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9話-追憶:二人の出会い

 アルーシャさまと初めて出会ったのは、ユシタニア国立正教学院に入学してから一月ほど経った頃。

 私、ツェツィーリア・ビスマルクはお世辞にも良い学生生活を送れているとは言えなかった。

「ハァ……ハァ……」

 息も絶え絶えになりながら、私は無人の教室の隅に座り込んだ。

 ここは学院の敷地内にある、二号館と呼ばれる建物だ。俗に旧館とも呼ばれており、新しく建てられた他の学館とは離れた場所に建てられている。

 過去には他の学館と同様に館内で授業が行われていたらしいが、現在は授業どころかどの教室もまったく使用されておらず、一般生徒は立ち入り禁止となっている。

 つまり、ここには誰も居ない。噂を聞きつけた私は、藁にも縋る思いでこの場所を訪れたのだった。

「……お母さん」

 こんなときでも、思わず口から出てくるのは母のことだった。

 手紙のやり取りはしているが、もう二年は顔を合わせることができていない。

 10歳のときに【聖女】の力に覚醒した私は、父と、そして母に売られた。

 【聖女】を産んだ親として好待遇を受ける見返りに、私は正教会に保護という名目で監禁されたのだ。

 故郷の町に居た時よりかは生活はマシになった。衣食住、すべてを保証してくれたから。

 でも、自由はなかった。母と引き離された私は毎日机に縛り付けられ、厳しく教育を施された。

 そして今、こうしてユシタニア国立正教学院に入学させられて、学生として過ごしている。

 最初は、周囲を取り巻く環境が変わることに、僅かな期待を持っていた。私のことを怖がりながら接してくる使用人と蔑んだ目で見てくる教育係としか会わない生活よりかは幾分か良くなるのではないか、と。

 そんな期待はすぐに裏切られた。最初こそ、他の生徒から何気なく接してもらっていたけれど、こんな貴族しかいないような場所で、周囲に馴染めるはずもなく。

 そもそも、既に幼少期から顔見知りであったり、親の派閥繋がりでコミュニティが出来上がっていたところに、私という不純物が紛れ込んだりすれば、どうなるかは自明であったことだろう。

 徐々に周囲から浮いていき、過激な生徒達からは虐めの標的となっていった。実は平民の生まれであることもバレてしまい、過激な生徒達だけではなく、一般生徒からも白い目で見られるようになった。差別意識が根強い教師からも目の敵にされ、私の居場所は無くなってしまった。

「ううん、違う。たぶん……最初から何処にも、居場所なんて」

 嫌がらせを受けるようになったとき、故郷の町にいた頃を思い出した。

 外に出れば、同年代の子供達から暴力を受けていた。お金も物も盗られ、ただ無抵抗に耐え続けるしかなかった日々。

 何処に居ても同じだ。誰も居ない場所に逃げてきたが、ここだって誰かに見つかってしまうかもしれない。

 私に、【聖女】の力なんて無ければ――――――

「ねぇ、あなた。こんなところでどうしたの?」

「ひっ……」

 突然声を掛けられ、私は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげながらそちらに振り向いた。

 気が付けば、女子生徒が開けられた教室の扉から中を覗きこんでいた。

 しかも、ただの女子生徒ではない。凛とした佇まいに、豪華絢爛という言葉がこの世で一番似合うと言っていいほどの優美な女性。

 アルーシャ・フォン・ロレーヌ。ユシタニア王国随一の貴族、ロレーヌ家のご令嬢。

 彼女と私では、住む場所が違い過ぎる。私は更に息を荒くしながら後ずさり、逃げようとした。

 だが、既に教室の隅にいた私に逃げ場所はない。パニックになった私は、壁に張り付いた。

「こ、来ないで、ください……」

「そこまで怖がることないのに。」

 アルーシャさまは扉から私のほうにゆっくりと近づいてくると、隣に座って私の手を取った。

「大丈夫。何があったのかは分からないけれど、私は貴女を傷つけたりしませんわ。それに、こんな場所で真っ赤に目を腫らして大泣きしてる子を見つけてしまったら、放っておくなんてできないでしょう?」

 そう言われて、自分が初めて泣いていることに気が付いた。

 泣くなんて何年ぶりだろうか。アルーシャさまの手から伝わる温もりを感じると、なぜかもっと涙が止まらなくなった。

「ほらほら、泣かないの。せっかく綺麗なお顔をしているのに、台無しになってしまいますわ」

 アルーシャさまは理由も聞かず、私の頭を抱き寄せて背中を擦ってくれた。

 柔らかい感触に包まれた私は、小さい頃に母にこうして泣きついたことを思い出した。

 近所に住んでいた子供達に初めて殴られて帰ったときだ。大泣きしていた私を、黙ってずっとこうしてくれていた。

 そうして私は、思い返しても恥ずかしくなるくらい、アルーシャさまの胸でひとしきり泣いたのだった。


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