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2-1 王国騎士 ルシェリアン・レッドクリフ

 王国騎士団第三部隊長、ルシェリアン・レッドクリフ。


 扉の向こう側の人物はそう名乗った。


 誰であろうと第一声は決めている。


「申し訳ありませんが、ワイちゃんはただいまお昼寝中なんです」


「な!? この非常事態に何を!」


「いや、実は夢遊病でして。起こすと大変なことに」


「ふざけているのか!? 騎士団の権限でこの扉を壊すことも可能なんだぞ」

 女騎士の声にいらだちが滲む。


「夢遊病患者を無理に起こすと、最悪の場合、周囲の人が全員ラッパーになる症状が出ます」


「そんな病気があるわけないだろう!」


「それに今は危険なんです。睡眠時無呼吸症候群になってましてワイちゃん、早急な息継ぎが必要なんです」


「ぶっちぎりむかつく声明文だな。 さぁマイメンたちよ扉を破壊せよ」

 女騎士は部下に指令を出した。


「このままだと、ワイちゃんたちのサイファーがっ!!」


「居るのは分かってるんだ。待っているんだ、わがまま言っても意味がないんだ」

 女騎士の声が怒りに震えている。


「わわ、本当に韻を踏んでますね!」

 リリアは感心したように言った。


「ふざけるな、その刹那、半信半疑で気付く、これほんとだ」

 女騎士も自らの異変に気付き始めたようだ。


「な、な、なんだこれは! 私がなぜこのような──まさか、お前の言っていたラッパー症状が真実だというのか!? ありえん、いや、そんなはずがないが間違っちゃいない」


「ワイちゃんの言った通りラッパーになっちゃったね」


「うるさい! ビートに乗れない奴らはとっとと騎士団権限使ってデストロイだ! つまりLike a 命取りだ」


「待ってください! 開けるので扉を壊すのはやめてください」

 リリアが慌てて制止の声を上げる。


「なら最初からおとなしく指示に従っていればよかったんだ。 さぁバイブスを上げながら玄関を開けよ」


 リリアは急いで玄関を開く。


 玄関を開けると、そこには深紅の髪を持つ女性が立っていた。

 彼女の背後には、同じく鋭い目つきをした数名の騎士団員が控えている。


「中にいるものは動くな! 全員両手をブチョヘンザしろ!」


 ルシェリアン・レッドクリフ。

 その名に違わぬ鋭い眼差しと、隙のない態度が印象的だ。彼女の金色の瞳が、ボクを鋭く射抜くように見つめている。


「今この家に居るのは私と、カゴメさんだけです……」


 リリアが静かに告げる。嘘は言っていないようだ。


 ルシェリアンは部屋一帯を見回す。部屋の隅では銀色の毛並みの猫が丸くなって眠っていた。


「……それで、結界の異常について説明を」

 ルシェリアンが厳しい口調で切り出そうとした時、外の空が茜色に染まり始めていた。


「あの、もう夕方ですし……」


 リリアが控えめに声を上げる。


「お話は、夕食を取りながらするというのは、いかがでしょうか」


 ルシェリアンの表情が僅かに揺らぐ。

 厳しい尋問を想定していた流れが、思わぬ方向へ向かおうとしている。


「……騎士としての任務中に、このようなフェイクと食事など言語道断だ」


「カゴメさんの作るカレーは絶品なんです」


 リリアの目が輝く。


「それに、長時間の事情聴取なら、お腹が空いては集中できませんし」


「カレー、ですか……」


 ルシェリアンの声のトーンが微妙に変化する。

 夕陽に照らされた彼女の横顔に、一瞬の迷いが浮かんだように見えた。


(まさか、カレー好きなのか?)

 ボクは思わず、ルシェリアンの表情の変化を見逃さなかった。


「食事を取りながらとは……」

 ルシェリアンは腕を組み、厳しい表情を崩さない。

「任務中の騎士に、そのような甘えは──」


 グゥゥ……


 静寂を破る音が響いた。

 リリアの腹から漏れた音に、部屋の空気が一瞬、止まる。


「……申し訳ありません」


 リリアの頬が僅かに赤みを帯びる。


「昼食を取る暇もなく、結界の対応で忙しくて……」


「ご、ご多忙だったのですね」


 ルシェリアンが思わず優しい声のトーンで返す。

 すぐに気を取り直したように咳払いをした。


「分かりました、部下は撤退させます。事情聴取は私一人で行いましょう」 


「じゃあ、ワイちゃんはカレーの支度を始めますね……」

 ボクはそそくさ台所へと向かいながら言った。


「待ちなさい」


 ルシェリアンの声が背中に突き刺さる。


「事情聴取は食事の支度中であっても続行します」


 台所で包丁を握る手に、背後からの鋭い視線を感じる。


「申し遅れましたが、私はルシェリアン・レッドクリフ。騎士団第三部隊長を務めております」


 キッチンの入り口から、凛とした声が響く。


「ルシェと呼んでいただいて構いません」


「は、はい。私はリリスティア・ヴェールステラ・セージブルーム。魔法ギルドー星輝の魔法院(アストラルアーク)ーの見習い魔法使いです」


 リリアは丁寧に一礼する。


「リリアでお願いします、その……ルシェさん」


 ルシェは少し考えてから頷いた。


「では、リリア殿。朝からの結界対応、ご苦労でした。どのような異常があったのですか?」


「えっと、その……」

 リリアは言葉を探すように目線を泳がせる。


「通常の結界は異常値を示すものの、今回はかなり珍しい反応でして」

 ボクは援護するように会話に加わる。


「珍しい、とは? 具体的に説明を」

 ルシェの口調は穏やかだが、その声には凜とした威厳が滲む。

 さすがレッドクリフ家の騎士、ただ者ではない。


「通常の異常は結界の外側からの影響なのですが、今回は内側からの歪みでした」


 玉ねぎを刻みながら説明を続ける。


「結界の対応自体は、リリアが行いました」


 鍋を火にかけながら、答える。


「結界は国を守る重要な物、見習いの身でそのような事が可能なのですか?」

 ルシェの声にほんの僅かな驚きが混じる。


「カゴメさんの指示があれば、十分対処できる範囲で……」


 リリアがもじもじと言葉を続ける。


「なるほど……結界の対応とは、具体的にどのような?」

 ルシェが静かに尋ねる。


「異常のある結界に対して魔力を注入するんです」

 ボクは包丁を置き、振り返る。


「場所さえ間違えなければ、リリアでも対処可能です。」


 そして、わざとらしく付け加えた。


「この程度なら、よくある話ですよ。まあ、この辺りは魔法の専門的な話になるので、騎士のルシェにはむずかしいかもしれないね」


 一瞬、ルシェの表情が強張った。


「レッドクリフ家の騎士として、結界のことも当然──」

 言いかけて、ルシェは口を閉ざした。


 ルシェの中に一つの疑念が生まれる──。

(珍しい反応なのによくあることだと……?)

 疑問は心の中に留めたまま無意味な反論は慎むべきだと、自分に言い聞かせた。


「ってルシェだと!? 貴様! 騎士に向かってその呼び方、失礼であろうが!」


「カレーが出来るまでの間、リビングでマジックUNO(ウノ)でもしよう」


 ボクはルシェの方を向く。


「ワイちゃんが勝ったら、ルシェって呼ばせてもらうよ」


 ルシェの唇が優雅な弧を描く。


「いいだろう! しかし貴様が負けた場合はお前には騎士の裁きを受けてもらうことになるだろう」


 ルシェの瞳には、勝利を確信したような黄金の輝きが宿っていた。

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