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3-1 商人の娘

 ルシェとの例外種の戦いから二週間が経過していた。


 あの戦い以降、幻想世界は平穏を取り戻している。異常値の警告も出ていないし、バグの出現も確認されていない。


「ご主人様、今日はリリア様の定期検査の日でありますにゃ!」


 朝食の片付けをしていたニャビィが嬉しそうに告げる。二又の尾を揺らしながら、窓辺に腰掛けてモニターを眺めていたボクの元へ飛んでくる。


「ああ。その前に結界の状態を確認しておかないとね」


 画面には安定した数値が並んでいる。

 ルシェは相変わらず「勤怠の監視」という名目で時折ボクの家を訪ねてくるが、仕事に関しては文句のつけようがないはずだ。


 それにしても、最近の生活は少し変わってきた気がする。

 ひきこもりの家に二人の美女が出入りするなんて、結界でもなければギャルゲーの世界でしか起こりえないことだ。


「ごめんくださーい、管理人さんおるー? お届け物やぇ」


 明るい声が響く。見覚えのない声だった。


「申し訳ありませんが、ワイちゃんはただいま留守にしてます」


「ええよー 勝手に開けさせてもらうから」


「サモン《ピッキングモンキー》 ウィンキーこの鍵開けてぇ」


「ウッキッキー!!」


 ガチャ──鍵が開く音がする。


「なんやぁ~ 管理人さん初めから居るなら言ってほしいぇ」


 そこには商人らしからぬ華やかな金髪の少女が立っていた。両手に小さな包みを抱え、人懐っこい笑顔を浮かべている。


「ワイちゃんのお家にドロボーが乗り込んできた!」


「ウチのウィンキーでも開けられるぐらいの鍵やったら、ちゃんとしたもんにした方がええと思うぇ」


 ミレイはまるで自分の家に帰ってきたかのような自然な仕草で上がり込んでくる。


「おや? このお家には珍しい召喚獣がおられますなぁ」


「わらわは召喚獣ではないのにゃ。ご主人様専属の未来の世界からやって来たネコ型使い魔でありますにゃ!」


 ニャビィは胸を張って答える。その態度にミレイは楽しそうに微笑んだ。


「へぇ、未来ではこんな召喚獣が見つかるんやねぇ。左右違う色の瞳に二又の尻尾、ネコちゃんきっと高位の召喚獣なんやね」


「おぉ! わらわの美しい瞳の秘密を見抜くとは! さすがは召喚術に詳しいお方にゃ」


 ニャビィが嬉しそうに尻尾を振る。


「まぁ、無理やり入り込まれたワイちゃんとしては、自己紹介ぐらいしてもらえると」


 ボクの言葉にミレイは人懐っこい笑顔を向けた。


「あらあら、ごめんなぁ。ウチはクラウン商会のミレイやぇ。魔法ギルドのヘレン先生から管理人さんとこに届け物を頼まれたんよ」


「クラウン商会と言えば、王都で一番の──」


「そうそう、あの商会やけど」


 ミレイは軽く手を振る。


「でもウチはただの使い走りやから、そない大層なもんやないぇ」


 その言葉には不思議な説得力があった。

 確かに目の前の少女からは、大商会の令嬢という雰囲気は微塵も感じられない。

 むしろ近所の幼なじみと話しているような、不思議な親近感がある。


「ほな、お茶でも頂戴なぁ。ちょっぴり長いお話になるぇ」


 ミレイはソファに腰を下ろすと、ニャビィに向かって「ネコちゃんも一緒にどうぞ」と声をかけた。


「にゃ! わらわ、この子好きでありますにゃ!」


「あんたの使い魔、おもろい子やなぁ。うちも召喚獣と話すの好きやけど、こないに会話上手な使い魔ははじめて見たぇ」


 ミレイの態度には計算された外交辞令のような堅苦しさがない。

 それでいて、相手の機嫌を損ねないような絶妙な距離感を保っている。


 さすが商人、とボクは感心してしまった。

 ニャビィは率先して紅茶の準備を始めていた。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。ワイちゃんはカゴメイオリって──」


「知ってるぇ。ヘレン先生からウチ、色々聞いて来てるぇ。イオリンて呼んでもええ?」


 ボクが答える前に紅茶を受け取ると、ミレイは美味しそうに一口。


「あ、このお茶美味しいなぁ。ネコちゃんが淹れたん?」


「そうでありますにゃ! わらわの特製ブレンドでありますにゃ!」


「流石やね! ウチも商売で色んなお茶扱ってるけど、こないなお茶は初めてやぇ」


 自然な褒め方と、それでいて誇張のない正直な感想。この子の商人としての才覚は相当なものかもしれない。


「そうそう、イオリン。ヘレン先生から手紙預かってきてるぇ」


 ミレイは荷物から金色の刺繍が施された封筒を取り出した。


「ヘレンから?」


「はいな。魔法ギルドはウチの商会の上得意はんやから、ヘレン先生には色々お世話になってるぇ」


 ミレイは照れたように笑う。


「まぁ先生の手紙やし、きっと大事なお話やと思うんよ。うち、お茶おかわりしてもええ?」


 そう言って差し出されたカップを見ると、いつの間にか空になっていた。

 ニャビィが嬉しそうに給仕を始める中、ボクは手紙を開封した。


 相変わらずの達筆な文字が踊る。


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