1-8 修行の成果とリリアのポテンシャル
セクターD-7の外周部。ここでは、普段は整然と流れているはずのデータの流れが、明らかに乱れていた。
「これは……」
空間が不自然に歪み、データの流れが渦を巻いている。まるで、何かが現れようとしているかのように。
「異常な歪みであります! 結界が不安定になっているにゃ!」
ニャビィの声が響く。デバイスの警告音が鳴り始めた。
「カゴメさん、これは?」
「バグの出現前の兆候……だけど、数値がおかしい」
デバイスに表示される異常値は、通常の倍以上。しかも、複数のポイントで警告が点滅している。
「リリア、構えて」
リリアが杖を握り締める。その瞬間、空間の歪みが一気に膨張した。
黒い靄が渦を巻き、次々とバグが姿を現す。獣のような姿をしたものが三体、人型のものが二体。
全てが禍々しい赤いデータを纏っていた。
「こ、こんなに一度に!?」
リリアは初めての光景に驚いている。
「この緊急事態、映画にしたら大ヒット間違いなしだね。主演はもちろんワイちゃんだけど!」
この数、厄介だな……
「ご主人様! 結界の歪みがさらに拡大しているであります!」
ニャビィの声が響く。
バグたちが二人を取り囲んでいく。
まずは正面の獣型に向き直る。威嚇するような唸り声を上げ、全身から赤いデータを撒き散らしている。
「さあ、見せてあげようか。ワイちゃんの必殺デバッグアタック!」
「デバッグ、アタック……?」
リリアは首を傾げたが、構えは崩さない。
「analyze.run();《解析、開始》」
バグの全身にグリッドが浮かび上がる。
「リリア! 氷の矢を、あいつの左側面に!」
「はい!」
ボクが青い光の道筋を作る。
リリアの魔力が、その道筋に沿って一気に流れ込んだ。
「フロストアロー!」
放たれた氷の矢が、正確にバグの急所を貫く。
獣型のバグが悲鳴を上げ、その姿が歪み始める。体を形作っていた黒いデータが崩れ、まるでガラスが砕けるように飛び散った。
光の粒子となって消えていく。
「ちょっと、戦いのテンポ悪いんだけど。もしかして調整不足?」
二体目の獣型が唸り声を上げながら襲いかかってくる。
「お前のコード、完全にスパゲッティだな。デバッグのしがいがありそうだ!」
残る二体の獣型バグが同時に動き出す。一体目より大きく、動きも俊敏だ。
赤く光る目が、まるでロックオンするようにリリアを見据えている。
「カゴメさん!」
「冷静に。さっきと同じように──」
言葉が終わる前に、二体が同時に跳躍。挟み撃ちの態勢を取りながら、リリアに向かって突進してきた。
「道筋、作るから!」
デバイスを操作し、複数の青い光の経路を地表に展開。まるで魔法陣のような複雑な制御経路が描かれていく。
「リリア、広範囲の氷結魔法を!」
「グレイシャルバースト!」
リリアの魔力が青い光の経路を伝って地面を這うように広がる。次の瞬間、突進してきた二体のバグの真下から、巨大な氷柱が噴き出すように突き上がった。
氷の中で身動きの取れないバグたちが、まるでガラス細工のように輝きながら砕け散っていった。
「ナイスコントロール! これなら人型も──」
その言葉は途中で途切れた。
人型の二体が動き出したのだ。獣型とは明らかに違う、冷たい知性を感じさせる動き。
「リリア、気をつけて。こいつら、獣型とは違う」
二体の人型バグが、左右から包み込むように近づいてくる。その手には禍々しいデータで構成された剣が形作られていた。
「こっちは最新のセキュリティアップデート済みなんだ。君の攻撃は全部ブロックだよ!」
人型バグの一体が剣を振り上げる。もう片方は、まるでそれに呼応するかのように陣形を変える。
「カゴメさん、この二体、連携を……!」
早い、先ほどのバグとは比べ物にならない速度だ。
「お前の戦闘スクリプト、何年前のバージョンなんだ? アップデートしとけよ!」
まだ軽口を叩ける余裕はあるが、正直キケンな状況であることは間違いない。
ボクは光の道筋を作る。今度は魔力を上下に分岐させ、人型バグの動きを制限するように。
「グレイシャルバースト!」
一体目の足元に氷柱が突き出すが、人型バグはそれを軽々と回避。むしろ、その動きを利用して背後に回り込もうとしてくる。
「そこ! 今だ!」
主人公は予想していた動きとばかりに、新たな道筋を展開。
リリアの魔力がその道筋を伝い、人型バグの背後に回り込んだ瞬間を捉える。
瞬時の攻防。氷の矢が放たれ、胸部を直撃。一体目の人型バグが大きく後ろに弾け飛ぶ。
「やりました!」
しかし、リリアの声が上がった直後。残った人型バグの剣が、赤いデータを纏って巨大化していく。
その刃を振り下ろした瞬間、空間が大きく歪んだ。
「このデータ量、ヤバい! リリア、気を付けて!」
剣が空を切り裂き、真っ赤な波動となって襲いかかってくる。
必死で防御の道筋を作るが──波動があまりに強大で、青い道筋が砕け散っていく。
「くっ!」
リリアが杖を掲げる。
刻一刻と近づく波動に対し、全力の魔力を込めた氷の壁を作り出す。
「これは……!」
リリアの魔力が急激に増幅されていく。いつもの穏やかな青い光が、次第に不安定な渦を巻き始めた。
「まずい、魔力が……!」
魔力の渦は制御を失い、まるで暴風のように周囲のデータを巻き込んでいく。
「リリア!」
慌てて制御用の道筋を展開するが、もはや魔力は道筋に従わない。
青白い魔力の渦は、次第に赤みを帯び始めていた。
「ご主人様! このままでは結界が……!」
ニャビィの警告が響く。デバイスの警告音が鳴り響き、画面には赤い警告が次々と点滅する。
「私の魔力が……止まらない……!」
リリアの声が震える。彼女の周りを渦巻く魔力は、もはや制御不能なまでに膨れ上がっていた。
「system.force.logout();《強制切断》!」
主人公の声が響く前に、意識が強制的に引き剥がされていく。
最後に見えたのは、リリアの震える瞳と、赤く染まっていく空間。
そして──。