2-3 女騎士ってイメージとは裏腹にめちゃくちゃ考察が鋭い件
ルシェは窓辺に立ち、結界の様子を観察していた。
夕陽に照らされた深紅の髪が風に揺れ、その凛とした佇まいは見る者の目を奪う。
王国騎士団に"紅の貴婦人"と呼ばれる所以だ。
三日目の監視任務。ルシェは規則正しく記録を取り、一分一秒も疎かにはしない。しかし——。
結界のどこにも異常は見当たらない。これほどまでに平穏なのは珍しい……
机に向かったボクは、キーボードを叩き仕事をしているフリをしている。
「あぁ~今日は昨日以上に忙しいなぁ。 ワイちゃん過労死寸前と言わざる負えない」
「今日は忙しいのか……? 昨日と変わらないように見えるが? ”ぴーしー”なる奇妙で珍妙な魔道具を触っているだけではないか」
ルシェは当然の疑問をボクに投げかける!
「忙しいに決まっているでしょ! こんな大きなシステムをワンオペなんてワイちゃん以外なら速攻失踪デスマーチにさぁ行こうだよ」
「なるほど。 一層、偽装嘘っぱちに不信用だがな」
「その一方、疲労ティータイムに休憩しようニャ」
「うわっ!?」
突然の声に、ルシェは思わず後ずさった。銀色の毛並みの生き物が、背中に小さな盆を載せて立っている。
「なっ、なんだこのタヌキは!?」
ルシェがニャビィを見て驚く。
前回は普通の猫のフリをしていたからな、驚くのも仕方がない。
ニャビィも猫のフリをするのが面倒になったらしい。
「だれが銀ダヌキだっ!わらわは立派なネコ型使い魔であります!」
ニャビィが尻尾を逆立てながら抗議の声を上げる。
「それはすまない、ネコが人語と操るとは思わなかったのだ。 いやまぁ……タヌキが喋るところも見たことないが」
困惑の表情を浮かべるルシェに、ボクが説明を加えた。
「最近の使い魔は人語を操るんだ。ニャビィは特に教養があってね、猫界のエリートらしい」
「そうでありますにゃ!」
ニャビィが得意げに胸を張る。ルシェは未だ半信半疑といった様子で、銀色の毛並みを不思議そうに見つめていた。
ニャビィが紅茶を準備しようとする、その時、玄関で小さくノックの音が響いた。
「こんにちは~ 定期検査に参りました」
リリアの声だった。
「リリア殿、ご苦労様です」
ルシェは背筋を正して挨拶を返した。
「本日はどのような御用件でいらしたのでしょうか」
「定期検査のために参りました」
「定期検査……?」
ルシェは眉を寄せる。
「定期検査とは、具体的に何をするのですか?」
「結界に異常がないかをモニタリングするんです」
リリアの答えに、ルシェは窓辺から一歩前に出た。
その表情には、数日間の観察で積み重なった違和感が浮かんでいる。
「なにかがおかしい——。 そう疑問尋問懐疑論」
凛とした声が部屋に響く。
「私はここ数日、監視を続けてきました。そこで気になることが幾つかある」
ルシェは指を立てて数え始めた。
「第一に、結界は我が国の安全を守る重要な防壁です。その管理者であるカゴメイオリが、一度も結界を見に外に出ることなく、ただ家の中で過ごしているというのは重大な問題ではありませんか?」
ボクは黙って聞いている。
「第二に、前回の異常についてです」
ルシェは過去の会話を思い出すように目を細める。
『通常の結界は異常値を示すものの、今回はかなり珍しい反応でして』
『この程度なら、よくある話ですよ。まあ、この辺りは魔法の専門的な話になるので、騎士のルシェにはむずかしいかもしれないね』
「カゴメイオリは『珍しい反応』と言いながら、直後に『よくある話』と発言した。これは明らかな矛盾です」
(しまった——。)
ボクは密かに舌打ちする。あの時の軽はずみな物言いを、ルシェはしっかりと覚えていたのだ。
「第三に、魔法ギルドより結界の異常に関する報告書を確認しましたが、『結界の異常は自然と収束した』と記載されていた。リリア殿が現場で対処したという記載が一切見当たらない」
リリアが不安そうに主人公の方を見る。
「そして極めつけは、この猫の存在です。 この世界には喋るインコも居る事ですし、人語を操ることは百歩譲ってまぁ良いとしましょう。」
ルシェの視線が銀色の猫に向けられる。
「しかし、忠犬でもない普通の猫が空を飛びながら紅茶を淹れて運んでくるなんて、いくらなんでもあり得ない」
「そこかい!」
ボクは思わず突っ込んだ。
「人語を操る方は許すのに、お茶を運ぶ方がダメなのかよ」
「えぇ、猫は犬と違って忠誠心がありません。人間の為に何かをするというのがありえないのです」
ニャビィが尻尾を立てそうになるのが、ボクが制する。
「これほどの不可解な事象が重なるのは、ただの偶然とは思えません」
若干ズレている所はあるがルシェの言葉が、真実を突きつける刃のように鋭い。
「結界管理の怠慢、これは重大な任務違反です。納得いく説明が無ければ。即刻、騎士団に報告させていただきます」
やれやれ——。 これは事が荒立ちそうだ。
ひきこもりのボクにとってトラブルのきっかけは常に外部的要因だ。