上がり公園を後にした。


「そういえば、なんで河童スーツ脱いでんの?」

「あれはウリさん以外の方にも私が見えるようにするためでしたから」


 答えになっていないなと僕が思っているとリツは


「今はウリさんにだけ見てほしかったんです」


 そう言い、ハニカんでみせた。

 歩き出した二人の背中を夕日が後押ししてくれている。


   ***


 僕らは二人並んで、僕が決死のダイブを行った河原まで降りてきた。

 人の気配はなく、ただ何にも頓着せず川の水は穏やかに流れていく。


「ここから先の森に入っていきます」


 目のまえの森を指さし彼女は言う。

 わかったといい僕が前に進もうとするとぎゅっと手を繋がれた。

 温かい体温が伝わってくる。これは彼女が生きてる証だ。

 女子と手を繋ぐ……日常で通常男子ならうれしいはずだが、今から河童の家に向かうというこのシチュエーションにおいては、繋がれた意味がよくわからんかった。


「……えと、これ何?」

「ごめんなさい。こうしないと通れないんです」


 手を引かれて歩き出す。

 彼女の話によれば、河童の家はある力に守られていて別に服でも頭の皿でもなんでもいいが河童サイドのものに触れていなかればたどり着けない仕組みになっているらしい。

 手を仲良くつなぎながら森の中に消えていく。外からみたらどういう風にみえているのか気になるところだ。下手すれば通報されるかもしれない。

 



 すこし進み茂みを抜けると昼間出てきた家が視界に入ってきた。


「ただいま帰りました~」

「おう帰ったか……ってなんで小僧がいやがる!バカ野郎!」


 帰ってきた娘と僕をオヤジ河童はリアル河童スーツを着て出迎えてくれた。なんでずっと着てるのかとかそもそも名前も聞くの忘れていた。とりあえずオヤジさんでいいか。

 そしてオヤジさんよ。そのバカ野郎は正しいぞ。自分もなんでこんなことになっているのかいまいちわからない。


「行くところがない……ねぇ」

「はい……」


 畳が敷かれ丸ちゃぶ台が置かれた昼間いた居間に行き、経緯を話してみた。正座を強制されたわけではないがこういう時は無意識に正座してしまう。


「わかった。好きなだけいろバカ野郎」

「……オヤジさん、いいのか?」

「二度も言わせるなバカ野郎」


 出かけた時と同じくこれまたすんなりと受け入れてくれた。実はオヤジさんは優しい人なのかもしれない。河童に優しい人いうのが適切かわからないが。


「さあさあ!お泊りも決まりましたしご飯にしましょう!」


 そういうと様々な料理が食卓に運ばれてくる。


「おおー!」


 そういえば最近ろくなものを食ってなかった。今日は昼の駄菓子と朝深く吸ったタバコくらいのものだ。貧乏も続けば空腹にもなれる。だが食わねば死ぬ身なのだ、食事は素直に有難い。


「これ全部リツが作ったのか?」

「はい。作り置きしておいたものですが」


 頬を赤らめて少し照れながら彼女は言う。


「いや!これは立派だよ!それでは早速……ん?」


 箸を意気揚々と持ち上げて、迷い箸をしている途中でピタッと止める。

 よく見ると食卓に並べられた料理はすべて野菜や穀物で出来ているようだった。


「ど、どうしましたか?何か苦手なものでもありましたか?」


 リツは申し訳なさそうに停止する僕の顔を覗き込んできた。

 相変わらず少し距離が近い気がする。


「いやいや!そんなことはない!ないが……野菜ばっかりだなと……」


 別に野菜が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。貧乏人にとってはただで食事をいただけるほどの贅沢はないだろう。

 しかし、少し肉料理を期待した自分もいたことは否めない。

 よくよく考えてみれば、今僕がいるのは河童の家なのだ。河童といえばきゅうり。きゅうりといえば野菜だ。そもそも草食なのかもしれない。


「なるほど!河童といえばきゅうり!きゅうりといえば……」

「一応言いますがお肉もたべられますし草食ではありませんよ?」


 ふふ、と笑いながらリツは言った。

 言おうとした先を読まれてしまった……しかし、ではなぜ肉なしの食卓なのだろうか?まさか、昼間ほったらかして走って逃げたから嫌がらせか?


「私たち河童にはルールがあるんです。それは生命の生き死に関わらないこと」

「せ、生命の生き死に?」


 なるほど、確かに野菜なら一部を食べているといえるだろうから直接生き死に関わっているわけではないのかもしれない。


「はい。私たちはこの星に住む皆様を見守る立場にありますから」

「……そう、なのか。ではその野菜はどこでとってくるんだ?耕したり虫を避けたりするとき多かれ少なかれ殺してしまいそうなものだが」

「ああ、この野菜は裏の庭にある畑に勝手に実がなるんです」

「そこから俺が毎朝採ってくるんだバカ野郎」


 黙々と食べながらオヤジさんが割り込んで言う。


「まぁ私たちは水があれば最低限のエネルギーで存在できるのですけど」

「へ~なんかそれは河童ぽいな……!!」


 そういいながら焼きナスのようなものに箸をつけてみると、あまりの美味に目を見開き言葉を失った。


「ど、どうですか?」

「この焼きナス最高だよ!今までの食事史上、一番うまいかもしれない……シンプルなのに奥深い。焼き加減一つでここまで変わるのか」

「へへ、なんかとっても嬉しいです。もっともっと焼きナス食べて下さいね!」


 笑顔になったリツをみているとこちらまでほっとする。僕の感想を期待半分不安半分で待っていたらしい。


「そうだ!今日お風呂どうしますか?」

「あ~そうだな。あれだけ動き回ったし、そっちが良いならいただこうかな」


 風呂には入りたい。いつもは、今は無き我が城の近くにある驚異の入浴料280円の銭湯で済ませていた。だがここからでは遠い。帰りに汗だくになるのは避けられないだろう。借りられるならそれに越したことはない。


「じゃあ一緒に入っちゃいましょうか!」

「ははそうだないっしょに……」


バッ!

 目を見開き全力で首を回し勢いよくリツの顔に視線をやる。

 こいつまじか……どういうつもりだ。しかもお、オヤジさんの前で……自分がオヤジさんと同じ立場なら絶対立ち合いたくない場面だ。


「ああ、構わんぞ……」


バっ!

 オヤジさんの方にも同じく勢いよく視線をやる。

 オヤジさん!!どうしちゃったんだよ!親バカなあんたはどこにいったんだ!

動揺してんのかオヤジさん!語尾のバカ野郎も忘れてるぞ!

 僕が見た時オヤジさんの手元には、すでに無惨にも真っ二つに折られた箸があった。それはまるで少し未来の僕を暗示しているかのようだった。




 タイル張りの昔ながらの風呂場。足元は少し冷たい。ピチャンと天井から降る水滴が木の桶に当たって跳ねる。そういえば水面に一滴、水を落とした時に王冠のように跳ねる現象をミルククラウン現象というらしい。

 などと、どうでもいいことを考え気を紛らわせながら他人の風呂のど真ん中で立ち尽くす人物がいた。

 それは紛れもなく、僕だった。

 





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作者は小説ほぼ未経験、初投稿なので優しく応援していただけるととてもうれしいです!


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