じゅっ皿目 『かっぱのおんがえし』
「ばあちゃん!」
僕たちはコウのばあさんの家に押し掛けた。
唐突な来訪にばあさんは一瞬固まっていた。
こんないきおいで乗り込まれたら当然だろう。
「あのこれ……」
「それは!?」
ミキが役所にあった巻物を渡すと固まった顔から今度は目をクワッ!っと見開き
「なんてものを持ってくるんじゃ!」
と、やはり前に僕の絵を見た時、荒御霊の話をしたときのような拒絶をみせる。
「わしは見んぞ!」
前までのただの売れない作家の自分なら引いていたかもしれない。諦めていたかも……でも、今は引けない理由がある。
「お願いします……僕の……僕らの親友が消えるかもしれない。もう二度と会えないかもしれないんです」
懇願するが、ばあさんはそっぽを向き黙っている。
気持ちが足らないから必死さが伝わらないのだきっと。
そして気持ちは形に変えるべきだと僕は一歩下がり、
「この巻物に手がかりが書かれているかもしれない……僕らはもう一度あの子に……あの子の笑顔に会いたいんです!」
僕は膝をつき、頭を床にこすりつけた。所謂土下座の姿勢だ。
このもの知りばあさんが最後の希望な気がした。
「どうか、お願いします」
僕のセリフの後に続いて
「どうか、お願いします!」
コウとミキも頭を下げた。
無言が空間が無限に広がっていく。
しばらくした後ばあさんは重そうに口を開き、溜息を一つこぼし
「わかった……孫に頭を下げられてまで願いを聞かぬはババアの恥じゃ」
それを聞いて僕ら三人は顔を見合わせる。目は一筋の希望の光に輝いている。
「だが、これが最後じゃぞ?これ以上荒御霊、セオリツの話をわしに持ってくるでない」
その後ばあさんはしばし待ってろと言い、巻物をもって奥に消えていく。
一時間は経っただろうか。ばあさんが奥から戻ってきた。
そしてすぐ巻物を机に置き、開いて僕らに見せる。
シミや汚れ、色あせた感じとか、やはりかなり古いもののようだ。
目の前には森と着物を着た女の子の絵が描かれている。
「これ、あの森か?これがあの子……リツ、なのか?」
「これにはどうやらこの町が村だった大昔からの神話が書かれているようじゃ」
ばあさんは奥で解読してきた内容を僕らに言い聞かせ始める。
「森の奥に一人のヒメがいた。そのヒメは不思議な力を持ち、人の傷や病を癒し、大雨などで氾濫した川を鎮めたりしていたそうじゃ。その力で人々の信仰を集めていったようじゃ。しかしヒメは大罪を犯す」
大罪……ヒメとはリツのことで神ならば、神に大罪なんてあるのか。
「大雨が続き、川が氾濫した日。一人の若者が濁流に呑まれ川で溺れた。それを助けるために溺れる若者に口づけをし自らの神としての核、ナオヒを移し、自らの存在と引き換えに生き返らせてしまったのじゃ。そうしてヒメは消えていったそうな」
人を生き返らせて……消えた……?
果たしてそんなことができるのか?
「失われていくヒメの力を取り戻し、ヒメの存在を復活させるために人々は森の中に本社を建てそこで長い年月祈り続けた」
「なるほど。その本社にみんな病気の時や災害の時は祈りを届けていたわけか……」
それは以前ばあさんから聞いた話にもあった気がする。それに母さんも僕の病を治すために大雨の中、祈りに行ったのか……
「しかし、それを見て利用しようとしたのがその頃の村長じゃった。村長はこっそりと本社を壊し、村をかろうじて守っていたヒメの不思議な力をなくしたあと、災害を待った。そして案の定壊滅的な災害が起きた。その時、村長はその災害すべてを祠を壊され暴走したヒメ神、荒御霊セオリツのせいにした」
確かに昔なら何かあれば神や悪魔見えないもののせいにしたかもしれないが……
「しかしなんで村長はわざわざそんなことを?神が憎かったのか?」
「い~や。この災害で柵だのインフラだのが壊れたそうじゃ。しかし、それは村長の計算通りだった。村長は災害に備えるために充てられるはずの村の金を全部自分のものにしたんじゃ。人を守り村を守るはずの設備はぼろぼろ。壊れて当然じゃが、壊れたのは災害を引き起こした神のせい……そういうことなんじゃろう」
都合の悪いことは見えないもののせいか……
昔も今も悪いやつはいるものだなと思う。
「この策により村長の懐は潤ったが、同時に村民の不安はピークに達していた。なんせ信頼していた神に裏切られたようなもんじゃからな」
「確かに、いつまでも悪事なんて続かないよな。じゃあ暴動が起きたり、村人は村を捨て出ていったんじゃないのか?」
少しばあさんは黙って、眉間にしわを寄せまた話始めた。
「そこで村長が新たに作ったのが河童信仰だったのじゃ。偶然にも災害は治まったようじゃが、もちろんなんの根拠もない。しかし皆、藁にもすがる思いだったのじゃろう。人々は新たに神社を建て崇めた」
「それが今この町に残る河童信仰」
町の住人が生まれて身近にあり続けた神様が、昔の悪党の悪事を誤魔化すために作られた偽のカミサマだったとは誰も思うまい。
これまでの話からリツが消えた理由ともう一度存在を取り戻す方法もなんとなく見えてきた気がする……
「ちょっと待てよウリ」
腕組みをし考え込んでいた僕の思考をコウが横から急に引き留める。
「確かササハラはあの時、町長には脱税や横領の疑いがあるっていっていたぞ。昔の村長の頃から伝統のように受け継がれてきた悪行だとしたら」
……河童信仰だけではなく、税の不正もこの時代まで続いていた?
「もしかしたら、お前のお母さんが柵が壊れて川に落ちたのは……」
「町長が設備の修繕に使う金を横領し、柵が古くなっていたからあの事故が……起きた……」
ただのこじつけと信じたいが、事故の記事には、確かに「柵が壊れ」と書いていた。しかし……
「昨日言った通り、今日ササハラと会う予定だ。そこで確かめてやる」
僕は母の死と町長の不正が繋がったり繋がらなかったり、行ったり来たり考えがまとまらずにぼーっと決意を固める二人の顔を眺めていた。
***
ポツポツ
「なるほど……そんなことがあったのか。今の町長ならあり得る話だ」
雨が降り始めた頃、僕らはコウの家に戻り、ササハラも加えてこれまでのあらましを説明した。
ササハラは以前あった時とは別人のように神妙な顔で話を聞いていた。
「大変だったな、ウリくん」
「いえ……で、あの役所から持ってきた資料、どうだったんですか?」
「やはり調査の結果、町長は脱税と横領を繰り返していたらしい」
さっきばあさんから聞いた話は本当のようだ。ならやはり母の死は町長の不正も一端を担っているってことか……
「これから役所にこの手紙を持っていき、町長をおびきだす」
「そんなに上手くいきますか?」
「大丈夫。金で交渉するということにしておけば必ず来る。金におぼれている奴は金でなんでも解決しようとするからな。それにもう実は警察にも相談しているんだ」
勝ちを確証したササハラは決意に満ちた目で僕たちの顔を見まわした。
金の切れ目が縁の切れ目なんていうが、金だけに動かされる人生の虚しさを僕は感じていた。
***
ザアザアザア
雨脚が強くなる中、僕らはあの記事に書かれていた柵が壊れ母さんが落ちた道で待っていた。
いつもはあんなに鬱陶しい雨も、こんな時は自分たちの背中を支えてくれているような気がする。
「で、何だねこの怪文章は。通報されたいのか?なんのことだかわからないが、れっきとした脅迫だぞこれは」
傘を差し秘書を連れて町長が偉そうな仏頂面をひっさげてやってきた。
「これを見てください」
「なぜそれを?!」
ミキはササハラが持ってきた調査報告書と盗んだ資料を突き出す。
「貴様ら……脅迫の次は窃盗か。どうなっても知らんぞ!」
「それはこっちのセリフだ。覚えているかここから落ちて亡くなったこの女性を」
「その記事も盗んだのか……」
今度はコウが母さんの事故の記事を突き出す。
町長は俯きしばらく黙ったあと、こちらを鋭くにらみつけ口を開いた。
「……ああ。もちろんだとも。バカな女だよ。あんな大雨の日に外に出てガキのために居もしない神になど祈るなんてな!」
「お前ッ……!」
「ウリ……」
ミキが心配そうに僕の方に目をやる。
やはりこの男が事故の一端を担っていた……それだけ分かれば十分だ。
「責任はとってもらいますよ」
「この資料と調査報告書からあなたの脱税と横領の罪を告発します。それにこちらには証人もいます」
「!!」
僕の言葉を合図に隠れていたササハラが姿を現した。
「ササハラぁぁああぁッ!!」
それをみた町長は幽霊でもみたような顔をして驚く。そりゃそうだ。ある意味では社会的に抹殺したようなものだからな。
「お久しぶりです、町長さん。役所での思い出話に花を咲かせたいところですが、時間切れのようです。聞こえますかこの音」
遠くからウーウー!とサイレンを鳴らし町長の悪行を終わらせる正義の死神が近づいてくるのが分かる。
「くそ……ッ!」
「長く続いたこの腐った政治もこれで終わりです」
「……何が終わりだ。私は悪くないぞ……昔の村長から続いた伝統だ。お前らだってすべてを荒御霊のせいにしてきたじゃないか!」
「そうだ。この町の人たち……いや全人類がそうなのかもしれない。何かがあれば神は助けてくれないと」
それは僕ら人間の弱さだ。責任転嫁しなければ耐えることのできない心身の脆弱さ。
だけど、過ちに気づいたものはいつもでも弱いままではない。
「でも、ここからでもまたやり直せるって僕たちは信じている」
「く……」
町長は絶望に歪む顔をし、腰が抜けたのだろうか、自分の重心を支えることができないといった感じでよろよろと後ずさりをし始めた。
「お、おい。そっちはあぶな……」
ズルッ!
「!?」
ザパーンッ!!
途端、町長が僕らの視界から消えたのだ。
「まさか飛び込んだの?!」
「いや!滑って落ちたんだ!!下は川だぞ……今日の濁流じゃ……」
落ちた……?母さんが死んだのと同じ場所で?
はは、これはあれだ、天罰ってやつだ。ざまあない。
そう思う気持ちとは裏腹に、僕の脚は前に踏み出していた。
「ウリ!!」
「待て!お前、泳げないだろ!!」
僕は気づくと走り出していた。コウが言う通り僕は金づちだ。だが、何も策がないわけではない。それは脳裏にかすかに残る彼女の
「大丈夫。ウリちゃんはもう溺れないよきっと」
という声。
そんな彼女の残したたった一言を僕は信じた。
信じて僕は濁流に飛び込んだ。
世界水泳顔負けの美しいフォームでの飛び込み。
このフォームなら母さんも救えたかもしれないな……
ザパーンッ!!
茶色と灰色を混ぜた地球の息吹が襲い掛かる。
この濁流……
母さんを追いかけ無謀に飛び込んだことを思い出す。
あの時、僕は死んだのだろう。溺れ死にゆく僕の唇に感じた温かさは、きっと彼女のものだったのだろう。彼女がいない以外、状況は全く同じだ。
だけど、あの時と違うのはこの濁流の中にいることが苦ではないということ。
あの時は指先さえ微動だにはできなかったが、今は流れが見えるようだ……ここを手でかき流れに身を任せれば目的の場所に着くのが分かる。
彼女が僕と一緒に泳いでくれているような気がした。
「どこなの?!」
「あれ!」
ザバァ!
「ウリ!!」
なんとか僕は町長の服を掴み岩場まで辿りついた。
「がはッ何をしている……離せクソガキが!」
「……前までの僕なら離していただろうが、今は違う」
今まではすべて逃げてきた。
大家からも売れない作家であることからも親友たちからも母の死からも……
でも今は。
「町長、あんたのやったことで母さんが死んだかもしれない。だけど、それとこれとは違うんだ……あんたも僕も今生きているんだ。だから過去の罪もお前が触れた全てを未来に持っていけ。改心でもなんでもして前だけ向いてろバカ野郎ッ!!」
そうだ。過去を未来に連れて行けるのは今を生きる僕たちだけなのだ。
懸命に生きるとはそういうことなのだと思う。
そうでしょ。母さん。そうでしょ……リツ。
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