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「ここと、ここを切って。他の部分も同じような長さに……」


 俺は言われた通りに枝を小枝に切り分けていく。初めての体験で不安はあるが、小学生の頃プラモデルを作るのが好きだったので、不器用ではないと思うから多分なんとかなるだろう。ちらりと正面の席の女性を窺うと、もうヒムロスギの枝を手にしていた。佐知子に何も尋ねないし、手の動きに迷いもない。さすが慣れている。


「木村さんは自分のペースで大丈夫ですよ。中には私の祖母の時代から作っている方もいるので、そういう方は大ベテランですから」


 俺の手が止まって前を見ているせいか、佐知子に声をかけられた。


「そうそう、佐知子先生が大学を卒業するまで、百合(ゆり)先生が頑張ってたのよね」

「佐知子先生のお母様が早くに亡くなったから」


『百合先生〜』

『やだ、揶揄うのはやめてよ』


「あれ?」


 ふと頭に浮かんできたモミを小枝に分ける花鋏を持った少し荒れた華奢な白い手と、その光景の背後に流れる男女の楽し気な会話に、俺は無意識にそんな声を出していた。


「木村さん、どうかしましたか?」


 佐知子の問いかけに俺は意識を戻される。


「いえ、なんでも」


 お喋りおばさんたちの話では、この花屋の歴史は長く、当初は佐知子の祖父母が始めた店だった。一男一女に恵まれ、店を継ぐ息子に嫁もきて二人の間に娘も生まれ順風満帆だった。しかし佐知子が生まれた一年後に祖父が病死した。その後は佐知子の祖母と両親で花屋をしていたが、佐知子の母が佐知子が中学生の時に亡くなり、店は佐知子の祖母と佐知子の父との二人で回すようになった。そして佐知子が大学を卒業してすぐ、祖母である百合は気が緩んだのか急に立ち仕事が辛くなるほど足腰が弱り、あっという間に杖なしでは歩けなくなった。


「今は叔母の家で介護をしてもらっているのよ。だからここにはいないの。さあ、手を動かしてください」


 佐知子はそう言って、年配の生徒たちの話を終わらせた。俺は枝を切るという単純作業をしながら、聞いた話を頭の中でまとめる。そして先程頭の中に浮かんだ会話を思い出す。


『百合先生~』


 揶揄っていたのは誰だ?


『やだ、揶揄うのはやめてよ』


 少しだけ怒った声で言い返していたのは誰だ?

 それよりもあのモミをばらす手。あの細かくされた枝はリースを作る材料ではないのか?

 俺は誰かがクリスマスリースを作っているのを見たことがある?






 単純作業のお陰かぼんやりとしたまま全ての花材の枝を切り終えた俺の前に、佐知子はリースの土台とワイヤーを置いた。俺は頭を振って、思い出した記憶に半分以上持っていかれていた意識を目の前の物に戻す。佐知子の説明に集中する。モミ、ヒムロスギ、ヒノキを順繰りに、ワイヤーで土台に括りつけていくらしい。周囲を見渡すと、俺以外の生徒たちはもう土台三分の一くらい枝がつけられている。さすがベテランたちは作業が早い。


「こんにちは~、遅れてすみません~」


 右手にバッグ左手に大きな紙袋二つを持ったアラカンくらいに見える女性が、嵩張る紙袋が入り口の幅を通過できないからか体を横に向けながら、慌ただしく店内に入って来た。息を切らしながら作業台に向かってバタバタと音を立てて歩く。その姿はなかなかに忙しない。長机横に荷物置き場として籠を並べてあるが、その籠の一つに持って来た荷物を置くと「ふーっ」と言いながら冬物コートを脱いだ。


「邦子さん、仕事大丈夫?」


 生徒の一人が声をかける。


「大丈夫なところまで強引に片付けて来たわよ~。あとはあの店長が開店まで一人でなんとかするでしょ~」


 生徒たちがクスクス笑う。


 なんか押しが強そうな女性。店長も押し切られ、やり込められたのかな。


「それよりも暑くて死にそうなの、こんなに暑いなんて知らなかったのよウールのコート着ちゃった上に、トレーナーの下にヒー○テッ○まで着てきちゃって。ここは女性ばっかりよね、観葉植物の陰とかでヒー○テッ○脱いじゃってでいい? ……ってあらぁ?」


 捲し立てながら作業台を見渡した邦子は、彼女を凝視する俺と目が合う。数秒間黙って見詰め合ったあと、邦子はにっこり笑った。


「まあ、今日は若い男性がいたのね」


 佐知子が邦子をレジ裏の事務所っぽい陰スペースに連れて行った。脱いでるらしき布がすれるゴソゴソという音が聞こえてくる。やがて脱いだ物だろう、黒っぽい布を丸めた塊を持った邦子が出て来た。そして荷物置き場になっている籠に置いた自分のバッグにそれを突っ込んだ。なかなかに大雑把。


「ごめんなさいね。日頃、男はおじさん店長しかいないからさあ、まさか若い男の子がいるとは思わなかったのよ」


 邦子は謝りはしているが顔は豪快に笑っている。店長とは佐知子の父親だろうか。店長の外見もどんな人物かも知らないが、この女性にとっては男の数の中に入っていないらしい。おばさんは恐ろしい。


「いえ、大丈夫です」


 俺は空気を読んで口でははっきりとそう言ったが、本音はこの場で脱がれなくてよかった、だった。事務所の中だって見えなくても壁向こうの音が聞こえてきて、俺としては気分が悪かった。


「邦子さんは日頃から時間通り来られないから、邦子さんの枝はもう切ってありますよ」


 佐知子はレジカウンターの向こうから、小枝がどっさり入ったバケツを持って来た。


「ありがとう、佐知子先生って若いのに気が利くわ。あ、これあとで皆で食べましょう。差し入れ」


 邦子はそう言って先程の紙袋の一つを佐知子に渡す。時計が丘の有名洋菓子店のお菓子が入っているらしい。佐知子は礼を言って受け取る。


「そういえば店長さんどうしてる? まだ復帰はできないの?」


 邦子が尋ねた。


 復帰? 花屋の店長すなわち佐知子の父に、何かあったのか?




読んでくださってありがとうございましたm(__)m

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