1-10 決戦前:最終イベント突入フラグが立った……セーブポイントどこ!?
あの日から三日が経過していた。
リリアの魔力が暴走してから、ボクはずっとプログラムの改良を続けていた。より複雑な制御、より強力な魔力にも耐えられる道筋。
机の上のモニターには無数のウィンドウが開かれ、その横には魔法陣の設計図が書かれた羊皮紙が広がっている。プログラムと魔法、二つの技術の融合を目指した徹夜の痕跡。
「ご主人様、今日もコーヒーでありますにゃ」
ニャビィが淹れたての香りと共にやってきた。
メインモニターには新しい制御プログラムの設計図が広がっている。あの時の暴走を防ぐための、より強力な──
その時、急にデバイスが大きく振動した。
画面には[EMERGENCY]の文字。送信者はヘレン。
「system.connect();《通信、開始》」
「やぁ、引きこもり君。まだ起きていたのね」
相変わらずの軽い口調。しかし、その声音には普段にない緊張が混じっている。
「こんな時間に珍しいね、老婆」
「もう、その呼び方は止めなさい。300歳はまだ若いのよ」
ヘレンが小さく笑う。が、すぐに真剣な声色に戻った。
「結界の異常、貴方も気付いているでしょう? この3日間で、歪みの規模が私の想定を遥かに超えて──」
「ああ、さっきも新しい警告が出た」
パソコンの画面を切り替える。
複数の地点で異常値が検出され、そのほとんどが危険域を示している。
「今までにない反応ね。でも、それだけじゃないの」
ヘレンの声が一段と低くなる。
「王都の外周部で、新種のバグが確認されたわ。今までとは、次元の違う存在よ」
「新種?」
「結界の範囲を無視して現れたの。まるで──空間の規則さえ無視するように」
「例外種(Exception)……か」
ボクは呟く。画面に浮かぶ警告の数々。通常のバグとは明らかに異なるパターンを示している。
「よく知っているのね」
「あぁ。 よく知ってるよ、ただのバグじゃない。プログラムの想定外の挙動……結界の法則すら無視する存在」
ヘレンの声が更に緊張を帯びる。
「そう、だからこそ急いで連絡したの。貴方に頼みたいことが──」
デバイスの画面が真っ赤に染まり、新たな警告が次々と点滅し始めた。
「これは……!」
「ええ、例外種が動き始めたわ。時間がないわね」
主人公は素早くキーボードを叩く。複数の画面に異常値が表示される。
「リリアは?」
「もう連絡してあるわ。そちらに向かっているはず」
その言葉が終わるか終わらないか、小さなノックの音が聞こえた。
「……カゴメさん」
リリアの声。いつもより遥かに消え入りそうな、震える声。
3日前の暴走から、まだ立ち直れていないのかもしれない。
「入って」
扉を開けると、リリアが俯いたまま立っていた。
銀色の髪が顔を隠すように垂れ下がっている。手には魔法使いの杖を握りしめているが、その手が小刻みに震えていた。
「あの、この前は申し訳……」
「そんな時間はないわ」
ヘレンの声が、デバイスから響く。
「リリア、ギルドを出るまでにした説明は覚えてる? 例外種の存在について」
「は、はい。でも私には……」
リリアの声が途切れる。
3日前の記憶が、彼女の足を縛っているのは明らかだった。
「大丈夫だよ、この3日、ずっと準備してた。今度は、ちゃんとリリアの魔力を受け止められる」
机の上に広がる羊皮紙とモニターの数々。リリアはその光景に目を見開く。
「これ、全部……私の魔力のため、ですか?」
リリアは羊皮紙に描かれた魔法陣の設計図と、モニターに広がる制御プログラムを交互に見つめた。
「リリア、心配は分かるわ」
ヘレンの優しい声がデバイスから響く。
「でも、今の状況は深刻なの。貴方の力が必要よ」
突如、警告音が鳴り響く。
画面一面に赤い警告が点滅し、データが乱れ始めた。
「まずい、予想以上のスピードで接近している」
ボクは素早くキーボードを叩く。
「場所は……王都北部、結界最外周。セクターF-9の異常値が限界を超えてる」
「あの場所なら民家は少ないけれど、これ以上は……」
ヘレンの声が途切れる。そこまで言わずとも、全員が状況を理解していた。
「リリア」
ボクはヘッドセットを手に取る。
「一緒に、行こう」
リリアは小さく、でもしっかりと頷いた。
二人でヘッドセットを装着し、椅子に腰を下ろす。
「ご主人様、わらわが見守っているでありますにゃ!」
「二人とも、気を付けて」
ヘレンの声が響く中、ボクはダイブインの準備をする。
「system.transfer();《転送、開始》」
意識が深い闇の中へと沈んでいく。
上も下もない空間で、ただ意識だけが浮遊している感覚。
そして──。
目を開けると、そこは歪みの広がる幻想空間だった。
いつもの青い光の世界が、赤く歪んで見える。セクターF-9は、まるで傷を負ったかのように、データの流れが乱れていた。
「これが……例外種の影響」
主人公の言葉に、リリアが小さく息を呑む。
周囲のデータストリームが不規則に脈動し、所々で空間が裂けたように歪んでいる。それは、彼らが今まで見たことのない光景だった。
「異常の中心地点まで、どのくらいありますか?」
「メインストリームに乗れば、すぐだ。でも……」
主人公は歪んだデータの流れを見上げる。
普段なら青く輝くデータストリームが、今は赤く染まり、所々で波打っている。
「この状態でストリームに乗るのは危険かもしれない。別のルートを──」
その時、デバイスが大きく反応する。
「これは!?」
画面上の異常値が次々と更新されていく。
「おかしい……例外種の反応が、複数地点で──」
突如、周囲のデータストリームが大きく波打ち、まるで渦を巻くように歪んでいく。
「カゴメさん! 周囲のデータストリームが──」
リリアの声が響く。赤く染まったデータの波が、彼らの立つ地点を取り囲むように集まってきている。
その中心で、空間が大きく歪み始めた。
現れたのは、人の形をしていながら、人ではないモノ。
全身が黒いデータの集合体で構成され、その姿は絶えず形を変えている。腕が増えたり消えたり、時には体の一部が別の位置に瞬間移動したように出現する。
「あれが、例外種……?」
リリアの声が震える。
黒い人影は、まるでデータの配列が壊れたように、その形を歪ませ続けていた。
「analyze.run();《解析、実行》」
ボクはデバイスを操作する。
だが──
「なっ!? 解析が、弾かれる?」
グリッドが浮かび上がる前に、例外種の姿が突如として視界から消失。
次の瞬間、リリアの背後の空間が歪んだ。
「リリア、後ろ!」
警告の声が届く前に、黒い影が姿を現した。
リリアが咄嗟に身を翻す。放たれた氷の矢が、敵を貫こうとするが──空を切っただけだった。
その姿は既に別の場所へと移動している。
「効かない?」
動揺の色が広がる。今度は主人公の背後に現れた例外種が、真っ黒な腕を振り下ろす。
「guard.execute();《防壁、展開》」
青い光の壁が展開されるが、攻撃は防壁を完全に無視。まるでそこに何もないかのように通り抜けた。
「くっ!」
ボクは間一髪で身をかわす。
デバイスの警告音が鳴り響く中、例外種の姿が揺らめきながら二人の前に浮かび上がった。