3-5 ミレイとルシェの初顔合わせ
「ごめんくださーい。イオリン、おるぅ?」
翌日の午後、ミレイの声が玄関から響く。
今度は鍵を開けずに、ちゃんとベルを鳴らしてきていた。
「開いてるよー」
扉が開き、ミレイが軽やかに入ってくる。
「今日は東部セクターの......」
ミレイの言葉が途切れた。応接スペースには見知らぬ来客がいた。
深紅の髪を持つ凛とした女性。騎士の制服に身を包み、その佇まいからは厳格な雰囲気が漂う。
ルシェの金色の瞳が、一瞬、ミレイの翠玉色の瞳を捉えた。
(翠玉色の瞳……!?)
その瞬間、ルシェの表情が僅かに変化する。
「私は、王国騎士団第三部隊長、ルシェリアン・レッドクリフと申します」
ルシェは丁寧な礼をとった。その態度には、ただの商人の娘に対するものとは明らかに異なる敬意が滲んでいた。
「あははん、よろしくなぁ。ウチはクラウン商会のミレイ言うぇ。ミレイって呼んでほしいぇ」
ミレイは商人らしい明るい笑顔で返す。その仕草には計算された距離感が込められていた。
「ルシェは監視という名目で、よくワイちゃんの家にサボリに来ているんだよ」
「な、なんだと!?」
ルシェの声が裏返る。
「カゴメイオリ! そんな失礼な......! 私はただ監視業務を遂行しているだけで!」
真っ赤な顔で弁明しようとするルシェに、ミレイがくすくすと笑う。
「あははん、仲ええなぁ」
「仲が良いなどと......!」
「まぁまぁ。それよりミレイ、監視役のルシェにも今日の作戦に参加してもらおうと思う」
ボクは慌てて話題を変える。これ以上ルシェをからかうと、本気で怒られそうだった。
「へぇ~、監視さんなんやぁ。騎士団のお偉いさんが、なまけもののイオリンを見張るんかぁ」
冗談めかした口調だが、その言葉には鋭い観察眼が隠されていた。
「結界の管理は王国にとって重要な任務です。なまけものと言えど、その責任は重大」
ルシェは真剣な面持ちで答える。
「リリア殿の献身的な協力もあり、最近の結界は安定を保っています」
その言葉には、魔法使いとしてのリリアへの信頼が滲んでいた。
「クラウン商会といえば、王都でも指折りの商会。結界の安定化に協力いただけるのは心強い」
「あははん、そないに褒めてもらえるなんて照れるなぁ」
ミレイは照れたように笑う。その仕草には、どこか品の良さが漂っていた。
「それにしても、王宮近くの商店街も最近は賑わっているようですね。陛下の政策のおかげでしょうか」
ルシェの何気ない一言に、ミレイの表情が一瞬固まる。
「そ、そやねぇ。ウチらも、おかげさまで......」
声が僅かに震えているのを、ルシェは見逃さなかった。
しかしこれ以上の言及を行うのをやめた。今は任務の説明が先決だ。
「カゴメイオリ、東部セクターの状況は?」
「ああ、今朝から数値に若干だが異常が出始めている。このままだとバグが発生する可能性もある」
「早めの対処が必要ってことやね」
ミレイが真剣な表情で頷く。
「危険な予兆ですね。油断せずに行きましょう」
ルシェも同調するかのように頷く。
「ほな、さっそく行きましょか。イオリン、準備はええ?」
ボクはヘッドセットを二人分用意する。
「system.transfer();《転送、開始》」
意識が深い闇の中へと沈んでいく。




