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「皆さん、邦子(くにこ)さんからいだいたお菓子があるんで、ちょっと休憩しましょう」


 仮置きをぼんやり見ていた俺は、佐知子の声に我に返った。

 佐知子に声をかけられると全員承知しているかのように、組み合わせた長机の端に、それぞれの作りかけや完成させたリースを寄せた。濡れた布で机をざっと拭きお茶する場所を作る。この集団の手際の良さ。邦子さんの差し入れはいつものことなのかもしれない。ベテラン生徒は作り終わって帰り支度を始めているし、この短時間で二つ作り上げる気の強者生徒はなどは、一つ作り終えてすでに二つ目に突入しているので、休憩はこのタイミングが全員に都合がいいのかもしれない。

 

 佐知子が全員分の紅茶を用意してくれた。邦子が持ってきてくれたお菓子は、時計が丘に店舗がある有名菓子店のブラウニー。生徒たちはしばし食べながら談笑。甘い物は疲れた脳を元気にする。香り良い紅茶とブラウニーを口にする俺もなんとなく、体力やら集中力やらがじんわりと回復していく気がした。お茶が終わると生徒が三人帰り、残っているのは俺と二個目のリースを作る女性と、邦子の三人だけになった。その邦子のスマホが突然鳴って、邦子はスマホを持って外に出ると誰かと電話で話し始めた。邦子は数十秒で戻って来たのだが。


「ごめんなさい、佐知子先生。やっぱり仕事に戻らなきゃならなくなりそう。仕上げをお願いしていい? なんかバイト君がインフルエンザとかで人手が足りなくなりそうだって」

「それは大変、いいですよ。やっておきます」


 邦子は飾りの入った袋を漁ると、適当にリースの上に並べる。


「これはここがいいかしら」

「こっちがいいかもしれないですね」


 佐知子と邦子は飾りの位置をあちこち動かしていく。


「決まった。じゃあこれで」

「じゃあワイヤーで留めておきますね。今晩取りに来ますか?」

「今晩……うーん、わからないから明日の朝で」

「わかりました」


 邦子はバタバタと店を出て行った。


「いやだ邦子さん、結局さっき言った通りになっちゃったじゃない」


 二つ目のリースを作る生徒が言った。結局邦子がやったのは土台に小枝をつける作業だけ。他は全て佐知子任せだ。


「時鶏がもうすぐ開店時間だから。仕方ないですよ」


 なんでも邦子の息子が焼鳥屋・時鶏の店員だったそうだが、無断欠勤してばかりでとうとう行方を晦ました。そこで迷惑かけたお詫びとして、邦子が時鶏を手伝っているのだそうだ。邦子のあの調子のいい感じが客にうけているらしい。ちなみに時鶏の店長は邦子の弟だ。


「美味しいから、是非今度行ってみて」


 二つ目のリースを作る女性が親切にそう教えてくれたが、俺はこの近くに住んでいるわけではないので食べに行く機会はないだろう。

 そうこうしているうちに俺のリースは完成した。


「初めてにしてはよくできていますよ。飾ると素敵ですよ。お姉さんも喜びますね」


 佐知子は、俺のリース作りの理由を信じているのかいないのかわからないが、無難な言葉で褒めた。


「実はリースの飾りの仮置きは、小さい頃に体験した記憶があるんですよ。ヤンっていう子と一緒に」


 これで佐知子はどんな反応を示すか。俺はわざとそう言ってみた。不意を突かれて驚いたように、佐知子は目を見開いて俺を見上げる。


「もう何年も会っていなくて、あの子はどうしているのかなと思って」

「そう……ですか。きっと元気ですよ」


 佐知子は俺から目を逸らす。そして伏し目がちに俯いた。どこか寂しそうな顔に見える。そして静かな声で俺を気遣うような、今までの佐知子らしくない不自然な返答。しかし佐知子は気を取り直したように顔を上げると、急にレジ台に向かって動き出した。レジ台の下から大きなビニール製の袋を取り出し、それを持って再び長机へと戻り、俺の作品を丁寧にその袋に入れる。そしてその間一度も俺を見ることなく、袋の取っ手を持って店の入り口に移動していった。俺もなんとなくそれについて行く。


「興味があったらまた教室にいらしてくださいね、今日はお疲れさまでした」


 心の全く籠っていない棒読み早口で言うと、袋を俺の胸元に押しつける。流れで受け取ってしまった俺の背後に回ると背中を両手でグイグイ押して、さっさと店から追い出した。







  店から追い出された俺は駅方向へと向かう。時刻は午後五時十五分。フローリスト橘田の閉店は午後七時と前もって調べてあるので、俺はそれまで時間を潰さなければならない。俺はこのまま帰る気はない。どうしても佐知子とゆっくり話がしたい。それなら閉店後がいいだろう。

 昼間はあれだけ暑かったのに、日が暮れたこの時間は幾分か空気がひんやりとしてきた。先程は気が狂いそうになって脱いだコートが、この時間は役に立ってくれそうだ。

 だらだらと歩く俺は商店街入り口に、昔ながらの内装の喫茶店を見つけた。ここで時間を潰そうと思う。ホットコーヒーにしようかアイスコーヒーにしようか迷いながら、俺はリースを持っていない方の手で勢いよく喫茶店のドアを開け、小気味よいドアベルの音を響かせた。

読んでくださってありがとうございました(o*。_。)o

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