1-11 虚数域例外
デバイスの警告音が鳴り響く中、例外種の姿が揺らめきながら二人の前に浮かび上がった。
歪む空間、不規則に変化する姿。その存在自体が、幻想世界の法則を無視しているかのようだ。
「また来る!」
例外種の体が大きく歪み、腕が三本、四本と増殖していく。
それぞれの腕が、まるでデータの断片のように輝きながら、二人に向かって伸びてきた。
「フロストアロー!」
リリアの魔法が放たれる。しかし──再び空を切った。
狙った場所に例外種の姿はなく、全く異なる位置から攻撃が繰り出される。
「どこを攻撃しても、当たらない……!」
リリアの声が震える。
その時、ボクのデバイスが新たな警告を発した。
画面には想定外の数値が次々と表示される。
「こいつの動き、まるで──」
言葉の途中で身をかわす。背後からの奇襲を、ぎりぎりで回避した。
「リリア、もう一度! 今度は広範囲の氷結魔法を!」
「は、はい! グレイシャルバースト!」
放たれた魔法が、周囲一帯を凍てつかせていく。
一瞬、例外種の動きが止まったように見えた。しかし──。
「消えた!?」
凍てついた空間から、例外種の姿が完全に消失する。
次の瞬間、リリアの真上の空間が歪んだ。
「上!」
警告の声が遅い。例外種の一撃が、リリアを直撃──しかけた時。
「redirect.force();《転換、実行》」
デバイスから警告音が響く。リリアの周囲の空間が青く歪み、攻撃が横にそれていく。
「今のうちに距離を!」
リリアは咄嗟に後方へ跳躍。例外種との間に一定の間合いを作る。
息を整える間もなく、また空間が歪み始めた。今度は四方から、まるで壁のように例外種の体が出現する。
「囲まれた!」
リリアが声を上げる。──全方位から、黒いデータの壁に囲まれていた。
「こんなの、どうやって──」
四方から迫り来る例外種の壁。
まるでデータの壁に閉じ込められたかのような状況に、リリアの声が震える。
「落ち着いて。今の動きには、何かパターンが──」
黒いデータの壁が一斉に収縮を始め、二人を押しつぶそうとしていた。
「guard.execute();《防壁、展開》」
青い光の壁が四方に展開される。
しかし、例外種の壁はボクの展開した防壁をまるで存在しないかのように通り抜けていく。
「また効かない!?」
リリアが杖を掲げる。
「グレイシャル──」
詠唱が終わる前に、例外種の一部が突如として内側へと伸びてきた。
リリアの杖を直接狙う一撃。
咄嗟の回避動作で杖は無事だったが、リリアは左腕にダメージを負う。
「リリア!」
ボクは思わず、叫んだ。傷の痛みに、リリアの顔が歪んでいる。
「もう少しで……杖が……」
震える声。それは単なる痛みだけではない。
あの時と同じ──魔力が暴走した時のような、恐怖が蘇っていた。
例外種の壁が、さらに収縮を続ける。
残された空間は刻一刻と狭まっていく。
「くっ……これじゃまるで、袋の中に閉じ込められたネズミです」
リリアの言葉に、ボクの直感が働いた。
「閉じ込められた……?」
その時、デバイスの画面に新たなデータが表示される。
例外種の動きが、明確なパターンを示し始めていた。
「待てよ……これって」
しかし考察する間もなく、壁がさらに迫る。
リリアは左腕を庇いながら、杖を強く握りしめている。その表情には痛みと焦りが混じっていた。
「このままじゃ……」
その時、例外種の壁の一部が不規則に膨張し、まるで槍のようにボクへと襲いかかる。
「guard.execute();《防壁、展開》」
青い光の壁が展開されるが、今度は壁ごと粉砕。破片となったデータが四散する中、ボクは勢いよく壁に叩きつけられた。
「カゴメさん!」
リリアの悲鳴が響く。
デバイスの画面にヒビが入り、ボクは体ごと地面に崩れ落ちる。
「大丈夫、まだ──」
立ち上がろうとするボクの前に、例外種の巨大な影が立ちはだかった。
まるで獲物を追い詰めた捕食者のように。
「これで最後か……と思わせておいて! ワイちゃんの奥の手!」
ボクは咄嗟にデバイスを操作し起死回生のコマンドを入力した。
しかし例外種の攻撃は、またしても想定外の位置から繰り出された。
デバイスの画面に次々と表示されるログ。
その時、ボクの脳天に電撃が走る……。
「そうか、配列の範囲外……。 全部繋がった……」
デバイスを必死で操作しながら、叫ぶ。
「やつの動きは配列の範囲外へのアクセスと同じだ。決められた範囲の外に──」
画面上のデータが、例外種の動きのパターンを明確に示している。
通常のバグなら決して出ないはずの、規則性のある異常値。
「つまり、こいつの正体はArrayIndexOutOfBoundsException──虚数域例外──だ」