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3-7 西部セクターへの挑戦

 東部セクター攻略から一夜が明けた朝。

 ニャビィの淹れた紅茶の湯気が、主人公の部屋に漂っていた。


「西部セクターか......」


 四人が向かい合うテーブルの上には、ヘレンから送られてきた報告書が広げられている。

 西部セクターの異常値が急上昇していることを示すデータが、そこには記されていた。


「今までで一番、危険な場所なん?」


 ミレイがテーブルに置かれた資料を覗き込む。


「はい。データの乱れが酷くて、バグの発生頻度も高いと思います」


 リリアは魔法使いとしての知識から、状況を説明する。


「それに、魔力の流れ自体が不安定になってます。東部セクターの比じゃありません」


「ふぅん......あのときより厳しい状況なんか」


 ミレイは昨日の戦いを思い出していた。


「コウモリちゃんたちで索敵するだけでも難しそうやぇ」


 ミレイの声には僅かな不安が混じっていた。


 リリアが心配そうに資料に目を落とす。


「でも、ウチにもできることはしっかりやらなあかんね。四人で力を合わせて、なんとかせなあかんのやろ?」


 ミレイは不安を振り払うように、明るく言う。


「ええ。私も魔力で精一杯サポートします」


 リリアはミレイに向かって小さく微笑んだ。


「油断は禁物です」


 ルシェが真剣な表情で告げる。


「一瞬の隙が、命取りになりかねない。特に結界が不安定な場所では......」


 その厳しい言葉に、ミレイの肩が僅かに震える。


「大丈夫だよ。ワイちゃんたち四人で力を合わせれば」


 ボクは場を和らげるように言う。


「そういえば、あのとき......どう見てもイオリン頼りないのに、なんとかなったもんやなぁ」


 ミレイが茶目っ気たっぷりに笑う。


「なんだそれ。ワイちゃんだって、それなりに活躍したでしょ?」


「まぁ、まぁ。引きこもりのくせに意外と頑張ってはるなぁってことやぇ」


「わらわもお茶でサポートするでありますにゃ!」


 ニャビィの声に、部屋の緊張が少しずつ解けていく。


「よし、じゃあ作戦を立てよう」


 ボクはパソコンの画面を確認する。


「西部セクターへは四人で向かう。リリアの魔力とミレイの召喚獣、それにルシェの剣術。それぞれの力を活かして、浄化魔道具を設置する」


 全員が頷く。それぞれの表情には、不安と共に確かな決意が宿っていた。


「東部と北部のデータを見ると、バグがかなり集中してる場所が分かる」


 ボクはデバイスの画面を皆に向ける。

 通常なら穏やかに流れているはずのデータが、西部では赤く染まり、所々で歪んでいた。


「三体....いや、四体以上のバグが同時に出現する可能性もある」


「四体!? 東部の時でさえ大変やったのに......」


 ミレイの声が上ずる。


「けど、もう逃げるわけにはいかへんよね」


 彼女は紅茶を一口飲んで、気持ちを落ち着かせる。


「私の魔力も、きっと役に立つはずです」


 リリアが杖を強く握る。


「秩序の剣と虚空の剣、二つの力で私が敵を討ちます」


 ルシェの凛とした声。


「そうだね。今までの経験を活かして、四人で協力しよう」


 ボクの言葉に、全員が静かに頷いた。


「それじゃあ、準備はいい?」


 ボクはヘッドセットを四人分用意する。


「system.transfer();《転送、開始》」


 意識が深い闇の中へと沈んでいく。

 上も下もない空間で、意識だけが浮遊している。


 そこに、一瞬だけ人影が見えた。


「イオリ、気をつけて。あの子が......」


 白いワンピース姿の少女。

 その儚げな声が何かを告げようとした時、意識が強く引っ張られる。


 青白い光が視界を埋め尽くし、そして——。


「みんな、無事?」


 リリアの声が聞こえる。既に幻想世界に転移していた。


 少女の姿は、もうそこにはなかった。


========================


 目を開けると、そこは今までのセクターとは全く異なる光景だった。


 北部の開けた空間でも、東部の光の森でもない。

 無数の光の柱が立ち並び、まるで宮殿のような空間を作り出している。青白く輝く円柱の列は、王宮の回廊を思わせるような荘厳さを持っていた。


「これが......西部セクター」


 ミレイの声が震える。彼女の翠玉色の瞳に、確かな懐かしさが宿る。


「ここは、まるで王宮の......」


 小さな声で呟くミレイ。それは意図せず漏れ出た本心だった。


「確かに......どこか王宮を思わせる造りですね」


 ルシェも怪訝な表情を浮かべる。結界の歪みがどうしてこのような場所を生み出すのか、理解できないようだった。


「結界の異常が、こんな不思議な空間を作り出すんですね」


 リリアが柱の間を覗き込むように見つめる。


「幻想世界は不思議な場所なんだ。時々、人の無意識が形となって現れることがある」


 ボクは静かに説明を加える。


「だから、現実世界の建物が再現されていたとしても、それほど不思議なことじゃない」


 その言葉に、ミレイとルシェが一瞬、視線を交わす。

 二人とも何かを言いかけて、でも言葉を飲み込んだ。


「とにかく、慎重に進もう。このセクターは特に危険だって報告が出てるからね」


 ボクはデバイスの画面を確認しながら、前へと歩き始めた。


「設置場所は、この王宮の......いや、この建物の中央庭園みたいだね」


 ボクはデバイスの画面を確認する。


「歩いて行ける距離だ」


「このまま進めば、たどり着けるはずやぇ」


 ミレイが静かに答える。その声には確信が混じっていた。


「サモン《ソナーヴェイン》 ノクターンリンクス」


 ミレイは素早く召喚陣を展開。十匹のコウモリたちが、回廊の奥へと索敵を開始する。


「ほな、行きましょか。バグが出てくる前に、さっさと設置してしまいたいぇ」


 明るく振る舞うミレイだが、その声には僅かな緊張が混じっていた。


 光の柱が並ぶ回廊を、四人は進んでいく。

 足音が静かに響く中、ミレイは記憶の中を歩いているかのように、迷うことなく先頭を歩む。


「左に曲がって......そのまままっすぐ......」


 彼女の呟きは、まるで昔を思い出すような、懐かしさを帯びていた。


「ミレイさん、よく分かりますね」


 リリアの言葉に、ミレイは少し慌てたように笑う。


「あ、あはは。ノクターンリンクスが教えてくれてるだけやで」


 だが、コウモリたちはまだ先の索敵に集中していた。


 回廊を抜けると、そこには——。


「ここが......中央庭園」


 ミレイの声が震える。

 円形の広場には、光の噴水が静かに輝いていた。まるで月明かりのような、青白い光が辺りを包み込む。


「ここが浄化魔道具の設置場所か」


 ボクはデバイスの画面で位置を確認する。

 まさに噴水の前、かつて何かの像が建っていたであろう台座の前が、設置ポイントとして示されていた。


「サモン《マナラビット》」


 ミレイが召喚したウサギは、台座の前でじっと佇む。

 その耳から漏れ出す魔力が、辺りの空気を月明かりのように淡く照らしていく。


「system.initialize();《初期化、実行》」


 装置の表面に刻まれた星型の模様が、ゆっくりと輝きを帯び始める。


「このセクターだけ、星の光が強いような...」


 リリアが不思議そうに呟く。

 確かに、浄化魔道具から放たれる星屑のような光は、これまでより鮮やかに辺りを照らしていた。


「昔はここで、星を見上げてたんやね......」


 思わずミレイが呟く。

 その声は小さすぎて、誰にも聞こえないはずだった。

 けれど、ルシェの耳だけは、その言葉を確かに捉えていた。

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