3-8 例外種の兆し
「魔道具の設置、完了です」
リリアが確認の声を上げた時、異変が起きた。
装置から放たれる星屑のような光が突然強さを増し、耳をつんざくような振動音が空間全体に広がった。
「これは......三つの浄化魔道具が共鳴してる?」
ボクはデバイスの画面を確認する。北部と東部に設置した装置からも、同様の反応が検出されていた。
その時、周囲の空気が変わり始める。
まるで時間そのものが止まったかのように、空気が重く、冷たくなる。視界の隅で、光の粒が不自然に停滞していた。
「この感じ......」
ミレイの体が強張る。どこか懐かしい、けれど不吉な予感。
かつて見たことのある存在の気配が、確かに近づいていた。
「結界の魔力が......止まっていく?」
リリアが不安そうに周囲を見回す。
「デバイスの反応も......この数値は......!」
想定外の異常値が、画面いっぱいに広がっていた。
その瞬間、光の宮殿が低い音を立てて揺れる。
まるで何かが目覚めたかのように、黒い影が建物の中から飛び出した。
漆黒の鱗に覆われた巨大な竜。
その姿は一瞬だけ闇のオーラを放ち、幻想世界の中央へと飛び去っていく。
「あれは......」
ミレイの声が震える。
遠ざかっていく黒い影を見つめる翠玉色の瞳に、かすかな記憶の揺らぎが宿った。
「あれは光星竜ですか!?」
リリアがそう呟く。
「......あの姿が光星竜、ですか?」
ルシェの声が震える。
「光星竜は、この国の守護神とされる存在。王国の旗印にもその姿が描かれているほどです。でも、なぜこれほどまでに禍々しい姿を......」
ルシェはまだあの黒い竜の存在を信じることは出来ていなさそうだ。
「カゴメイオリ! この光星竜も、バグなのか?」
ルシェの問いに、ボクが首を振る。
「違う……これは、今までのバグとは全く次元が違う存在だ。デバイスが完全に反応を失ってる」
ボクの持つデバイスが完全に機能停止していた。まるでバッテリーが切れたかのようだ。
「それに周りの魔力も急に無くなったように思います」
リリアが不安そうに答える。
ミレイはただ黙って、遠ざかっていく黒い影を見つめていた。
その翠玉色の瞳には、かすかな記憶の揺らぎが宿っている。
「今までに見たことのない規模の例外種......結界に深刻な影響を及ぼす可能性が高い」
その瞬間ボクはこの現状が最悪の状態だと理解した。
「ニャビィ! ニャビィと連絡が......!」
ボクは必死でデバイスを操作するが、画面は暗いままだ。
「イオリン、ウチの召喚獣たちが消えてる!」
ミレイの声に焦りが混じる。ノクターンリンクスたちの姿が、あの黒い竜が飛び去った瞬間から見えなくなっていた。
「私の魔力も......まるで使えない」
リリアが杖を握りしめる。いつもなら感じるはずの魔力の流れが、完全に途絶えていた。
「これは.....デッドロック。 つまり、魔力の流れが完全に固定され、外部との接続が全て遮断されている状態だ。これでは召喚も魔法も使えない」
ボクが呟く。
「あの黒い光星竜は間違いなく例外種だ」
「なら、一旦、現実世界に戻るって体制を立て直すべきだ」
ルシェの提案にボクは首を振る。
「もう戻れない……」
ボクの言葉に、全員が固まる。
「デバイスが機能を停止している以上、ログアウトプログラムも使えない。つまり......」
「あの例外種を倒すまで、ここから出られないってことか」
ルシェが状況を理解し、剣を強く握る。
「でも、魔力もない状態で......」
リリアの不安げな声に、ミレイも自分の力が使えないことを痛感していた。
「あの例外種が魔力を固定化させてるんだ。奴を倒せば、全てが元に戻るはず」
ボクは中央部に向かって広がる禍々しいオーラを見つめる。
「行くしかないね。このまま放置すれば、結界が完全に崩壊する」
「しかし、このままじゃ勝てるわけがない。一度作戦を立てるべきだ」
ルシェの冷静な言葉に皆が頷く。
「あ、そうや。ウチ、安全な場所を知ってるぇ」
ミレイが突然、顔を上げた。
「この宮殿の裏手に、小さな抜け道があるの。そこを通れば......」
ミレイは迷うことなく、光の回廊を進んでいく。
やがて建物の外へと出ると、そこには小さな山小屋が佇んでいた。周囲には光の樹々が生い茂り、まるで現実の森のよう。
「へぇ、よくこんな場所があるって分かったね」
ボクが感心したように言うと、ミレイは少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「ウチ、昔ここに住んでたぇ。 ここだけが、ウチの居場所やったんよ」
その言葉に、ルシェが静かに目を細める。
リリアは不思議そうな顔をしながらも、ミレイの表情の陰りに何かを感じ取ったようだった。
「さあ、とりあえず中に入りましょ。ここなら例外種の影響も少し和らぐはずやから」




