2-11 新たな剣
新たな剣を作り出す準備は整っていた。
しかし、例外種はその時を待つつもりはないようだ。
禍々しい赤いデータが渦を巻き、分身たちが一つに溶け合っていく。
「これは......!」
ボクはデバイスの画面を凝視する。数値が跳ね上がり、警告が次々と点滅していく。
空間そのものが割れていくような轟音。
例外種の姿が、これまでとは比べものにならない形へと変貌を遂げていく。
人型の面影を残しつつも、その姿はもはや現実という概念すら逸脱していた。
全身から禍々しい赤いデータを漏らし、頭部や手足が複数の位置に重なって現れる。
周囲の空間には幾重もの現実が重なり合い、まるで万華鏡のように歪んでいく。
「な、なんて存在......」
リリアが声を震わせる。
「ConcurrentModificationException......同時変更の力を極限まで高めた姿か」
ボクは呟く。デバイスの警告音が更に激しさを増していく。
ルシェは無言で秩序の剣を構える。
しかしその手に、かすかな震えが見えた。
最終形態となった例外種が、その巨体を揺らめかせる。
それは単なる巨大化ではない。むしろ、現実という概念を食い破るかのような存在。
無数の腕が、無数の現実から伸び出してくる。
どれもが本物で、どれもが幻。
現実と虚構の境界そのものを壊すような一撃が放たれる。
「くっ!」
ルシェは咄嗟に身をかわすが、例外種の攻撃は既に彼女の背後にも存在していた。
剣を振るう。だが、そこにも例外種の一撃が待ち構えている。
もはや躱すことも、防ぐことも不可能な攻撃。
轟音と共に、ルシェの体が吹き飛ばされる。
「ルシェさん!」
リリアが駆け寄ろうとするが、例外種の分身が行く手を阻む。
「これが......同時変更の力」
ボクは画面に表示されるデータを追う。
あらゆる現実を同時に存在させ、あらゆる可能性を具現化する。それはもはや、通常の攻撃では対処不能な領域に達していた。
立ち上がろうとするルシェの前に、再び例外種が立ちはだかる。
無数の現実が重なり合う中、ルシェは再び剣を構える。
しかしその動きは、先ほどまでの柔軟さを失っていた。
(この威圧感に......体が竦んで)
例外種からの威圧は、彼女の体を型へと押し戻そうとしていた。
まるで本能のように、レッドクリフ家に伝わる基本の構えが体を支配していく。
その瞬間を見逃さず、例外種の攻撃が放たれる。
無数の刃が、無数の現実から襲いかかる。
型通りの動きでは、もはや防ぐことすらできない一撃。
「guard.execute();《防壁、展開》」
ボクの展開した防壁が、一瞬だけルシェを守る。
だがそれも、例外種の一撃で脆くも砕け散った。
「ルシェさんっ!」
リリアの悲鳴が響く。
ルシェの体が大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
立ち上がろうとする腕が震える。
(私一人の力では......届かない)
「analyze.run();《解析、実行》」
ボクは画面に表示されるデータを追う。例外種の最終形態、その本質が見えてきていた。
「重なり合う現実......まるでデータベースの同時書き換えのように」
デバイスを操作しながら、ボクは考えを巡らせる。
データベースの整合性を保つには、ロック機構が必要だ。現実を一時的に固定する——。
「型に従うことで相手の予知を受け入れ、型を破ることで隙を突く......」
一方、ルシェはもう一度、秩序の剣を構え直す。
だが例外種は、その一挙手一投足を全て把握していた。
無数の現実から、無数の一撃が放たれる。
避けられない。防げない。
それは、もはや人智を超えた領域の攻撃。
「まだ終われない......」
ルシェの言葉が空しく響く。
ボクはデバイスに新しいプログラムを入力し始める。
もはや防御や回避だけでは、この存在には届かない。
「nihility.execute.void();《虚無への干渉、開始》」
デバイスから放たれた赤黒い光が、ボクの手の中で渦を巻く。
その光は次第に黒い剣身の形を成していき、表面にはプログラムのコードが走り始める。
剣身を駆け巡る赤い光が脈打つ。それは破壊の力を象徴しながらも、どこか洗練された美しさを湛えていた。
「ルシェ!!!!」
ボクは虚空の剣をルシェに向かって放つ。漆黒の刃が空を切り、ルシェの前で静かに宙を舞う。
「これは......?」
「ワイちゃん特性! 型破りなプログラムから生まれた剣。虚空の剣だ」
その言葉と同時に、例外種が更なる攻撃を仕掛けてくる。
複数の現実が重なり合い、空間そのものを引き裂くような一撃。
「いつまで型に囚われている!」
ボクの声が響く。
「お前は型の先を見た。なら、その可能性を掴め!」
漆黒の剣身に、赤いプログラムコードが走る。
破壊の力を宿しながらも、どこか気高さを感じさせるその剣を、ルシェは見つめていた。
「守るべきものがあるから、型がある」
ルシェの左手が、虚空の剣の柄に伸びる。
「でも、型に囚われ過ぎては、本当に守りたいものを見失う」
その瞬間、まるで電流が走るような衝撃。
プログラムの光が彼女の手の中で実体化していく。
右手に秩序の剣。
左手に虚空の剣。
相反する二つの剣を手にした時、ルシェの中で何かが変わった。
「これが......私の答えだ」
それは決して型を否定するものではない。
型を理解し、時にはそれを超えることで、より強くなる。
例外種が唸りを上げ、無数の現実からの攻撃を放つ。
しかし——。
「analyze.complete();《解析、完了》」
ボクの声が響く。
「弱点が見えた。同時に存在する現実こそが、奴の本質だ......一時的に固定できる!」
例外種の体が更に歪み、まるで空間そのものを飲み込むように巨大化していく。
複数の現実が重なり合う中、無数の一撃が放たれる。
だが、もはやルシェは迷わない。
「二つの剣が示す、私の道......!」
右手の秩序の剣が閃く。それは正確な軌道を描き、秩序ある一撃として放たれる。
しかし同時に——。
左手の虚空の剣が、全く異なる軌道を描く。型を知りながら、その型に囚われない一撃。
二つの剣が描く軌跡が、例外種の重なり合う現実を切り裂いていく。
「今だ......!」
ボクのプログラムが、その瞬間を捉える。
「例外種の特性、判明。これなら一瞬、現実を固定できる!」
重なり合う現実の数々が、一時的に静止する。
「system.lock();《現実固定》!」
ボクのプログラムが空間に干渉する。
重なり合っていた無数の現実が、一瞬だけ静止する。
「ルシェ! この瞬間を!」
彼女は既に動き出していた。
秩序の剣と虚空の剣。相反する二つの力が、例外種を挟み撃ちにする。
「レッドクリフ家に伝わる型......」
右手の秩序の剣が青く輝きを放つ。
「そして、その先にある可能性......!」
左手の虚空の剣が赤く脈打つ。
二つの剣が交差する瞬間、プログラムのコードが剣身を駆け上がり、まるで光の螺旋を描くように例外種を包み込んでいく。
「現実の歪みを、ここで終わらせる!」
青と赤の光が激しく交錯し、螺旋の中心で一体化する。
その瞬間、空間が震え、まるで全ての音が消えたような静寂が訪れる。
「虚秩ノ終平線……!」
ルシェの掛け声と共に、二つの剣が光を放つ。
ルシェの声が響き渡ると同時に、剣から放たれた光が空間全体を包み込む。
それは破壊と創造の象徴。
青白い秩序の波動が、現実を一つ一つ正していく。
赤黒い破壊のエネルギーが、例外種の体を構成する異常を全て切り裂いていく。
その輝きは、歪んだ空間を切り裂き、例外種の核心部へと突き刺さっていった。
轟音と共に、例外種の体が光の粒子となって霧散していく。
重なり合っていた現実が一つに収束し、空間の歪みが消えていった。
「これが......私の選んだ道」
ルシェは静かに、しかし確かな声でそう呟いた。
右手の秩序の剣と、左手の虚空の剣。
相反する二つの剣を手にした騎士の姿は、どこか誇り高く、そして凛として見えた。




