1-5 戦闘終了ー訪れる平穏ー最強の引きこもりが仕事完了。で、次のイベントは何ですか?
閃光が消えると、辺りは静寂に包まれていた。バグは跡形もなく消え去り、データの流れは穏やかさを取り戻している。
「はぁ……はぁ……」
リリアが膝をつく。流石に初めての幻想世界での戦闘は、かなりの負担があったようだ。
「大丈夫?」
「は、はい。少し、疲れただけです」
言ったリリアの声には、震えがわずかに混じっていた。それは初めての幻想世界での戦闘に対する恐れと、未知の力を引き出された驚きの入り混じった響きだった。
彼女の髪が柔らかく揺れる。その先端から、まだ微かに魔力の光が漏れ出ている。
「凄かったです。カゴメさんの魔法」
リリアは魔法とプログラムの違いが厳密には分かっていないんだろうな。
「いや、リリアの魔力があったからこそだよ。ワイちゃん一人じゃ、あそこまでの一撃は出せなかった」
お互いに照れたように視線を外す。
「あの……質問してもいいですか?」
立ち上がりながら、リリアが切り出す。
「うん?」
「どうして私の魔力を制御できたんですか? 今までずっと、制御が難しくて……ヘレン先生でも手を焼いていたのに」
「ああ、それは──」
ボクは少し考えてから答えた。
「この世界には特別な法則があってね。魔力を『形』にすることができるんだ。さっきワイちゃんが使った青い光の剣みたいに」
「形に?」
「うん。リリアの魔力は強すぎるんじゃない。ただ、正しい『道筋』が必要なだけ。ワイちゃんの技術で、その道筋を作ることができるんだ」
リリアは自分の手のひらを見つめる。そこには、まだ微かに魔力が宿っていた。
「そろそろ戻ろうか。長時間の接続は良くないから」
「は、はい。でも、どうやって?」
「ログアウト──じゃなくて、目を閉じて。ワイちゃんが戻り方を教えるから」
リリアが目を閉じると、ボクはコマンドを入力した。
「system.logout();《帰還、実行》」
ログアウトコマンドを入力した瞬間、幻想世界の空気が急に冷たくなったような気がした。
闇が視界を覆い始める中、バグが居た場所にぼんやりと影が見えた気がした……。
それは人のようだったが、形がぼんやりとしていて、確信を持てない。
「……?」
その正体を確かめる間もなく、意識が遠のいていった。
そして──
目を開けると、そこは元の部屋だった。窓から差し込む朝日は、まだ柔らかな光を放っている。
「お帰りなさいにゃ! ずいぶんと派手な戦いでしたね」
ニャビィが二人の様子を覗き込む。
「カゴメさん……あの、ありがとうございました」
リリアがヘッドセットを外しながら言う。その声には、先ほどまでの緊張は消えていた。
「いいってことよ。むしろ、今後ともよろしく」
「これからの定期検査、私にできることはありますか?」
「もちろん。今までの検査方法だと、結界の外側しか確認できなかったけど、リリアなら中まで入って一緒に確認できる」
「それって、またさっきの幻想世界に行くということでしょうか?」
「うん。定期的な巡回が必要なんだ。バグ──その、結界を蝕む存在との戦いは、まだまだ続くと思う。ワイちゃんたちの戦いはこれからだ!」
ニャビィが茶を淹れ直しながら付け加える。
「リリアの魔力があれば、随分と心強いのであります!」
「私、頑張ります! 今度はカゴメさんの力になれるように」
「つまりリリア嬢はわらわ達のバンドに参加するってことでありますね!」
「えっ!? まだその話続いてたんですかぁ~!?」
「にゃはは! わらわはボーカル、ご主人様はギター、リリアはドラム。これで完璧にゃ!」
「えぇ~~!? 無理です~!」
「にゃんだ? リリアはボーカルがやりたかったんだにゃ! なら最初から言ってくれれば譲ったにゃ!」
「ボーカルだとしてもお断りですっ!!!」
朝日が窓を通り抜け、リリアの銀髪を優しく照らしている。
これが新しい日課の始まりなのだと、ボクは確信していた。
「やれやれ……今日も世界救っちゃいましたか。 引きこもりらしからぬ大活躍っと……」
ログアウト間際の人影は気にはなったが既存バグに気が付かないフリをする勇気もプログラマーには必要な才能だ。