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「家にはいるのよ。でもまだリハビリ中だから」
佐知子はそう答えた。
リハビリ? 店長に何かあったのか?
「数カ月前に倒れたのよね。一命は取り留めたけど。現在リハビリ中。でね、百合先生は娘の所へ。だって店と二人の介護、一人では無理でしょう?」
邦子が言い難そうに、ポツポツと断片的な言葉を繋げて、察して、みたいな説明をした。でもそれだけでも俺は、なるほど、と納得した。そう説明されててみれば佐知子は教室が始まってからずっと、たった一人で店の全ての仕事に対応していた。
こうしてリース教室をしていても、花束だったり鉢植えだったり榊だったり仏花だったり、普通に花屋への買い物客は来る。客が店へ入ってくると佐知子は教室の方を抜けて客の話を聞いたり、相談にのったり、客が選んだ商品を包装したり会計したりしていた。そして再び教室の方へ戻って来る。店は完全なワンオペ状態だった。先ほど俺が訪れた時に店が無人だったのも、ワンオペだったら仕方がない。そしてこんな状況では、佐知子の祖母百合の介護まで手が回らないだろう。いや、佐知子は父親の介護だって一人で大丈夫なのか?
「店長さんもしばらくすれば戻って来られるんでしょう。それまで頑張ってね、佐知子先生」
「はい、頑張ります」
邦子の言葉に佐知子は笑顔でそう答えたが、俺は佐知子がその笑顔を、無理して作っているように感じていた。他の生徒たちはどう感じたかわからないが、俺には表情筋が僅かだが強張っている気がしたのだった。
土台の周りに枝を括りつけるのが終わった。俺は肩の力を抜いてフーッと息を吐く。
「初めてにしては上手にできているじゃない」
佐知子は俺のリースを覗き込みそう褒めてくれた。佐知子の態度は至って普通である。これも客商売、一応外面を繕っているのか。
「え~、やだ、私が最後? 佐知子先生に枝を切り分けるだけじゃなくて、括りつけまでやっておいてもらえばよかったわ」
まだ小枝とワイヤーを手にし、土台と奮闘中の邦子が言った。
「やだ、邦子さん。飾りつけだけ自分でするの? そこまでしちゃったら、自分で作ったことにならないじゃない」
一人の生徒の言葉に、他の生徒たちがどっと笑う。
「あらそう? 飾りをワイヤーで括りつけるのも佐知子先生にやって欲しいわ~」
邦子はできるだけ自分で動きたくないようだ。
ほんと、何しに来てんだよ。
「でもそこまでやってもらっちゃったら、それって邦子さんが作ったんじゃなくて、佐知子先生が作ったって言わない?」
「別にそれでもいいわぁ、楽できて」
生徒の一人に指摘されても全く気にしていない邦子。再び生徒たちの笑い声。
「木村さんはどのリボンと飾りをつけたいですか?」
佐知子に聞かれた。リボンは五種類ほどあったがいちいち考えるのが面倒になったので、シンプルにサテンの赤にした。
確か赤ってクリスマスカラーだろ? もうそれでいいそれで。
リース作りは体力使う作業ではなかったが、生まれて初めて教わった技術を必要とした単純作業で、頭が疲れてきたのだ。
飾りは紙袋に入って新聞紙を敷いた床の上に置かれている。俺よりも作業の早い生徒たちが、紙袋をゴソゴソと漁って飾りを選んでいたのを俺は先ほど見ていた。俺も紙袋の中をチェックする。
リボンを巻いた小さなシナモン。金銀に染められた柊の葉。光沢のある紙で作られ金糸をリボンに見立てて巻いた小さなプレゼントボックス。フワフワの綿花の実。七色に光を反射する糸で作られた布を使った、雪の結晶を模ったデザインの飾り。その他見たことのない木の実が何種類も。紙袋の中にはそれ以外にもまだまだありそうで、俺は面倒になって考えるのをやめた。
はっきり言って俺に芸術的センスはない。つけやすそうな大き目の装飾を選んだ。金色に塗られた松ぼっくり。綿花の実。クリスマスツリーにもつけられる、あの金属光のある赤いボール。それを数個ずつ選んだ。さて、これらをこのリースのどこに配置するかなと考えて仮置きしてみる。
『俺はここと、ここにがいい』
『憲はだっさ、私はこことここ』
『二人とも装飾は決まった? あらあら、小さい子でも個性が出ているわね。憲一君は手堅く飾るのね。ヤンは自由。でもどちらも素敵よ』
「え?」
俺はそんな会話が頭の中に浮かんで、思わず声を出した。
「木村さん?」
佐知子の声だ。
「大丈夫です。リースへ色々と仮置きしてみますね」
俺は咄嗟にそう誤魔化した。なんだかおかしい。俺はこうやってリースに仮置きをした記憶がある。そう、ヤンと呼ばれていた子と一緒に置いたのだった。子どものころの朧げな記憶の中に、ヤンという少女がいた。顔ははっきり思い出せない。男の子のように短い髪と黒いオーバーオールを着ている姿が印象として強く残っていた。他の姿の日もあったのかもしれないが、残念ながら思い出せない。ヤンには毎日会えるわけではなく、年に何回かだけ会っていた気がする。いや、月一くらいだったか? わからない。何をして遊んだのかも朧気だ。覚えているのは砂遊びの道具で遊んだのとリースの飾りつけくらいか。ただ、ある時期を境にぷっつりと、ヤンには会えなくなった。その理由は知らないし、元から頻繁に会っていたわけではなから、会えないなら会えないでヤンのことは記憶の奥の方へしまい込んで終わった。今まで全くヤンが何者だったのか、今どうしているのか、思い出しもしなかった。
読んでくださってありがとうございましたm(__)m